第69話
王族交流会。王国と皇国の友好のために始まった大切な行事である。
今回その大切な行事に抜擢されたのがミンティエ皇国の第3皇女、ティアラ・フリシット・クリステレス・ミンティエ。
たった数年で皇国の財政を立て直し、さらには国の悪い虫を根絶やしにした皇女だ。
特徴はその美しい容姿で、男女問わず見るもの全てを魅了する。その容姿から呼ばれるようになった二つ名が"麗姫"である。
「こちらが殿下のお部屋にございます」
「ありがとう、私はいいから他の者の案内を頼むわ」
メイドに向けてティアラは笑顔で答える。
王城には交流会のためだけに用意されたエリアがあり、皇国から来た者たちには1人1室与えられる。
皇女であるティアラに用意された部屋はそれなりに広く、警備体制も高い部屋になっているのだ。
ティアラは部屋に入り、ソファーに腰を落ち着けた。
「はぁ……」
そしてため息をついた。
王城に着いて早々、衛兵たちから感じた不快な視線、さらに第3王子からのアプローチを受けたからだ。
それが普通の貴族なら喜びもするだろうが、ティアラは違う。
ティアラは男性嫌いなのだ。元々嫌いだったわけではなかったのだが、男性社会の皇国で権力のある皇女として育ったせいで大人達が抱く様々な汚い面を垣間見てきた。そのため男性に対して不快な気持ちが現れるようになったのだ。
そして同時に自国の大臣達への事も思い出した。
ティアラは本来、王族交流会に来る予定はなかった。
だが目まぐるしい勢いで権力を伸ばすティアラの事をよく思わない大臣達が交流会への参加を強く希望したのだ。
「結果オーライですけどね」
あまり乗り気ではなかったティアラだが、結果的にはよかったと思っている。
王国へ赴きたい理由が出来たからだ。
理由としては3つある。
1つはラバール商会の調査。ラバール商会はここ1年で目まぐるしい成長を果たしている。地図による広告や、商品開発でそれを成し遂げたのだが、商品の中には気になる物がいくつかあった。その立役者となったセリナ・ラバールには会って聞きたいことがあったのだ。
2つ目は《ラグナ》の調査だ。《ラグナ》はサタンを消滅させた人族の英雄として各国が警戒と調査をしている。
だがティアラは国のためではなく個人的な目的があり、そのために《ラグナ》と接触したいと考えていた。
そのためには自国である皇国以外の王国、法国、帝国の3国を調べなければいけないのだが、交流会を期に王国から調査しようと思っている。
そして3つ目が――
<コンコン>
「そろそろ時間ですか」
ノックされたドアに許可を出すと青髪のメイドが入って来た。
「リンシア様の準備が出来ましたのでご案内致します」
メイドに案内され王城を進んでいく。
これから第3王女であるリンシアが開くお茶会へ向かうのためだ。
「フフ……」
ティアラは小さく微笑んだ。
そう、王国に来たかった3つ目の理由はリンシアと会う事である。正確に言うならリンシアの様な可愛い子に会うためだ。
ティアラは男性嫌いではあるが、その代わりに女性に対して好意的に感じるようになった。
そして可愛い女の子には目がない。
王国の第3王女はそんなに目立った功績がなかったので、陰に隠れた存在ではあったが、手がけているラバール商会が有名になったせいか、そのバックであるリンシアの名前を良く聞くようになった。
その際に耳にする言葉が「可愛すぎて涙が出る」「守ってあげたくなる王女」だ。
実際に先程顔を合わせた時、噂以上に可愛いと思った。
「(おそらく私と同じく【魅了】や【魅惑】を持ち合わせているのでしょう)」
メイドの案内でリンシアのいる執務室に通された。
そこにはリンシアが花が咲いたような笑顔で待っていた。
「ごきげんよう、本日はお招き頂きありがとうございます。改めまして私はティアラ・フリシット・クリステレス・ミンティエです。同世代ですし、気軽にティアラと呼んでくださいな」
「こちらこそお越しいただきありがとうございます。私はリンシア・スウェルドン・アイクール・バロックです。私のこともリンシアと呼んでください」
王城に到着した際に自己紹介しているが、改めてもう一回やることで礼儀を尽くす。
リンシアはティアラに見とれているようだった。艶やかな漆黒の黒髪に美しい笑顔。黒髪にも関わらず聖女という言葉が似合いそうな容姿であったからだ。
そしてそれはティアラも同じであった。
流れるように透き通った銀色の髪の毛に包まれた可愛らしい容姿。健気な印象がそのまま形にった屈託のない無垢な笑顔であったからだ。
「立ち話もなんですし、座ってください。長旅でお疲れでしょう」
「ありがとう、リンシアさんの笑顔を見ていると元気になってきましたわ」
「あ、ありがとうございます。ティアラ様の笑顔も素敵です。それに国の政策に関わる手腕も凄いです。私も見習いたいですよ」
少し動揺しながらも、しっかりと受け答えしたリンシア。
そんなリンシアに「お姉様」って呼ばれたいという謎の欲求がティアラを襲う。
「リンシアさんは確か13歳になるのよね?」
「はい、ティアラ様は14歳でしたっけ」
「そうよ、同じ王族で1年違いだから妹のように感じますわ」
「確かにその通りですね、ティアラ様みたいなお姉様がいる他の皇女様たちが羨ましいです」
突然来た「お姉様」という言葉にティアラは笑顔になる。
可愛すぎるとティアラは思った。
男性嫌いではあるが、男性の気持ちがわかるような気がした。
「リンシアさんがよければ2人きりの時はお姉様と呼んでくださらない?」
「そ、そんな恐れ多いです」
ティアラの無茶な要望ではあったが、リンシアも満更ではない表情をしている。
それに見たティアラは追撃をすることにした。
「遠慮なさらずに、私もリンシアさんのような妹がいる王女様達が羨ましく思いますわ」
リンシアはその言葉にしばらく悩んだが決心したようだ。
「お、お姉様……」
「(エクセレントですわ!!)」
ティアラは心の中で感動していた。
妹がいないティアラはお姉様と呼ばれたことがないからだ。
「嬉しいですわ。リンシアさんのような可愛らしい王女と婚約出来る殿方が羨ましいぐらいに……そのネックレスも似合ってますよ」
ティアラが入室した時から気になっていたネックレス。
使われている魔石のレベルが明らかに高品質のものであったからだ。
「商会からの流れものです。高価な魔石が使用されているので護身用にと頂きました」
ネックレスを指摘されたリンシアはほんのりと頬を染めて言った。
その反応をティアラは見逃さなかった。
「気になる殿方でもいらっしゃるんですか?」
いきなりの質問にリンシアは目を丸くして頬をさらに染める。
そんな反応も可愛らしいとティアラは思う。
しばらく考えて、落ち着いたようでリンシアが口を開いた。
「は、はい……でも私は王族なのでそういうのはダメってわかっています」
「そんなことないですわよ、欲しいものは手に入れてこそですわ。1度きりの人生なんですから」
「ティアラさ……お姉様にも想い人がいらっしゃるんですか?」
名前で呼ぼうとしたリンシアに向けてティアラは視線を送った。リンシアは即座に気づき言い直した。
「私が男性嫌いというのをご存知ないのですか?」
「……存じてました。でもティアラさんの表情を見ていると、誰かを想っているような気がしたんです」
「そう……ですか……」
ティアラはそんなことを言われたのは初めてだった。
リンシアには自分と似たところがあるのだろうかとティアラは考えた。
「いますわよ。今は叶わない場所にいますが、いつか絶対に叶えてみせますわ」
まっすぐと語るティアラの表情にリンシアは心の底から暖かい感情が沸き立つのがわかった。
「お姉様とお話ししていると元気が出ます」
才色兼備で完全無欠と呼ばれている皇女であったが、1人の女の子の姿を見たのだ。
そんな姿を見ていたリンシアは自然とティアラに対して好意的な気持ちが芽生えていた。
「ありがとう、私もリンシアさんと話していると楽しいですわよ」
「私のことは呼び捨てで大丈夫ですよ」
「じゃあリンシアちゃんって呼ぶわね」
「はい」
それから2人はお互いのことを談笑した。王族同士の苦労もあるのだろう。姉妹のように友のように話していく。
その会話の中には最近の事件のとこも含まれていた。
そしてティアラは部屋に置いてある《ストラテジー》に目を向けた。
「リンシアちゃんも《ストラテジー》をやるのですか?」
「大好きですよ」
「一戦やってみまますか?」
「嬉しいです。でも《ストラテジー》を開発したお姉様には叶わないとは思いますが……」
「勝敗は気にせず楽しみましょう」
そう言ってティアラは盤面に駒を並べていった。
そしてリンシアが先行で始まり、お互い駒を動かしていく。
「お姉様、そこは動かせませんよ?」
「ごめんなさい、もうひとつの方のルールと間違えてしまいました」
「もうひとつのルール?」
リンシアは頭に?を浮かべている。それと同時に好奇心を感じている表情をしているのがわかった。
その反応だけで十分だとティアラは思った。
「新しく考えたルールなので、まだ内緒です」
それを聞いたリンシアは残念そうにシュンとしている。
ティアラの心には罪悪感が生まれてしまったが、これでリンシアは違うというのがわかった。
(リンシアちゃんは白ですわね……)
そしてしばらく駒を動かしていくと――
「これで私の勝ちですわね」
勝負がついた。
「やっぱりお姉様には勝てませんでした」
「リンシアちゃんも強かったわ」
悔しがるリンシアをティアナは宥めた。
負けず嫌いなのだろうとティアナは感じた。
「ありがとうございます。これでも1人にしか負けたことないんですよ?」
「その方がリンシアちゃんの想い人?」
「はい……いえ、その……」
「大丈夫ですわよ、この話はリンシアちゃんのお友達として聞きました。口外することは絶対にないので安心してください」
「ありがとうございます、ティアラ様にはわかってしまうんですね」
「お姉様でしょ? これでもいろんな方々と話してきましたから」
ティアラはリンシアの想い人に心当たりがあった。
一年前にリンシアが聖騎士候補に入れるために銀髪の少年を拾ってきたという情報を知っている。おそらくはその少年だろう。
そしてそれは王城へ来る途中に展望エリアから見下ろしていたあの少年だ。
(だとしたなら早めに手を打っておきたいですわね)
するとドアからノックの音が聞こえた。
許可を出すと、皇国の使用人が顔を出す。
「殿下、そろそろお時間です」
気づくとかなり時間が経過していた。夜は歓迎パーティーという名目の食事会があるので、その準備をしなければならない。
「準備もありますからまたパーティーのときにお話ししましょうか」
「はい、楽しみにしてますね」
そう言って笑顔を向けるリンシアを名残惜しみながらティアラは部屋を後にした。
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