第65話
「ねぇ、ちょっと待って」
冒険者ギルドを出た直後に声を掛けられた。《グリフォン》の件で関わった女の子冒険者の2人である。
1人は剣を腰に掛けていて気の強そうな10代後半ぐらいの剣士。もう1人はとんがり帽子を被った気が弱そうで同い年ぐらいの魔術師だ。
「まだなんかあるのか?」
声をかけてきたのは剣士の方だったので、俺はそのまま問いかけた。
「なんていうか、その……お礼が言いたくて。助けてくれてありがとう」
「本当にありがとうございます」
後ろにいた魔術師も遅れて頭を下げた。
俺が出てくるのを待っていたのなら、かなり律儀である。
「偶然通りかかっただけだから、あまり気にしないでくれ」
「気にするわよ! あっ私はDランク冒険者のベリー、この子は同じDランクのラズよ」
俺の言葉に食いかかるような反応を見せ、軽い自己紹介をした。
剣士の子が《ベリー》、魔術師の子が《ラズ》という名前らしい。
「俺はクレイだ、また会う機会があったらよろしくな。じゃっ」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
早々に立ち去ろうとした俺をベリーが引き止めた。
「なんだ?」
「命の恩人なんだからお礼ぐらいさせてよ」
ベリーの言葉に後ろでラズも頷いている。
よく考えるとその理論はむちゃくちゃな気もするんだが。
「俺は恩を着せるために《グリフォン》を倒したわけじゃない。だから気にしなくていい」
「私の気がすまないんだって」
なんという自己中な発言だろうか。俺も人のことは言えないが。
こういう場合は何か軽いことを提案して満足してもらうのがいいのかもしれない。
「なら飯でも奢ってくれ」
「そんなことでいいの?」
「あぁ」
「もっと凄いこと要求してもいいのよ?」
「他に何があるんだよ……」
相手が恩義を感じていたり、弱みを握っていたりする場合、相手に選択権を委ねることで自分が想像していることよりも多くのものを提示させるという交渉術がある。
ベリーが逆に何を提案するのかを聞いてみたい。
「そりゃあ……色々よ」
「それじゃあわからん」
「男が女に求めるものっていったら…‥あれしかないじゃない……」
ベリーは言いにくそうな様子で頬を赤らめ、そして俯き小声で呟いた。
「金か? 小銭レベルの金なら今必要ないぞ」
「違うわよ!」
「はぁ……そういう行為は心がある者同士でやらないと意味がないだろ。」
何を言おうとしていたのかがわかっていたので、俺は釘を刺す意味合いを込めて心底呆れながら伝える。
というか出会って間もない女性に提案された事実になかなかドン引きである。
「あんたそれでも男なの!?」
「男だよ。というか自分を大切にしろ」
「私だって誰でもいいってわけじゃ……わかったわよご飯奢ればいいんでしょ」
「あぁ頼む」
「少なくとも私には気持ちはあったわよ……」
ベリーが何やら小声でボソッと呟いたが、スルーする。ラズは俺たちのやりとりをハワハワと慌てながら聞いていた。
おそらくは吊り橋効果による一時期の迷いだろう。魔物に襲われるドキドキを異性に助けられたという出来事に置き換えて勘違いしているのだ。
なので、せめてもの救いに店はベリーに選ばせた。冒険者たちがどんなお店に行くのかも気になったからだ。
到着した場所は貴族街付近に立地するそこそこ高そうなお店だった。貴族も嗜みそうな店構えである。
「高そうだが大丈夫なのか……?」
「大丈夫よ。私たちこれでも結構稼いでるんだから」
疑い混じりで伺う俺に対してベリーは自信満々に答えた。ラズも「うんうん」と頷いている。
確かによく見ると2人とも装備はなかなか高価なものを揃えていた。
それに王国ではあまり見ない装備のたぐいであった。
店に入り、円形のテーブルに均等な配置でそれぞれ席に着いた。
晩飯時だったということもあり、入れるのか不安ではあったがそれほど混雑した様子もない。
「そういえばCランクの昇格試験はどうだったの?」
「ギリギリ受かったぞ」
「やっぱり受かったんだ……あの実力を間近で見たら納得だけどね」
「勝敗はどうだったんですか?」
俺とベリーの会話にラズも混じる。やはり勝敗は気になるか。
「いい線はいっていたんだけどな」
俺はラズの質問に対して負けてしまったと解釈出来るように答えた。
勝敗については伏せておくことにする。
「そりゃそうよね、あのギルドマスターは元Sランク冒険者で昔は有名だったらしいもの」
「他国まで名前が届いてましたからね。ドラゴンを倒したとかそういう話しを聞きました」
やはりあのギルマスはなかなか有名な奴だったらしい。勝敗は伏せておいて正解だったようだ。
しばらくすると料理が運ばれてきた。
ひと皿の料理を分け合う中華風スタイルのお店である。
「改めてお礼を言わせてもらうわ、本当にありがとう」
「私からも言わせてください。本当にありがとうございます」
「あまり気にしなくていい」
「そうは言われても、あのままだったら私達はここにはいなかったわ」
「餌になってましたよね」
《グリフォン》とはそれほどまでの魔物らしい。この世界の強さの基準がイマイチわからない。
もう少し苦戦すべきだったのだろうか。
「あんな魔物があの森にいるなんて思わなかったもの」
「あの森には《グリフォン》が生息しているわけでは無いのか?」
「普通は出ません。なのでギルドでも大騒ぎになってたんです」
「あの辺は良くてDランクの魔物ぐらいよ」
「王国に来て始めて遭遇しました」
ラズの言葉にベリーも頷く。
それと同時に疑問を覚えた。先程も「他国まで名前が届いていた」と言っていたな。
「ラズは王国に住んでたわけではないのか?」
なので俺はラズに素朴な疑問をぶつけてみた。
「私は元々"法国"を拠点に冒険者をしていました」
「言ってなかったわね、ちなみに私は"皇国"出身よ」
聞けばベリーは皇国、ラズは法国で冒険者をやっていたのだが、訳あってそれぞれ自国を抜け出したらしい。王国に来たのも3か月前で、拠点を移して受けた最初のパーティー依頼で2人は出会ったらしい。
それからは2人でパーティーを組んで依頼を受けることが多いのだとか。
「他国へは行ったことがないな。システムは全然違うのか?」
「基本は同じよ。でもなんていうか、国によって人柄とか習慣は違うわね」
「そうですね。法国は朝起きたら神にお祈りをする人が多いです」
2人はそれぞれの国の特徴を説明してくれた。
法国は信仰心が強い者が多く、〇〇教徒などの神を信仰する団体が多いのだとか。
皇国は元々力を誇示する国だったのだが、10年前政策が変わったらしい。商業も豊かになり、スラム街のような場所も少しずつ無くなり、誰もが仕事を持てるようになっているのだとか。
その仕事には魔物退治などもあり、冒険者自体が減っているということだった。
「信仰といえば、法国は悪魔に関してかなりうるさいです。それで10か月前ぐらいに悪魔が討伐されたじゃないですか。確か《ラグナ》という人族だとか。法国はその《ラグナ》を探し出そうと国をあげて動いてましたよ」
「あー、それは皇国も同じね。皇国では探し出そうと冒険者組合にも情報提供するように来たぐらいよ。皇国の脅威になりえるのか? という議論がすごくて不安な人達も多いみたい」
「法国は仲間に引き入れたいという意見が多い感じがしました。拝んで信仰する人もいるぐらいです」
自分で巻いた種とはいえ、なかなか話が進んでいる。これもグリムの狙い通りというわけではあるが。
「《ラグナ》の正体は皇国の"麗姫"、王国の"剣王"、帝国の"龍虎"が候補に上がってました」
「皇国では法国の"魔神"も候補に入ってたわよ」
"剣王"はヴァンの兄のことである。
"麗姫"、"魔神"、"龍虎"に関しては噂程度には聞いたことがあった。
「"麗姫"や"魔神"、"龍虎"はどんなやつなんだ?」
「"麗姫"と呼ばれているのは皇国の皇女様ね。まだ成人前にも関わらず、一目見ただけで誰もが酔いしれてしまう美しさを持つお姫様よ。美しさだけではなく強さも一流で、皇国では誰も勝てるものがいないってレベルね。でもかなりの男嫌いらしくて、どんな男も近づけないようにしているみたい」
「"魔神"は法国でもっとも強いと言われている宮廷魔術団の最高責任者ですね。魔法を使わせれば右に出るものはいない超天才魔術師です」
「"龍虎"は帝国の騎士らしいんだけど、詳細はわからないわ」
「私もです」
二つ名が付けられ、それが他国まで広がっているのは相当な実力者なのだろう。皇国の皇女である"麗姫"に関しては思うところがあった。おそらくは赤のダンジョンで対峙した黒髪の少女だろう。
色んな耐性を【完全再現】している俺でもクラっと来るレベルではあった。あの少女が持つ【魅了】と【魅惑】のスキルも影響しているのだろう。
そして心の中でさりげなく、"剣帝"の二つ名が出てこなかったことを残念に思っている自分もいる。
ヴァンにはこれから頑張って欲しいものだ。
それからは法国や皇国の小話を色々聞かされ、食事が終わった。
「美味かったよ。それに他国の話は新鮮で面白かった」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
ベリーは俺の言葉に満足そうな笑みを浮かべ、ラズも「うんうん」と笑顔で頷いている。
「それにしても女2人のパーティは危ないだろ。どこかのパーティーに入れてもらえよ」
「……あの」
俺の提案に、ラズが下を俯きながら言いにくそうに呟いた。
「ん?」
「実は私、男なんです」
「えっ」
流石に俺も目を見開く。気配や匂いは女そのものであるからだ。
「よく間違われるんです。私も女の子に生まれたかったのも事実なのでそれはいいんですが」
「そういえば言ってなかったわね」
ベリーは何かを思い出したような調子で呟いた。それでお礼にと、俺を誘っていた事実にもドン引きである。
他国には変わったやつも多いんだという解釈で無理やり納得させた。
今日一番の驚きを心にしまい、2人と別れたのだった。
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