第55話
む、難しいです……
黒い雨【アシッド・レイン】の降る中、サタンの心地よい殺気を感じながら俺は口元を綻ばせた。
あのマテリアルドラゴンですらダメージが入る気力を纏った【剛拳】を喰らったにも関わらず、何事もなかったかのように立っているサタン。
流石悪魔といったところか、物理防御力もドラゴン以上ということだ。
さらに警戒すべきは次元魔法。
先程のように攻撃をずらしたり、避けることも出来るだけでなく【転移】のような移動魔法を攻撃に使われたしたら厄介。
反射速度が良くても、見えないものは反応出来ないからだ。
「こないならこちらから行こう【煉獄の闇炎】」
サタンが魔法を発動させると、俺を中心に魔法陣が出現した。
その魔法陣から出るために即座に走り出すと、黒い火柱が勢いよく吹き出してきた。
間一髪。
だが避けた先に次々と魔法陣が出現し、火柱が俺を追いかけてくる。
「【自己加速】」
俺は宙を舞うサタンの元へ跳躍し、一瞬で距離を詰めた。
そして土・風の合成魔法を纏った槍のようにリーチの長い拳の一撃を放つ。
「【雷槍拳】」
「甘いぞ」
サタンはそれを悠々と躱し、先程の手刀を突き出してくる。魔力を帯びた手刀は人の身体を豆腐のように切断することが出来る。
俺は【雷槍拳】を放った反動を利用し高速回転をする。
「【雷車輪】」
サタンの手刀を避け、高速回転から繰り出される雷を纏ったかかと落とし。サタンはガードをするが、それごと地面にたたき落とした。
「【煉獄闇槍】」
たたきつけられたサタンはバランスを崩しながらも両足で立ち、即座に魔法を放ってきた。
黒い炎で出来た8本の槍が一直線に飛んでくる。
空中では避けられない。
俺はそれを【柔拳】で捌きながらなんとか着地――だが手のひらに激痛を感じた。
「……なるほどな」
手のひら確認すると、呪いのような火傷の跡が残っていた。
「人間には痛かろう? やせ我慢はよせ」
サタンは笑みを浮かべてこちらを見ている。
「【エグゼクティブ・キュア】」
手を侵食していた火傷のあとは綺麗に消えていった。
「ほう、光が使えるのか」
「使えないとか言ってないがな」
「ゼウスの使徒は攻撃魔法を使わないのか?」
サタンはそう言って手をかざし再び魔法を発動。四方八方から炎の蛇が出現し俺を焼き払った。
炎を喰らう前に俺は魔法を発動させていた。
水・光の合成魔法の波動で炎を弾き飛ばす。
「ほう」
関心するサタンに向けて俺は口元を緩めながら手をかざし、魔法を使った。
「俺が魔法を使ったら――」
<ジャキーン>という凄まじい音がサタンのすぐ後ろで響く。
それは3メートルはある光の剣。サタンの頭上から降り注ぎ、背後を掠めて地面に突き刺さったのだ。
「すぐに終わってしまうだろ?」
光の剣は霧散し消えていく。
「フハハハハハハハ、面白い、面白すぎるぞゼウスの使徒」
魔法を直接当てようとしたら躱されていただろう。
俺は今の魔法で地面に大気に霧散した魔力を貯める魔法陣を仕込んだのだ。
これをトドメの一手とするために。
「笑えるうちに笑っとくんだな」
魔法勝負では恐らくサタンが勝つだろう。魔力量が多い者に魔法は効きにくいのだ。
それに発動した魔法を上書きできるような大量の魔力があればどんな攻撃魔法も打ち消すことは理論上可能なのである。現在俺の魔力量は常人の戦士を遥かに上回る量ではあるが、それでもサタンの1割にも及ばないのだ。
つまりは攻撃魔法を放っても意味が無い可能性が高い。黒い雨のせいで魔力も減る中、魔法の無駄打ちは避けたいのだ。
魔法よりは肉弾戦の方が好きという理由もあるが。
今はサタンの引き出しを開けさせて、反射速度や使える魔法の種類などの戦闘情報を集める方が先決だ。
「……なんだ、その構えは」
俺はここで初めて構えた。前世での空手の構えに近い。
「お前にはわからんだろ」
瞬間――刹那の速さでサタンとの距離が無くなった。
「ん――?」
サタンが反応出来たのは攻撃を受けてからであった。そのまま【剛拳】と【掌底】そして蹴り技も織り交ぜた乱打を喰らわせる。
どうやらこの速度には対応出来ないらしい。
逃げる隙すらも与えない。この連続技は【自己加速】【思考速度上昇】によって成り立つ。
1秒間に放たれる技は32手。4秒が経過した頃、サタンは身体から波動のようなものを放出させ、俺を一瞬怯ませた。
そしてサタンは姿を消した。
空中に出現したサタンは眉を寄せている。俺はサタンにむけて笑みを見せた。
「【転移】か。クワッド制御が出来るとはな」
原則として魔法を発動中に他の魔法を発動出来ない。もちろん魔力を練る事も含めてだ。それは自身の脳内での領域を全て使うからである。
だがその領域を半々に使う事で魔法発動中に別の魔法が使えるようになる。それがデュアル制御。
俺は3つまで制御することの出来るトリプル制御まで使える。
【転移】はそもそもトリプル制御が出来るものにしか使えない。それほど複雑な制御が必要なこの魔法は、発動前後に魔力が練れない硬直も存在する。
つまり俺は【転移】を発動した前後はすぐに魔力が練れないのだ。
だがサタンはクワッド制御。つまり同時に4つまで魔法を扱える。
それにより【転移】を発動しながらも1つ分の制御で済む魔法や魔力を練ることが可能になるのだ。
サタンが使ったのは【波動】と【転移】。
どうやらクワッド制御までしか使えないらしい。その証拠に【アシッドレイン】は止んでいるからだ。
「ゼウスの使徒は使えんのか」
「まぁな」
実はもう覚えたけどな。
俺は元々サタンがクワッド制御を出来ることを期待していた。
引き出しを開けさせて【完全再現】することも計画のうちなのである。
読み通りではあったが、なかったらなかったで別の戦略は用意する。
クワッド制御以上は魔法の極みを超えた極み中の極み。才能がない者が自力で習得するのはかなりの時間がかかる。
それを【魔力制御】のスキルがない俺が14歳で覚えられたのはかなり幸運とも言える。
さらに仕掛けた魔法陣も準備が完了しつつあった。おそらくもう何度か魔法を使わせれば魔力が貯まり終わる。
あとは――
「お前の力はこんなものなのか?」
俺は先日覚えた【フライ】を使い、サタンの目線よりも上に移動しつつ挑発をした。
「なに?」
「さっきから低級魔法しか使っていないじゃないか」
先ほどからサタンが使っている魔法は4~6級の魔法である。
低級魔法どころか世間では上級魔法と認知されている領域なのだが、それをわざわざ低級といい挑発することでサタンの使える最上級魔法を見極めたかった。
これは他の悪魔達と戦うときの情報集めにもなる。
悪魔の力というものを見定めておきたい。
「つくづく面白いなゼウスの使徒」
途端にサタンの魔力が極大に上昇した。
「その魔力なら俺を消し去るのも簡単だろ?」
「絶望しろ【終焉焔剣】」
サタンの背中から極大な魔法陣が現れ、8本の炎の剣が姿を現す。
禍々しい炎を纏った剣だが、1本1本が5メートルもある巨大な剣であった。
魔力量的に8級魔法だろう。あの剣3本もあれば小さな村は滅びそうだ
「それが本気か?」
「わからないのならゼウスの使徒に魔法の才はない」
サタンが言い終えると、炎の剣が1本ずつこちらに向けて放たれた。
かなりの速さで飛んでくる剣の起動を見切って躱して行く。地面に落ちた剣は凄まじい爆発を起こしている。まさに空砲である。
だが最後の一撃は避けずに受けることにした。拠点の起動をさせていたからである。俺は【魔力障壁・水】で身を固め、さらに回転も加えた。直撃した瞬間凄まじい爆発、そして反動が俺を襲う。
8級魔法なだけあってかなりの火力である。《マテリアルドラゴン》の【マテリアル・ブレス】と同じぐらいだろうか。
「これを耐えるか面白い」
「【終焉焔剣】」
俺は先ほどのサタンと同じ魔法を発動させた。炎の剣は一本。魔力節約のためである。
「なに?」
「お前だけが使えると思うなよ」
サタンに向けて剣を放った。サタンは避けずに俺の魔法を打ち消した。
そして仕掛けていた魔法陣の魔力が一定以上溜まったのを確認した。
「【深闇雷】」
その直後頭上から黒い雷のようなものが落ちてくる。10人ぐらい1発で覆えるような大きさ。
俺はその瞬間【転移】を使う。移動先はもちろんサタンの目の前。
「ぐはっ」
そして【剛魔乱拳】を使い、そのまま空高く吹き飛ばした。
乱した魔力分の内部破壊をする【剛魔乱掌】の逆で、乱した魔力分をそのまま外部破壊する技である。
物理防御の高いサタンは耐えきるが、その衝撃は体ごと吹き飛ばすのだ。
サタンは元々魔力量が高く、直前に上級魔法を発動してくれていたおかげもあり、【剛魔乱拳】の威力はかなりのものである。
俺は再び【転移】を使い、サタンが吹き飛ばされた先のさらに先、大気圏へ移動した。
そして瞬く間に大気圏まで吹き飛ばされてくるサタンの腹を、自分が持てる全気力を振り絞った【剛拳】で迎え撃つ。
その勢いのせいかサタンの腹に俺の拳が突き刺ささり、そのままお互い高速落下した。
大気圏からの高速落下。このまま地面に落下すれば想像を絶する衝撃になるだろう。
衝撃派だけで高原は更地になりそうだ。
「ぐぅ……このままでは下の者もただではすまないぞ」
マルクス達のことを言っているのだろう。
「そうだな」
今のサタンは【転移】が使えない。座標を指定して発動する【転移】、高速落下中では座標が定まらないのだ。
「これで終わりだ。楽しい戦いだったよ」
俺は仕掛けていた魔法を発動させた。
すると地面の魔法陣から一直線に高温のビームが放たれた。【マテリアル・ブレス】である。
「なに!?」
「いくらお前でもこの高速落下とブレスの挟み撃ちじゃ耐えれないだろ」
「我は……我はここで消えるわけには!!」
サタンは腹に突き刺さる俺の腕を掴んだ。
俺と一緒に逃げるつもりなのだろう。
「俺を見くびりすぎだ――あばよ」
俺は【マテリアル・ブレス】が当たる瞬間、自分の腕を手刀で切り落とした。
そして体を逸らし、落下起動を変えることに成功した。
腕を掴んでいたサタンは目を見開き、そして悔しそうな表情を俺に向ける。
「クソ……」
その瞬間、空間が歪むような凄まじい大爆発が起こった。
サタンはそのまま落下エネルギーと【マテリアル・ブレス】に挟まれたのだ。
空中でなければ都市を一つ破壊できそうな大爆発の衝撃波。
その衝撃波で俺の体は斜めに吹き飛ばされ、地面に激突した。
意識を失わずに済んだのは【フライ】によって落下を和らげながら【魔法鎧】で防御したからだ。
それでも間近で受けた衝撃のせいか、体中がボロボロである。
「着地は……成功だな」
俺はこの技を【カタストロフ・ノヴァ】と名付けた。一定以上の衝撃同士のぶつかり合いで起こす最大級の技である。
「【ファイア】……ぐっ……」
そして俺は自分の無くなった右腕を見て魔法を詠唱した。傷を燃やし、止血したのだ。かなりの激痛が全身を襲うが止血に成功した。
治すことは可能ではあるが、今は魔力切れですっからかんなのだ。
俺はゆっくりと微かに残る気配を頼りにサタンの落下先へ移動した。すると身体が少しずつ塵となっているサタンの姿があった。もうすでに胸から上しかない。
「我を超えるか――ゼウスの使徒」
「超えるも何も初めから俺の方が上だろう」
「ハハハハ……お前なら……我の目的も果たせるかもな」
「どういうことだ?」
「いずれわかるだろう。この世界に居続けたいのなら戦うことになる」
「何を言って――」
すると俺の身体が黒い光を帯びた。
頭に響く光の正体は【サタンの加護】だった。
「餞別だ。憎っくき《ハデス》に復讐を――」
サタンは最後にそう言い残し、塵となって消えていった。
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