第53話
「構えないのかい?」
剣を構えたグリムに対し、無手で構えることもなく突っ立っているクレイ。
その余裕の表情に苛立ちを覚える。
「生憎俺は剣士ではないんでな」
クレイは腰に刺さっている剣を持ち上げ、口を緩ませる。
「君は腐っても聖騎士科だろ? ……まぁ好きなようにしなよ」
グリムは挑発には乗らず、クレイの元へ踏み込もうとした。
だが――
動けない。
クレイはこちらを見つめながら、平然と立っているだけ――にも関わらず攻め込む隙が一切ないのだ。
グリムは驚き、疑問に思う。
なぜ?
学生時代、グリムはあの"剣王"の二つ名を持つ聖騎士クウガとも並ぶ実力だった。
そして騎士になってからも日々の鍛錬により強くなっているはずだ。
それなのに、なぜだ、なぜ動けない。
「……どうやらその態度はブラフでもないみたいだね。脳ある鷹は爪を隠すだっけ。神の使徒に選ばれるだけのことはあるようだ。君みたいな化け物が一介の学生をやってるなんてね」
グリムはクレイからは"剣王"以上の何かを感じていた。
「無闇に攻め込まないか。剣士としてはある程度実力があるようだな」
そう言って、クレイは腰の剣をゆっくりと抜く。
「お前の土俵で戦ってやろう」
無表情のクレイがそう言って、剣を構える際に生じた隙。
グリムはその隙を逃さなかった。
クレイに向かって足を踏み出す――
「遅いぞ」
いきなり目の前に現れたクレイ。クレイはそのままの勢いで剣を振り抜いた。
「ぐっ……」
グリムは瞬時に反応し、それを剣で受け止めた。
だが息抜く暇もなく次の斬撃、また次の斬撃とクレイが攻撃を繰り出してくる。
合計6連撃。グリムは全て受け止め、クレイから距離を取った。
そんな馬鹿な……信じられない。神の使徒とはこれほどなのか。
「どうしたんだ、先生」
クレイはグリムを初めて先生と呼んだ。
その言葉にグリムの心がついに乱れる。
「僕をあんまり舐めないで欲しいな」
実力のある剣士なら一合の打ち会いで得られる情報量は多い。
クレイは確かに強い。しかも相当な実力者だということがわかる。
それは学生時代の"剣王"よりも上だと確信できるほどに。
腹立たしい。だけど見切れない程ではない。
だったら――
「フフフフ……フハハハハッ!」
笑いだしたグリムの体内から大量の黒い魔力が溢れ出る。
【サタンの加護】
グリムから溢れる魔力は先程の5倍以上。
力が溢れて来る。
そして同時に衝動に駆られる。
斬りたい。殺したい。
「魔力が少し増えたようだな。早く来いよ」
その魔力量に驚きもせず平然としているクレイ。
しかも挑発するかのように、中指をクイックイっと動かしていた。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
グリムが踏み込めば、瞬く間にクレイとの距離が詰まる。
黒を纏った斬撃。
渾身の力から放たれる突き。
目に追える限界を超えた高速の連撃を放った。
<―――――――――――――――!>
激しい音が周りに響き渡る。
おかしい。
なぜ――
なぜ受け止められている。
この限界を超えた連撃を。
そしてグリムは気づいた。クレイの使う見たことあるこの技。
【桜花乱舞】
あの忌々しい"剣王"が、そしてクロード家が好んで使う技。
それに気づいた直後、憤怒の感情が心から湧き出てくる。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
グリムは更に速度を上げた。
もはや自身でも見えない速度。身体能力が上がりすぎて制御できていないのだ。
「扱えないなら使うもんじゃない」
<カーン>という高音と共にグリムは吹き飛ばされる。
何が起きたんだ。見えなかった。
「グッ……」
「もう終わりか? なら取っておきの――」
「まだだ!」
グリムは叫び、クレイの言葉を遮る。
「ハァ……ハァ……クレイ君……君は本当に強いようだね……だけど……僕にも譲れないものがあるんだ……これで終わりにしよう」
制御出来るかわからない。
だけど使うしかないようだ。
「ぐっ………が……あぁぁぁああああ!」
ルインのために。ルインに会うために!
グリムから先程の魔力とは比べ物にならないくらいどす黒い魔力が湧き出てくる。
その魔力により大気が歪み、振動する。
魔力はやがてグリムを包み、全てを吸収した。
全身に痛みを伴うが直ぐになくなる。
サタンの加護Lv2。
霧散する闇と共に現れたグリム。だが姿が違う。
肌は白く、目からは黒い涙を流したような跡がある。
「人間を辞めたのか?」
クレイの言葉に笑みを浮かべるグリム。
力が無限に湧き出てくる感覚。
そして今ならどんな速さでも目で追えそうだ。
「【デーモン・ハンド】」
グリムはクレイの言葉を無視して魔法を放つ。
途端にクレイの足元から黒い手が無数に出てくる。クレイは咄嗟にジャンプしてそれを躱した。
グリムの姿はクレイの躱した先へ現れる。
そして剣を振るった。
クレイは受け止めるがガードごと吹き飛ばされ、地面に突き落とされる。
「おいおい、いきなり魔法かよ。剣が折れただろ」
砂埃があがる中、普通に立っているクレイは呆れ顔でそう言い、折れた剣を地面に捨てた。
「なぜ……だ」
グリムは着地し、クレイを睨む。
上手くしゃべれない。心が侵略されていくような感覚。全身に広がるような痛み。
「お前の剣、結構好きだったんだがな」
「何を言って……いるんだ?」
「今のお前の剣はクソだって言ってるんだ」
「この完璧な……力、そこから放たれる剣技……これ以上のものはない!」
グリムはそう言って魔法を唱えた。
【グランド・デス】
クレイの足元から先程の【デーモンハンド】よりも大きな闇のエリアが現れる。
ジャンプで躱すまもなくクレイの足が地面に吸い付き、そして飲みこみ、少しずつ沈んでいく。
飲み込まれた足は地面に圧縮されているので激痛が走っている。
「目を覚ませよ」
何も動じないクレイが、グリムを真っ直ぐに見る。
それを見てグリムは憤怒する。
「僕は……完璧だぁぁぁぁ!」
グリムは咆哮と共に一直線にクレイへ向かう。
漆黒の魔力を纏った突き。
その速さは音を置き去りにするほどの速さ。黒の一線。
狙いは急所、クレイは動けない。
剣先はクレイの胸元へささ――
凄まじい衝撃が身体を襲い、視界が空を映し出す。
その瞬間だけ時が遅く流れているのか、ゆっくりと視界が進む。
負け……たのか。
あとから押し寄せてくる痛みと共に。
グリムは意識を手放した。
ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。
更新の励みとなっております。
必ず完結させるので応援よろしくお願いします!