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第75話

 魔法を発動させた直後、<パキーン>という何かが弾けたような音と共に意識を失ったティアラは自由落下を始めた。


 俺は最後にティアラが使った魔法を解析していた。【時間停止(インビジブルタイム)】それは時間を停止させるという因果の法則を壊しかねない魔法である。時間停止中に他の魔法を発動させることは出来ないというデメリットは存在するが、それでも反則的な魔法である。


 そんな反則技に対抗するべく俺が咄嗟に発動させた魔法は【気配分裂(マルチサイン)】と【転移】だった。

 【気配分裂(マルチサイン)】に関しては冒険者昇格試験の際にギルマスであるガロウが使っていた技を応用したもので、数多の気配を生み出す技である。

 解析した限り、残るティアラの魔力では止めれて1-2秒が限界だと踏んでいたので、【時間停止(インビジブルタイム)】中に錯乱させて時間を稼ぐつもりだった。

 


 意味はなかったけどな――。



 俺は落下するティアラを優しく受け止め、芝生に寝かせた。

 そして全身を診察する。



「魔力が枯渇している……それになんだこの異様な気配は」



 ティアラの内側から魔力に似た不純な気配を感じた。自分でも感じたことのあるこの気配はおそらく次元属性魔法の副作用によるものだと解釈し、俺は瞬時にティアラに魔力を流しこんだ。

 しばらく苦しそうに(うな)されていたティアラであったが、安心したような元の表情に戻っていく。どうやら命に別状はなさそうで、俺は安堵の意味で嘆息をついた。


 そしてティアラの内側に潜む不純な気配も時間の経過と共に姿を消していく。

 俺は【アイテムボックス】から毛布を出し、ティアラに掛けながらこの後の事を考えた。



 ――どうすべきだろうか。



 頭の中では単純な2つの選択肢が浮かんでいた。

 1つ、このまま置いて帰る。2つ、起きるまで待つ、だ。



「よくよく考えると選択肢はひとつしかないか……」



 屋敷を知られている以上、置いて帰ったとしてもまた来訪することが出来る。

 それに魔物が出ないフロアとはいえ、女性を1人ダンジョンに置いていくという行為が何となく嫌だったのだ。



「起こすわけにも行かないからな」



 俺は近くに立つ木に寄りかかりながら、ティアラが目を覚ますまで静かに待つことにした。







 ――何が正しいのだろうか。

 無意識下の中でそんな言葉がティアラの頭をよぎる。


 ティアラはミンティエ皇国第3皇女として、7歳の時に記憶を取り戻した。その時初めて自分が前世で死んだ事を理解したが、記憶は曖昧で死の直前に関することはほとんど覚えていなかった。


 ティアラは絶望した。理由はもちろん最愛の兄がいないからであった。だけど自らの手で命を捨てる行為には手を染めることはなかった。それはティアラとしての7年分の記憶もあったからである。それにより自分がやるべきことを理解したのだ。


 「世界のバランスを保つこと」


 12神であるヘラの使徒として選ばれたティアラはその使命を一生懸命全うしようとしていた。そんな元ティアラの7年の意思をついでこの世界で生きて行くことを決意したのだ。


 しかしあることを思いつく――神なら何かわかるのではないかと。もしかしたらまた兄に会える方法があるのではないかと。そんな希望を抱きながら祭壇で願い、ヘラと会うことに成功したティアラは様々な話を聞いた。

 その話をまとめると、兄の魂は元の世界にあり、もう一度巡り会いたいならこの世界でその使命は果たせということだった。


 そして使命の内容は他の12神の使徒と天使を全て殺すことだった。

 5歳の頃との内容の違いにティアラは少なからず疑問には感じたが、「兄と巡り会うためなら」と使命を果たすことにした。


 それからは自らを動きやすくなるためと情報を収集しやすくするために商業を開拓し、国の政治を少しずつ変えていった。

 資金も権力もある皇族として生まれたティアラに取っては発展していない国の政治を変えるなど造作もない事で、さし当たって誰よりも美しかったティアラは瞬く間に民の心を掴んでいった。

 さらに幼い頃から前世での記憶を応用して、戦闘術も学んでいき、実践でもティアラの評価は上がることとなる。

 ちなみに男嫌いもこの時に発症し始めた。



 ――そして月日が流れる。

 10歳になったティアラは皇国領の果てで発見された黄のダンジョンの探索中、仕掛けによって高原のような部屋に強制転移させられた。

 そこで6大天使であるミカエルと出会った。

 ミカエルは神の使徒の力になる存在だと主張してきたが、ヘラから言われた契約によってティアラはミカエルを敵視し、死闘を繰り広げることとなる。


 その結果、壮絶な戦いの末引き分けに終わった。

 死闘の最中通じるものがあったのか、ティアラはミカエルが嘘を言っているとは思えなくなっていた。

だから再びヘラに会いにいくことにしたのだが、どんなに祈っても再びヘラが姿を現すことはなかった。ミカエルの主張と照らし合わせて考えたが、自分は何か大きな陰謀に巻き込まれているのではないかと感じるようになる。



 ――それから2年の月日が立った。

 ティアラは新たな友、《ユーミル》と出会う。14歳であった《ユーミル》は魔族の女の子で、別の神であるヘスティアの使徒だということだった。


 ユーミルがヘスティアから受けた使命は、12神とは異なる神である《ハーデス》の陰謀を阻止することだった。1度12神によって滅ぼされた《ハーデス》。そんな《ハーデス》が力を取り戻し、この世界もろとも12神を滅ぼそうとしているらしい。


 そして12神の中にも《ハーデス》に加担している神がいるらしく、それも見つけることも使命だという。ティアラはこれまでの情報をまとめ、ヘラは《ハーデス》に加担しているのだと考えた。

 そして《ハーデス》の思惑を阻止すれば、この世界での使命も果たされ他の神々が元いた兄のいる世界へ生まれ直させてくれるかも知れないという希望を持ったのだ。


 それからはユーミルは魔族側を、ティアラは人族側で動き、それぞれ思惑を阻止するために動くことにした。


 そんな中、悪魔についての話もちろん聞いていた。

 悪魔とは《ハーデス》が人間の憎悪より生み出した化身らしく、その行動原理はすべて《ハーデス》復活のために動いているということだった。


 だから神の使徒でありながら、悪魔の使徒でもある《ラグナ》は《ハーデス》に加担している神の使徒という解釈になり、ここで倒さなければいけなかった。


 

 それなのに――。



 ティアラの身体の中に暖かな魔力が流れてくる。

 気持ちが楽になるような安心感のあるこの温もりにティアラは心地よさを覚えた。




―――

――




「ん……」



 ティアラはゆっくり目を開くと、薄闇の空が視界に映し出される。

 起き上がり周りを見渡すと、木陰に座るクレイと目が合った。そんなつもりはなかったが、反射的にクレイを睨んでしまった。



「まぁ落ち着けよ」



 クレイは落ち着いた様子でティアラを宥めた。

 そんなクレイに流されてか、ティアラも落ち着きを取り戻す。



「……私は負けたのですか?」


「こういうのは勝ち負けじゃないと思うぞ」


「負けたんですね……」



 ティアラは複雑な表情を作り、わかりやすく肩を落とす。この世界に来てから真剣勝負で負けたことがなかったからだ。この世界だけではない、前世と合わせても兄以外には負けた記憶が一切無い。


 そして自分に危害を加えず、毛布まで掛けて目を覚ますのを待ってくれていたクレイに対しての敵意は既になくなっていた。



「あなたの目的を教えてください」


「俺は神の使徒として世界のバランスを保つことを全うするのが目的だ」


「では何故悪魔と契約したんでしょうか?」


「それについては本当にわからないんだ。サタンを消滅させる寸前に無理やり渡された。ハーデスに復讐をって」


「ハーデスに復讐?」


「あぁ」



 ティアラの頭には疑問が過ぎった。

 ハーデスが生み出した悪魔の、それも四大悪魔の一格であるサタン。そのサタンがハーデスに復讐とはどういう事なのか。



「それにどうしてなのか、俺は加護を強制的に貰う体質らしい。天使であるアリエルの時もそうだった」


「天使の加護も持っているのですか!?」



 天使の加護があるということは、こちらの味方側という可能性があるのだ。

 ハーデスに加担する神の使徒であるなら天使もろとも消滅させることを言い渡される。



「そうだ。ここらで神の使徒同士、お互い情報を整理しないか?」


「わかりました、私も聞きたいことがありましたので」



 クレイの提案をティアラは即座に飲んだ。

 ティアラ自身もクレイの事を知りたいと思っていたからだ。それに可愛いリンシアを守るために色々見極めなくてはいけない。



「まず俺が王国にいる理由だが――」



 それからクレイはこれまでの経緯をティアラに淡々と語った。

 主にジルムンク出身であり、それによって加護を貰ったのが最近であること。リンシアと国王をたまたま助け、今はリンシアの為に聖騎士になろうと学園に通っていることを聞いた。

 


「アリエルに関しては赤のダンジョンで出会いあの屋敷に住んでるぞ。サタンは学園の試験中に現れ、殺されかけたから倒したまでだ」


「信じがたいですが、経緯は理解しました。それにしてもジルムンクですか……」



 ティアラは眉を潜めながら、複雑な視線をクレイに向けた。

 皇国に住んでいるティアラですら聞いたことのある有名で巨大なスラム街。全てを失ったものがたどり着く最後の砦と噂されているそこは、強き者が全てを手に入れる世界で、詳細な情報は一切ない。もう少し皇国の力をつけてから改めて調査をする予定ではあったが、かなり危険な街だと聞いていた。


 そんな場所で育ったからこそクレイは強く、年齢にそぐわない大人びた対応をしているのだと納得した。元々スキルによる才能はあるとは思うが。



「あまり聞かせたい話しではないんでな」



 クレイは目線を逸らし、遠くを見つめる。

 だけどティアラが一番気になったのはそこではなかった。



「あなたがどこ出身であるかは関係ないですわ。それよりも、あなたはリンシアちゃんの為、王都に滞在しているという解釈でいいんですよね?」


「そういうことになる」


「どうしてリンシアちゃんの為にそこまでするのでしょう。邪な気持ちですか?」



 ティアラはクレイに殺気を放った。

 リンシアは王女という権力を持ち、容姿は誰が見ても可愛いと思うほどの美少女だ。そんなリンシアに男が近づくのだからそういった感情があるのではと疑うのが普通である。

 しかもリンシアの方もクレイに好意を寄せているのだから、そこはしっかりとリンシアの友人として見極めたいのだ。



「それについてはティアラの話を聞いた後に話そう」



 クレイは無表情でティアラを見据えた。そのポーカーフェイスからは何も読み取れない。だけど信頼を試されているのだと瞬時に判断したティアラは自分の事を正直に語ることにした。



「わかりましたわ。私は5歳の信徒の儀で神の使徒として選ばれました。それから――」



 ティアラは7歳でヘラに使命を授かったこと、ミカエルと出会ったこと。そして他の12神の使徒である《ユーミル》から聞いた《ハーデス》に関する話を語っていった。



「なるほど……それで悪魔の使徒である俺を殺そうとしたわけか」


「はい……」



 殺そうとしたという言葉に何故かティアラは落ち込み気味に顔を俯けてしまった。

 一方的に悪いと決めつけ、話も聞かずに攻撃をしてしまった自分を恥じているのだ。



「別に気にするな。それによくここまで頑張ったな。凄いぞ」



 クレイは唇を綻ばせ、ティアラを見つめる。

 その瞬間、ティアラの胸の辺りがトクンと動いた。


 兄に会いたい。ただその一心で正しいかどうかもわからない道をまっすぐ進んできた。辛くて、憎くて、悲しくて、孤独な気持ちを押し殺しながら本当に頼る者がいないこの世界で生き抜いていく。

 それは天才であるティアラでも苦痛であった。そんな苦痛を理解しているというしっかりと気持ちの篭った言葉だった。

 今まで耐えてきた我慢が溢れているかのように、ティアラの瞳から自然と透明な雫が一滴流れ出した。



(あぁ……私はこの言葉を待っていたのでしょうか)



 そしてティアラはクレイに頼りたいと思ってしまっていた。それだけの包容力を感じる言葉だった。


 そんなクレイはアイテムボックスからハンカチを取り出し、無言で差し出した。

 プライドが高いティアラに気を使い、あまり顔を向けないよう視線を逸らしている。そんな仕草にすらも気持ちは高揚する。どことなく、懐かしい面影を感じながら。

 ティアラは頬をほんのり赤く染め、クレイの手からハンカチを受け取った。



「あなたの魔力……温かかったです。ありがとうございますわ」



 ティアラは自分が魔力切れで意識を失ったことはわかっていた。

 だけど今は総量からすると微量ではあるが、身体中を別の魔力が流れている。これはきっとクレイの魔力だろう。

 普通なら不快に思うはずの他人の魔力なのに、心地く感じてしまう。



「緊急事態だったからな。悪かったよ」


「なぜ謝るのですか?」


「皇女は俺のこと嫌ってるだろ?」


「ティアラと呼んでください。それに――そんなに嫌ってません!」



 ただ否定するだけなのに強い口調で言い放ってしまった。その姿は普段のティアラらしくない。



(なぜですか!ペースが乱されます!)


「それならよかったよ」



 クレイは口元を緩ませつつ呟いた。

 そして何かを考えるように真剣な表情を作る。



「実は――」


『ティアちゃん大変です!』


「きゃっ!」



 クレイが何かを言いかけたとき、ミカエルから【メッセージ】が入る。

 普段なら絶対出さない奇声を上げてしまったことによる羞恥で頬が染めた。



「どうした?」


「いえ、ミカエルから【メッセージ】が」


『いきなりどうしましたか?』



 ティアラはすぐに落ち着きを取り戻し、ミカエルへ対応した。



『悪魔です。悪魔が皇国に出現しました。それも2体も!』

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