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第82話

 誰もが寝静まった深夜。

 月明かりのみが窓から差し込める暗がりの自室でティアラは机に置かれた2つのティーカップに紅茶をいれながら、押し寄せる喪失感に耐えていた。


 どんな不測の事態でも取り乱さず冷静に対処してきた。それは頭のいいティアラにとって、現実で起きていることも、どこか画面に映し出されたゲームのように感じていたからかもしれない。だけど今回は違う。


 ――これからどうするべきなのか。


 内側から広がる不安は冷静さを失わせ、喪失感は判断を鈍らせる。

 友人であるユーミルの魂が奪われた現実は、それほどティアラの心に衝撃をもたらしていたのだ。



「……どうすれば……」



 紅茶を入れ終わったティアラはゆっくりと椅子に腰掛けながら、複雑な(まなこ)で窓の外を見つめ、ため息にも似た独り言を呟いた。


 途端に魔力を感じ、空間が歪み始める。

 そしてその歪んだ空間から銀髪碧眼の少年――クレイが現れた。



「待ったか?」


「大丈夫です……今来たところですわ」


「いや、自分の部屋だろ」



 クレイは空いている向かい側の席に腰を下ろしながらしっかりとツッコミを返してくれた。

 そんなクレイに向けて、ティアラは痩せ我慢にも似た笑みを浮かべる。



「何かあったのか?」



 表情に出ていただろうか。それを見たクレイがティアラの様子の変化に真剣な眼差しで問いかけてくる。ティアラはその態度に甘えてしまいたいと思いながら、顔を俯けた。

 人に弱みを見せたらないティアラだが、いっそのこと今日の出来事を言ってしまおうと口を開く。



「実は――」



 なるべく平常心を保ちつつ魔王国での出来事を淡々と話していった。

 クレイは口を(つぐ)み、真剣に話を聞いていた。


 聞き終わったクレイは紅茶を口に入れて一息つき、ゆっくりと話していく。



「ユーミルはティアラの大切な友達だったんだな」



 そう。全くそのとおりだ。自分がもう少し早く駆けつけていればという気持ちが押し寄せてくる。



「……そうですわね」


「無理するな。今すぐにでも取り返しに行きたいんだろ?」



 その言葉に心が揺れ動いた。今すぐにでも取り返しに行きたい。だけどそれには情報と準備が必要だ。



「【斬魔封殺(ざんまふうさつ)(きわみ)】――発動前の魔法を斬ることの出来る技だ」


「知っているんですか?」


「剣術の頂きに立った者が使える技で、体得している者は限られていると思う。そして俺は1人だけ使える奴を知っている」


「それは誰ですの?」



 ティアラは眉を寄せながら、殺気に似た威圧感を放ってしまう。



「名はゲイン――3年前にジルムンクで消息を絶った俺の師匠のようなやつだ」


「ゲイン……」



 その名前には聞き覚えがあった。ティアラが産まれた年に「王妃殺し」「王族の誘拐」という大罪を犯し、消息を経った人類最強と呼ばれた聖騎士。他国にも事件の内容が瞬く間に広まった最悪の歴史の1つである。



「生きているんですか?」


「それはわからないが、3年前までは生きていた。だけどその男がゲインとは限らない」


「だけどその者を追う価値はありそうですわね」



 クレイの言う通りゲイン本人とは限らない。だけど何かしらの手がかりになる可能性はある。



「ありがとうございます」



 ティアラは心から感謝の意味で深々と頭を下げる。プライドが高い故、そんなことをしたことはほとんどない。それだけクレイの事を認めているのだ。



「皇女が平民の俺に頭を下げるなよ。誰かに見つかったら殺されるだろ」


「誰も来ませんし、来ても簡単に殺されるほど柔じゃないでしょう」



 なんとなくだが、自分のことを心配して元気づけてくれている。クレイの冗談混じりの言葉にはそんな意図があるのではないかとティアラは感じた。

 それは優しさなのだろう。だからこそ確認しておきたい事はいくつもあった。



「あなたに投げた質問の返答をください。どうしてリンシアちゃんの為にそこまでするのでしょうか」



 これは悪魔の襲撃によって有耶無耶(うやむや)になってしまった事だった。

 クレイは優雅に紅茶を1口飲み、落ち着いた様子で口を開いた。



「リンシアは俺の妹なんだ」



 予想していなかった事実に思わずティアラは目を見開いた。それだけではない、妹という言葉にティアラの心がほんの僅かに揺れ動き、自分の進むべき道が正しいかどうかという不安な気持ちを蘇らせた。



「……どういうことでしょう」


「俺は元々王子として生を受けたらしい。そして聖騎士であったゲインに誘拐されジルムンクで育つこととなったんだ。俺も国王から聞かされた事だがな」



 言われてみればリンシアもクレイと同じ銀髪碧眼。そして顔立ちも似ていなくはない。



「ゲインが誘拐した王族があなただったということですか?」


「そういうことになるな。俺は王族になるつもりはないが、妹であるリンシアだけは支えたいと思って動いている」



 確かにそういうことなら辻褄が合ってしまう。だけどどこか寂しい気持ちがティアラの内面に渦巻き始めた。



「今まで姿すら見たこともない少女が妹だとわかったから支えていこうと思ったということなんですか?」


「……それだけではないが、そういうことになるな」


「どうして妹だとそうなるんですか?」


「妹を守るのが兄の役目だろう」



 その言葉はティアラの心に再び喪失感を与えた。

 妹を守るのが兄の役目――自分もそうであって欲しいと願っている。

 だからこそ、今はいない兄の存在を寂しく感じてしまったのだ。



「そう……ですか」



 しばらく2人の間に沈黙が走る。


 ティアラは気を紛らわせるため【アイテムボックス】からストラテジーを取り出した。

 前世のときからそうだったが、ティアラは何かをやりながら話を進めると無意識領域の思考が発揮され、良い考えが浮かぶタイプなのだ。



「ルールは知っていますか?」


「一応知ってるが」



 駒を並べてながら、ティアラは話題を変える。



「神の世界で起きている事は私も全て把握してません。ですが、当面はハーデスの復活の阻止。そしてユーミルを取り戻すために動きたいと思っていますわ」


「ハーデスが復活すると何かあるのか?」


「わかりません。ユーミルの話だとハーデスは12神によって封殺されました。その12神によって作られたこの世界をよく思わないと私は思います」



 駒が並べ終わると、ティアラは一手動かしながら主張する。クレイも同じ考えのようで頷いていた。



「確かにその通りだな」


「だからその……あなたには……私の味方でいて欲しい」



 そしてティアラは己の感じている不安を漏らすように、弱々しく呟いた。自分と同等の能力を持つ天才に何かを重ねているのだろうか。そんなティアラを見ていたクレイは真剣に答えていく。



「目的が同じならその解釈で構わないし、俺もティアラの敵でありたくない」



 決して優しい言葉には聞こえないが、それを聞いたティアラの中に再び安心感が宿っていく。クレイの照れ隠しにも似た優しさがその言葉に含まれているのがわかったからだ。

 それは自分が異世界から来たことを打ち明けていいとさえ思えるほどに。



「……もちろん私はリンシアちゃんも含めた可愛い女の子達の味方ですわよ」



 だけどそうしなかった。まだ全てを信用したわけではない。

 別の角度からの不安に、自然とティアラの言葉に空元気が交じる。



「なんだそりゃ……」


「ふふっ」



 ティアラは笑いながら《ストラテジー》の盤面の駒を本来動けない場所へ移動させていた。







 ティアラの見せる真剣な瞳からは、ユーミルはティアラにとって本当に大切な人なのだと伝わってくる。最初こそ思い込みが激しく、厳しめ性格な印象を持っていたティアラだった。だけど今はどこか放っておけないような、可愛げのある懐かしい雰囲気を感じさせてくれる。


 俺は駒を動かそうと盤面を見た直後、異変に気づいた。

 駒がルール上、動くことの出来ない場所に存在したからだ。


 ――違う。


 このストラテジーのルールでは置く事の出来ないだけで、本来のゲームである《チェス》なら動かすことの出来る場所なのである。



「ここは動かせないだろ」



 呆れながらも自然にティアラへ指摘をする。

 本来なら間違えただけと流すだろう。だけどその相手がティアラという事もあり、もしかしたら俺と同じ世界から来ているのかもしれないという疑念が生まれた。


 ティアラは紛うことなき天才だ。それは達成してきた偉業の数でわかる。ラバール商会に集められたデータによればあのセントラル商会を立て直し、政治にも関与し皇国の貧困率を激減させている。そしてあの戦闘力。他にもいろんな事を達成している。

 そんな天才が転生なしに生まれる確率はかなり低い。

 低い確率よりも、神によって俺のように転生される方が自然と考えられた。



「すみません、間違えてしまいました」



 ティアラは慌てた様子で駒を戻した。先程から見て取れたが今日のティアラには余裕が見られない。素で間違えた可能性も高い。


 そんな様子を観察しながら俺はどうするべきか考えた。

 別世界から転生してくるというだけで、かなりのアドバンテージである。そんな逸材が複数人いたらこの世界のバランスを壊しかねない程の事を起こせるだろう。


 そして同じ世界から来たということなら唯一の秘密を共有する存在して味方になってくれる確率の方が高い。そいつが悪人だった場合、話は変わるのだが――。



「ティアラは《ストラテジー》を自分で編み出したのか?」


「そうですわね。こんなゲームがあればなぁと思って作ったんです」



 さっきの慌てようとは違い、何事も無かったかのように自然に振る舞うティアラ。



「頭いいんだな」


「あなたには負けますわよ」



 世辞の言い合い。

 これ以上探りあっても意味が無さそうに感じた。いっそのこと「異世界から来たのか?」と直接聞いてもいいぐらいである。

 これまで関わってきた感じ、少なくともティアラは悪い人間ではないし、むしろ好意的に取れる一面も多かった。

 だからこそティアラ自身を見極めるために最後の問答を始めようと俺は口を開こうとした。



「あなたには目標とか夢とかあるの?」



 だがティアラの方が1テンポ早く問いかけてきた。さっきまでの雰囲気とは別の、真剣味溢れる表情をしている。


 俺は言葉を失った。ティアラに全く同じ質問をしようとしていたからである。

 この質問は前世での妹が相手を見極める最初の一手として、よく使っていた質問だった。

 自分を優位な立場に立たせるのみではなく、その内容によって相手のことを見極め、深堀していける最初の一手。俺はそれに習って人を見極める時には好んで使う問答だった。


 そしてさらに、その問いかけをしてきたティアラの仕草が妹である沙奈の面影に重なって見えてしまったからだ。



「特にない」



 動揺していただろうか。ポーカーフェイスを保とうと、反射的にあの日と同じ内容を呟いていた。



「……強いて言うなら?」



 ティアラが何故か一瞬動揺したかのよう瞳を揺らし、問いかけてきた。

 その言葉に俺は思わず息を呑んだ。さらには内側から言い表すことの出来ない、胸を締め付けるような複雑な感情が入り乱れ始める。

 そして何かを確かめるように――パズルのピースを組み立てるように――今までのティアラの言動や仕草が頭の中を一気に駆け巡っていった。



「大切な人を守れるぐらいの甲斐性を付けたいかな」



 だからこそ、あの日と同じ口調で――あの日と同じように囁きながら、俺は駒を前に進めた。



「えっ……?」



 ティアラは目を丸くしている。その様子で動揺しているのがわかった。


 今やその表情すらも大切な人の面影と重なる。

 そんなティアラに対して、俺はポツリと呟いた。



「沙奈……?」



 それを聞いたティアラは口に手を当て、次第に吃驚(きっきょう)な表情へ変えていった。

 さらに、綺麗な2つの瞳から透明な雫が流れ、頬を伝いだす。そして唇が微かに震え、消えそうな声を絞り出した。



「お兄様……なんですか?」



 俺の心の奥深くに熱い何かをこみ上げさせる。だから確かめるように掠れた声で投げかけた。



「本当に沙奈なのか……?」



 直後、ティアラは物凄い勢いで俺に飛びついてきた。

 そして力いっぱい抱きしめてくるのだ。

 遅れて《ストラテジー》の駒が机の下に転がり落ちていく音が聞こえてくる。



「お兄様……(みかど)お兄様!」



 ティアラは大粒の涙を流しながら、必死に叫ぶ。

 俺はその懐かしい聞きなれた名前に安心感を抱きながら、ティアラの華奢な身体を引き寄せ、机から膝の上に移動させた。そして力強く抱擁し返す。



「沙奈……会いたかった」



 言葉なんていらなかった。しばらくの間抱き合う2人。


 落ち着いてきた俺は沙奈の温もりを手放さないように、これからすべき事を頭の中で思い浮かべいた。

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