第60話
王都から出てすぐの所で俺は空を見上げた。
のどかな天気、暖かな気温。非常に冒険日和の気候である。
俺は受付嬢のセナが言っていたことを思い出しながら、頭の中で地図を思い浮かべた。
「左だな」
どこかの剣豪のような台詞にも聞こえるが、俺は方向音痴ではない。開けた平原を東にまっすぐと進んでいく。
しばらく進むと、遠くの方に動く生き物を発見した。
「あれが《ボア》か」
まだ王都付近だというのにすぐに討伐対象を発見できた。
それほど《ボア》は多く生息していて、見つけやすい魔物なのだろう。
俺は《ボアに》近づきながら、どう倒そうかを考える。油断をすれば瞬く間に一片の塵も残さず倒してしまうからだ。
距離が近づいていくと《ボア》がこちらに気づいたようだ。
「ブォォォォ!」
そして雄叫びをあげながら突進。40センチほどの図体がノシノシと距離を縮めていく。
それにしても遅い。遅すぎる。
「よっと」
ゆっくりと向かってくる《ボア》の突進を躱し、首元に軽くチョップをかました。
<メキッ>という音と共にボアが地面に叩きつけられる。
首の骨が折れたことによって絶命したのがわかった。
「いくらなんでも弱すぎないか」
Fランク冒険者向けの依頼とはいえ、弱すぎてやる気をなくしそうになる。
俺はアイテムボックスからナイフを取り出し、《ボア》の死骸を解体し始めた。
解体は前世での猪をイメージしている。生物の仕組み自体は一緒だったようで、荒はあったがどうにか解体に成功した。
《ボア》の討伐部位は牙。両牙の回収で200B、丸々1匹回収で500Bということだった。ボアの肉は食べられるし、皮は鎧や装飾に使われたりするらしい。1日1万Bを稼ぐのに20匹の計算になる。
この世界って実は生きていくの簡単なんじゃないか?
「とりあえず……食べてみるか」
《ボア》の肉は食用としての流通が多い。にも関わらず俺は一度も食べたことがなかったのだ。
「そういえば塩があったな」
料理では定番の塩。これはジルムンク時代からずっと持ち歩いているアイテムである。
あの世紀末のような場所では獲物をその場で食す機会が多かったからだ。
俺はアイテムボックスから塩を取り出し、ステーキ状にカットした《ボア》の肉にまぶしていく。
「【ファイア】」
そして火属性の基礎魔法を発動させて《ボア》の肉を少しずつ焼いていく。
焼き加減は雑菌が多そうなのでウェルダン。しっかりと火を通したボアステーキが完成。
脂身がそんなにないせいか、あまり美味しそうに見えない。
「いただきます」
俺はボアステーキにカブリとかじりつく。
「ん~……」
率直な感想はまずいし硬い。さらに変な臭みまで感じる。
調味料が塩だけなのだから当たり前ではあるが、この臭みは酷い。
ジルムンクではあまり弱い魔物が周りにいなかったせいか、出回る肉はそこそこいける味が多かったような気がする。
俺は全部食べてから、念の為に胃に【キュア】をかけた。
食べれないこともないが、調理次第という感じだろう。いつか絶品と言われているドラゴンの肉とかを食べてみたいものだ。
「次いくか」
再び歩き出す。しばらく歩いていると遠くにぼんやり森が見えてきた。
その森の手前の平原に《ボア》の群れを発見。総数は20匹。1匹だけ体が大きくて赤い《ボア》がいる。群れをまとめるリーダー的な魔物だろう。
俺は1匹も逃がさないように戦略を考えながら近ずいていった。そして気配をわかりやすく解き放つ。
その直後、数匹の《ボア》がこちらに気づいたようだ。
「「「「ブォォォォォォ」」」」
例のごとく《ボア》が雄叫びをあげてこちらに突進。
本当に単調な動きしかしないんだな。
「【ファイアウォール】」
俺は2級火属性魔法を発動させる。
突如、火の壁が出現し《ボア》の群れを取り囲んだ。
「よしっ」
もはやこれは作業に近い。逃げられなくなったボアを高速で移動→チョップを繰り返すだけだ。
たちまち辺りは《ボア》の死骸だらけになっていった。
俺はファイアウォールを解除して、死骸の首根っこを摘んでアイテムボックスに収納していく。
「この赤いのですら普通の《ボア》と何も変わらなかったな」
普通の《ボア》と同じように倒してしまった。【神の五感】で確認すると《ルビー・ボア》と明記されている。
「……食ってみるか」
気になるのは味である。普通の《ボア》よりも美味いのだろうか。
俺は先程と同じ要領で解体していき、ステーキ状にカット。塩をまぶし焼き始める。
ルビーボアステーキの完成。普通の《ボア》よりも脂が乗っていて美味しそうな匂いもする。
「いただきます」
パクッと1口。
「ん~!!」
柔らかくて美味いじゃないか。それに臭みも少ない。
「新たな発見をしてしまったな」
《ルビーボア》は美味い。というくだらない発見に頷きながら、他の《ボア》を回収していく。
20匹全ての回収が終わり、どちらに進むべきかを考える――
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
いきなり森の方で女性の叫び声が聞こえた。
俺は即座に【サーチ】を発動させる。
距離も近かったのですぐに現場に向かった。
到着すると2人の女性が大型の魔物に襲われている。1人は杖を持ち、もう1人は剣を構えていた。2人とも震えている。おそらく2人とも冒険者だろう。
対峙している魔物は《グリフォン》。確か討伐ランクBの魔物で頭部と前脚が鷲のようで、胴体と後脚はライオンのような四足歩行の魔物である。背中からは大きな翼も生えていた。
「グルエェェェェェ!」
《グリフォン》の威嚇により、2人の冒険者はたじろいでしまっている。俺は拳に気力と魔力を貯め、魔法を発動させる。
そして瞬時にグリフォンの上へ飛んで大きく振りかぶった。
「雷帝……」
《グリフォン》はそれに気づき、羽を飛ばそうと構え始めた。
なかなかの反応速度であるが遅かったな。
「絶拳!!」
マテリアルドラゴンに放った【絶拳】の雷バージョンである。ちなみに新技だ。
凄まじい雷音と共に《グリフォン》は地面にめり込む。
あたりは雷が走っていた。
「こんなもんか」
魔力と気力をそんなに練る時間もなかったので威力は弱めである。だが《グリフォン》を絶命させるにはあまりある威力であった。
俺は着地し、2人の方へ振り返る。
2人の冒険者は信じられないものを見ているような目でポカーンと口を開いていた。そして怪我もないようだ。
俺は早々に立ち去ることにした。実は獲物を横取りしてしまったという可能性もあるし、感謝される柄ではない。
「獲物を横取りして悪かったな、じゃっ!」
「ま、待ってくだ――」
何か聞こえたが俺は無視してその場から姿を消した。【自己加速】により消えたようにしか見えないほどの脚力。そして少し離れた場所へ移動した。
「これからどうするか」
依頼の討伐部位も揃ったし戻るのもありだろう。だが物足りなさを感じる。
「そうだ!」
俺は魔石を集めるために赤のダンジョンへと向かうことにした。
魔石はこの世界で多くの人が生活するために必要としているアイテムで、ダンジョンでしか取れないものだ。
そして魔石と言ってもいろんな種類があり、さらにグレードが細かく分けられている。
今回、手に入れたい魔石は記憶石。魔法を記憶させるための魔石で、魔力を流せばいつでも記憶させた魔法を使うことの出来る便利なアイテムである。自分が扱えない魔法でも魔力さえあれば扱うことが出来るので1番流通している石なのだ。
だが記憶石といってもどんな魔法も記憶できるという訳ではない。石のグレードによって「3級まで」など、容量が決まっているのだ。
俺は離れた者とコンタクトの取れる【メッセージ】を記憶させたい。次元属性で、等級はおそらく7級。なのでグレードの高い記憶石でなければならない。
「【転移】」
歩いて行ってもいいがここからは距離もあり、入口の受付を通すのがめんどくさかったので今回は【転移】で移動した。
転移先はマテリアルドラゴンと戦った高原である。
高原に入る手前の道から上へ行けば魔物がいて魔石が取れると思ったからである。
視界が森からダンジョン内の見慣れた高原へと変わった。
「そういえば、ここって何層なんだろうか」
この世界で発見されているダンジョンは6つ。そしてこの《赤のダンジョン》は確か50層までしか攻略されていないらしい。
だがマテリアルドラゴンと戦った者がいないことから、ここは50層よりも地下なのだろう。
今度アリエルにでも聞いてみるか。
「おや?」
高原の中央に大きな黒い扉があることに気づいた。前来た時にはこんなものはなかったはずだ。
気になったので近づいていくと扉は開いており、階段が下へ続いていた。濃厚な魔力が満ちていて、人のような気配も感じる。
俺は面白そうなので階段を下ることにした。
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