第45話
説明って難しいです……。
学園からの帰り道、俺は馬車に揺られながら物思いにふけっていた。
「考え事ですか?」
馬車の持ち主であるリンシアが俺に向けて声をかけてくる。どういう経緯で馬車の中にいるのかというと、俺は頼んでいたものを受け取るために学園を後にしたあと、リンシアに会いに行ったのだ。
それを受け取るだけだと思っていたのだが、リンシアが屋敷の様子を見に行きたいと言い出して、急遽自宅に招くことになったのだ。
「何でもない。それより身分証の件は助かった」
「エミルがこれから商会でも活躍するなら必要だと思ったので」
リンシアは俺の言葉に喜んでいるようだ。そう、頼んでいたものとはエミルの身分証である。
商会を大きくするにあたって、今後俺の代わりに動くエミルにとって必ず必要になってくるものだ。
「それよりも、どうして急に屋敷に行きたいと思ったんだ」
「特に理由はないですが……クレイが私を除け者にして何かを隠しているような気がしたので」
「除け者って……」
俺は勘の鋭いリンシアに感心していた。
物思いにふけっていた理由はアリエルのことをなんて説明しようかと考えていたのだ。
天使ということは話すとして、どうして俺と共にいるのかということ。使徒のことは話せないのが痛い。ダンジョンの守護者で人々の商業に興味があり、手伝いをしてくれることになった、などという雑な説明で通るだろうか。いや通そう。
「私がクレイの屋敷に行ったら迷惑ですか?」
「迷惑ではないが」
「クレイ様は自宅に怪しいものを隠しているんですよ」
不安そうな顔をするリンシアに対して、隣に座っているリルが追い打ちをかけていく。
余計なことを言いやがって。
「やっぱりそうなんですか?」
「紹介したい人がいてな。今後商会を手伝ってくれる奴で、うちに住むことになった」
俺は今がタイミングだと思い話を切り出した。
人ではなく天使だが。
「また女の子ですか!?」
「性別があるのであれば女と見る方が正しいかもしれない」
天使に性別があるのかわからないけど、あれはどう見ても女だろう。
「また意味のわからないことを……クレイはほっとくとすぐ女の子を連れ込むんですね」
リンシアは拗ねるように頬を膨らましてそっぽを向く。
連れ込むって。
そうこうしてる間に自宅へ到着した。
屋敷の扉を開けると、エントランスにいたエミルが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ご主人様」
「おう、アリエルはどこだ?」
「ここじゃ」
エントランスホールの階段を悠々と降りてくるアリエル。
それを見てリンシアもリルも呆気に取られていた。
この人間離れした美貌をみたら同性でもこうなるか。
「こいつが紹介したい奴だ。名前はアリエル、天使だ。んでこっちがリンシアとそのメイドのリルだ」
俺は交互に軽めの紹介をしていく。
「妾は6大天使の一角、アリエルじゃ。よろしくの」
「天使様!? わ、私はバロック王国第3王女、リンシア・スウェルドン・アイクール、よろしくお願いします」
取り乱してはいるが空かさずリンシアは対応して自己紹介を返す。
さすが王女と言うべきか。
「うむ、よろしくなのじゃ」
そう言いながらアリエルはリルの方を向いた。
「私はリンシア様のメイドのリルです。以後お見知りおきを」
リルはその視線を受けしっかりと自己紹介をした。
出来るメイドである。
「アリエルさんは天使様なのですか?」
「そうじゃ、妾は天使であるぞ」
リンシアは目を見開いて俺の方を向いた。驚き半分、疑い半分という感じだろうか。
「疑っておるのか? ほれ」
そう言ってアリエルは見えなくなっていた翼を広げた。その直後翼は神々しい光を放つ。
「本当の天使様なんですね。初めて見ました」
「フフフ、妾を崇めて良いぞ」
「アリエル、あんまり調子に乗るな」
俺が睨むと、アリエルはいそいそと翼をしまう。
「それで、天使様であるアリエルさんがなぜ商会を?」
「商会? あぁ商会はオマケじゃ、妾はクレイと一緒にいるためにここにおる」
おや、雲行きが怪しくなってきたぞ天使。
「どうしてクレイと一緒にいたいんですか?」
「愚問であろう。妾はクレイに一目惚れしたからなのじゃ」
予想は的中である。昨日散々説明したのに意味がなくなったじゃないか。
「そ、そうですか……クレイはまた女の子をたぶらかして、でもカッコよくて強いから気持ちはわかりますが……」
リンシアは衝撃を受けたかのように驚いて、小声でブツブツ言い出した。
ばっちり聞こえているぞ妹よ。
「リンシアもクレイの良さをわかっておるか、仲間じゃの。特別にアリエルと呼んで良いぞ」
そう言ってアリエルは両手で包み込むようにリンシアの手を握った。
「おや? お主は……クレイの――」
するとアリエルが何かに勘付いたようだった。
直感でまずいと思った俺は即座に話題を変える。
「ここで話すのもなんだし、客間に入ろう。エミル、紅茶を」
半ば強引だが話を切ることに成功し、客間へ案内した。
「前より家具が増えてませんか?」
「まぁな」
この数日屋敷を少しずつ改造し、家具も揃えていったのだ。
リンシア達をソファーに座らせると、エミルが紅茶を注いでくれた。
「あと最高の浴場を作ったんだが、入っていくか?」
「浴場ですか?」
「あぁ、自信作だ。綺麗で広々とした作りになっていて、俺が理想とする完璧な浴場を作った」
自慢げな表情で俺はリンシアを見て説明を始める。
こだわって作ったものは誰かに自慢したくなるものなのだ。
「そんな目をキラキラさせて言わなくても……わかりました、入っていきます。せっかくですし、アリエルさんやエミルも一緒に入りませんか?」
俺が提案しようとしていたことをリンシアが先に言ってくれた。
女同士で話す時間を設けることで、色々な気持ちも緩和されるだろうと考えていたからである。
「うむ、妾は良いぞ」
「お言葉に甘えるわ」
「決まりだな」
アリエルとエミルの返事を聞き、俺は頷いた。
「じゃあ《紙札》でもしよう。そしてリンシアには今後の商会の方針について説明をしておく――」
それから俺たちは5人で紙札を楽しみ、今後の商会の方針について話していった。
主に俺はブレインとして影で支え、リンシアが表立って看板になること。
これによりリンシアは王族として力を増し、俺も身を隠せるという一石二鳥ということだ。
そしてもしリンシアに手を出そうとする奴がいれば俺が葬ってやるつもりではある、兄として。
そのあとリンシア達を浴場に案内して入浴させた。
女同士で盛り上がったのか入浴後、俺の目論見通り4人の仲は深まっていたのだ。
根はいいやつらばかりなので、必然的にこうなることはわかっていたが。
その後、俺はリンシアとリルを王城まで送り、自宅に戻ってきた。
エントランスを進み客間に入ると、アリエルが悠々とソファーに横たわっていた。
「リンシアは面白い女子よ、リルもなかなかいいやつなのじゃ」
「仲良くなったようだな」
俺は棚から出したグラスに飲み物を継ぎ、アリエルの対面のソファーに座った。
「お主の方が面白いがの、そのグラスも作ったのか?」
アリエルが指摘したグラスは、この世界ではあまり出回っていないガラス素材を巧妙に加工したロックグラスである。
「まぁな、そのうち商品として売り出す予定の一つだ。それよりお前気づいたのか?」
俺はアリエルに先ほどの事を問いかける。エミルが清掃で席を外していることを確認して。
「気づいた?」
「リンシアと俺の関係だ」
「そのことであったか、お主らが兄妹だということであろう?」
「そうだ、なぜ気づいたんだ?」
「妾は愛には鋭い天使での。触れれば他者同士の繋がりの強さや関係性がわかるのじゃ」
納得しがたい説明ではあったが、アリエルの加護の名前にも愛という文字が入っていることから、そういう能力みたいなものが備わっているのだろうと無理やり解釈することにした。
何より看破したのが鋭いという証拠だろう。
「このことは内密に頼むぞ」
「わかっておるよ、お主の反応でわかったのじゃ」
「助かる」
国王との約束により俺が兄という事実はリンシアに告げてはならない。
だけど約束がなかったとしても、告げるのはまだ早い。
今の厳しい環境だからこそリンシアは強く育っているのだと俺は考えている。
ただでさえ甘えたがりな性格なので、兄という事実はそれを無下にしてしまう可能性があるのだ。
こういうのはタイミングが重要なので、本当のことを告げるにはもう少し先になるだろう。
「それよりも、今日は一緒に寝るのじゃ」
「それは無理な相談だ」
「私も一緒に寝たいわ」
仕事を済ませたエミルがこちらにやってくる。
「エミルも乗ってくるな、睡眠不足になるから無理」
「お主は部屋に近づくだけですぐに目覚めるからの、どんな感覚をしてるのじゃ」
「ご主人様は凄いわ」
「寝込みを襲うなら俺に見つからないぐらいの気配遮断をマスターしてからにしろ、俺は先に寝る。お前らも仕事は程々にして寝ろよ」
俺はそう言って、寝室へ行った。
そんな挑発じみたことを言ったせいで3人とも寝不足になったのは言うまでもない。
◇
「グリムさんは仕事熱心なんですね。私はそろそろ先に帰ります」
「はい、僕はもう少し残っていきますよ」
そう言ってグリムは職務室を後にする同僚を見送った。
時は深夜、王立学園アルカディアの一室で、グリムは仕事を済ませていた。
1人になったグリムは笑顔を崩した。
「ようやくやってきた……」
そう呟き、喜びからくる感情をむき出しにした表情を作るグリム。
『契約を果たせればお前の願いを叶えてやる』
グリムはサタンの言葉を思い出す。その言葉から10年やっと現れた。
ゼウスの加護を持つ者が。
「長かったよ」
グリムはあの日の事を思い出しながら呟いた。
大切な人を失ってしまったあの日。それからは死んでいるように生きているだけだった日々を――
グリムは王立学園を優秀な成績で卒業し、騎士団に入団した。残念ながら夢であった聖騎士に任命されることはなかったが、それでも騎士団でかなりの功績を残していく。
そんなグリムには学園時代からの恋人がいた。彼女の名前はルイン。同じ騎士団に入りグリムを支える存在となっていく。剣術を得意とするグリムと魔術が得意なルインのコンビネーションは騎士団でも有名で、お互いがお互いを高見へと運んでいった。
だけど一定の高みまで登ってしまうと実力は上がりにくくなるもの。きっと聖騎士という肩書きに未練があったのだろう、グリムはもっと高見を目指したいと思うようになっていた。
そしてある遠征任務中、いつもやっている簡単な遠征任務の難易度を上げて、普段は通らない渓谷の下を通って行こうとグリムが提案したのだ。
数々の功績を残しているグリムの指示を誰も反対することはなかった。
峠での遠征も順調で、出てくる魔物もグリムとルインのコンビがいれば楽勝であった。
だが事件が起きる。
いきなりの地震に襲われたのだ。それは尋常じゃない余波とともに起こった想像を絶する地響き。もちろんそれによって引き起こるものは土砂災害である。
降ってくる大量の岩を見てグリムは全滅を想像したが、愛すべきルインだけは命に代えても守ろうと思い魔法を必死に発動させた。
どうなったのだろう――
グリムが目を覚ますと、全身傷だらけで岩に囲まれた。そして微かに残る魔法の痕跡、ルインのものだ。自分は生きていると実感した直後にルインを探すことにした。
そして魔法を駆使して岩を掘り進む事5日、ようやく見つけたルインや騎士団達の姿は酷いもので、すでに亡きものとなっていた。
グリムは自分を責めた。自分の判断のせいで死なせてしまったと。
――そんなグリムの元に悪魔であるサタンが現れたのは必然だったのだろう。
サタンは交換条件を提示し、グリムを誘惑したのだ。
内容は簡単なもので、サタンの願いを叶えれば、グリムの大切な人を蘇らせるというもの。
グリムは迷わずサタンと契約をしてそれを達成するための【サタンの加護】と魔道具である【宝珠ルグスルギナ】を授かった。
サタンの願いとは、神の使徒を殺すこと。
神の使徒についてはルールがあるらしく、詳しくは聞けていないが、「12人いること」「死んでも数年から数百年単位で次の使徒が出現すること」「使徒同士引き合うこと」というのはサタンから聞いている。
だが神の使徒は傍から見てもこれだという見分けはつかない。だから魔道具である【宝珠ルグスルギナ】を使うのだ。
【宝珠ルグスルギナ】はサタンが作った魔道具で、サタンが過去に取り込んだ神の使徒の魂の1部を題材にしているらしく、効果はその加護を持った者がわかるということだった。
サタンが過去に取り込んだ魂はゼウスの加護を持つ者とヘスティアの加護を持つ者の2人。
そしてようやくグリムの目の前に現れたのがゼウスの加護を持つクレイだった。
グリムは思う、これでようやく叶えることができると。
サタンは神の使徒、いや神に対して特別思い入れがあるらしかったが、グリムにとってはどうでもいいものだった。彼女にまた会えるのであればなんだって出来る。
「僕の目的のために、死んでもらうよ」
宝珠を握りしめ、グリムは部屋で一人、口を緩ませて笑うのであった。
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