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第84話

二日空きました、すみません……。

「さぁ、帝国第77回剣闘士大会決勝戦! 選手の入場です!」



 王国の南西に位置するザナッシュ帝国の闘技場。

 司会者の掛け声と甲高い声援が会場を包んでいた。



「お兄様、頑張ってくださいね」



 控え室で俺の正面にいたティアラがニコニコと笑顔を作りながらエールを送った。

 この状況を心底楽しんでいる雰囲気のティアラに 俺は呆れながらも小声で呟いた。



「なんでそんなに嬉しそうなんだ……」


「だってこういう展開って小説みたいで面白いじゃないですか、私ワクワクしますわ」



 ティアラは瞳をキラキラさせて童心に帰ったような表情を俺に向けた。


「クレイさ……じゃなくてマックさん、僕の分まで頑張ってください!」



 横から茶髪の少年――レニもエールを送ってきた。



「別に俺達しかいないんだからクレイで構わない」


 そんな会話を交わしていると、再び司会者の声が会場に響いた。



「東門から入場しますは、今大会の優勝候補、現役Sランク冒険者にして帝国騎士団のニューヒーロー、砂塵のボロォォォォス!」



 それにより歓声のトーンがさらに上がった。

 そして対局した控え室の門が開き、身体各所を守るように鎧を纏った男が客席に手を振りながら入場してきた。外見は20代後半というところか、爽やかさを感じるイケメンの部類に入る(つら)をしている。

 その爽やかさのせいか客席からは黄色い歓声が増えているように感じた。



「そして西門から入場しますは、今大会初参加にして、決勝戦まで進んだ凄腕のダークホース、傭兵のマック選手!」



 すると目の前の門が開いた。俺はゆっくりと前に進んでいく。



「マックさん、頑張ってください!」


「お兄様なら余裕ですわ」



 背後から聞こえてくる声に手を上げて答え、俺は鎧の男――ボロスの前に立った。



「また会ったな。俺の盛り上げ役としては充分の活躍だったよ。だから華々しく散れよ――ゴミ」



 ボロスは爽やかで嫌味な笑みを作り、見下しながら言った。

 俺はそんなボロスにアハハ……、と愛想笑いを返しながら、どうしてこんな状況になっていたのかを思い出していた。




―――

――




 ティアラが前世での妹――沙奈(さな)だということがわかった日。

 俺は妹を抱きしめながら、再会したことによる幸せを噛み締めつつ、これからどうすべきかを考えていた。元の世界に戻る必要がなくなったのだから、この世界で一緒に過ごせるようによりよい生活が出来るようにしたい。


 だけど今は神どものどうでもいい争いに巻き込まれている。さらにそのせいで世界の危機にすらあるのだ。そうなると、その危機とやらはこれからのために排除しなければならないのだ。


 しばらくの抱擁の(のち)、俺達はお互いに顔を合わせた。



「沙奈がここにいるということは、あの事故で……?」


「わかりません、その事故の記憶が曖昧なんですの」



 沙奈――ティアラは複雑そうな表情で俯き、俺の服の裾をギュッと掴んだ。

 俺はそんなティアラの頭を撫でながら、笑みを浮かべる。



「まぁいいんだ。こうして会えたんだから。それよりも沙奈、その言葉遣いはなんだ?」



 俺の指摘にティアラは顔をほんのり赤くして恥ずかしそうに目を逸らした。

 前世では敬語を主体的に使い、たまに砕けた標準語を用いた話し方をしていた。だけど今は中世貴族のお嬢様という印象である。



「色々あったんです。皇族は色々と厳しかったのでマナーとして覚えただけですわ。お兄様がお望みならば直しましょうか?」


「いや、そのままでもいい」


「お兄様だって、話し方が違います! 昔はもう少し柔らかかった印象でしたのに」


「ハハッ……俺も色々あったんだよ」



 俺は自分が育ったスラム街でのことを片隅に思い出しながらも乾いた笑いで答えた。



「まぁいいですわ、お兄様はお兄様ですし。あと呼び方なんですが、沙奈と呼ばれるのも嬉しいのです。でも今はティアラと呼んで欲しいという気持ちもありますわ。どちらも私なのですから」


「わかった、せっかくだからティアラと呼ぼう。俺もクレイと――」


「お兄様はお兄様です」



 ティアラは即座に言葉を遮り笑顔で主張した。俺はまぁいいか思いつつ、これからの話を始めることにした。



「それでティアラ、これからのことなんだが」


「私もそれを考えてました。だけどどっちにしろやることは変わらないんですよね」



 ティアラの目的は友達であるユーミルを救うこと、そしてハーデスの復活を阻止すること。

 ハーデスの復活の阻止に関しては俺と同じく、これからこの世界で生きるためにという理由に変わっていることだろう。

 俺もそれには賛成であった。

 ただ1つ気がかりなことがあるとすれば――



「もうひとつ、リンシアちゃんも守ってあげないとですわね」



 俺の考えにリンクしてティアラが先に口を開いた。



「どうしてわかった?」


「私もこの世界に生を受け、関わり大切な友達が出来ました。お兄様と巡り会えた事を抜きにしてもそれを守りたいと思っていましたわ。それはお兄様も同じ考えだと思ったんです。お兄様の大切は私の大切でもありますの。シスコンのお兄様の事ですから、リンシアちゃんを大切に想っていると感じました。それにリンシアちゃんは可愛いですし、私も慕っていますよ?」



 ティアラは真剣な眼差しで俺を見つめながら、真っ直ぐに言い放った。


 ――全く俺には出来すぎた妹だ。



「ありがとう」



 俺はこの世界に来てからは使った事がほとんどなかった感謝の言葉をティアラに向けて囁いた。



「可愛いは正義ですの」


「その台詞で台無しだよ……」




 ――それから俺たちはこれまでの事、これからの事を話して言った。

 数時間じゃ足りないくらい濃厚な会話を繰り広げる中、ハーデスの事について色々わかってきた。


 ティアラ曰く、ハーデスの力はこの世界各地のダンジョンの最深部に眠っているとのこと。それを破壊、もしくは封印することによってハーデス復活を阻止できるとユーミルから聞いていたらしい。


 ただ王国付近にある赤のダンジョンの最深部にはそれがもう無かったという。

 何者かに先を越されていたという事実、そこにラグナが現れたことによって勘違いしてしまったとのことだった。



「なるほど、皇国近隣にある黄のダンジョンはどうだったんだ?」


「黄のダンジョンも手遅れでした。あと発見されているダンジョンといえば帝国付近の《緑のダンジョン》法国の領土に存在する《青のダンジョン》と《(だいだい)のダンジョン》そして魔族の国――魔王国にある《紫のダンジョン》ですわね」



 前にヴァンがダンジョンは6つ発見されていると言っていた。赤、黄を含めてティアラが述べたダンジョンで全てのようだ。

 ダンジョンにいる天使。ハーデスの封印。そして神器が眠るということ。

 魔石を生成し続けるダンジョンがなぜこの世界に存在するのか、その謎の片鱗がパズルのピースのようにハマっていく気がした。だけどまだ謎が多いのも事実である。



「近さでいうなら緑のダンジョンか」


「そうですね、帝国付近にある緑のダンジョンが一番近いですわね」


「ちょっと行ってみるか」


「今からですか?」


「流石に今は難しいだろ。それにこれから王族の死去によって大騒ぎになる。せめて王族交流会が終わってから行こう」


「そうですわね。私の方でもその件でしっかりと根回しをしなければいけないですし、それまでに楽しみにしてますわ」



 第1王子ミロードの死去により、戦争もありえるという予想ではあったが、ティアラが根回しをして戦争を回避するということだった。

 流石は天才にして権力者ということだろう。今の俺ではそこまでの根回しは出来なかった。



「じゃあそろそろ俺は戻るぞ?」



 正直なところ全てを投げ出して一緒にいたいという気持ちはあった。だけどお互いの――特にティアラには立場があり、それによって今後の方針を優位に進めることが出来る事もわかっていた。そのため今すぐに全てを投げ出すということは出来ない。

 それはティアラも同じ気持ちだったようで、名残惜しそうに俺を見つめていた。



「ティアラがこの世界にいる。それだけで今は嬉しいよ」



 そう、妹である沙奈――ティアラがこの世界に生きている。今はそれだけで満足することが出来る。

 いずれは共に過ごせるように――そんな未来を想像しつつ、これからやるべき事を着実にやろう。

 今の状況はこの先数十年と我慢するよりも、何倍もマシなのだ。焦ることは無い、もういつでも会うことが出来るのだから。



「私も同じ気持ちです。将来のために今はお互いのやるべき事をやりましょう。ただ、今日は……一緒に寝ませんか?」



 今にも無くなりそうなティアラの小さな声が耳を通ると、俺の心拍数が少しだけ上がった。

 今まで不安だったんだろう。震えながらも寂しそうに呟くティアラの表情はそんな気持ちを物語っていた。

 愛する女性のこの誘いを断れる男がいるだろうか。否、俺は――



「わかった、今日は特別だぞ」



 断れるわけが無かった。

 透明な雫が頬を伝いながらも薔薇が咲いたような笑顔を見せるティアラ。

 俺はそんなティアラの頭を撫でながら床に就いた。


 その後ティアラは俺を抱きしめながら、安心したように眠りにつく。俺も14年振りに安眠出来たような気がしたのだった。


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