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第59話

 これは夢――

 幸せは失ってから気づくもの。失った時に改めて思い出される記憶。


 中学生に上がったばかりの(みかど)は二つ年下の沙奈(さな)と兄妹でチェスを打つのが習慣になっていた。そして今日も決まった時間にチェスを打つ。

 小さい頃から神童と呼ばれていた帝。その妹の沙奈もまた天才なのである。その証拠に沙奈は大人にも負けたことがない帝と接戦を繰り広げていた。


 この時間は二人にとって大切な時間であり、幸せな時間でもあった。



「お兄様は目標とか夢とかあるの?」



 チェスの駒を動かしながら沙奈は帝に質問をした。

 ふと思いついたことを口に出しただけだろうと帝は思った。盤面を見つめている沙奈の表情は次の手に集中していたからだ。



「特にないよ」



 興味が無さそうに答えた帝は、コマを動かし沙奈の表情を伺った。



「強いて言うなら?」



 それに対してノータイムで駒を動かした沙奈は帝の表情を見つめて再び質問をぶつけた。



「ん~……大切な人を守れるぐらいには甲斐性をつけたいかな」



 達観していた帝は中学生とは思えない言葉で答え、沙奈に微笑みながらゆっくりと駒を動かす。



「うっ……」



 盤面を見た沙奈は青ざめた。最善だと思っていた手を逆手に取った配置。ノータイムで打ったことが仇になったようだ。

 沙奈はクッションを抱き抱え、困ったような可愛らしい表情で真剣に考え始める。



「まだまだだな。沙奈には冷静さがたりない」


「この手ならどうです!」


「甘い」



 沙奈はここだと思った一手に対して、今度は帝がノータイムで駒を動かす。

 その手はこのゲームを終わらせる一手、いわゆるチェックメイトであった。



「私の負けです。お兄様には勝てません……」



 沙奈はしょんぼりと項垂れるが、どこか嬉しそうな顔をしていた。

 なんて声をかけようか迷った帝は一応フォローを入れることにする。



「沙奈はセンスあるよ、俺の大切な妹なだけある」


「大切な妹……」



 小声で呟いた沙奈は何かを考えるように長考する。



「私はお兄様にとって大切な人ですか?」



 沙奈は帝を見つめながら恥ずかしそうに伺った。先程の話の続きを言っているのだ。



「そうだな、沙奈は大切な人だよ」



 帝は沙奈に優しく微笑む。何に対しても興味を持てなかった帝だが、沙奈に対してだけは違ったのだ。

 そしてそれは沙奈も同じこと。



「お兄様は……私のことが好きですか?」



 恥ずかしそうに伺う沙奈の言葉はきっと兄妹として聞いているものではないと帝は悟った。

 そんな沙奈が帝は愛おしいと感じる。



「好きだよ」



 素直ではない帝も少し照れながらはっきりと沙奈を見つめて答えた。

 その言葉の意図を理解した沙奈はそんな帝が愛おしいと感じる。



「私もです」



 沙奈は帝の胸元に抱きついた。帝もそれを受け入れ抱きしめながら頭を優しく撫でた。


 帝はそんな妹を守っていこうと。沙奈はそんなお兄様についていこうと。

 お互いの気持ちが通じ合った瞬間だった。







 学園での試験の日から半年が経っていた。

 入学してから10ヶ月が経過していることになり、もうすぐ進級試験もある。

 進級試験の内容は模擬戦なので、あまり気にしていない。おそらく進級は出来るだろう。

 そんな俺はというと――



「すっかり後回しにしてしまったな」



 王都の冒険者ギルドの前に立っていた。

 むろん登録するためであり、これまでの出来事で溜まりに溜まった魔物の討伐部位を売りたいと思っていたからだ。原則として魔物の討伐部位は冒険者か騎士でしか売れないという決まりがあるのだ。


 冒険者ギルドは案内板も出ていたのですぐに見つかった。盾に剣がクロスされた看板が冒険者ギルドの目印らしい。


 扉を開けて中に入るとカウンターには受付嬢が並んでいて広い作りになっていた。そして隣には飲食の出来る酒場があるらしく賑やかな声が聞こえてくる。

 入った途端チラホラと視線を感じたが誰もが興味を失ったように視線がなくなっていく。なかなか強者も揃っているようで、面白くなりそうな予感がする。



「登録を頼みたい」



 俺は1番右端の空いていた受付嬢に話をかけた。

 18歳ぐらいだろうか、綺麗な印象を受ける女性だ。



「登録ですね。登録費用は5万(ベル)です。こちらの紙に記入してください。代筆はいりますか?」


「いや、大丈夫だ」



 俺は記入用紙を受け取り、記入していく。記入している間も受付嬢は笑顔を向けてくる。

 心なしか熱い視線のようなものも感じる気がした。


 ちなみに登録費用については商会で稼いだ分のお金から賄っている。



―――――――――――――――

名前:クレイ

年齢:14歳

職業:武闘家


使える属性魔法:

火、水、土、風、

無、光、闇


使えるスキルや技、特技など:


――――――――――――



「よし」



 書き終わった俺は受付嬢に記入用紙と5万(ベル)を渡した。使えるスキルや技に関しては何を書けばいいのがわからなかったので、無記入。

 そして次元属性は珍しいらしいので書くのをやめた。



「あの……」



 記入用紙を見た受付嬢が少し困った顔で俺を見つめる。



「どうした?」


「使える属性がほぼ全属性じゃないですか。その若さでこれは見たことないです。ある程度ものにしているものでないと書いてはダメなんですよ?」



 受付嬢は子供を軽く叱るように優しい声で呟く。

 使えるものはしょうがないだろう、と思いはしたがあまり目立ちたくないので訂正することにした。



「すまん。見栄を張りたい年頃なんだ」



 そう言って使える魔法欄を「無、光、風、土」のみに書き直した。



「光が使えるということは回復魔法が使えるんですか?」


「あぁ、使える……護身用で1級までだがな」



 本当は9級まで使えるのだが、めんどくさいので偽っておく。



「そうですか……これで大丈夫です。ではこちらの水晶に一滴血を垂らさてもらえますか? 登録カードが発行されます」


 受付嬢はまだ何か言いたげな複雑な表情をしていたが了承して記入用紙を受け取ってくれた。

 そして俺は言われた通りに血を一滴水晶に垂らすと鉄のプレートが浮き出てきた。



「登録完了です。これがギルドカードになります」



 俺はカードを渡され確認すると名前とFランクの文字が書いてあった。



「持ち主の魔力でしか反応しないカードになっていて、名前と今の自分のランクが表記されています。冒険者ギルドについての説明をしますね」


「あぁ、頼む」


「冒険者にはランクがあります。Fから始まり、E、D、C、B、A、S、最上位のSSランクまであります。Cランクでカードの素材が銅になり、Bランクで銀、Aランクで金、Sランクで白銀、SSランクで白金になります。功績によって昇格していき、Cランクから上へは試験があります」



 それから受付嬢は依頼の説明も始めた。

 依頼の種類については通常、指名、緊急の3種類があり、依頼のキャンセルは罰金が発生するとのこと。戦争などに関してはギルドは中立なので各自の自由とのことだ。パーティーについては功績がパーティーメンバー全体に寄与されるらしい。



「それと、冒険者同士の争いについては基本的にギルドは一切関与しませんが、重大な犯罪等に関わる場合は関与することがあります。重罪を犯した場合はギルドから除名も有り得ますので注意してください。説明は以上ですが何か質問などはありますか?」


「いや、大丈夫だ」


「私は受付嬢のセナと申します。それではこれから頑張ってくださいね」



 受付嬢は和やかな笑顔を俺に向ける。

 名前はセナというのか。


 せっかくなので、面白そうだし依頼を一つぐらい受けてみることにしよう。冒険者とかランクとかにワクワクするのは気のせいではないだろう。部位はまとめて後で売ればいい。



「早速依頼を受けたいのだが、近場で魔物の討伐とか出来る依頼はあるか?」


「早速ですか! 最初は回復薬の素材集めなどがオススメなのですが……魔物の討伐経験はありますか?」


「マテリ……《ダイヤウルフ》を最近倒した」



 マテリアルドラゴンと言いかけて寸前でやめた。言ったら大騒ぎになることは間違いない。



「ダイヤウルフ!? Cランクの魔物ですよ!?」



 それでも意味がなかったらしい。Cランクぐらいあの洞窟にゴロゴロいたんだけどな。



「Cランクぐらいならソロでやれるだろ」



 同い年で騎士科のSクラスであるリオンが頑張れば討伐できるぐらいではあった。

 だからそれくらいは普通なのだと思ったのだが。



「えっと……その、討伐部位とかはありますか?」



 疑い混じりの目を向けながら少し呆れながら伺ってきた。

 俺は懐から出すフリをしてアイテムボックスからダイヤウルフの牙を取り出した。そしてセナの前に置く。



「本物……ですね……何人で討伐されたんですか?」


「ソ……二人だ」



 ソロと言いかけたがやめておくことにした。リオンと二人だったし嘘はついていない。



「にわかに信じがたいです……」


「一応王立学園アルカディアの聖騎士科Sクラスだ」


「えぇ!? 聖騎士科!? それにSクラス!? ということは貴――」


「それは違う俺は平民だ。それに声のボリュームを落としてくれないか?」



 俺はボリュームアップしていくセナの言葉を遮った。

 セナと俺の会話にチラチラと視線を向けているものもいたからだ。



「す、すみません。平民なんですね。聖騎士科の学生さんなら納得です」


「それで討伐依頼はあるか?」


「でしたらソロのEランク依頼ボア退治なんてどうでしょう。Cランクの魔物も倒せるとなるとCやBランクの依頼でもいいのですが、経験が足りないと思いますし、ランクも一つ上までしか受けれない決まりですので」



 ボアって確か猪に似た魔物だよな。Eランク以下の魔物のような気がしたぞ。



「それで頼む」



 本当はもっと上のランクでもよかったのだが、決まりなら仕方がない。



「わかりました。こちらですね」



 そう言ってセナは依頼書を出した。



「《ボア》は王都を出て東の平原に生息しています。討伐数に制限はありませんので、何匹討伐しても構いませんが、無理はなさらないでくださいね」


「あぁ」


「あと……」


「あと?」


「クレイさんはどんな女性に魅力を感じたりしますか?」



 セナは平然とした表情で俺を見つめる。俺は唐突な質問に戸惑う。



「健気な子?」



 なんとなく答えてしまった。だが間違っていないのも事実である。



「ありがとうございます。それでは気をつけていってらっしゃいませ」



 セナは笑顔で答えた。

 平民で聖騎士科というところで惹かれるものがあったのだろうか。


 俺は受付を済ませて真っ直ぐ外に出た。そして王都の門を目指そうと歩き出そうとしたとき、後ろから声を掛けられた。



「おいガキ、お前セナのところで登録したな?」



 振り向くとモヒカン風の髪型をした大男がいた。背中には斧を背負っている。

 そして後ろに控えていた取り巻きが俺を取り囲むように包囲する。取り巻きの人数は4人である。



「それがどうした」



 髪型も含めた格好が世紀末すぎて思わず笑いそうになってしまった。



「兄貴、こいつ全然ビビってねぇぜ」


「おいおい生意気だな。初心者なら覚えておけ、セナのところで受付していいのは俺たちだけなんだよ!!」



 なるほど、典型的なやつか。俺はその瞬間に興味を失くす。



「邪魔だからどけ」



 少し殺気を込めて睨みつけた。初日で問題起こしたくないし、穏便に済ませようと思っての少しだ。

 周囲の男達は俺の殺気に後退りし始めた。



「あ、兄貴、こいつもしかして強いんですかね?」


「そんなわけあるか! どこからどう見てもクソガキだろう。それに俺はCランクの冒険者だ。今日登録したばかりのガキに負けるわけねーだろ! おらぁ!!」



 モヒカン男はそう言って俺の顔面を殴ってきた。

 俺はあえて殴られることにした。



「おいおいタフだねーボクチン。もう1発お見舞してやるよ! おらっ!」



 殴られる直前に首を振り衝撃をほとんど緩和していたのでダメージはない。平然としていたこと腹が立ったのか、次は腹部めがけて拳を放つ。



「おい、俺のパンチが効いてないのか? 痩せ我慢はよくねーぞっ!」



 再び殴られる。そしてどんどんエスカレートしていき何発も拳をぶつけてくる。

 セリフが小物すぎる。


 俺は全ての拳を寸前で受け流し、次第に俺は笑みを浮かべていった。



「クソガキが、俺を怒らせるのも大概にしろ!」



 モヒカン男は背負っていた斧を手に取り構え始める。



「アニキ、殺しはまずいんじゃ……」


「うるせぇ、ちょっと脅すだけだ!」



 モヒカン男は斧を振りかぶった。

 その瞬間、俺はモヒカン男との距離を一瞬で詰め、左手で首を掴んだ。



「がっ……」



 モヒカン男は呼吸が出来ない。

 取り巻きは何が起こったのかわからず、唖然としている。



「殺すだけなら道具は必要ないだろ?」



 俺は指を首に少しめり込ませる。



「ゴボボボボ」



 モヒカン男は泡を吹いて気絶をしてしまった。俺が手を離すとモヒカン男は地面へゆっくりと倒れていく。そして取り巻きの男たちに殺気を送った。



「す、すみませんでした!」



 男達は殺気に当てられた直後、地面へ顔をこする勢いで土下座をしはじめる。これがジルムンクなら殺戮ショーが始まってもおかしくないのだが、王都でそんな事はしない。



「そいつを運んで失せろ」


「は、はい!」



 男達はモヒカン男を運んで走り去っていく。



「相手の実力を見極めるのも、実力のうちだぜ」



 俺は言ってみたかったセリフを言い捨てて街の外へ向かった。

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