第74話
誤字報告ありがとうございます(´;ω;`)
ティアラとクレイは誰もが見たことのないような凄まじい魔法の撃ち合いを繰り広げていた。
お互いが放つ破壊力のある上級魔法の往来は、ダンジョンの地形を変化させ、それを高度な制御と防御魔法で防ぐ。
一言で例えるなら国と国との大戦争である。
――なんでこんなにも心が乱れるのだろう。そう思いながら目の前にいるクレイをティアラは睨みつけた。
ティアラにとって男とは自分よりも弱く、信用出来ない対象として映る――だがそれは1人を除いてだ。自分に取って憧れであり、頼れる者であり、異性として唯一愛した存在が前の世界にいたのだ。
一ノ瀬帝、前世でのティアラの兄である。
その兄との再開を果たすため、ティアラは自分の信念を曲げずに目標に向かって歩んできた。
だがティアラとて完璧ではない。自分の道が本当にこれでいいのかと不安になることもある。だけどその不安をしっかりと押しつぶし、自分を信じてまっすぐ進んでここまできたのだ。
それをクレイに曲げられそうになっている。
嫌悪感しか抱かない異性ではあるが、あからさまな強者である《ラグナ》こと、クレイを自分の味方に引き込み、頼りたいと思ってしまっているからだろうか。
あるいは、何処と無く懐かしさを感じさせるからだろうか。
だけど――
(悪魔と繋がった神の使徒、これは完全に黒ですわよね……)
「【氷槍】」
ティアラの前に出現した魔法陣から氷の槍が8本発射された。
クレイは表情ひとつ変えずに、次々と出てくる槍を悠々と躱していく。
そんなクレイの余裕な様子がティアラのフラストレーションを貯めていく。
「【雷切】」
クレイの手から放たれた雷は直接ティアラに向かっていく。
「【魔法解除】」
雷はティアラに当たる寸前、無かったかのように消え去っていく。
「反則だろそれ」
「元々ルールなんてありましたか?――【氷針】」
2メートルほどの巨大な氷の針がクレイに向けて高速で放たれた。これはただの針ではない。触れたそばから凍っていく魔力を宿した針なのだ。
「【魔法解除】」
クレイを襲う【氷針】はなかったかのように消え去っていく。
(やはり私と同じ【再現】のスキルを持っていますか)
ティアラは作戦を変更し【転移】を連続発動させた。
これは【極・次元魔法】を持っているティアラだからこそ出来る手法。【転移】は魔力をかなり消費する魔法で、普通の凡人であれば一生かかっても発動することは出来ない。10人分の魔力を使ってやっと1回発動できるという度合い。
だが、ティアラは次元属性魔法の才能があることによって発動させるために必要な魔力が少量でも済むのだ。
「【桜華舞姫】」
ティアラの持つ氷の刃が【転移】によってありえない死角から、自由自在にクレイを襲う。
それはもはや剣技ではない。花のように咲き――パッと散る。鮮やかに咲く桜と見間違うほどの美女の舞い踊る可憐な姿であった。
それをクレイはいつの間にか持っていた氷の刃で防いでいく。
<――――――――――――――――――――――――>
耳ざわりのいい音だけが辺りに響き渡る。
(なぜ当たらないのですか……!)
ティアラが目で終える限界速度での高速斬撃は、意図も容易く防がれているように感じる。
死角に放っている斬撃をこの速度で防いでいるとなると、クレイの気配察知と反射速度は尋常ではないということだ。
そして<ガチャーン>というブレイク音と共に衝撃が2人に距離を与えた。
お互いの剣は真っ二つに折れ、宙を舞い、やがて地面に突き刺さる。
「見事な舞いだった」
「当たり前ですわ」
ティアラは褒められた事で若干気持ちが高揚した。褒められて喜ぶのは何年ぶりだろうか。なぜ自分は喜んでいるのだろうか。ティアラは幾多もの練習を積み重ねてきたからだと無理やり解釈した。
そして気持ちを切り替えた。この技を防がれるということは、正面からの物理攻撃でのやり合いではクレイを倒すことは出来ないということになる。
「他の力に頼りたくなかったのですが、仕方ありません」
ティアラは自然と唇を綻ばせ始めた。
◇
唇を綻ばせたティアラは、一瞬の瞬きをした。すると瞳孔に鮮やかな魔力の紋章が浮き上がってる。
そして俺に向けて静かに手を翳した。
――その直後、何もないところから凄まじい衝撃に襲われ、吹き飛ばされた。
「なるほど……これは見えないな」
ティアラが発動させたのはおそらく【ヘラの加護(神の反発)】だろう。それによって自身を中心に俺の座標を反射させたのだ。
この加護の厄介なところは気配、魔力の流れを一切感じないところにある。見えたり感じたりするのであれば反応することは可能であるが、何もないところから来る衝撃に反応することは出来ない。
一体いくつ反則技を持っていれば気が済むんだと言いたくなる。
「あなたには有効だと思いまして」
そう言ってティアラは悠々と空中へ舞い上がった。空中から【神の反発】を放つつもりだろう。
俺は霧を発生させる水属性魔法【水霧】で視界をできる限り悪い状態にする。
お互い頼れるのを魔力と気配のみとするためだ。
視界がない状態では【神の五感】がある俺の優勢となる。
「【深闇雷】」
そしてサタンが使っていた魔法【深闇雷】を発動させる。
何十人と覆えるほどの巨大な黒い雷が、ビームのようにまっすぐティアラを襲う。
「無駄ですわ」
黒い雷は、ティアラに当たる寸前、起動を変えて空へと返っていった。
俺はそれを見て呆れてしまう。どうやら魔法も反射させるらしいからだ。
その衝撃により【水霧】も飛ばされていた。
「そんなん反則だろ」
普通なら絶望的な状況下にいるのだが、俺は自然と笑っていた。
「こんな状態でも笑いますか」
「楽しいからな。お前は楽しくないのか?」
「楽しい……ですわね」
そんな俺につられてか、少し考える仕草を入れたティアラも笑顔をこぼし始める。
俺は頭の中で勝利へのロジックを組み立て始めた。
無敵に思える【神の反発】だが、常時発動ではないというところに勝算を感じるのだ。
「【二千銀雪】」
俺は先ほどのティアラが使った魔法を発動させた。
自身でコントロール出来る無数の氷の刃、それをティアラにぶつけ続ける。
氷の刃はティアラにぶつかる寸前で反射され、それにより氷の刃同士がぶつけ無力化していく。
「うっとおしいですわ――【氷塊爆散】」
無数の氷塊がクレイに向けて放たれる。
クレイはそれを【エクスプロージョン】の無数の炎弾で相殺するが、一発だけティアラに放った。
ティアラはそれを【氷槍】で相殺した。
「そういうことか……【終焉焔剣】」
からくりを理解した俺は魔法陣から8本の炎の剣を出現させた。
サタンの出した炎の剣の3割ほどの大きさである。
炎の剣を一定時間毎にティアラに放っていく。
ティアラはそれを――加護を使わずに躱していった。
「加護を使い慣れていないみたいだな」
俺の言葉にティアラは少しだけ悔しそうな表情を見せるが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「気づきましたか」
ティアラは【神の反発】を使いこなせていない。
現状わかっている情報から推測すると発動時間は5秒、次の発動までに5秒の時間を有する。
そして発動中は魔力制御がかなり乱雑になっていて、1制御までの魔法しか使えない。
つまりは連続攻撃には弱いということだ。
「今まで加護に頼ってこなかったのか?」
「……私は自分の力以外のものに頼るのがあまり好きではないだけです」
「そうか」
俺は【フライ】で空を飛び上昇しティアラと同じ目線に立つ。
「あなたは凄いわ……だから取っておきの魔法を持って沈めましょう」
ティアラの周りを舞う魔力が球体を駆け巡るように渦を巻き出した。
「【時間減速】」
◇
空間すべてが減速する。もしくはティアラ自身が加速しているのだろうか。
ティアラはゆっくりになった時間の中1人だけ悠々と飛行する。
【時間減速】、次元属性の選ばれたものにしか到達できない10級魔法である。
時間減速量は10倍。つまりティアラだけは10倍の速さで考え、行動出来るのだ。
「これで終わりです」
ティアラは新しく出した氷の刃をクレイに突き立てた――だが剣はクレイを通らない。
外しているわけではない。スローモーションで動いていたクレイが斬撃を受ける直前に加速しているのだ。
何回も剣を振るうが、いずれも全て躱されてしまう。
「ぐっ……」
ティアラの頭に激しい痛みが過った。
この魔法は発動に際して途方もない魔力を消費し、発動中も魔力をガンガン削っていく。
それだけならまだいいのだが、時間の理から外れることによっての副作用のようなものがあるのだ。
「【氷結停止】」
魔法を発動させた直後、氷の塊が目の前に出現した。中心にはクレイが氷漬けになっている。
「捕まえましたわ――【氷塊落下】」
その瞬間、上空から横幅10メートル以上ある巨大な氷塊が落ちてくる。
氷塊は氷漬けになったクレイごと巻き込み、地面に落下していった。
「楽しかったですわよ……」
そして隕石の衝突のような莫大な衝撃波と地割れがダンジョンを揺らす。
それにより綺麗だった高原は無残な荒地と化した。
しばらくして揺れも収まり【時間減速】を解除したティアラは何故か悲しそうな表情で地面に落ちた氷塊を見つめる。
「っ!」
そして突然の目眩と頭痛がティアラ襲った。
次元属性魔法を使いすぎたようだ。
「……帰りますか――」
ティアラがそう言って帰路に戻ろうとした直後、<ガチッ>っと背後に鈍い音が響く。
振り返ると、10メートルを超える氷塊に大きなヒビが入っていた。
「まさか……」
<ガチッ、ガチガチッ>
ヒビはどんどん大きくなっていく。
そして――
<ガチャーン>という轟音と共に氷塊が真っ二つに割れた。
その中心にはクレイが立っている。
「あなたは化物ですか……」
「流石に死ぬかと思ったがな」
目を見開き、よもや呆れ顔を作るティアラに対して、クレイは口元を緩ませながらひょうひょうと頭を掻いている。
もはや人間の枠を超えている。ティアラのクレイに対しての率直な感想である。
だけどどこか嬉しそうに、ティアラは笑い出した。
「そうこなくっては……面白くありません」
「もう遠慮してもらいたいんだけど」
ティアラは全身に魔力を滾らせる。これが正真正銘最後の奥義である。
「あなたを認めましょう。殺すには惜しい存在ですが、この技からは何人たりとも逃れられない」
「やめとけ、お前もう魔力が――」
「【時間停止】」
その瞬間、その場所で動けるものはティアラだけとなった。
10級までとされている各属性魔法。
それを超越したさらにワンランク上の魔法、神級である。
次元属性神級魔法、【時間停止】――時間を停止させるという反則的な魔法である。
「これ……で、とど……め……」
停止時間はわずか1秒。ティアラは魔法の副作用により意識を失っていた。
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