第83話
第三章ラストです。
深夜、教会の最奥で5人の権力者が集まっていた。
「皇国に悪魔が3体も出現したらしいなぁ」
緑がかった髪の20代前半の若い男が眉を上げながら呟いた。
「そのうち2体は噂の《ラグナ》が倒したようじゃのう。そしてもう1体は王国の"剣帝"が葬ったと聞いたぞい」
70代は超えているだろう白髭を生やした老人がそれに反応する。一同がラグナという言葉に反応を見せ始めた。
「ラグナっていったいどんな奴なのかしらねぇ。イケメンだったら嫁に行きたいわ!」
見た目は20代後半ぐらいだろうか、この中で唯一の女性が手を合わせながら目を輝かせている。
「お前みたいなガサツな女、誰が貰うかよ」
背中に魔剣を背負った20代後半の男が吐き捨てた。
「うっさいわね、あんたは黙ってなさいよ」
すると教会の最奥へ1人の男が入ってきた。
「いつもここは賑やかだね」
40代であろうダンディーな印象を受ける長髪の男。
「ようやく"魔神"様のお出ましだぜ」
"魔神"と呼ばれた男は席に座り、他5人に目を向けた。
「久しぶりに法国最高位6司祭がこうして集まったんだ。仲良くいこうじゃないか。まずはグレンシャル、今回の会議についての進行を」
グレンシャルと呼ばれた70代白髪の老人が立ち上がり口を開いた。《グレンシャル・ウォン・メーテル》――白髪で長い白髭の老人である。目が開いているのかは定かではないが、魔法の腕は"魔神"に継ぐ2番目の実力者だ。
「ゴホン、まずは今や知らぬ者はいないと思うラグナの正体について、そして今後ラグナとどう接触していくのかについてじゃ」
「噂通りであるならラグナは相当な強さじゃないかなぁ。無理に刺激せず放置でいいのではないだろうかぁ」
20代前半、ここでは1番の若輩者である緑がかった髪色の男が意見する。この男の名前は《バリエゾ・オン・ルグーシェ》――若くして法国最高位司祭になれた凄腕の男である。
「バリエゾの意見は最もだけどよ、それなら法国に引き入れた方がいいんじゃねえか?」
その意見に対して魔剣を背負った20代後半の男が反論する。《フレンス・ウォ・カルミエ》――ブロンドがかった短い茶髪に筋肉質の身体。魔剣士としての実績を重ね最高位司祭に上りつめた男である。魔剣士としてなら法国一と言われている男だ。
「そもそもラグナって強いんですかねぇ。ヘヘッ」
今まで口を噤み静かにしていた男――《ブラスト・イ・ニーニェ》。カールの掛かった黒髪に不健康そうな肌の色。見た目は10代と若く見えるが既に80歳を超えている。その若さは独自で研究した魔法の成果によるものだと噂されていて、この中でも最長年者。
「皇国に出現した3体の悪魔のうち2体を一撃で滅ぼしたって噂なのよ? それが本当なら強いって事じゃない」
この中で唯一の女性――《ティーチェ・フォン・サンタナ》が頬に手を当てながら首を振り悶えている。透き通った青色の短髪に女性らしい華奢なスタイル。父親の代が早々に引退して最高位司祭となったのだが魔法・武術・勉学と様々な分野を器用に熟すオールランダータイプだ。
「悪魔には階級ってもんがあんだよ。皇国に出たのは階級が低い悪魔だったんだろ」
「確かに、それなら儂らの中でも出来る者もいよう。それにどれだけ強くても我が法国の"魔神"ダグラス様には勝てんよ」
グレイシャルの言葉に他4人の視線が一箇所に集まる。
「世辞はいい、みんなはラグナの実力についてはどう見ているんだい?」
ダグラスは顎に手を添え、一同に向けて言い放った。
《ダグラス・ジ・ヴィンセント》――魔法の知識と知恵では並ぶ者はいないとされている。莫大な魔力量を持ち、全ての属性魔法を使うことが出来る。魔法だけではなく、体術も並以上にこなす天才と呼ばれた法国最強の魔術師であった。
「正直な話、実力者であることはわかる――が、俺と同じかそれ以下なんじゃないかと思ってる」
「サタンを単独で倒したという噂がデマな可能性もあるしなぁ。むしろ四大悪魔の実力自体未知数に等しいし、皇国の悪魔だって騎士達が弱らせてたから一撃で倒せたって線もあるしなぁ」
フレンスが自信満々に言い張るとそれに対してバリエゾも同意した。
「ラグナは仮面を付けてるらしい。ヘヘッ。その仮面が神器である可能性は? ヘヘッ」
「ダグラス様と同じで神器を持っているなら悪魔を葬れたのも納得するわいな」
ブラストとグレンシャルの年長者組が主張する。それを聞いたダグラスは目をつぶり腕を組んだ。
「確かに神器の可能性は否定出来ないね。でもそれは神器が持てるほど強いということに他ならない。僕と同等ぐらいのレベルに考えた方がいい」
「いやいや、ダグラス様と同等というのは流石に無理がありますのじゃ――せめてブラスト様以上、ダグラス様以下の中間ぐらいのレベルかと」
ダグラスの意見をグレンシャルは即座に否定した。
「それでも過大評価しすぎだと思うがな」
フレンスの意見にダグラス以外の一同がかぶりを縦に振る。
「じゃが、話し合いの通じる者なら是非仲間に引き入れたいところじゃ」
「危険因子は始末したほうがいいんじゃないかなぁ」
「バリエゾは臆病だな」
「フレンスが考えなしなだけなんじゃないかなぁ」
若者組の言い合い見ていたグレイシャルがヤレヤレという様子で首を振った。
「当面は法国に引き入れるという意味で話し合いの方向性でいこう。そのための情報は集めているんだろ?」
ダグラスの言葉にブラストが即座に答えた。
「ラグナの正体は目撃情報から王国の者である可能性は高い。ヘヘッ」
「だろうなぁ。だけど皇国、帝国の可能性は捨てきれないなぁ。特に帝国は"龍虎"も含めた実力者が多い国だからなぁ」
「皇国はないんじゃない? "麗姫"ぐらいしか目立った実力者はいないわ」
「脳ある鷹は爪を隠すというじゃろう」
バリエゾとティーチェの意見をグレンシャルは笑いながら切り捨てる。
「"麗姫"に関してはこちらの誘いを一度断っている。ヘヘッ。それになにやら悪魔を含めた神仰関係の情報を集めている。ヘヘッ」
「こっちの邪魔をするなら消せばいいだけの話だ」
ブラストの言葉にフレンスは意気込んだ。するとバリエゾが呆れ顔で口を開いた。
「フレンスに出来んのかなぁ、皇国の"麗姫"はもっぱら強いって噂だけどなぁ」
「レベルの低い皇国でたまたま一番になっただけだろ。広い世界を見せてやる」
「争う考えは一度捨てるがよい。今王国、皇国、帝国の三国には人員を忍ばせておる。情報が集まるまではしばらく待つのじゃ」
2人の言い合いにグレンシャルは活を入れた。
「情報が集まり次第動ける準備を。今回は私も動く」
それをダグラスがまとめる。法国最強の実力者なだけあり、ダグラスの意見を誰もが否定しない。
「"魔神"様自らがか……」
「それぐらい重要だからね。グレンシャルはそういったが敵対するのであれば争うことも止むなしと思っているよ」
そしてダグラスは唇を綻ばせて笑みを浮かべた。
ダグラス以外は知らない事実。もしラグナの仮面が神器であるならば、ダグラス本人が動く必要があると判断していたのだ。もしも神の使徒であるなら邪魔はさせない。
「当面は情報を集め、いつでも動く準備を整える方向でいくぞい。それでは次の議題じゃ、魔族国家への侵略について――」
◇
第1王子ミロードの死去は皇国からの使者とクロード家によって伝えられることとなった。
国民から愛されていた良き王子だったミロードの死はバロック王国全体に衝撃を与えた。
王族交流会先での王族の死について、いろんな意見が飛び交った。戦争だとか、代わりに皇女を殺せだとか、賠償金を払えだとかの意見が出る中、最終的には領土の譲渡で決着が付いた。
それは今回が悪魔の襲撃という不確定要素によるものだったのと、自国の公爵家であるクロード家の騎士の証言や皇族達が誠意ある対応を見せたからである。
そして第1王子ミロードが亡くなってから半年が経過。
リンシアは後ろにメイドのリルを引き連れて王城ではあまり足を踏み入れない廊下を歩いていた。
「リンシア様に直接お話しなんて珍しいですね」
後ろを歩いているリルが首をかしげている。
リンシア達が歩いている廊下は第2王子であるルシフェルの部屋に行くための通路だった。ルシフェル本人に呼び出しされたため、執務室へ向かっているのだ。
「会議で色々決定事項があったみたいだけど……」
第1王子であるミロードが亡くなってから王国内はバタバタしていた。
何度も会議を開き、失った穴を埋めるために色々と変更されていく事となる。
それによっての変更点や決定事項はこれまで大臣を通してリンシアへ報告されていたのだが、今回はルシフェルから直接報告を受けるということだった。
「何もなければいいのですが」
リンシアは顔を顰める。そしてなんとなくだが胸騒ぎを感じていた。
ミロードが亡くなったことによってルシフェルの勢力はこれまで以上に増した。それによって父親である国王の意見も通らない事が多々あると聞いていたのだ。
そんなことを考えているとルシフェルの部屋の前に到着したので、リンシアはノックをする。
「リンシアです」
「入りたまえ」
許可が出たので、リルを廊下に待機させリンシアはルシフェルの部屋に入った。
部屋に入るとルシフェルは何やら書類に目を通しているようだったがすぐにリンシアに目を向けた。
「何用でしょうかルシフェルお兄様」
「リンシア、今回の会議で決まったことを報告する」
「はい」
わざわざ直接告げるということは、自分が関係する話だとリンシアは悟った。
確か領土に関する話し合いだと会議前に聞いている。
「新しく皇国から譲渡された領土は隣接した貴族家であるカンニバル家、マリジョルーワ家に1部譲渡する形となった」
カンニバル家もマリジョルーワ家もルシフェルが抱えている貴族家であった。ルシフェルはこれでまた財政源が大きくできたことになる。
それを聞いたリンシアは静かに頷き、次の報告を待った。
「皇国から貰った領土にはアレジオン領とも隣接している。だからアレジオン家にも譲渡する形となった」
これはリンシアにとって嬉しい誤算だった。
アレジオン家はリンシアの抱えている唯一の貴族家で、最近政策に困っているということだったからだ。今回の譲渡を期に、何かプラスの方向に動ける足がかりになって欲しい。
「わかりました」
リンシアはそんな気持ちを表情に出す訳もなく、自然に頷く。それを見たルシフェルは面白くなさそうにリンシアを見下ろした。
「それと、ジルムンクなんだが――ミロード兄上が管理していたのは知っているだろう」
「はい」
元王都で現スラム街であるジルムンク。第1王子であるミロードが一応管理している形となっていたが、ミロード自身何をすることも叶わなかった。そのせいでミロードの政策の足を引っ張り、ルシフェルとの差がついたことも否めない。
「ジルムンクはリンシア、お前が第3王女として管理することとなった」
「えっ……」
「最近商会により勢力を伸ばしているみたいだし、任せてみようということになったのだ」
ルシフェルは満足そうにニヤニヤと笑みを浮かべながら告げた。
その笑みは決してリンシアを信じているからではなく、思惑通りに事が進んでいるという意味を表している。
「お父様はなんて?」
「もちろん賛成したよ。リンシアも立派な王女だ。それにあと1年ちょっとで成人。それまでにジルムンクをなんとか出来ると皆信じているよ」
それは成人までにジルムンクをなんとかしないと、王女としての価値はないと言っているようにも感じた。
「もし、それまでに何も成果が出せない場合は?」
「別に何もないさ。だから成果が出せなくても、これまで通りリンシアにはどこかの貴族家に嫁いでもらう形になるだろう」
王女としての価値を見いだせないのなら、ルシフェルが抱える貴族家に嫁げということだろう。
ルシフェルは王女としての立場を政治に使おうとしているのだ。
「……わかりました」
リンシアは頷くしかない。それが王族同士の会議で決まったことなら自分が口を出せることはないからだ。
それを見たルシフェルはさらに追撃をする。
「それと、今度ジルムンクも含めた新しい領土の視察へ言ってくれないか? 報告書もしっかりと提出して欲しい」
ルシフェルはこれまで以上に唇を緩ませながらリンシアに告げる。オークジェネラル、誘拐事件も含めた情報の中で、ルシフェルは王都に蔓延る裏ギルドとも繋がっている節がある。
政治に利用するのではなくもしかしたら命すらも――。
「わかりました。準備が整い次第向かいます」
「あぁ、頼むよ」
ルシフェルの言葉を最後に部屋を後にした。
有能な王子であったミロードがどうにか出来なかったジルムンクをリンシアがどうにか出来るわけがない。
リンシアは不安を胸に抱いた。そしてクレイの事を思い浮かべるのだった。
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