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第81話

 王国や皇国から遥か北の土地には3つの魔族の国がある。聖魔国(せいまこく)魔豪国(まごうこく)魔王国(まおうこく)。その内の1つである魔王国の中央都市にティアラは足を踏み入れていた。

 理由は友達であり、同じ神の使徒である《ユーミル》に会い、今回の件やクレイの事を相談しに行くためにである。

 ミロード王子が死去してから3日が経過していて、そろそろ王国にもその事実が伝わる頃であった。



「早めに着いてしまいましたわ」



 人通りがない路地裏に【転移】してきたティアラは何気なく独り言を呟き、身なりを確認した。

 本日はいつもの豪華なドレスではなく、平民の女の子が普段着るような服を身にまとっていた。目立たないためのカモフラージュである。



「【気配遮断(シャドウ)】」



 さらに印象を薄くするため【気配遮断(シャドウ)】を発動させ、ティアラは慣れた足取りで大通りに出た。街は王国程ではないが活気に溢れていて、周りには魔族達が闊歩している。

 魔族と言っても千差万別で、肌が黒い者もいれば、人間のように白い者もいる。角が生えている者もいれば、逆に角も生えていない魔族も沢山いるのだ。

 つまりパッと見だけでは判断がつかない場合が多い。そんな魔族の特徴としては耳が少し尖っている事で、見た目で判断するのは耳を確認する者が多い。したがってティアラも今は付け耳を付けている。


 しばらく歩いていると、10メートル四方の屋敷に到着した。


 ユーミルは平民なのだが、魔王国ではそれなりの地位についている。

 魔族は強者こそ上の地位に登れる種族。14歳ではあるが、神に才能が認められ、神の使徒に選ばれるぐらいにはユーミルも実力者なのだ。

 貴族制度はもちろんあるが、基本は強き者が王位に立つ。血筋を重んじる人間の国とは考え方が違うのだ。



「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」



 ティアラは門を開け、呼び鈴を鳴らした。


 ――反応がない。


 首を傾げたティアラは家の中に入って行く。

 使用人が留守のときはユーミルが顔を出してくれるのだが、約束をしていたにも関わらず姿を見せないのはおかしい。


 中に入ると広いエントランス。

 荒れた様子も無く、逆に不気味な静けさが漂っているようにも感じた。

 そしてユーミルの気配を感じない。



「いやっ、ほんの少しだけ気配……魔力を感じますわね」



 ティアラが魔力の痕跡を追っていくと、地下に続く階段を見つけた。階段をゆっくり下がっていくと、1つの扉が見えてきた。

 扉の向こうにユーミルの魔力を感じるが、同時に不鮮明で言い表しようのない気配も感じていた。


 ティアラは目をつぶり、気持ちを制して扉を押し出した。



「なっ……」



 開いた瞬間、目を疑った。中は地下とは思えないほどの広い部屋だった。だけど真ん中に少女が倒れている。短髪で薄い水色の髪色の少女――ユーミルだった。

 そんなユーミル見下ろすように、恰幅の良い男が背を向けて立っていたのだ。

 背中には闇を纏い、周りには壊れた家具が散乱している。



「ユーミル!」



 ティアラは叫ぶが、男は振り向く様子もない。



「神の使徒か」



 濁った声が静かに耳を通り抜けた。纏った闇の隙間から仄かに見えるグレーの髪が動いているように錯覚するほどの重圧を感じた。



「【氷結停止(フリージング)】」



 間髪入れずに、怒りの感情を顕にしたティアラが魔法を発動させる。直後――高速の一刀がティアラへ向かってきていることに気づいた。

 ティアラは咄嗟に横へ飛び、ギリギリでその一刀を躱すことに成功した。一刀はそのまま通り過ぎると<パキン>という何かが壊れる音が聞こえてくる。

 同時に何も起きていないことに違和感を感じた。


 ――魔法が発動していない。


 この一刀により魔法を発動前に無効化されたということを瞬時に悟った。 



「この使徒の魂は貰っていく」



 そう呟き、男の背負う闇が深く大きくなっていくのを感じた。途端に男は闇と一緒に消えていた。



「はぁ……はぁ……」



 ただ躱しただけのはずなのに、ティアラの息はあがっていた。

 それほどのプレッシャーを放っていたということになる。

 それよりも――


「ユーミル!」



 ティアラは焦った様子で倒れる少女の元に駆け寄っていった。

 目立った外傷はないが、呼吸をしていない。だけど魔力が巡っているのを感じる。まだ生きている。



「【エグゼクティブヒール】」



 即座に回復魔法を唱えた。部屋は光で満ちていくがユーミルの呼吸は戻らない。



「なんで息をしてくれないんです」



 生きていることは確かで、体内の魔力が活性化して動いている。


 ふと男の言葉が頭をよぎった。「魂は貰っていく」と。


 つまり今にユーミルの身体は魂がない抜け殻状態なのではないか。

 ティアラはそう仮説を立て、今にも泣きそうな表情で、歯を噛み締めていた。


――悔しい。


 すると地上からドタドタと足音が聞こえてくる。

 恐らくは使用人が帰ってきたのだろう。



「ユーミル様っ!」



 使用人は倒れたユーミルを見て取り乱していたが、落ち着きを取り戻した。

 その後ティアラは使用人に先程起きたことを丁寧に説明していった。



――



「――ということですわ」


「ティアさん、ありがとうございます。ユーミル様は生きているんですよね?」


「おそらくは。魂を抜かれていますが、仮死状態のはずです。だから私が必ず取り返します」


「嬉しいお言葉です。ちなみに襲撃者は何族だったのでしょう」


「わからなかったわ、でも魔族ではなかったと思います」


「そうですか……わかりました」



 使用人は目を細めて深く考えるように俯いた。



「そろそろ帰りますね――【腐食防止(アンチロット)】」



 【腐食防止(アンチロット)】は腐敗を遅らせることの出来る魔法である。普通なら数日で腐るものが、数年まで伸びるのだ。



「ご行為感謝致します。では出口まで見送りますね――」



 外に出たティアラは手を力強く握りこんだ。

 この世界で唯一の友であったユーミルが何者かに襲われ、魂を奪われた。

 ピンポイントで狙ってくるあたり神の使徒関連だろう。


 夜はクレイと会う約束をしている。もしかしたらあの男についても何か知っているかもしれない。


 ティアラは絶対にユーミルの魂を取り戻すことを心に誓い、魔王国を後にした。








 日が沈んだ頃、神であるゼウスに会うべく教会に赴いていた。ティアラから聞いた《ハーデス》の情報を聞くためである。



「ここへ来るのも久しぶりだな」



 教会を見て思わず呟いた。思えばこの教会には信徒の儀以降一度も来ていなかったからだ。

 中へ足を踏み入れると、夜にも関わらず祈りを捧げている少女の人影が見えた。

 そして祈りを捧げ終わったのか、少女は立ち上がり振り向く。すると見知った顔が飛び込んできた。



「あれ、クレイ君じゃないっすか」



 教会で祈っていた少女は王都学園アルカディアの騎士科Sクラスのリオンだった。

 ブロンドのポニーテールを揺らしながら、笑顔で寄ってきた。



「祈っていたのか?」


「そうっすね、たまに祈りに来るんす」



 人懐っこくヘラヘラとリオンは呟いた。

 神に祈るというリオンの意外な一面に俺は訝しげな表情を作る。



「それは信仰か?」


「信じてるって程ではないですけどね」


「なるほど」



 前の世界で例えるなら神社に行くような感覚か。



「クレイ君も教会に何をしに来たんすか? 祈るって柄でもないような気がするんすけど」



 リオンはそう言って目を細め、疑い混じりの視線で俺を見つめる。



「祈りに来たんだが?」


「へぇ~、クレイ君は神を信じてるんすか?」



 それを聞いて目を丸くしたリオン。


 信じるも何も神とは会ったことすらある。

 それに教会で祈っていたリオンに言われたくない。



「一応な」


「そうだったんすね~」



 関心があるのか、意外そうな顔でかぶりを振りながらリオンは俺を見つめる。

 次第に何かを思い出したかのような表情を作った。



「あっ、これから用事があったんす。また学校で会おうっす」


「そうだな。あと今度でいいが、故郷に招待する件頼んだぞ」


「故郷の件?」



 リオンは顎に手を当て、首を傾げる。

 こいつ約束をわすれてないだろうか。



「お前の剣没収するぞ」


「冗談っすよ! 覚えてるっす。都合のいい時に声かけて欲しいっす」


 故郷へ連れていき、魚料理の提供と商会長に会わせるという条件の元、リオンの剣を直す材料を一緒に取りに行ったのだ。その約束をしっかり覚えていたようで、リオンは了承して手を振りながら笑顔で立ち去っていった。


 俺はそんなリオンを見送ると、正面へ向き直り目をつぶる。

 あれ以降祈ったことはないのだが、どうだろう。


 しばらく時間が経過するが、前のように瞼の奥から光が溢れてこない。

 手を胸元で合わせたり、思考を切り替えて真っ白にしたり、ゼウスに会いたいと願ったりしても何も変わらなかった。



「まさかとは思うが……」



 俺はティアラの話を思い出す。確か神であるヘラに会うことが出来なかったと言っていた。

 それと同じ現象が俺にも起きているのだろうか。


 どっちにしろゼウスからの情報収集は無理そうである。



「やはりティアラから情報を集めるしかないか……」



 ため息混じりに肩を落とし、何事も無かったかのように教会を後にした。

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