第78話
ミンティエ皇族が管理する闘技場は2つあり、1つは城の敷地内に存在する。
第1王子であるミロードは早朝、クウガと共にその闘技場へ赴いていた。皇国のイベントである騎士団実力戦が本日行われるので、それを見学するためだ。騎士団実力戦は皇国の選ばれた騎士達が順に戦い、実力を皇族にアピールするイベントである。
朝も早いのに、闘技場では皇族や騎士の各人も既に集まり始めていた。
「殿下、皇国の騎士のレベルは去年よりも上がったらしいです」
クウガはいつも見せる渋い表情で、集まり出した騎士達を睨んでいた。
「そうだね。王国のためにも、皇国の教育方針は持って帰りたいものだよ」
そんなクウガに笑顔で返答したミロード。聖騎士に任命されて10年以上立つが、クウガの見下す癖や渋い表情にはもう慣れている。
「騎士様、頑張ってくださいね!」
ふと聞こえた綺麗な声――その方向へ視線を向けると、豪華に着飾った少女が騎士へエールを送っていた。あれは第2皇女のククリーナ。今回王族交流会でミロードと入れ違いになった"麗姫"ティアラの姉であった。
「ふふっ」
ミロードは思わず微笑んでしまう。リンシアも成長したらこんな風になるのだろうかと。
すると突然、地響きが起こった。
「地震か?」
「殿下、大丈夫ですか」
地響きは止むことなく大きくなっていく。開けた場所にいる場合は無闇に建物に入らず中心に向かうのが地震の対処法だ。
ミロードは中心へ向かおうとした途端に<ガゴーン>と突然の騒音が鳴り響いた。
身長の4倍はある丸くて黒い物体が闘技場の壁を突き破って侵入してきたのだ。
それにより騎士達が数名、巻き添えで物凄い勢いで吹き飛ばされていく。
「なんだ?!」
「殿下、お下がりください!」
丸い物体は途端に不気味で邪悪な魔力を宿す。そして手、足、顔が<ジャキッ>と生々しく音を立て生えてきた。
「ギオオオォォォ!」
それは牛の顔、羽を持つ悪魔のような姿だった。
その悪魔は即座に魔法を発動。地面が抉れ、その無数の破片が魔力により全方向へ飛び散った。
「きゃぁぁぁぁぁぁ」
「危ない!」
ミロードの体は勝手に動いていた。
第2皇女を庇うために動きながらも魔法を発動。闘技場の舞台にいる唯一非戦闘員の少女へ向かう破片をミロードの魔法が遮断する。
「ぐっ……」
足の痛みに苦痛の表情をミロードは浮かべた。どうやら破片が1つ足にくい込んだらしい。
「殿下、お怪我はありませんか?」
クウガはいつの間にか悪魔へ斬りかかっていた。無数の破片もできる限り撃ち落とし、先手を取ったのだ。流石クロード家の長男と言っていいほど反射速度がずば抜けている。
「大丈夫、足をやったみたいだけど生きてるよ」
ミロードの手の中で気を失っている第2皇女を見つめながら呟いた。
◇
何が起きているんだ。明け方、ミンティエ皇国中央都市に到着したグリムが思ったことである。
門は破壊されていて、巨大な何かが通ったような跡が地面を抉り、まっすぐと城へ繋がっている。辺りには死傷者が転がっており、治療術師や衛兵の叫び声が響いていた。
「これは先程の悪魔の仕業か!?」
「わかりません。早く城に向かわないといけませんね」
「お前達は怪我人の手当を手伝え! 私とグリムは城へ向かう」
フレリィーの命令に、調査員達が返事をして散開する。グリムはフレリィーと共に、城へ伸びた巨大な跡を追った。
城に到着すると、門はもちろん壊されていた。だが真新しい焼け焦げた跡が残っており、この跡を付けた正体がすぐ近くにいるのがわかる。
「きゃぁぁぁぁぁぁ」
急に女性の甲高い叫び声が聞こえた。グリムとフレリィーはそのまま叫び声のする方へ向かうと、開けた闘技場のような場所に到着する――直後、何かがグリムの目の前を高速で通過した。
――人だ。
それは騎士だった。
目の前を通過した騎士は壁に激突し、見るも無残な姿になっている。
飛んできた方向へ目を向けると、10メートルはくだらない大きさの巨大な何かがいた。
おそらくは悪魔だろう。姿形は祭壇から出現したザガンに似ているが、大きさは比ではない。
「ギオオオォ!」
悪魔は雄叫びを上げた。
闘技場はアリーナ席のようになっていて、観客席にはチラホラと皇族や騎士が驚き、立ち上がっていた。
何十人もの騎士達が血を流し、倒れている。そして見慣れた騎士がただ1人、誰かを庇いその悪魔と戦っていた。
「兄さん! ミロード様!」
それは聖騎士クウガと第1王子のミロードだった。ミロードも誰かを庇うように屈んでいる。
フレリィーの声により、悪魔がこちらを振り向いた。
「はっ!」
その隙にクウガの握る魔力を宿した剣が悪魔を斬り裂いた。すると爆発し、その衝撃により巨大な悪魔を吹き飛ばした。
「何故ここにいる!」
クウガは闘気をぶつける勢いでグリム達の方へ叫んでいる。
「調査のために皇国領へ来たのですが、途中2体の悪魔に遭遇しました。その内の一体が皇国へ向かったのでそれを伝えに来ました」
「あいつの事か?」
クウガは巨大な悪魔が吹き飛ばされた方を見て呟いた。
「いえ、あいつではないです」
「もう1匹の悪魔はどうした」
「……ヴァンが戦っています」
「そうか」
苦虫を噛み潰したように呟くフレリィーにクウガはそれが当たり前であるかのように短く返事をした。
「殿下の御身は守らねばならん。それに皇族もだ。お前達は殿下を護衛し、皇族達と共に避難しろ」
「わかりました」
クウガはそう言って、グリムに一瞬目を向ける。そして即座に悪魔の方へ視線を動かした。
「殿下を頼んだぞ」
「暗黒の始まりをここに――【煉獄の侵槍】」
不意に聞こえた耳障りの悪い声。
途端、空間に亀裂が走り、そこから2本の槍が現れた。槍はそのまま高速に伸び、クウガの胸を貫く。
「グッ……」
クウガは寸前で躱し、急所を外していた。流石"剣王"というところだろう。
だが――
「殿下ぁぁぁ!!!」
クウガは叫んだ。
もう1本の槍はミロードの胸を貫いていたのだ。
槍はそのまま消滅し、ミロードがその場に倒れ込む。
「おやおや、1匹は躱しましたか」
亀裂から黒い靄のかかった人形の何かが出てきた。数時間前に祭壇で対峙した悪魔――ベリアスだった。
「はぁっ!」
グリムの反応は早かった。現れたベリアスへ、ノータイムで剣を振るう。
「【黒の衝撃波】」
剣が当たる前にグリムの体を衝撃が走った。両手の平から衝撃波を放ち、グリム、そして横にいたフレリィーに当てたのだ。
グリムはそのままフレリィーと共に吹き飛ばされる。
「ゲホッゲホッ……」
咳に血が交じている。内蔵をやられたらしい。それはフレリィーも一緒のようで、口から吐血していた。
「あるぇ、生きてますね。少々手加減しすぎましたか」
いぶかしげに眉を寄せたベリアスは嘲笑うかのように呟いた。
突如、辺りを爆発したような強大な気力が覆った。その気力の正体はクウガだった。
渾身の力を込めたクウガの剣撃がベリアスへ向かう。
「はぁぁぁぁっ!【斬空剣】!」
<カキーン>と音が響く。ベリアスは爪で剣を受けたのだ。そして攻撃をしたはずのクウガの口から血が流れ出した。
「くっ……【キュア】」
クウガは急に状態異常回復魔法を使った。何か状態異常を受けているということなのだろうか。
「そんな魔法如きで侵槍の毒は消えませんよ」
ベリアスが使った【煉獄の侵槍】には状態異常の効果があったのだ。それは魔力、気力、そして筋力を奪いながらダメージを与える猛毒だった。
「俺を舐めるな!」
クウガはまたも爆発的な気力と魔力を放出し、消えたと思うような速度で間合いに入り、高速の斬撃を振るう。
「【桜花乱舞】」
グリムも見たこともないような凄まじい速度の連続斬撃がベリアスへ繰り出された。
だが、ベリアスはそれを両腕の爪でしっかりと対処している。
「ほぉ……なかなかやりますねぇ」
言葉とは裏腹にまだまだ余裕の笑みを浮かべるベリアス。
「でも剣では僕には勝てません【断魔の爪】」
その直後、撃ち合っていたクウガの振るう剣が<カキーン>と音を立て真っ二つに折れた。
その光景にクウガも一瞬目を見開くが、そのままの体制で後退する。
「【断魔の剣】」
禍々しい剣がベリアスの手から放出され、真っ直ぐにクウガへ向かう。
クウガは折れた剣でそれを弾くが、剣は粉々に砕け散り、左肩を貫いた。
――毒が効いているのか。
キレがないクウガの動きにグリムが抱いた感想である。本来のクウガならあれぐらいの投剣はなんなく躱せるはずなのだ。
「はぁっ!」
グリムは【断魔の剣】を放ったばかりのベリアスに、魔力を宿した剣で渾身の力を込めて斬り裂いた。
――が、あっけなく爪で防がれてしまう。
「【煉獄の侵爪】」
即座にベリアスはもう片方の爪で攻撃を繰り出した。
間合いを読んだグリムはギリギリ躱そうとするが、途端に爪が数センチ伸び、胸を切り裂かれた。
「ぐぁぁぁぁぁ!」
爪を受けた直後、全身を襲う激痛にグリムは叫び出した。
おそらくこれがベリアスの言っていた毒なのだろう。そしてあとからくる倦怠感――魔力と気力が奪われているのだ。
グリムはそんな痛みに耐えきれず思わず倒れてしまう。同じ毒を貰っているクウガも動けていない。
「おやおや、一撃ですか。あの剣士は耐えていたのに」
嘲笑う声が耳を通り抜ける。
そしてまたも最悪な自体はやってくる。
「オデガ、ヤル!」
先程吹き飛ばされたもう1匹の巨大な悪魔がこちらへ向かってきていた。その姿には傷もなく、吹き飛ばされる前よりも魔力が少しずつ上がっている感じがした。おそらくは殺した人間の魂を食べて成長したのだろう。
「早くしないと散ってしまいますね……そろそろショータイムを始めましょうか」
周りでは逃げている皇族や騎士達の騒ぎ声が聞こえた。それを確認しながらベリアスは呟き、魔力を集めだした。サタン程ではないが壮絶な魔力を感じる。おそらく全体魔法を発動させようとしているのだ。
「悲痛を叫び死にゆく人間の魂しいは嘸美味しいでしょう。散りなさい――【煉獄の爆界】」
「【光の絶氷】」
その瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。
グリムは朦朧とする意識の中、笑みを浮かべる。
――遅いよ、クレイ君。
「発動しない? どういうことだ」
ベリアスは動揺しているようだった。
そんなベリアスを、上空から仮面を付けた男が腕を組み見下していた。
「俺は《ラグナ》お前を滅ぼす軽いショータイムを始めようか」
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