第67話
前話のブレスレット→ネックレスに変更しました。
そちらのほうが似合うと思ったからです。
すみません……
早朝。俺は王城の訓練場に足を運び、リンシアとメルの訓練を見ている。
あの初訓練以降、たまにふたりの様子を見ているのだが、ふたりともひたむきに取り組んでいるおかげで上達も早い。性格が素直ということもあるのだろう。
軽い組手をしているふたりを、俺は少し離れた場所から観戦していた。
すると、背後から近ずいてくる人の気配。
「おはようございます。クレ……じゃなくて捨て犬」
「なんでわざわざ言い直したんだよ」
振り向くと、リンシアの専属メイドであるリルが立っていた。例のごとく毒舌をぶつけてくる。
「ヨダレを垂らしているクレイジーな犬がいるかと思ったらクレイ様でした」
「もうめちゃくちゃな言いようだな……仕事しろよ駄メイド」
「言われなくても終わらせました。ただいま休憩中です」
こいつは俺に対してのみ毒舌ではあるが、メイドとしての仕事だけは一流。そのおかけでエミルのメイドとしての技量がかなり上達したのも事実なので認めざるをえない。
「明日から忙しいんだろ?」
「えぇ、能天気なクレイ様と違って忙しい時期なんです」
「この野郎……」
王族交流会を翌日に控えているため、王城内はバタバタしている。
王都も歓迎ムードなのだ。
忙しいと思いリンシアにも「今日の訓練はやめるか?」と提案したのだが「やります!」と断られてしまった。早く力を付けたいのだろう。
「お前も護身用の体術ぐらい体得したらどうだ? ついでにその毒舌も改めろ」
「護身用ぐらいのものならお姉ちゃんに教わっています。そして毒舌は私のアイデンティティなので完璧です」
リルは親指を立てながらグッとアピール。
何が完璧なのだろう。
訓練を始めた当初、リルにも訓練を進めたのだが、魔法に対しての才能が生まれつき皆無で、魔力をほとんど持っていないらしい。1級魔法を唱えるのもやっとで、使ったら意識を失ってしまうぐらいなのだ。
そのため自分の役に立つ分野を伸ばしていきたいとメイドの仕事を頑張るということに話はまとまっていた。
「そうか――」
俺はゆっくりとリルの方へ寄った。
そして腕を掴む――その直後掴んだはずの腕の行方を見失った。
「確かにいい動きだ」
リルは俺の手を躱し、一定の距離を取っていた。護身としては合格レベルである。
「いきなりはやめてください。そんなに私に添い寝して欲しいんですか?」
「どうしてそうなった」
「私のような芳醇な果実を食い散らかしたい気持ちはわかります」
「芳醇な果実の意味わかってんのかよ」
「私みたいな女性を指す言葉です」
「お前じゃ未熟すぎるだろう……どちらかというとメルの方がそれに該当するぞ」
メルとリルは姉妹ではあるが、性格も体格も真逆である。メルはスラッとしていて、出るところは出ているが、リルはどちらかというとまだ幼児体型の部類だ。年齢的にはしょうがないとは思うのだが、同い年ぐらいのリンシアの方がまだ育っている。
「お姉ちゃんをそんな目で見るのは死んでください」
「そこは普通『やめてください』だろ」
「私はお姉ちゃんに悪い虫……いや、悪いゴミがつかないようにしているんです」
「わざわざ言い直さなくても同じ意味合いだからね?……それに今のところはそんな気はないから安心しろ」
「えっ、ないんですか?」
先ほどまで否定気味ではあったにも関わらず、リルは予想外だったかのような表情を見せる。
「メルに限らずとも、今のところはそういうのは考えていないな」
「そう……なんですね」
表情を戻したリルが組手をする2人に対して目を向ける。
どういう意図があったのだろうか。
俺も組手をする2人に目線を戻し、話題を変えた。
「リルとメルは元々どこ出身なんだ?」
「北の国の大地です」
「範囲広すぎだろ」
適当なことを呟くリルに対して俺は思わず突っ込んだ。
そのあとリルはどこか遠くの景色を見つめるように語った。
「実はあまり覚えていないんです。小さな村で育った記憶はありますが、気づいたら村の外に居ました。訳あって村を出なければいけなくなったらしいです」
「訳?」
「両親が事故で亡くなったと聞きました」
「……そうか」
いきなりの話しに俺は動揺しながらも、短く返事をした。
貧富な村では大人の人数に対して子供の割合が決められている。養える許容が決まっているからだ。だから補えなくなった子供を外に旅立たせるという話しは聞いたことがあった。おそらくそういう類のことなのだろう。
「小さかったのであまり覚えてないですけどね。私はお姉ちゃんに背負われていたことは覚えています。それからは色んな場所を巡りに巡って、リンシア様に出会ったというわけです」
「よく生き残れたな」
年端も行かない少女は2人で旅をするというのは相当な事だ。
短くまとめてはいるが苦労することも多かったと思う。
「お姉ちゃんのおかげです。お姉ちゃんは何も出来ない私を守ってくれました」
リルはしみじみと語った。
いつも毒舌を吐いてくるリルだが、なんとも言えない雰囲気になる。
すると模擬戦を終えたメルとリンシアがこちらへ向かってきた。
「真剣な雰囲気だが、何か話していたのか?」
俺とリルの空気を察したのか、メルは心配そうに伺ってきた。
「クレイ様がお姉ちゃんの身体が好きだって」
「そんなこと言ってないだろ……」
「クレイ殿がわわわ私の身体を!?」
一気に赤面したメルが動揺しながら叫ぶ。隣にいたリンシアも目を丸くしていた。
「芳醇な果実は美味そうだ、グヘヘヘって」
「油を注ぐな。それにそんな笑い方したことねーだろ」
「ほほほほ芳醇な果実!?」
メルはそう言って、目を逸らす。そして身体を隠すように手で覆った。
ぶっちゃけ服きてるんだから隠す必要もないのだが、そういう動きをすると逆に色っぽくなる。
リンシアは隣のメルと自分を見比べたあと、シュンとしていた。
「クレイ殿の気持ちは嬉しいが、私はそんな立派なものじゃないのだ。それにまだ心の準備がだな……」
「人の話を聞け」
「私は明日の準備があるので、仕事に戻りますね」
妄想を進めているメル。そんな様子を見つめながらリルは小悪魔的な笑みを俺に向け、足速に立ち去っていく。
場を乱すだけ乱して行きやがった。
「私だって成長期だもん、これから成長するはず」
そんな中リンシアは小声で独り言を呟きながら、ガッツポーズをしていた。
「ききき興味がないわけではないが、私も初めてなんだ、だからクレイ殿がリードしてくれると……」
「妄想進んでないか?」
「もし成長しなかったらどうしよう……」
「だが、クレイ殿が満足するように一生懸命頑張るぞ」
「お前ら落ち着け!」
カオスな空間になりかけた訓練場に俺の声が響き渡った。
―――
――
―
「先程は申し訳ない、取り乱してしまって」
リンシアの執務室。
ソファーに座る俺に対して、対面に座るメルが赤面しながら謝罪をした。先程の妄想のことだろう。
「気にはしてないが、どんなときでも冷静にな」
メルは叱られた子犬のように、シュンと顔を俯かせる。
「メルは強くなったわ」
メルの隣に座っているリンシアが励ましの言葉をかける。
「お前もだぞリンシア……」
「はい……」
俺の言葉にリンシアもシュンとする。
俯く2人を見ていると罪悪感が生まれてくるのは気のせいではない。
「どんなときでも心を乱すのは危険だ。だから感情のコントロールを忘れないでくれ」
「わかりました」
「わかった」
2人は同時に返事をした。
すると落ち着いた様子でメルが口を開く。
「それよりも、妹とはどんな話をしていたのだ?」
「というと?」
「真剣な雰囲気だったというのもあるが、妹があんなふうに茶化すのは何かを隠す時だ」
さすが姉妹と言うべきか、あのやりとりで話している内容が違うことに気づいらしい。
それなら妄想する前に指摘して欲しかったと言いたいが。
「リルがリンシアと出会う前の話しを軽く聞いた」
「妹がそれを?」
「あぁ」
目を見開くメルに対して、俺はリルと何を話していたのかを伝えた。
といっても大した情報を得ていたわけではないので軽くだ。
「そう……か」
メルは歯切れの悪い返事をしたあと、何かを考える素振りを見せる。
「クレイ殿には話そう。妹には言わないで欲しいのだが……私達姉妹の村は魔族に襲われたんだ」
「なに?」
衝撃の告白に俺も驚く。聞いていた話と違うからだ。リンシアは事情を知っていたのか、静かに話を聞いていた。
「私たちは国境付近の端っこにある村で育ったんだ。小さい村ではあったが、家族と幸せに過ごしていた。だが、ある日魔族達が攻めてきたんだ。そして村人は全て殺された……もちろん両親もだ。私はそれを間近で見ていた」
いつもは明るく凛とした雰囲気を感じさせるメルではあるが、当時を思い出してか弱々しく語った。
「妹は小さかったから覚えていないと思うが、焼け盛る村をリルを背負ってどうにか逃げ出し生き延びたんだ。そのあとはある旅人に拾われ、少しの間であるが共に旅をした。私たちの恩人だな」
確かに子供2人で旅をするのは過酷である。そういう経緯があったのか。
そしてメル達は運が良かったのだろう。
「彼女に生きる術を教わった。それから色んな場所を旅して、色んな村を行き歩いた。行き着いた先が王国のアレジオン領。そこで出会ったのが――」
「リンシアというわけか」
メルはゆっくりと頷いた。
アレジオン伯爵家は唯一リンシアの味方をしてくれる貴族であると聞いている。
人柄もよく、身寄りのない姉妹を住まわせてくれたのだろう。
「その旅人とやらはどうなったんだ?」
「わからない。ある朝、急にいなくなっていたんだ」
聞いたところ、アレジオン領に着いて1週間後の朝に旅人はいなくなっていたらしい。
置き手紙と大量の金貨が置いてあったらしく、それにより幼いながらでも住む場所を借りて生き延びたのだと。だがお金はいつか底をつきるもので、働こうと思った矢先、リンシアが現れたのだ。
「リンシア様には感謝しています」
「私は何もしてないわ、自分の考えに素直だっただけよ」
「今でも覚えてますよ。リンシア様は私達に、『決めたわ、あなた達を私の専属メイドに任命します!』って言い放ったんです」
「は、恥ずかしいからやめて」
リンシアは時々アグレッシブな行動を取る。
今の台詞で俺も最初に出会った時に言われた言葉を思い出した。
「その言葉があったから、私達姉妹は今も不自由なく暮らせているんです」
メルは嬉しそうに言うと、リンシアも恥ずかしがりながらも自然と笑顔になった。
「あっ、そういえばまだやらなければいけない業務がありました。そろそろ私は仕事に戻りますね」
「ええ」
何かを思い出したかのようにメルは書斎を飛び出していった。
本当に忙しい時期らしいな。
「そうだ、リンシアに渡したい物があってな」
「なんですか?」
俺はアイテムボックスから例のネックレスを取り出す。
「これだ」
「えっ」
リンシアは目を開き驚きの表情に変わる。
「訓練を頑張ってるから……という体だな」
健気で直向きなリンシアは、言われたことをしっかりと守るため、魔法の上達スピードも早い。
光属性なら6級魔法まで使えるようになったが、王族は危険が多い。そんなリンシアを守るためにというのが本当の理由。
「ありがとうございます」
リンシアは万遍の笑みを浮かべる――そして涙をポロポロと流し始めた。
「ど、どうした?」
俺も流石に動揺が走る。何か不満なところでもあったのだろうか。
「幸せだなぁって」
涙が流しながらも、花が咲いたような笑顔を浮かべてリンシアは言った。
そんなリンシアの表情と言葉に、心が何かに揺さぶられたような衝撃が走る。
そして何とも言えない感情が内側から沸き起こった。
「そのネックレスには魔法が記憶されているんだ。危険が迫ったときにネックレスを握ってくれ。そうすれば魔法が発動する」
そんな沸き立つ感情を抑えながら、ネックレスについての説明をした。
ネックレスに記憶した魔法は3つ。【メッセージ】【転移】【物理反射】である。
【メッセージ】と【転移】は離れた俺に向けて発動する仕掛けで、【物理反射】はリンシア自身に発動する。
「わかりました、嬉しいです」
ニコニコと笑顔を向けるリンシア、そしてネックレスをキラキラした目で見つめる。
俺はその笑顔を守りたいと本気で思っていた。
「付けてください」
「あぁ」
俺は席を立ち、リンシアの後に回る。
リンシアは鮮やかな銀色の髪の毛を上に束ねる。その隙にネックレスをつけてあげた。
「どうですか?」
「似合ってるぞ」
俺の言葉に無邪気な表情でリンシアが喜んでいる。本当に嬉しそうだ。
すると俺は自然とリンシアの頭を撫でていた。
「!!」
そんな俺の行動にリンシアが驚き、身体をビクンと揺らしていた。
「なんとなくな」
「今度はやめないんですね」
「……まぁな」
しばらくして、俺は撫でるのをやめる。
リンシアはまだ物足りなそうな表情を浮かべていた。
「そろそろ俺は行く。明日からは忙しくなるんだろ?」
「そうですね。交流会の期間はバタバタしてるでしょう」
「くれぐれも用心してくれ。俺の情報に関してもだ」
「わかってます。商会や《ラグナ》の件に関しては私は何も知りません」
「うむ」
リンシアも頭の回転が早い。そのへんはしっかりとわかっているだろう。
俺はそんなリンシアに背を向けて、執務室を後にした。
調べてわかったことではあるが、皇女は俺、つまり《クレイ》に関して情報を収集している節があった。対策は取っているが、用心した方がいいだろう。
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