第64話
「【ハイヒール】」
昇格試験が終わり、セナは俺とガロウに回復魔法をかけてくれた。
どうやらセナがガロウの言っていた優秀な回復魔術師らしい。
「それにしてもクレイさん、まさかギルドマスターに勝ってしまうなんて……」
「有名なのか?」
「ガロウさんは元Sランク冒険者ですよ」
「Sランク冒険者だったのかよ」
勝負に熱くなっていたとはいえ、また目立つことをしてしまったと少し後悔する。
せめてもの救いが目撃者がこの2人だけということだ。
「ハハハ、昔の話だ! 怪我で現役復帰は厳しくてな。クレイとは現役時代に戦いたかってみたかったぞ」
ガロウは笑い飛ばしながら語った。
冒険者が怪我で引退するというのはよく聞く話しである。ガロウは一体どこを悪くしたのだろうか。
「とりあえずCランクに昇格ということでいいんだな?」
気になりはしたがガロウの事情には立ち寄らず話題を変えた。
「もちろんだ、冒険者カードの発行手続きをしておこう」
「わかった」
「あとは、たまに指名依頼を出させてもらうぞ」
ガロウは口元を緩め、にやけ顔で俺に告げた。指名依頼は基本Cランク以上のものが多く、見栄えも良くなる。恐らくはこれも狙ってのCランクへ昇格させたのだろう。
「俺のできる範囲でな。あとあまり騒ぎ立てないで欲しい」
「わかっている。冒険者は名声を欲しがるものなのだが、クレイは違うみたいだな」
釘を刺そうと思ったのだがガロウはわかってくれていたらしい。流石はギルドマスターであり元Sランク冒険者である。人を観察することに長けているようだ。
「あと魔物の部位を買い取って欲しいんだが」
「もちろんだ。冒険者カードが発行されるまで少し時間もあるし、解体場に行ってくるといい。セナ、案内を頼む」
「かしこまりました」
そう言ってガロウは立ち去っていった。どうやら色々と仕事が残っているらしい。
俺はセナの案内で解体場に向かった。
「ここに部位を並べてください」
解体場は大型のドラゴンが4匹ぐらいは入りそうな天井の高い広々とした倉庫のような作りになっていた。首切り包丁などの様々な道具がぶら下がっていて、格幅のいいおっさん達が魔物を捌いている。
討伐部位を並べる場所はそれぞれ区分されており、空いている場所を指差し、セナは言った。
先に解体場へ直接納品することが出来て、その際に納品証明書を渡される。それを報告のときに提出すれば依頼達成ということになるらしい。
俺はアイテムバックから取り出す動作を入れつつ、今まで倒した魔物の死骸や部位を並べていった。
主にジルムンクのときに狩っていた魔物達、王都に来る前に狩ったオーク、学園の中間試験前にリオンと行った洞窟の魔物、そして今回の依頼で狩った残りの《ボア》18匹である。
「あの……そのアイテムバックの容量はどれくらいなんですか?」
「なに?」
その言葉で異空間アイテムバックには容量があることを思い出す。
確かに俺が出した魔物の量は多い。
「それほどの容量がある異空間アイテムバックを持っている方と知り合いなんですね……しかもそれってラバール商会のロゴですよね?」
「そうだな、ラバール商会の会長とは知り合いなんだ」
「今1番勢いのある商会ですよ? その会長さんと知り合いなんて本当に凄いです」
セナは目をキラキラさせて俺を見つめる。
そのラバール商会にアイディアを出しているのは俺だったりする。会長のセリナもこの数ヶ月でしっかりと成長し、自信と交渉力が身についてきている。今は会長としてふさわしい風格に育っていた。
そして広告収入によってラバール商会はかなりの資金源を確保している。その財源を元に今や様々な商品を販売までしているのだ。
主に貴族や一般人女性向けの衣類やファッション関係、ガラスや家具などの日用雑貨がメインではある。ブランド化というやつだ。
セナも女性ということでラバール商会というブランドを知っていたらしい。
「まぁ成り行きでな」
「ちょっとあんた、これ《ルビーボア》の牙じゃねーかい?」
解体場にいたおっさんが査定の途中で声をかけてきた。《ルビーボア》と聞いてセナも驚いている様子だ。
「それがなんだというのだ?」
「なんで牙だけなんだ、他の部位はどこだべ!」
「それなら食ったぞ」
「食ったんか! そんな贅沢が出来るなんて羨ましいべ……」
俺の言葉におっさんは肩を落とす。かなり落ち込んでいるようだ。
「《ルビーボア》に何かあるのか?」
「私から説明します。《ルビーボア》は討伐ランクBの魔物です。ですがそれは脅威度ではなく、希少価値が高いのでBランクになっているのです」
セナは続けて説明をした。どうやら《ルビーボア》の肉は高級食材らしく、滅多に出会うことが出来ないという。値段も1匹あたり50万Bで買取りされているとのことだった。
そんな高級食材とは知らず、普通に食してしまった。確かにかなり美味かったが。
「なるほど、それでその牙はいくらなんだ?」
「《ルビーボア》は肉が高いんだべ。牙は普通の《ボア》と同じで200Bだ」
「まじかよ」
肉高すぎだろ。
そんな希少価値の高い肉ならエミルに料理させてもっと美味しく食べたかったものだ。
しばらくして査定が終わったのか、お金がぎっしり入った袋を握りしめたおっさんがこちらへ向かってくる。
「約250万Bたべ」
「そんなにか」
素直に驚いた。冒険者稼業で稼ぐのも悪くないと思える買取価格である。
その金額にセナも驚いている様子であった。
「オークの肉もそれなりに高いべ。それにCランク以上の珍しい魔物も多かったからだべ」
塵も積もれば山となるということか。ジルムンクでの魔物は確かにCランクが多い。本当はBランク以上の魔物もあったのだが、アイテムバックのことを指摘されたので今回は見送ったのだ。
俺は金貨袋をアイテムバックにしまい、解体場を後にした。
受付所に戻ると、冒険者カードが発行されたようで、ギルマスのガロウがわざわざ届けてくれていた。
「これがカードだ、これからも頼むぞ」
ガロウはそう言って銅色のプレートを俺に手渡した。そしてハハハと笑い飛ばし、仕事に戻っていったのだった。
その後は依頼達成の手続きを済ませて報酬を受け取る。ボア退治の報酬は1匹500Bである。
「色々案内助かった」
最後にセナに対して俺は感謝を述べ、そっと金貨を5枚(5万B)差し出した。俗に言うチップというやつだ。
「こ、こんなに貰えませんよ」
「いや、今後ともよろしくという意味合いも込めている。それに口止め料としても受け取ってくれ」
「口止め料……わかりました。ありがとうございます」
セナは何を口止めされているのか察したようで、すぐに和やかな笑みを浮かべて頭を下げた。冒険者ギルドは各国に通じているため、噂というのはすぐに広がってしまうのだ。
俺はおそらくギルドでも最短で飛び級した者として注目を浴びることもある。そのときに俺の話しを外へ漏らさないための口止めということだ。
それに心象はよくしておいた方が後に困らないと判断している。
「出来れば丁寧な喋り方も崩してくれていい」
それを聞いたセナは先程よりも嬉しそうに笑った。
「クレイさんはそっちのほうが好み?」
「好みとかではないが」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えるわね」
年上だからか余裕のある笑みを俺に向ける。
「ではまたな」
「あの……今度一緒に食事にでもいかない?」
セナは先ほどの笑みのまま俺に声をかけてくる。確かに会った時から好意的な眼差しを向けていた。
積極的な女性は嫌いではないが、ここはしっかりと断っておく。
「今はそういう気分ではないんだ」
意味ありげな言葉ではあるが、何かを察したようでセナは残念そうな表情を見せる。
「諦めないわよ」
だがすぐに元の笑顔に戻ったセナはそう言ってウインクを送ってくる。丁寧な言葉を使っていた時とは全く違うキャラであった。
俺はそんなセナに手を振り、冒険者ギルドを後にした。
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