第73話
どういうことだろう。
第3皇女であるティアラ・フリシット・クリステレスが俺の目の前にいるという事実。
いくつもの考察が頭を過ぎるが、知りたいことはシンプルに――何の情報を掴んでこの場にいるのかだ。
ティアラは妖艶な笑みを作りながら、こちらを様子を伺っている。
「皇女……?」
俺は適度に驚く仕草を入れつつ言葉を紡いだ。
「そうですよ、第3皇女のティアラ・フリシット・クリステレス・ミンティエです。会うのは2回目ですよね?」
ティアラは軽い自己紹介をすると、からかい混じりに尋ねてきた。
俺は瞬時に掴んだ情報は《ラグナ》だということを悟り、どうしてバレたのかを考えた。
「会うのは初めてのはずだが?」
「おやおや、皇族に対しての言葉遣いがなってないんですね。ですが表情を崩さないのは天晴れですわ《ラグナ》さん」
やはり確信を付いているようで、ティアラは表情を崩さない。逆に嫌悪感を交えた視線でこちらを睨んでいるようだった。
「何を言っているのかさっぱりわからん。未婚の女がこんな時間に、それも付き人なしに男の家を訪れるのはどうかと思うが?」
俺は誤魔化す意味も込めて、ティアラを挑発する。それによりティアラの嫌悪感の眼差しは強いものとなったことを感じた。
「ここで挑発ですか……まぁいいでしょう。だけど私は確信しています。あなたが《ラグナ》だということを」
「説明を聞こう」
「わかりました。特別にわかった理由を教えて差し上げます。私の眼は悪魔の力を映しますの。そしてその性質までわかります。これだけ言ってもまだとぼけますか?」
説明を聞いた俺は完全にバレていることを悟った。【サタンの加護】を持っていることがわかったということだろう。
この少ない情報の中ここに辿り着いている時点でカマをかけている可能性も皆無である。
「だとしたらどうするんだ?」
「あなたを殺します」
その瞬間、俺の視界に映る景色が変化した。
唯一視界で変わらぬ姿のティアラだけは静かに魔力を帯び始める。
視界の切り替わり先には見覚えがあった。そこは赤のダンジョンの《マテリアルドラゴン》と戦った高原。ダンジョン内ではあるが、薄暗く月明かりが辺りを照らしている。
そしてティアラを纏う魔力が上昇した。
「【氷結世界】」
地面、植物、視界に映る全てが一瞬にして凍りづけになった。その氷は数キロ先まで伸びている。
俺は咄嗟にジャンプすることでそれを躱していた。着地したままの状態であれば俺も凍りづけにされてだろう。
「これを躱すんですか、流石は悪魔の使徒」
「待て待て、俺は加護を持っているが悪魔の使徒ではない」
「加護を持っている者を悪魔の使徒と呼ぶんですわよ」
ティアラが右手を翳すと、氷の剣が出現した。
「だとしても俺は悪魔側ではない」
俺は説得することにした。
ティアラはなんらかの目的があり、それによって悪魔を敵とみなしているのだろう。神の使徒であるなら当たり前の行動ではある。
それを聞いたティアラは剣を天に掲げ、魔力を放出した。
「悪人は皆否定しますわ――【二千銀雪】」
異次元の空間から無数の氷の刃が出現した。
その刃は生きているかのように能動的に俺へ向かってくる。
本当に殺す気満々の魔法に思わず失笑が漏れそうになった。
「ヘル――【極・火炎壁】」
俺は【煉獄の闇炎】を発動させようとしたがキャンセルし、7級火属性魔法で氷の刃を全て防いだ。
「【光の絶氷】は一度見せてますからね。だけど【氷結世界】内でそれだけの火属性魔法が使えるのも驚きましたわ」
前に1度使われたことのある【光の絶氷】。
闇属性魔法を発動前に凍らせ、未発動にするという反則的な魔法である。
ティアラは余裕の笑みで氷の剣を振うと、魔力を纏った氷の斬撃がこちらに飛んでくる。
俺はそれを【岩壁】で防いだ。
「防御魔法だけとは余裕ですわね」
「俺に争う気はない」
「そんなこと言っても油断はしません。紳士ぶってる態度にも腹が立ちます」
――ティアラは一瞬にして姿を消した。おそらく【転移】だろう。
俺は背後に気配が現れたのを感じ、即座に横へ飛ぶと、氷の斬撃が腕を掠めた。
「これも躱しますか。カウンターも放たないなんて本当に武闘家ですか?」
どうやら俺の戦闘スタイルも知られているらしい。
「目的を教えてくれ。《ラグナ》である俺を殺してなんの意味がある」
「悪魔の使徒であるあなたが王国に取り入ろうとしている。そして英雄扱いされている事が問題ですの」
「取り入る? 確かに加護を持っているが、俺は神の使徒だ」
「神の使徒……?」
「あぁ」
「それを証明出来る手段をお持ちですか?」
一瞬迷ったが、お互い触れれば神の使徒だとわかる――というゼウスの言葉を思い出す。
俺は徐に手を差し伸べた。
ティアラは無言で俺の手を見つめている。
「触れれば神の使徒かわかるだろう」
「……わかってますわ」
触れるのを躊躇していたらしい。
余程の男性嫌いなのか、もしくは俺自身が嫌われているのか。
ティアラはドレスの一部である手袋を外し、差し伸べた俺の手を人差し指で一瞬触れた。
ピキーンと頭の中に閃が流れる。
神の使徒同士だということがわかる合図である。
「どうして私が神の使徒だと?」
「俺が貰った加護の能力だ。相手のスキルと加護、状態異常がわかる」
「なるほど、それで乙女の純情を覗いていたわけですか」
「……そうだな」
不快な表情を向けて覗いていたと言ったティアラに対して抵抗したかった気持ちはあったが、止めておこう。
「ではなぜ悪魔の加護を持っているんですか?」
「サタンを倒した際に勝手に渡されたんだ」
「何を言っているんですか。殺した相手に加護を授かる悪魔がどこにいるんでしょう。それに加護はお互いが了承しなければ授かりません。つまりあなたはなんらかの狙いがあってその【サタンの加護】を自らの意思で授かったと考えるのが妥当です」
「お互い了承しないと授けられないのか?」
「当たり前なことを聞き返さないでくださいな」
俺はティアラの説明を聞き、内心驚く。
アリエルの時もそうだったが、加護を一方的に貰っているのも事実であったからだ。
「俺は了承していない」
「つくならもっとマシな嘘をついたらどうですか」
ティアラは睨みながら全身から静かに魔力を放出し始める。
本当なのだから仕方ないだろ。
「嘘ではない」
「ではリンシアちゃんを出しに使って王国へ潜入した理由を教えてくれませんか?」
「潜入という解釈が間違っている。たまたま襲われてたリンシアを救って、たまたまお礼をと王国来たら、たまたま国王が病気で、たまたま――」
「どこの英雄譚ですか。そんな都合よく話しが進むわけないじゃない」
「確かに」
同意してしまったが、俺も自分で言っててそう思ったよ。
でも事実なんだけど。
「考えるのがめんどくさくなりました。神の使徒でも悪人はいます。なので元々、あなたが神の使徒である可能性は織り込み済みでした」
「他の使徒に会っているのか?」
「えぇ、加護の力を利用して悪事を働くものもね。なので私は私の目的の為にあなたを殺します。私の計画にあなたが邪魔なので」
「理不尽だろ」
「先程から私の攻撃を躱すあなたの動作を見て強者だということがわかりました。私は生まれてから1度も本気というものを出したことがないんです。なのであなたも私を殺す気で来なさいな」
ティアラは小悪魔的な笑みを浮かべる。この状況を心底楽しんでいるような気さえする。
だけど俺もその言葉に何故か心が踊った。
「何言って――」
「【氷結停止】」
俺を中心に大気が凍る。咄嗟に横へ飛び、それを躱した。
ティアラを静かに纏っていた魔力が爆発的に増加する。魔力量だけなら俺の魔力よりも多い気がする。
それに増加した魔力はただ漏れている訳ではなく、繊細にコントロールされていてしっかりと制御されていた。
「言っても無駄そうだな」
俺は唇を綻ばせた。それを見たティアラも唇を綻ばせる。
「第2ラウンドと参りましょうか」
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