第56話
第二章もうすぐ終わります。
すみません書くの遅くて……
長い、長い夢を見ていたような気がした。
グリムは子爵家の次男として生まれた。子爵家といっても没落寸前の貧しい家で、グリムは邪魔者扱いされていた。
そんなグリムは家族を見返すために聖騎士になることを夢見ていた。だけどグリムがそれを公言すると、皆笑うのだ。
子爵家のぽっと出が聖騎士になれるわけがない、あれは選ばれた人間しかなれない光栄な職業なんだと。
それは学園に入学してからも言い続けられてきた。
現在聖騎士候補に選ばれる枠は1つしか空いていなかったこともある。
しかもその枠はもう決まっているようなものだった。この学年にはクロード家の天才、クウガがいたからだ。
お前には無理だと誰もが口を揃えて言っていた。
クソ……クソ……クソ……。
グリムは一生懸命に剣を振った。聖騎士になるために。
毎日毎日剣を振った。家も者を見返すために。
月日が経ち、グリムがいつものように訓練場へ向かうと、1人の女子生徒が訓練をしていた。
それはいつも遠くで訓練をしていた女子生徒。
いつもなら無視して訓練を始めるグリムなのだが、今日は足を止めてしまった。
綺麗な剣技とは言えないが、一生懸命に剣を振る姿に目を奪われてしまったからである。
「今日は剣を振らないの?」
女子生徒はグリムの視線に気づいたようで、声を掛けられた。
グリムは慌てて目をそらす。
「え……な、なんとなくだよ」
グリムはきっと、この時すでに好意を抱いていたのだろう。一目惚れというやつだ。一生懸命な女子生徒の姿は誰よりも美しいと感じていた。
「ん~……そっか。私はルインです。あなたは?」
気さくに話す女子生徒はルインと名乗った。慌ててグリムも自己紹介を始める。
「ぼ、僕はグリム・ウォ……グリムです」
「グリムね、今家名を……」
「家名は気にしないで欲しいんだ。それよりも訓練を再開したほうがいいと思う」
グリムは家名を名乗りたくなかった。
この子に気を使わせたくない――そんな思いからだろうか。
それがグリムとルインの出会いだった。
――
―
「グリムだからぁ……グリちゃんだ」
「えっ、どうしてそうなるの?」
「グリちゃんって呼んじゃダメ?」
「いや、まぁ……別にいいけど」
「うん、グリちゃんで決まりだね」
それからグリムはルインと度々訓練場で顔を合わせることが多くなった。
ルインはグリムの夢を笑わない。それだけでもグリムにとって心地よい空間だった。
「なんだかなぁ……ルインはなんで騎士になったの?」
「ん~……言わなきゃだめ?」
「教えてよ、僕も教えたじゃないか」
「わかりました。私が騎士になるのは――」
「(ゴクリッ)」
「平和になった街でお店を開いて家族みんなでのんびり過ごすためよ」
「……どういうこと?」
「この世界の全ての人が平和に笑って暮らせるように頑張って、頑張って頑張って、たくさん頑張るの。それを次の世代に受け継いだら、私はお店を開いてそこで常連さん達とのんびりと過ごすの」
ルインは優しい笑顔をグリムに向ける。
そんな笑顔にグリムは顔を赤くした。
「なら僕は聖騎士になって、頑張って頑張って、この王国の平和を守るよ。そしたらお店で休憩しようかな」
「うん」
ルインは嬉しそうに頷いた。
いつもニコニコしているルインは同い年なのにグリムの方が年下に感じるほどの包容力を持っている。そんなルインにグリムの心は惹かれていった。
――
―
「どうしたの? グリちゃん」
「なんでもないよ」
卒業式の日、グリムは重たい足取りで訓練場へ向かうとルインが座って待っていた。
グリムはルインの横に立ち、拳を強く握った。
「選ばれなかったんだね」
「……うん」
グリムは聖騎士候補から外されてしまったのだ。元々枠は1人だけ。当然選ばれたのはクロード家。今後チャンスがないわけではない。でも悔しかったのだ。
「私ね、グリちゃんと同じ騎士団に申請出したんだ」
「えっ?」
「グリちゃんは私が支えてあげないとダメかなって……お節介かな?」
「め、迷惑じゃないけど……なんで?」
「……」
ルインは無言で俯く。そんなルインを見つめると、顔を真っ赤にしているようで、耳まで赤くなっていた。
その姿を見たグリムは、男としての決心を固めた。
「僕は……聖騎士になれるように今後たくさん功績を上げるよ。もしなれなくても、王国の平和を守るためにずっと努力し続けるよ。 それで僕が引退したら……ルインのお店、一緒にやってもいいかな?」
「……それって告白?」
ルインはうっとりした表情でグリムを見つめる。
「そうだけど……」
それを見たせいか、グリムの顔も真っ赤に染まっていった。
「じゃあ私はこれからグリちゃんを支えます。ずっとずっと支えます。おじいちゃんになっても、ずーっと支えるよ」
ルインは照れながら、笑顔でグリムを見上げた。
そんな綺麗な笑顔に惹かれたグリムは、静かにルインの唇へ自分の唇を重ねた。
唇に距離が戻ると、ルインは照れているのか恥ずかしそうに目をそらした。
そんなルインをグリムは真剣に見つめた。
「僕も頑張るよ、ずっとずっと。王国を……ルインを守るから」
ルインと約束あの日の情景。
この日からグリムは聖騎士じゃなくて、ルインの騎士になると心の中で誓ったのだ。
どうして焦ってしまったんだろう。
もう隣を見てもルインはいない。戻らない日々。
――そんな夢を見ていた。
◇
サタンが消滅した後、俺は周りを見渡した。
戦い始めた場所よりも10キロほど離れた場所である。
加護を貰ったおかげか、魔力が回復しているようなのでとりあえず回復魔法を使うことにした。
「【パーフェクト・ヒール】」
光属性9級魔法【パーフェクト・ヒール】聖なる光が全身を包み、体の傷や無くなった腕が元通りに回復した。
その代わりごっそりと魔力がなくなったが。
そして【サーチ】と【自己加速】でマルクス達の元へ向かった。
元々この高原には魔物は存在する。気を失って放置だと流石に危険だ。
「問題ないようだな」
ほんの数分で到着すると、マルクス達は何事も無かったかのように気を失っている。
ただグリムだけは目を覚ましていて、意識があるようだった。
「僕はどうやら騙されていたようだね」
仰向けで空を見上げながら、複雑な表情でグリムは呟いた。
俺は何も言わずに無言で近ずいていく。
「クレイ君にお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「僕を殺してくれないかい」
「なぜ?」
「僕はとっくに生きる意味を無くしたからだよ」
「大切な人とやらか」
「……そうだね。僕は彼女を……ルイン守ると誓ったんだ。だけど死なせてしまった」
「そのルインとやらがお前の死を望むと?」
その言葉にグリムは無言になる。
「俺なら望まないがな」
俺は前世で一度死んでいる。だからこそわかる。
それを追って沙奈が死ぬという選択をすることを俺は望まないからだ。沙奈には幸せに生きて欲しいと願っている。
「俺は止める理由がない。だから死にたいなら勝手にしろ」
そう言ってアイテムボックスから適当な剣を出し、グリムに投げ付ける。
剣は立ち上がれば手の届く位置に突き刺さった。
「ルインは、誰もが笑って過ごせる平和な世界で……お店を開いてのんびりと過ごすことを夢見ていた」
思い出すように語るグリムの目からは涙が流れ出していた。
「そうか」
「そんなルインの夢を守ることが、僕の夢に変わっていたらしい……なのに僕は聖騎士に拘って間違いを犯してしまった。これは罰なのかもしれない……僕に生きる資格なんて――」
「ごちゃごちゃうるさいな」
俺は【威圧】を放ちグリムを見据えた。
「お前がここで死ぬも生きるもどちらでも構わない。だが死んだら終わりだ、よく考えて選べ。これだけは言えるがルインとやらの愛が本物であるなら、ここでお前が死ぬことを望まない。これは絶対だ」
強い口調で言ってしまったが、グリムの気持ちもわからんでもない。
もし俺が取り残されていたらどうしていただろうか。
「……僕は……」
グリムは地面に刺さった剣を見つめながら体を起そうとした。
『――生きて』
するとどこからか声が聞こえる。
辺りを見渡すが何も見当たらない。【サーチ】にも反応しなかった。
「ルイン……?」
グリムは信じられないとい表情をしながらキョロキョロと辺りを見渡している。
するとグリムの元に半透明の女性の姿があらわれた。
「ルイン!」
ルインと呼ばれた半透明の彼女はグリムに向かって微笑んだ。
『グリちゃん、会いたかった』
「僕もだよ!でもどうして?」
『私の魂はサタンに取り込まれてたのよ。でもそのサタンが消滅したことによって、今まで取り込まれてた魂が解放されたんだと思うわ』
俺はルインの説明に納得した。
先程から辺りを無数の謎の気配が天に上っていくのを確認していたからだ。
『先に行ってしまってごめんなさい』
「ルイン……守れなくてごめん……僕は……僕は……」
『でもねグリちゃんを守れて、私は嬉しいです』
「やっぱり、あのときルインが……!」
何も言わずに微笑むルイン。
「僕が未熟なばっかりに……」
『私がグリちゃんを守りたかったの。グリちゃんには死んで欲しくない。生きて欲しいです』
「ルインのいない世界なんて意味がないよ」
グリムは掠れた声を出しながら、まぶたに涙を滲ませて俯く。
『そんなこと言わないで』
「僕はルインと共に過ごしていく未来をずっと見ていたんだ」
『グリちゃん――』
「ルインとさえいればどんな事でも耐えれた」
『グリちゃん――』
「そうだ! 僕が今死ねばルインと一緒に――」
『しゃんとしなさい!』
ルインは眉をひそめ、グリムの言葉を遮る。
そして今にも泣きそうなクシャクシャな表情へ変わっていった。
『私だって、グリちゃんと離れたくなかったよ!……グリちゃんと一緒にいたいよ!ずっとグリちゃんを支えたかった。グリちゃんとお店やりたかった。もっとたくさん思い出作りたかった。こんな結末が来るなんて思ってなかった。なんでグリちゃんを置いていかなきゃいけないの……。
ずっと傍にいたかった。私のほうがずっとグリちゃんの事が好きなの。私も苦しいんだよ――
でも……グリちゃんが死んじゃう方が、もっと苦しいよ。私の分まで幸せになってよ。安心させてよ』
ルインの溢れる涙は想いとなってグリムへ流れていく。
「ルイン……」
『これで最後だよ……生きて。私はいつでもグリちゃんを見守ってるから』
ルインは真っ直ぐにグリムを見つめる。頬を伝う涙は止まらない。
「……………………わかった」
『……よし、いつものグリちゃんだ』
無理やり笑顔を作ったルインはグリムの頭を優しくなでる。
触れないはずの手のはずなのに、温もりを感じるように目を瞑るグリム。
しばらくして、ルインは立ち上がった。
『そろそろ時間だから行かないと』
「……ルイン……」
ルインは振り向き、俺を見る。
『解放してくれてありがとうございます。厚手がましいお願いだけど、グリちゃんをよろしくね』
ルインは向き直り、グリムを見る。
『バイバイ、グリちゃん。私は生涯あなたを愛してます』
「……ルイン、ありがとう。僕もあなたを生涯愛してます」
その言葉を聞いたルインは笑顔になって、光となって消えていった。
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