第80話
遅くなりました、すみません……
【アトミックブレス】――火、水、地、風の4属性の【マテリアルブレス】に光、闇を加えた6属性の魔力を高出力で拡散させることなく一直線に放つ魔法である。
俺が放った【アトミックブレス】によって、空に光の軌跡がキラキラと舞っていた。
――悪魔の気配は感じない。
どうやら完全消滅させることに成功したようだ。
それを確認した俺は辺りを見渡しながら徐に手を翳し、グリムとクウガに【エグゼクティブキュア】をかけた。
そして腰に掛かった剣を握り、魔力と気力を練り上げ始める。
「い、一撃……??」
闘技場のアリーナ席から、誰かの驚きの声が聞こえた。
俺は剣を構え【自己加速】で姿を消した。
「ギエエェェェェ!」
「まだだ、あと1匹生き残って――」
悪魔の奇声と誰かの叫び声が聞こえる。
その瞬間、俺は魔力を込めた剣で10メートルほどある巨大な悪魔を真っ二つに切り裂いていた。
巨大な悪魔の奇声はぱったりとなくなり、2つに別れた体が両側にゆっくりと倒れていった。
「あれが噂のラグナ……!」
「実力の格が違う……」
震えすら感じる声が会場を渦巻いた。会場にいるほとんどの者からの視線を感じる。
すると突然、女性の声が舞台に響いた。
「ミロード様! ミロード様!」
金髪の女性が必死に倒れているミロードの元へ駆け寄っていく。
そしてミロードの身体を起こし、目を見開いた。
「嘘だ……嘘だと言ってくれ……」
俺がこの場に来た時、ミロードを視認することで初めて会場にいる事に気づけた。
その理由は気配を全く感じなかったからだ。
それはすなわち――
「殿下を守れなかった。私の責任だ」
涙ぐむ金髪の女性の元にゆっくりと近づいていったクウガは、悔しそうに眉を寄せ、悲痛を呟いた。
そう、ミロードは既に死んでいたのだ。
腕の中にはミロードに守られるように気を失っている女性が見える。おそらく寸前でしっかりと庇ったのだろう。周りにいた皇族達や騎士達がミロードの元へ駆けつけていった。
そんな中、俺はグリムへ【メッセージ】を繋げていた。
『すまない、もう少し早く駆けつけていれば』
グリムは一瞬戸惑うが、順応な対応で思念を飛ばしてくる。
『クレイ君は悪くないよ』
『だが――』
『助けてくれてありがとう。クレイ君はやっぱ強すぎだよ』
空気を変えるためかグリムは口元を緩めて、呆れるように俺を見ている。
『助かる』
『それよりもこれから騒ぎになる。ここは僕に任せて、ここから早く立ち去った方がいい』
おそらくこれから皇国も王国も大変な騒ぎになるだろう。グリムの言葉に頷いた俺は【転移】で即座にその場を後にした。
――
―
闘技場だった目の前の視界が、一瞬にして見慣れた自室に切り替わった。
そして仮面を外し、倦怠感に苛まれた俺はゆっくりと床に腰を下ろしていく。
「流石に疲れた」
元々ティアラとの戦いが終わった時点では【転移】1回分の魔力しか残っていなかった。【アトミックブレス】や【エクゼクティブキュア】などの魔法が使えたのは【サタンの加護】により魔力が爆発的に内側から湧いてきたおかげである。感情によって限界を越えた魔力が使えるようになるのだ。
それでも無限ではない。最後の【転移】によって俺の魔力はほとんど残っていなかった。さらに副作用なのか、目眩や吐き気、精神が蝕まれそうになる感覚に襲われている。
「それよりも色々問題があるな」
目眩を気合で抑えて、俺は得た情報を整理していった。
第1王子であるミロードの死去。これによって国同士の問題に発展しかねない。交流会先での王子の死去など普通は戦争にまで発展してもおかしくないのだ。
ハーデスの件も含めて今後の事をティアラと話し合うしかない。
それよりも――
<コンコン>
俺が思考を巡らせているとリズムよくノックの音が聞こえた。気配ですぐエミルだということがわかる。あれから度々訓練などをしてエミルは気配を読み取る力を伸ばしていたので、俺の気配に気づいたのだろう。
そしてアリエルの気配もゆっくりと近づいてくるのを感じた。
「入っていいぞ」
「ご主人様、おかえり――どうしたの!?」
「おぉ、クレイがこんなに魔力を消費するのも久しぶりにみたのじゃ」
疲労感が出ていただろうか、俺の姿を見たエミルが焦った様子で真っ先に駆け寄ってきた。
「魔力を使いすぎたんだ。休むか寝るかすればすぐに治るから安心してくれ」
「ご主人様がこんなに疲労するなんて……どんな敵と戦ったの!?」
エミルの質問に対して、俺は真っ先にティアラの姿が思い浮かぶ。
「漆黒の……美姫?」
「漆黒の……美姫! 倒したの?」
真剣な眼差しで問いかけるエミル。
「倒してない倒してない、そもそも敵じゃない。勘違いだったんだ」
「おのれ漆黒の美姫……私がいつか報復するわ!」
エミルは両手で小さくガッツポーズを作り、今にも飛び出す勢いで張り切っている。
そんな姿に思わず苦笑してしまう。
「だから敵ではない……たぶんな。それよりもエミルに頼みがある」
「なんでも言ってご主人様! 夜這い?」
「なぜ夜這いになる。それに夜這いは頼むものじゃないだろう……魔力ポーションを持ってきてくれ。」
「任せて!」
エミルは元気に返事をして、ポーションを取りに走り去っていった。
俺はそんなエミルを見送ったあと、アリエルの方へ目を向けた。
「なにがあったのじゃ」
「話せば長くなるんだが悪魔と戦ってきた」
「なにっ、悪魔が出たのか?」
俺はアリエルにティアラと戦ったこと、ハーデスの件、悪魔を2体倒したこと、そしてミロードが死んだことを短くまとめて話した。
アリエルは話を聞いている最中から目を丸くして驚いていた。
「悪魔を2体倒すとはやはりクレイは強いのじゃ」
「サタンに比べたら全然だったぞ」
「サタンは古い悪魔で、幾人もの魂を喰らってきた四大悪魔だからの……それよりも悪魔がそのハーデスとかいう神の力で生み出されていたとは」
「ハーデス……今すぐ何かが起きる訳では無いがこっちでも色々調べる必要がある。神の使徒には気をつけてくれ」
「うむ、何かあったら言ってほしいのじゃ」
ハーデスの復活。これを阻止するためにティアラは動いていると言っていた。まだ確証はないが俺もその方向性に考えを固めた方がいいだろう。ついでにゼウスにも確認してみるか。
「それよりもそのティアラという皇女はなかなかやるではないか。クレイの嫁候補かの?」
「どうしてそうなるんだ」
「なんとなくじゃ。皇女のことを話しているクレイから、わかりあえたような不思議な感情が伝わってきたのじゃ」
俺自身理解していなかった部分をアリエルが指摘してきた。
ティアラはこの世界で初めて出会った自分に似た天才だ。そんなティアラに自分を重ねているのだろうか、もしくは惹かれているのだろうか。
「魔力ポーション持ってきたわ」
するとエミルがA魔力ポーションを握って部屋に入ってくる。
俺は魔力ポーションを受け取り、一気に飲み干した。
所詮は一般人用に作られたポーションなので【転移】が使えるぐらいには程遠いが、ないよりは増しだろうと思える魔力が身体から湧き上がった。
「助かる。これからちょっと王城へ出る。留守番たのんだぞ」
そう言って俺はすぐに自宅を出た。
リンシアにミロードの件を報告するためである。今回の事件は皇国での出来事であるため、王国に伝わるのは最短でも5日はかかる。なので心の準備も兼ねてその前にリンシアの耳に入れておきたい。
「わかったわご主人様。いってらっしゃい」
――
―
リンシアの部屋。リンシアは俺の姿を見て笑顔で出迎えてくれた。ちなみにここへ来ることは【メッセージ】で予め伝えてある。
「何か問題があったんですか? 王族交流会の最中は接触は控えると言っていたのに」
頬をほんのりと染めながら唇を綻ばせるリンシア。
その表情からは嬉しい感情が読み取れる。
「これから話すことを冷静に聞いてほしい」
俺はそんなリンシアを真剣な表情で見つめた。
深刻な雰囲気を察してか、リンシアの目も真剣なものに変わっていく。
「わかりました」
「第1王子であるミロードが皇国に出現した悪魔との戦いによって命を落とした」
「……えっ」
リンシアは言葉を失い、次第に顔を青ざめていく。
そして疑い混じりの表情で俺に問い掛けるのだ。
「嘘……ですよね?」
「事実だ」
「そんな……」
「信じたくない」そんな感情がリンシアの声色から伝わってきた。
表情は悲しみに染まり、青色の瞳からは涙が溢れてくる。
「数日したら王国に報告がくる。その前に心構えだけでもと伝えに来た」
リンシアは無言で俯き、涙を拭うことなく立ち尽くしていた。
自然と頬を伝う涙は床へと次々に落ちていく。
どれくらいたっただろう。しばらくしてから掠れた声が俺の耳を通り抜けた。
「クレイ……私はどうすれば」
王族の業務も凛とした態度でこなしてきたリンシアが、不安を声に乗せながら俺に問い掛けてきたのだ。そこには王族ではなく、子供のように泣き愚者る少女の姿を見た。
その不安と悲しみが入り交じったような儚い表情に、俺の中からどうしようもない感情が湧き上がってきた。
「俺がいる。大丈夫だ」
俺はその感情と向き合うように、感じたことをそのまま口に出していた。
前々から決めていたことを、初めてリンシアの前で紡ぐ。
「クレイ……」
リンシアは潤んだ瞳を向けながら、弱々しい声で俺の名前を呼んだ。
「俺が必ず守るから、安心しろ」
そんなリンシアに俺は微笑みを見せ、歩みを進めた。
「クレイっ」
リンシアは俺の懐目掛けて駆け寄ってくる。
そして俺の胸の中にすっぽりと収まった。
「リンシア、我慢するな。泣いていいんだぞ」
「がなじいでず……ふあんでず……もうどうずればいいのかわがりまぜん……うわぁぁぁん――」
子供の様な大きな鳴き声が部屋に響き渡った。
俺はリンシアの頭を撫でながら、しばらくの間【遮音】の魔法を発動させるのだった。
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