第70話
ティアラはある会談を済ませるためにメイドの案内の元、談話室に向かっていた。
王族交流会が始まってからの数日間は忙しい日々を送っている。王族達との話し合いもそうだが、公爵家のような身分が高い貴族達の立食会に呼ばれる事が多かったからだ。
それはなにも皇女という理由だけではない。
皇国にはセントラル商会という、世界でも有名な大手商会がある。そんなセントラル商会を立ち上げたのが第3皇女であるティアラなのだ。
ゆえに皇女じゃなかったとしてもコネクションを作りたいと思うのは普通のことだろう。
そしてティアラが色々な貴族の話を聞いてわかった事がある。それは王国は思っていたよりも腐敗している状況下にあるのではないかということだ。
特に第2王子であるルシフェルは表向きはいい王子ではあるのだが、裏では色々と動いているように思えた。これはティアラが培った経験による直感。
ティアラの考えでは、王国が抱えている問題のほとんどをルシフェル自身が招いているのではないかという考えにまで至っていた。さらに皇国の大臣とも繋がっている気さえも感じている。
「気持ちを切り替えましょうか」
談話室の前に案内されたティアラは小声で自分に言い聞かせる。この会談は王国に来た目的のうちの1つなのだから。
ドアを開けると、獣人族の綺麗な女性が立ち上がり、挨拶をする。
「本日はお招き頂きありがとうございます。うちはラバール商会の会長を努めてさせて頂いております、セリナ・ラバールと申します」
「いえいえ、こちらこそいきなりお呼びしてすみません」
お互い軽い挨拶を交わして席につく。
異色の組み合わせにも感じるこの会談はティアラが希望したものだ。
「セリナさんは噂に違わぬ綺麗さを持ち合わせていますね」
ティアラは和やかな表情でセリナに呟いた。
動物好きであるティアラの視線は頭からひょこっと出ている耳に釘付けであった。
「そんなことないです、殿下の美しさに比べたらうちなんて下の下ですよ」
「私のことは愛称で呼んでください」
「光栄です。ティアラ様はなぜうちをお呼びなさったんですか?」
「今話題のラバール商会の会長とは1度お会いしたく思っていましたの。鬼才のセリナと誰もが噂していますわよ」
「そんな滅相もないです、ティアラ様も《ストラテジー》を初めとした画期的な商品開発をしていると伺いました。鬼才はティアラ様にこそ相応しく思いますよ」
お互いおべっかを言い合う。
上流階級の者同士の初対面は大体がこういうやりとりから始まる。
「ラバール商会での商品はセリナさんが考えているんですの?」
ティアラは探りを入れるのではなくストレートに質問をぶつけた。
この質問に対しての意図は疑問を解消させるためである。ティアラが思っていた疑問、それはラバール商会の商品には前世にあったものが多かったからである。
もしかすると自分と同じ立場の者がこの世界にいるのではないかと考えたのだ。
「うちの商会メンバーで考えているのと、ある本を参考にして作っています」
「……ある本?」
「はい、内容に限っては企業秘密になりますが、画期的なアイデアのヒントのようなものが書かれている本とだけお伝えします」
「その本をどこで?」
「それも企業秘密ではありますが、かなり古い書籍で、あるダンジョンで発見されたと聞きました。それがめぐりに巡ってうちの商会に流れたものなんです」
セリナは表情を崩さなかった。もしそれが本当のことであるなら、昔に自分と同じ立場の者、転生者がこの世界に存在していたことになる。
「そうなんですわね、1度その本を拝見してみたかったですが、難しいみたいですわね」
ティアラは考えた。
他の転生者のことは気になる情報ではあるが今は優先すべきではない。話を信じるのであればその転生者はとっくに死去していることになるからだ。なので今は自分の目的を最優先で動かないといけない。
それからは雑談を交えながら、お互いの国が抱えている商品に対しての意見を交換していく。
話せば話すほど、ティアラは疑問に思うことがあった。
それはセリナ自身の考え方と、商会がやっている商売レベルの相違だ。
経済に対しての知識や交渉の技術、立ち振る舞いや、風格も兼ね備えてはいるがレベルとしてはまだまだという印象を感じたからだ。
ぶっちゃけセリナが広告商売や商品ブランドを立ち上げたという事実が信じられないということである。
(わざとそう見せているのか、もしくは裏で糸を引いているブレインがいるのか……)
ティアラは会話の中で事前に手に入れていた情報や考えをまとめていった。
「どうかされましたか?」
考えている様子が伝わってしまったのか、セリナがティアラの様子を伺った。
ティアラはあらかじめ聞こうとしていた質問をすることにした。
「ラバール商会をこの先どうしていきたいと思ってますか?」
「目標は世界一の商会にして、獣人族が他種族と平和に過ごせる世界を作りたいと思ってます。それにリンシア様にも恩返ししたいと考えていますよ」
そう語るセリナの目は澄んでいた。その言葉には嘘は一切含まれていない。
(まだまだ未熟ではありますが、悪い人ではなさそうですわね)
「素敵な目標ですね。私もそうなる未来が来ることを願っていますわ」
「ありがとうございます」
商品アイデアが書かれている本や、ブレインの事、気になることは多いが急ぐ必要もない。
ゆえにティアラはラバール商会との信頼を気付いていく方向にシフトすることにした。
「提案なのですが、私が手がけているセントラル商会もラバール商会に対してバックアップさせてください」
それを聞いたセリナは目を大きく見開いている。信じられないという表情であった。
セントラル商会、商売をやっている者なら誰もが聞いたことのある大手商会。
創業してわずか10年で莫大な富を手に入れた商会である。
そんな大手商会から、交友関係の申し出が来ること自体が奇跡だとセリナは思っているのだろう。
「そんなに驚かないでくださいな。セントラル商会の会長はエルフ族。セリナさんとは同じ考え方なんですよ」
「そ、そうだったんですか」
「えぇ、種族を介して平和な世界を作りたいという会長の考えに私も賛同してますから」
「わかりました、前向きに検討させてください。いきなりの申し出で準備が出来てなくて……お時間がある時に再度話し合いの場を設けさせてください」
この場ではなく後日に設定するのは当たり前な事である。
だけどティアラはそれだけではないと考えた。おそらくブレインの意見を聞こうとしているのだろう。
「構いませんわよ、前向きな提案を期待しております」
ティアラは笑顔でプレッシャーをかける事にした。
提案内容でブレインの力量を測るためである。
「ありがとうございます」
そしてしばらくの雑談の後、ティアラとセリナの異色な会談は幕を閉じた。
――
―
王国での自室に戻ったティアラは魔法を発動させた。
『ミカエル聞こえる?』
『はい~、聞こえてますよ』
ティアラは自身が持つスキルである【魔法改変】で作ったオリジナルの魔法【メッセージ】でミカエルへ思念を飛ばしたのだ。
相変わらずホワホワしたミカエルの声にティアラは癒されていた。
『皇国の様子はどう?』
『ティアちゃんが王国に向かってから大臣達が幅を利かせてますよぉ。もうやりたい放題です』
『それって大丈夫なの……?』
『私がしっかりと止めてますよぉ、安心してください』
ミカエルの言葉に安心する。
最悪の状況を想定するなら、自分が築き上げたものが奪われる心配もあったからだ。
『そのためにミカエルを留守番させているんだから当たり前だわ』
『ティアちゃんはツンデレですねぇ、ツンとデレの割合は7:3が好みですよぉ』
『なんの話ですか……そんなことよりも、ちょっと調べてほしいことがありますの』
『なんでしょうか』
ミカエルの声が真剣なものに変わる。普段はホワホワした性格なのだが、頼まれた事はしっかりとやり遂げてくれる。
『皇国内で、王国の第2王子ルシフェルと関係性がある者の調査をして欲しいの』
『これまたどうしてですか?』
『第2王子は第1王子のことをよく思っていないみたいなの。それに皇国の者と繋がっている節を感じました。ここからは直感になりますが、今回の王族交流会で何かを企んでいるんじゃないかと思います』
『なるほど、ティアちゃんの直感は当たりますからねぇ』
『外れることもあるわ、でも備えあれば憂いなしといいます』
『わかりました、いつものように調査しておきます』
『お願いね』
そう言ってティアラは【メッセージ】を切った。
杞憂に終わればいいと思うが楽観的にはなれない。各国の裏で何かを企んでいる者がいる。
それを確かめるべく、最後の疑問を解消しに行こう。
「《ラグナ》さんにでも会いに行きましょうか」
ティアラは口元を綻ばせ、【転移】を発動させたのだった。
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