第57話
魂が具現化するという現象は一種の奇跡に近い出来事なのではないのだろうか。 俺が二人のやりとりを見ていて思ったことである。
しばらくの間空を見上げているグリムに回復魔法をかけた。俺との戦いで、グリムの身体はボロボロだったからだ。
「拠点へ戻るぞ」
そう言ってマルクス達を見下ろす。するとちょうど意識を取り戻したところだった。
「ん……」
目を覚ましたマルクスは開口一番に俺と目が合い混乱気味に周りを見渡す。
「ここは……そうだ、僕は刺されて!」
マルクスは気を失う前の記憶を思い出したのか、自分のお腹を確認した。
「傷がない? ……夢……じゃないよな」
傷のないお腹を見て夢だと錯覚するが、風穴の開いた鎧を見て再び戸惑う。
「夢ではないぞ」
「一体何があった! 先生も無事だったんですか」
「うん、なんとかね」
グリムは普段生徒達に見せている笑顔で答える。
「……サタンは?」
「さぁな……俺も気づいたらここで倒れてた」
色々とめんどくさいことになるのが嫌だったので、意識がなかったことにして誤魔化す事にした。
グリムはそれを聞いて首を傾げたが、何かを思いついたかのような表情をする。
「そうか……クソっ……」
マルクスは悔しそうな表情をして俯く。
「どうした」
「何も出来なかった自分が不甲斐ないよ」
そう言ってマルクスは地面叩く。いつもなら俺に対して何か突っかかってきそうなものだがそれだけ悔しかったのだろう。
「う……」
マルクスと話していると、教員も目を覚ました。
「……マルクス君、クレイ君! 早く逃げるんだ!」
目を覚ました教員は立ち上がり、緊迫した表情で叫んだ。
「……あれ?」
そして辺りを見渡し、素っ頓狂な声を上げる。
どうやら刺されたことにも気づいていなかったらしい。
「サタンは消滅しました。みんな気絶していたんです」
グリムが混乱する教員に向かって状況を説明する。
「おぉ! グリムさん無事だったんだな! それにみんなも良く無事でいてくれた」
「何も出来なかった……」
グリムの言葉に安心する教員。それとは裏腹に複雑な表情をするマルクス。
「それにしてもサタンはどうやって消滅したんだ? もしかしてグリムさんが?」
「いえいえ違いますよ、でも僕は一部始終を見てました」
突然のグリムの言葉に一斉に視線が集まる。
こいつは何を言うつもりなのだろうか。
俺は話に割って入ろうとすると、グリムは目でサインを送ってくる。
「まかせて」だそうだ。
「先生、何があったんですか」
「僕が目を覚ましたとき、何者かがサタンと壮絶な戦いを繰り広げていた」
「何者かが?」
「うん、性別はわからなかったけど、仮面を被っている人間だったよ」
「仮面……そいつは誰なんですか?」
「わからない。でもサタンを消滅させたあと、僕が何者か尋ねると《ラグナ》と名乗って消えていったんだ」
「ラグナ……聞いたことない名だ」
俺も聞いたことがない。そしてグリムがこんな説明をした意図を考える。
「僕もだよ。だけどかなり強かった。その剣技と魔法はサタンを消滅させるぐらいのものだった」
「先生が言うほどですか……僕達の怪我は? 確か刺されたはずですが……」
「僕が目覚めた時には君たちの傷はなかった。おそらくその《ラグナ》が治したのかもしれない」
「なるほど……童話や神話などの書物によるとサタンは神を滅ぼす存在。そのための強さを人間の魂を食いつぶし手に入れると書いてあった。しかも絶大な強さを持つことは対峙した私でもわかる。そのサタンを倒したというのなら《ラグナ》とやらは英雄だ」
教員は頷きながら説明をする。
「ラグナはどんな奴でしたか? 特徴とかを教えてください」
マルクスはラグナ個人の方が気になるようで教員の話を無視してグリムに問い詰めた。
「ん~……身長は君たちと同じか、少し高いぐらいだね。剣術は騎士の剣というよりは冒険者のような荒れた剣技、でも魔術はかなりの使い手って感じだったよ」
「他国の者でしょうか」
「それはわからないけど、王国にそんな騎士はいないからね」
グリムはそう言いながら俺のことをチラ見してくる。俺はその視線に睨みつける。
「グリムさんとりあえず王国には至急報告しなければならないですね」
「そうだね、まずは拠点に戻ろうか」
――その後、気絶するSクラスの生徒3人も目を覚まし、俺たちは拠点に向かった。
その道中、俺は前を歩くグリムに耳打ちをする。
「おい、さっきの説明はどういうことだ?」
マルクス達に聞こえないように小声で問いかけた。
「君は名誉を嫌うみたいだからね。だから代わりに人族の《ラグナ》という人物に英雄になってもらうことにしたんだ」
「……そういうことか」
「今のでわかるのかい?」
グリムは目を見開く。
おそらくは国への報告するためのものだろう。
悪魔が現れたことに対しての解決方法が不明では貴族や国民も不安になる。そこで人間の英雄を作り上げ、希望を持たせたいのだろう。
「希望ということだろ?」
「そうだね。それにサタンのような4大悪魔が滅びたことは直に広がっていくと思う。そこで消滅させた英雄が人間にいるということになるだけでも他種族が人族に手を出しにくくする抑制にもなる」
「逆に反感を買うこともあるだろう」
「それこそ君がラグナとして動けばいいじゃないか。人族に悪魔を超える強者がいるということは事実なんだし」
良い手ではあるな。
「得体もしれない何かが悪魔を消滅させた」よりは「人間の《ラグナ》が悪魔を消滅させた」ということにしたほうがメリットが大きい。
他の悪魔、それに魔族などが人間に対して下手に手が出せなくなる。
それに俺が目立たなくてよくなるという一石二鳥である。
「しっかり騎士をやってるじゃないか」
この考え方はグリムが国民の為を、王国の為を想っているから出てきたものである。
王国の為という選択肢が頭から外れている俺には到底思いつかないことだ。
なんだかんだ言って、心は騎士なのだろう。少し前の出来事なのに俺との死闘が懐かしく感じてしまう。
「そう言ってくれるとなんだか嬉しいね」
俺自身名声を得るという選択肢を考えなかったわけではない。だが、逆に王族や貴族共の反感を買いリンシアを危険な目に合わせてしまうかもしれないリスクも存在する。
敵は外だけではない。今は余計な波風は立てない方がいいのだ。
それにサタンの残した言葉も引っかかっている。
「《ハデス》に復讐を――」
《ハデス》とは何者なのだろうか。
現時点ではわからないが、いずれは対峙することになる予感はしている。
できる限りこちらの情報をそのハデスとやらに与えたくはないのも理由の一つではある。
「フッ」
そして自然に笑みがこみ上げてきた。無意識にリンシアの危険を避けようとしている自分に対しての笑みだ。
「君は頭がいいからそれ以上のことを理解してそうだね」
口元を緩めている俺を見たグリムが見当違いのことを言って感心している。
「僕は救われた命をルインの夢のために使うよ。だから君の為に剣を振ろう」
「……ん?」
ルインの夢のためにはわかる、だがなぜ俺が出てくるのか。
「どういうことか説明してくれ」
「君の強さは圧巻だよ。君に付いていけば本当にみんなが笑って過ごせる世界を作れるかもしれないと思ったからね」
「飛躍しすぎだ。俺は世界平和なんて夢物語目指さないぞ」
「わかってるよ。だけど僕は決めたんだ。君に救われた命、僕は君の剣になろう」
呆れる俺に対してグリムは真剣な眼差しを向ける。
「大げさすぎだ……まぁ好きにしろ」
真剣な眼差しに当たられたせいか、俺は渋々頷くこた。
それにある程度俺に理解があり、教員であるグリムが味方なのは心強くはあるな。
「あっクレイ君っす! おーい!」
俺たちが歩いていると、前からリオン、マッシュ、カーモ、ミールそしてヴァンが手を振っていた。
辺りには魔物の亡骸が転がっている。拠点の方に向かってた魔物達は片付けてたらしい。
「クレイ君、よかったよ無事で!」
「おい大丈夫だったか? 遠くの方でかなりの爆破が起きてたぞ」
安心するマッシュ。能天気に呟くヴァン。
「大丈夫だ。詳しくはグリムに聞け」
めんどくさい説明はグリムにまるなげした。グリムは「えっ?」という表情を俺に向けている。
そんな空気の和む雰囲気に俺は口元を緩め、拠点へ戻っていったのだった。
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