第66話
日も落ちてきた頃、俺はラバール商会の執務室を訪れていた。
入口から入るのではなく【転移】で飛ぶ。これはラバール商会を訪れる頻度が多いため、商会との関係性を勘ぐられないための措置である。
「うわぁ! もう……心臓止まるかと思ったわぁ。来るなら先に言ってほしい」
いきなり現れた俺に対してセリナが驚く。
セリナ・ラバール。今や王都内では知らないものも少なくなってきたラバール商会の会長である。
「ボス、ご無沙汰しております」
執務室にはセリナの他にもう1人いた。
俺のメイドとして屋敷で働いているエミルと同じ施設にいた子供である。孤児院の子供達は商会の利益が出た当初から住み込みで雇い入れているのだ。
子供達には経済学、魔法、スキル、主な業務についての勉強をみっちり教えこんだ。【神の五感】もあったことにより、それぞれが得意とされる才能を伸ばし、今やしっかりと商会の業務をこなしている。
元々エミルの件もあったことから、施設の子供達には懐かれていて強い信仰心のようなものすらも抱いている様子だった。
それによっていつの間にか俺のことをボスと呼ぶようになっていったのだ。
「あぁ、頑張っているようだな。セリナ、例の件は問題はなさそうか?」
「娼館街付近の物件は抑えれそうやぁ」
「そうか、人員は?」
「そっちも抑えてるよ。ご贔屓にしてくれる貴族もバックにつけたし、あとは国がどう動いてくるかやなぁ」
「大丈夫だ。そのためにわざわざ多めに税を収めているのだ」
「そうやなぁ……でも流石に6割5分は払い過ぎなんやない?」
「そんなことはない。まず国を味方に付けるのは商売の基本だ。それに2期目からは少ない割合でも納得がいくような額を提示している」
ラバール商会では利益の65%を税として国に収めている。これは商会としては払い過ぎている割合なのだ。だがそうすることによって、この商会を国から守られるようにしているのだ。
さらに、この商会には借金もない。なので新しい商売を始めても「税さえ収めれば目をつぶるよ」という状況を作っているのだ。
「こんなん思いつくとは本当に恐れ入るわぁ……利益欲しさに、どう税収対策をするかを考えるところやのに」
「これは序章に過ぎない。目先の利益しか見えないようなら世界一の商会はまだ遠いぞ、"鬼才のセリナ"さん」
俺はからかうように口元を緩めて言った。
「その呼び名、本当にプレッシャーやわぁ、最初に呼んだん誰よぉ。本当の鬼才はここにいるっちゅうのに」
ラバール商会が《紙札》や広告事業に取り組んでからたったの11ヶ月でここまで急成長させた会長、鬼才のセリナと皆は声を揃えて呼んでいる。
今や全てのジャンルでラバール商会に依頼しない店はないぐらいになっている。
地図から始まったものだが、最近では小冊子や新聞なども発行しているのだ。
そして絶対になくならない衣食住の分野である衣類関係のファッションブランドを立ち上げた。質もよくデザイン性にも優れていていて、一般層から富裕層まで幅広く人気が出ている。
それぞれのターゲットに合わせてブランド化しており、貴族などの富裕層には《チャネル》一般層には《ルリクロ》というブランド名を付けた。
さらに前世の記憶をヒントに作った便利グッズを日用雑貨に加えたブランド《ザイソー》を最近立ち上げたところだった
「次は賭博場をつくるんやっけ」
「そうだ」
そしてこれから立ちあげるジャンルは「娯楽」である。今や《紙札》の遊び方を知らないものはいない。オリジナルの遊び方が出てきているぐらい普及している。
それは賭博関係、つまり「カジノ」を開くための下準備であった。そのための資金集めや他の商会、国への根回しは既に済ませている。
「賭け事ってあまり王国でする人おらんから流行るか心配やわぁ」
「人は賭け事に依存する」
前世での統計になるが、カジノは世界規模で存在していて、それぞれの国を支えている大きな規模になっている。「人はなぜ賭け事をするのか?」について有名な哲学者達が話し合ったこともあるぐらい人は賭博に依存する。
その結論からこの国、いや、この世界でも流行るものだと予想している。
「凄い自信やなぁ……あと気になったんが、本当にうちの技術の一部を他の商会にまわしていいん?」
「問題ない。それで信用が買えるなら安いものだ」
ラバール商会の技術を他の大手商会に提供すること。これによって他の商会との信頼を築いているのだ。何事も独占は良くない。どんな商売でも二番煎じは勝手に現れる。なので現れる前に交友関係を結ぶ。
これも前世の知識になるが、どの商売も最初に始めた者が市場の半分を独占出来る。つまり戦っても勝てるのだが、そんな醜い争いをしていたら目標に近づくのが遅れてしまうのだ。
時間は無限ではない。一直線に世界一の商会になってもらう。
それにこっちはブレーンである俺がいる限り、予期せぬ自体が起きたとしても対応できるので問題ない。
「普通独占したがるもんなんやけどなぁ……」
「小さい次元で動いてたら世界一の商会にはなれないぞ?」
「ほんま刺さる言葉やわぁ……まぁ最近そういう考えがわかるようになってきたけどなぁ」
当然セリナにも経済学の知識をみっちりと教えこんだ。交渉術も含めた実用的なものをだ。それによって今やセリナ1人でこの商会を任せれる器に育っている。
品格も最近出てきたように感じるな。
「なんでクレイくんは表舞台に立たへんのか不思議やわぁ」
「名声はいらん。だがセリナの名前は利用させてもらうがな」
商売自体は嫌いではない。
裕福なことに越したことはないし、数字が上がっていくのを見るのも楽しいからだ。
だが俺はスラムのような場所の方が心地よいとも感じている。
なぜここまでするのか、多分リンシアの為なのだろうなと自分で解釈している。
そろそろ自分でもシスコンだということを認めるべきなのだろうか。
「そういえば頼まれてたネックレス完成したよぉ」
そう言ってセリナは銀色の小さいネックレスを机に置いた。丸っこいデザインで中心には3色の石がハマっており、豪華な作りになっている。
「助かる」
そう言いながらネックレスをアイテムボックスへ閉まった。
このネックレスは書き換え可能な特殊な記憶石と魔力を貯めて放出する事の出来る魔抱石で出来ている。これによって好きなタイミングで記憶した魔法を発動させる事が出来て、さらにそのトリガーを自由に設定することが出来る。
例えば「付けている者の魔力量が4割以下になったら発動」のという具合にだ。
さらに驚きの7級魔法まで記憶出来る。Sランクのマテリアルドラゴンから出た魔石で作ったのだから当たり前か。
「魔石見た時は本当にびっくりしたんよ? 等級も見たことないレベルやったし」
「Sランクの魔物から出てきたんだから当たり前だろ」
「冗談やと思ったけど……クレイくんやったら本当に倒してそうやぁ」
呆れるセリナを無視する。するとセリナはいきなり顔をニヤニヤさせ始めた。
「そんな高価なもん何に使うん?」
「使い道は色々あるだろ」
「ガールフレンドにでもプレゼントするんかと思ったわぁ」
セリナはからかうように言った。
丸っこく可愛いデザインに、サイズも小さめなところから何かを察したのだろう。
「ガールフレンドなどいない」
「そうなん? クレイくんモテそうやけどなぁ」
セリナはさらにニヤケ顔を見せてくる。
「まぁな」
なのでここは肯定して含み笑いをした。
「認めたで自分……いつも年齢にそぐわへん反応するよなぁ、もっと可愛げを出して欲しいわ」
項垂れながら呟くセリナ。
年齢でいうなら30オーバーなので、可愛げを求められても困るがな。
「そういえば、皇国の皇女がもうすぐ来日するよな。その皇女って"麗姫"で間違いないか?」
「そうや。王族交流会まであと2週間切っとるし、明日は第1王子が皇国に向けて出発予定やな」
「皇女についての情報って集まってるか?」
「そりゃあ話題やから調べてはいるで。新聞の記事にする予定やし」
「その情報を全てほしい。あと出来れば法国や帝国の情報も」
「ええで、国ごとにまとめられた資料がそこの引き出しにあるから適当に目を通して行き」
俺は書斎の引き出しをあけ、パラパラと資料を記憶していく。セリナは俺に【完全記憶】があることを理解しているため、「持っていく」のではなく「目を通す」ようにと言ったのだ。
「やっぱりボスは凄いです!」
先程まで空気だった孤児院の少年が目をキラキラさせている。確か名前はジャニアリーだ。
「まぁな。ここでは構わないが、街で見かけたときは名前で呼ぶんだぞ」
「もちろんです。ボスは僕たちの組織の影の王! 誰にもそのことは明かしません」
ジャニアリーは自慢げに胸を張り上げて言い放った。
ちなみに組織に関しては勝手に孤児院の子供達が言っているだけなのだが、俺への忠誠心が高まるならと放置している。
ラバール商会の従業員規模は100人を超えるのだが、俺とラバール商会の関わりは、セリナ、エミル、アリエル、そして12人の孤児院の子供達しか知らないのだ。
「あとは《ラグナ》の正体についてが今話題やねぇ、クレイくんは直接現場に居合わせたんやろ? いい情報とかないの?」
「前も言ったが、俺は気絶していた。何も見ていない」
「そうよなぁ……」
「最近は《ラグナ》も含めた悪魔に関しても調査してるんやけど、情報が入りにくい魔族関連が多いんよね」
悪魔に関しては事前に調べさせたわけでもないが、サタンの撃破により話題も尽きないので勝手に情報が集まってくる。
様々な情報がラバール商会に集められていくのでそれを利用している。
「そうか、引き続き頼む。あと――王族交流会の期間は警戒を頼むぞ。今勢いのあるラバール商会の会長だ。俺が王族なら確実に接触を試みる」
「了解や、こっちは普段からクレイくんに尋問されてるから大丈夫や」
「油断するなよ」
釘は刺したし商会の方は大丈夫だろう。
報告事項を済ませて俺は【転移】で自宅に戻り晩飯を食べる。
エミルが作った肉じゃがの味は絶品であった。
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