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第49話

「大丈夫、クレイのやつは心配ない。ちゃんと帰ってくるのじゃ」


「何かあったのかも……それか前にご主人様のグラスを割ってしまったのが原因なんだわ」


「そんなことでクレイが怒るとは思わんがの」



 王都に戻った頃にはすっかり日も暮れて夜になっていた。

 俺は自分の屋敷に直帰して、ドアを開けようとしたところ、中からエミルとアリエルの声が聞こえてきた。学園に向かってから36時間以上家を開けたことになるので、不安がらせてしまっただろう。

 流石に申し訳ないという気持ちになった。


 そして何食わぬ顔でゆっくりとドアを開けた。エミルはそれに気づいたようですぐにこちらを向く。

 アリエルは俺の気配がわかっていたらしく、こちらを見てヤレヤレという顔をしていた。



「おかえりなさい、ご主人様!」



 エミルは抱きつく勢いで俺に飛びかかってくる。



「心配した、怒ってるんじゃないかって、何かあったんじゃないかって」



 目から涙を零すエミルの頭へそっと手を置いた。



「あぁ~、悪かったな」



 もう片方の手で頭を掻きながら謝ることにした。

 しばらくしたら落ち着いたのか、エミルは俺から離れて恥ずかしそうに顔を背ける。



「あ、あの、ありがとうご主人様」



 何故か感謝されてしまった。どういう意味だろうか。

 そんな様子をアリエルは何とも言えない表情でじーっと見つめている。



「アリエル、見せたいものがあるからちょっと来てくれ」


「何、プレゼントかの?」


「残念ながらプレゼントではない」



 アリエルを客室に呼び、お互いソファーに座る。

 エミルが空かさずグラスに飲み物をつぎ、俺とアリエルの前に置いた。

 そして俺は袋に入った輝石を取り出し、机に置く。

 この輝石は何故かアイテムボックスに収納出来なかったので、袋に入れて背負ってきたのである。



「これを屋敷に置くが、奪われないようにしばらく守って欲しい」


「これは精霊の……どこで手に入れたのじゃ?」


「まぁ説明すると長いんだが、俺が――」



 俺はアリエルにこの輝石を預かった経緯を一通り説明した。



「――ということなんだ」


「なるほどの、それにしても魔族が色々と動いておるとわ」



 アリエルは意味深げに頷いて何かを考えている。



「サタンとベルゼブブが完全ではないとも言っていたな、ベルゼブブも悪魔なのか?」


「そうじゃ、奴ら悪魔は存在自体が不完全、完全になることは無い。故に良質な魂を食らっていれば制限なく強くなれるであろう」



 なるほど、では完全というのは魔族基準で一定の力を保有した場合のことを指すということだ。

 つまりまだ悪魔たちの力は人の領域に立っているという解釈になる。



「悪魔って特定の種族に肩入れするのか?」


「メリットがあればの、止めるこっち側の気持ちになってほしいものよ……」



 多勢が生み出す悪魔を止めるために神が生み出した天使。

 過去にもいろいろあったのだろう。その話は今度聞いてみよう。



「大方話しはそんな感じだ。俺も魔族には注意することにしよう」


「それがよい」


「あともうひとつ」



 俺は渋り気味に口を動かす。



「クレイの頼みなら特別に聞くが、妾は天使じゃ。使いっ走りは普通はしないからの」



 アリエルは頬を片方膨らませてそっぽを向く。

 商会で任せた仕事もしっかりやっているようだし、なんだかんだ頼りになる奴である。



「手の届く範囲でいいんだが、リンシアのことを気にかけてくれ」


「ふむ、それは兄妹愛か?」



 ニヤケ顔で茶化すように言うアリエル。



「そうだが?」



 そんなアリエルに真っ向から唇を綻ばせて断言した。



「からかったつもりが、そんな堂々と言われてもの……わかったのじゃ。リンシアを気にかけよう。さらに特別にクレイの周りの者にも気にかけるようにするのじゃ」



 アリエルはエミルのいる方を向き呟いた。



「助かる。もしなにかあったら言ってくれ。俺も力になろう」



 一つの提案で俺の意図を察した返答。伊達に長年生きていないということか。

 そんなアリエルに対して俺が何か言葉以外に力になろうと考えるのは商売をやっているからだろうか。それとも――

 

 俺はいろいろ考えながらグラスの飲み物を飲み干す。



「妾からもやって欲しいことがあったのじゃ」


「なんだ?」


「妾の頭にもやって欲しい……ダメかの」



 アリエルはほんのりと頬を赤らめ、恥じらったようにクッションで隠しこちらを見つめる。



「あぁ」



 先程のエミルとのやり取りのことを言っているのだろう。

 それくらいならサービスの範囲だ。お安い御用である。


 俺は立ち上がり、アリエルの前へ行く。

 そして頭の上に手を置いた。



「これでいいか?」


「うむ、悪くないのじゃ」



 アリエルが無邪気に喜ぶ。

 満足したアリエルを見た後、俺は寝室へ向かったのだった。







 王立学園アルカディアの訓練場。朝早くに生徒達が集まり教員達が点呼を取っていた。生徒は主に聖騎士科と騎士科である。

 本日より3日間、模擬遠征による試験が行われるのだ。それぞれの生徒は自分の用意してきた個性的な装備をしている。



「ようクレイ! 遠征楽しみだな!」



 屈託のない笑顔を向けながらヴァンが現れた。試験だというのに心底楽しんでいるようだ。



「模擬とはいえ一応試験だからな? 遠征の経験があるのか?」


「おう、騎士団の訓練で何度かはやったことあるぜ!」



 それで笑顔な理由がわからないが、まぁ騎士団の遠征に比べたらこんな試験お遊びだろう。



「クレイは遠征とか経験あるのか?」


「そういうのはないな」



 遠征はないが、スラム街ではいつ襲われてもおかしくないという状況だったので、遠征よりも立ちが悪い経験ではあったな。



「あっマルクスだ、おーいマルクス!」



 ヴァンがマルクスを発見したらしく呼び出す。



「これはヴァン、それと貴様か」



 ヴァンの呼び声に気づき、こちらに向かってきたマルクスが軽く挨拶をする。ヴァンには笑顔を向けたが、俺には見下すような厳しい表情を向けてきた。

 もうこういうのには慣れてきた。



「相変わらずだな」


「ふん、平民のクセに奇跡的に退学していないようだね」


「いきなり退学はないだろう」



 なにかと身分を意識してはいるが、悪い奴ではないという認識はしている。

 自分なりに貴族としてのプライドを持っている印象だ。



「マルクスのその装備いいじゃないか」



 マルクスは白をイメージとした立派な鎧を装備していた。微量に魔力を宿しており、なかなか高そうな業物である。



「貴様ごときでもこの装備の良さがわかるとわな、この鎧は我がカンニバル家に代々伝わるものでお父様に譲ってもらったんだ」



 言い方はそうでもないが、表情を緩めている。装備を褒められて喜び、何かを誇っているようだった。

 なかなかチョロいやつである。



「まぁ貴様は……平民らしい貧相な装備をしているようだな。精々退学しないように頑張ってくれたまえよ」



 マルクスはあざ笑うかのように言って立ち去る。

 いつもどおりだな。

 


「なぁクレイ、マルクスの相手するのだんだん慣れてきてないか?」


「そうでもない」



 ヴァンの言葉に苦笑しつつ、教員達の話を聞く。


 遠征では南西の方にある《サガルティス高原》を目指す。

 高原にはDランクほどの魔物が沢山生息さており、今回の目的はそれに対応できるかが評価される。

 少し対人戦を期待したが、初めは人を相手に戦うなんてことはないか。


 《サガルティス高原》に到着次第、拠点を作り、5人1組の小隊に分かれてそれぞれ高原を徘徊するらしい。目的地到着まで休憩ありで1日、拠点周りの徘徊で1日、戻ってくるのに1日という計算である。

 


「じゃあ小隊分けの発表をするよ。小隊1マルクス・フェン・カンニバル――」



 教員は次々に名前を呼び整列させていく。

 ちなみに俺は小隊13だった。そして聞き覚えのある名前も一緒に聞こえた。



「いやー、クレイ君と一緒の小隊とか試験貰ったようなもんすね」



 それはリオンだった。俺と一緒だという事実からか、余裕な表情をしている。

 それ以外の3人は見たことない顔ではあったので、それぞれ軽い自己紹介と挨拶を交わした。

 聖騎士科Bクラス1名、騎士科Sクラス2名、Aクラス1名となかなか上位クラスのやつが多い。男3の女2の編成でバランスも良い。楽が出来そうである。



「それにしてもクレイ君は成績上位じゃないんすね。小隊3とかで呼ばれると思ってたっす」



 リオンの言葉に感心した。

 聖騎士科と騎士科を合わせると200人ぐらいになるので、5人小隊で約40組。小隊のパワーバランスをよくするするためには、最上位である聖騎士科Sクラスを1小隊1人と散りばめることになる。

 つまり聖騎士科Sクラスに限ってだけ呼ばれるのが早い者は成績も上位であり、現にマルクスは小隊1、ヴァンは小隊2に分けられている。

 それに気づくとはなかなかの分析力だな。



「まぁ俺は勉強が出来ないんだ」



 洞窟の件で色々と見せているので、勉強が出来ないアピールをすることにした。



「ヴァン君は小隊2っすよ?」


「失礼な奴だな、お前一応ファンだろ」


「そんなつもりじゃないんすよ!? ヴァン君は強くてカッコイイっす」



 リオンは自分の誤爆を流すように言い訳を始める。

 俺はそれに対して失笑をし、誤魔化すことに成功した。



「はい、じゃあこれから遠征試験を始めるよ。評価はもう始めるから気を引き締めてね」



 教員であるグリムの言葉で試験が始まる。

 めんどくさいなどと思いながら、進んでいく生徒達に歩幅を合わせるのだった。

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