第77話
「ねーちゃんと先生は調査員達と中央都市に向かってくれ」
決意を固めたフレリィーとグリムに、ヴァンは異空間バックから神剣アレスを取り出しながら呟いた。
「何を言っている、私は――」
「俺はこいつを倒して向かう」
ヴァンは愛剣に魔力を宿しながら、フレリィーの言葉を遮った。
そんなヴァンの様子を見ていたグリムが、何かを察したように口を開く。
「僕達は邪魔ってことだね」
「……そうだ」
これから、これまでに経験したことのない命懸けの戦いが行われるだろう。故に誰かを庇いながらの戦闘は難しいとヴァンは判断したのだ。
ヴァンの返事を聞いたフレリィーは目を丸くしていた。そんな姉には目もくれず、ヴァンは目の前の敵に集中している。
「フレリィーさん、ここはヴァン君の言う通りにしましょう」
「弟を置いて行けるわけがないだろう! お前が死んだらマリィーも悲しむ!」
不意に出された妹の名前。心を少し乱してしまったが、一瞬で切り替え、真剣な眼差しを姉に向け――。
「……ねぇちゃん、俺は絶対死なねぇ。必ず勝って戻るから」
そして笑うのだ。いつものようにヘラヘラとした表情ではあったが、必ず戻るという決意に満ちた何かをフレリィーは感じとった。
「わかった。必ず勝って、また稽古をしよう」
そんなヴァンの決意に、フレリィーは泣く泣く了承することにした。
「では行きましょう。ヴァン君、皇国で」
グリムの言葉で、フレリィーと調査員達は中央都市へ向かう。
「ガガゥゥ!」
そんな姉達を追いかけようと目の前の悪魔、ザガンが走り出した。
「させねぇよ」
ヴァンはザガンを見逃すはずもなく、剣を振るい悪魔の進行を阻害し、軽く吹き飛ばす。
「ガウゥ!アァ!」
着地したザガンはそのまま手を握ったまま腕をクロスさせ上げた。赤黒いオーラが外皮を駆け巡っている。
そして腕を広げると同時に、魔力を解放――手には二本の斧が握られていた。
「ただの斧じゃなさそうだな」
魔力を宿した斧は、恐らく何かの効果が寄与されているはずだ。
そう思ったヴァンは【自己防御】の魔法を使い、守りを固めた。
「いくぜ……」
ヴァンは身を低く保ったまま、剣の間合いに滑り込む。そのままノーモーションで下から剣を振り上げた。
<ガンッ>と鈍い音が響く。右手に握る斧でガードされたのだ。
ザガンはそのまま左手の斧をヴァンに振るってくる。
(遅い!)
ヴァンはそれを防ごうとガード体制に入った。
「なに?!」
斧はガードした剣をすり抜けて、ヴァン目掛けて振り下ろされる。咄嗟に体を回転させ、ギリギリのところでそれを躱した。
「ガグゥ!」
ザガンの攻撃は終わりではない。そのまま右手の斧を力いっぱい振り下ろす。
ヴァンは剣で斧頭を狙って振るう。
すると斧は弾かれ、軌道を変えて地面に振り下ろされた。
地面は割れ、衝撃は数十メートル先まで伸びていく。
「当たったら終わりだぜ」
距離を取ったヴァンが、割れた地面を横目に呟いた。そしてこれまでの戦闘を考察する。
あの斧の刃は何かの条件ですり抜ける効果があり、斧頭の部分であればその効果は発揮されない。
そしてそれほど力を込めてなくてもそれなりの破壊力が出るのだと。
ヴァンは愛剣に魔力を込め、間合いも詰めずにサガンの横腹めがけて剣を振った。
「【横一閃】」
一瞬、神器アレスの剣先から閃光のような刃が伸び、ザガンを斬りつける。
ザガンは斧を横に構え、容易くガード。たちまち閃光のような刃は消えていった。
「まだだ、【縦一閃】」
同じで要領で次は頭部を狙う。
それも持っている斧で容易く防がれた。辺りには霧散した光が散らばっている。
「魔力無効化……?」
ヴァンがこの攻防で感じた感想であった。
本来、魔力を宿した閃光は霧散せずに自然と消えるのだが、光は飛び散るように消えていったからだ。
「ガガゥ!」
ザガンの雄叫びと共に正面に魔法陣が出現する。そして赤黒い炎の玉を無数に発射させながら、突進。
「魔法、やっぱ使ってくるよなぁ」
躱しきれないと思ったヴァンは目の前の炎球に集中した。
「はぁぁぁぁ!!」
ヴァンは炎球を次々に真っ二つに斬っていった。魔法を切る、凡人では決して出来ないある種の頂きに立った者が使える妙技である。
次第にザガンとの距離が無くなっていき、刺先での突きがヴァンに迫る。
<ガキンッ>
ヴァンは剣先で刺先を防いでいた。
(まだだ!)
ザガンは身体の大きさから想像出来ない軽やかな身のこなしで、両手の斧を振り回す。
ヴァンはそれをしっかりと見極め躱し、防いでいく。
「【桜華乱舞】」
途端に激しい斬撃の撃ち合いが始まった。
斧の刃に触れぬように巧妙に放たれる斬撃にも関わらず、ヴァンの剣技は少しずつザガンに傷を付けていく。
「グゴォ!」
凄まじい攻防に、ザガンは一瞬よろめいた。ヴァンはその隙を見逃さない。
「邪魔なんだよ!」
渾身の力を奮って切り裂いた斬撃はザガンの左腕を一刀両断した。闇に染まった血しぶきが辺りに飛び散る。
「グルオオオォ!」
雄叫びを上げたザガンは魔法を発動させた。
黒くて禍々しい針が、ヴァン目掛けて放たれる。
「小細工なんて通用しないぜ!」
ヴァンはそれを高速斬撃で防いでいく。その間にザガンは後退し、力を込めるように気張っていた。
さらにザガンの無くなった左腕に魔力が集まり出す。
「なんだ……?」
「グガァ!」
そして無くなったはずの左腕が生えてきた。斬られた傷などなかったかのような元通りの状態になった。
「化け物かよ……あぁ化け物だったな」
再生能力――。
無限ではないだろうが、ザガンの魔力は膨大。さらに魔法を乱用するタイプではないので、完全消滅させるには相当骨が折れるだろう。
「一撃か……」
だから狙うはサガンを滅ぼせるような必殺の一撃。神剣アレスにはそれが出来るのだ。
ヴァンは密かに魔力を愛剣へチャージしていく。
「グゥア!」
ザガンは先程と同じく腕をクロスさせ、斧を出現させた。先程よりも一回り小さい斧――攻撃力よりも速さを重視したのだろう。
そしてお互いが睨み合う。ヴァンからは決して仕掛けない。剣への魔力チャージをしているからだ。
――先に動いたのはザガンだった。魔法を発動させ、先程よりも大きな黒い炎弾を飛ばしてくる。
ヴァンはそれを両断。チャージされた魔力をそのままに、魔法を切断したのだ。
するとヴァンの目の前に影が現れた。ザガンは魔法発動と同時に斧を投げていたのだ。
ヴァンはギリギリでそれを躱す。
「甘いんだよ――」
その直後、右肩に鈍痛が走った。
目を向けると、さっき切り落としたザガンの左腕が、斧を握ってヴァンへ振り下ろされていた。
「ぐわぁぁ!」
凄まじい衝撃がヴァンを軽々吹き飛ばした。
辺りにはヴァンの血痕が飛び散る。
――負けたのだろうか。
吹き飛ばされる最中、ヴァンの頭の中に浮かぶ「死」という文字。
やがて静止し、地面に叩きつけられたヴァンの頭には走馬灯が駆け巡っていた。
朦朧とする意識の中で、これまでの生涯を振り返る。
――ねぇちゃんともっと稽古したかったな。
――マリィにもっと、素直に接してれば良かったな。
――父ちゃんに言いたいこと言えば良かったな。
――聖騎士になりたかったな。
――大きいドラゴンとか倒したかったな。
様々な思考が巡る中、頭の中で友の顔が浮かんでくる。そいつは口元を綻ばせ、こちらを見ている。
――あいつに勝ちたかったな。
意識を失う寸前、友の声が聞こえたような気がした。
『お前なら勝てるだろ』と。
その直後、ドクンと胸に大きな心音が響いたような気がした。そして内面から湧き上がるものを感じる。
ヴァンは遠ざかる意識を制し、気合いで目を開いた。
「あぶ……ねぇ」
視界は濁っている。頭もクラクラする。左手には剣を握る感触を感じる。
チャージされた魔力も消えずに残っているようだった。
起き上がろうとすると、神経を切られたような激しい痛みがヴァンの右肩を襲う。だけど右手は辛うじて動く。あれだけの斬撃で神経が切れていないのが奇跡である。
ヨレヨレとした足取りで立ち上がると、ザガンは肩をポキポキ鳴らしていた。
切断された左腕の気配はもうない。
「このやろう……」
気配を感じたのか、ザガンがヴァンの方へ振り向く。次第にニヤけた表情を作り、斧を構えた。
――そして突進。弱ったヴァンへ、ノーフェイントで真っ直ぐ、最高速で向かってくる。
「なめやがって……」
ヴァンは全身の激痛を耐えながら、剣を構えた。自身には一切魔力を宿していない。
「ガゥ!」
間合いに入ったヴァンへ、ザガンは力いっぱい斧を振り下ろした。
そんな斧をヴァンは最小限の動きでユラっと躱す。
振り下ろされた斧は地面を裂き、衝撃がヴァンを襲う。
「待ってたぜ……」
その衝撃を利用してヴァンは自らの体を回転させ、剣技を放つ。
(使わせてもらうぜ)
それは入学試験で1度見た、高速の斬撃と神速の斬撃を同時に放つ友の技。
左右同時に繰り出される斬撃をサガン目掛けて力いっぱい放った。
一方はガードされるが、神速の一撃はザガンの右腕を切断し胸元を半分まで斬り抜いた。
【燕返し・豪】――高速の斬撃と神速の斬撃を同時に放つ【燕返し】よりはやや遅いが、その分攻撃力を有するヴァンがたどり着いたオリジナルの技だった。
「グオォォオ!」
雄叫びを上げるザガン。ヴァンは攻撃は終わっていない。
「これで終わりだぁぁぁぁぁ!【古の爆界】!!」
神剣アレスから壮絶な光が発せられる。
超高密度に発せられた光の魔力はビームのように放たれ、円錐状に拡散していった。
「グオオオオオオォォォォ――」
ザガンの雄叫びは次第に遠のいていく。
放たれた光によって消し炭になっているのだ。
――そして跡形もなく消えていった。
辺りの大地は焼け焦げている。
ヴァンは足をつき、そのまま地面に倒れ込んだ。
「勝ったぜ……」
そして薄れゆく意識の中で、誰に向けてか独り言を呟くのだった。
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