第41話
王立学園アルカディアの正門。今日は合格発表の日である。
正門の前に紙が掲示されており、合格者の番号、名前、どのクラスに所属するかが書かれている。
俺が到着した頃には受験生達の人ごみが出来ていた。親同伴の生徒も少なくない。
「899番は、あったな」
俺は遠目からパッと見をして、自分の番号を発見した。「899番 クレイ 聖騎士科Sクラス」と書かれていた。
「Sクラスか」
あまり目立ちたくないところではあるが、もし聖騎士になる選択をするのであれば卒業までにSクラスじゃないとダメなので良しとする。
筆記は60点だったはずなので、それでSクラスとはどんな配点だったのだろうか。
「あいつもSクラスか」
そして同じくヴァンもSクラスで合格しているのがわかった。オマケに筆記試験の前に話をかけてきた貴族のマルクスもSクラス、しかも首席合格していた。
「ん?」
すると1人の受験生が人ごみから溢れてきた。
最初こそ躱そうとしたが、人が多いので受け止めることにする。
「きゃっ!」
飛び出してきたのは髪の毛を後ろに一つ結びをした女の子だった。
「す、すみませんっす」
「大丈夫だ」
女の子は何度も頭を下げながら言った。
そして俺の顔を見ると、閃いたような表情に変わった。
「あれっ、あなた入学試験のときに"剣帝のヴァンさん"と互角に戦ってた人っすよね!?」
「いや、人違いだ」
「なんだ人違いっすか」
「あぁ」
女の子はうっかりという顔で愛想笑いをして言うが、疑い深いのか顎に手を当て俺のことを観察し始めた。
「……でもこんなイケメン見間違えるはずないっす。本人っす」
「確かに」
って俺も何言ってんだろう。うっかり認めてしまった。
「あの熱い戦いを見てファンになったんすよー!」
「ファンとか言われてもな……」
目を輝かせて迫ってくる姿に呆れ顔で俺は言った。
「おっ、クレイじゃねーか」
背後から聞き覚えのある馴れ馴れしい声、ヴァンである。
「おう」
「あれっこの子は?」
「剣帝のヴァンさんっすよね? 初めまして、私はリオン・カゲーヌです。リオンちゃんって呼んで欲しいっす」
「そうかリオン、俺はヴァン・アウストラ・クロードだ。ヴァンって呼んでいいぜ」
ナチュラルに呼び方についてスルーしてるよな。
俺は自己紹介を聞きながら黙っていたが、言い終わった2人が同時に視線を送ってくる。
これ自己紹介する流れじゃん。
「俺はクレイだ」
「なんとお呼びすればいいっすか?」
「クレイでいい」
「クレイ君にヴァン君っす」
こいつも人の話聞いてないし。
「私、ヴァン君の猛烈なファンだったんす。最年少で騎士団の訓練に参加して互角以上に戦う天才、"剣帝"! そのヴァン君と互角に戦ったクレイ君のファンにもなっちゃったっす」
「て、照れるじゃんか」
それを聞いたヴァンは頭をかきながら露骨に照れ出した。
ちょろいなお前。
「リオン、お前は何科なんだ?」
「騎士科っすよ! 騎士になるのが夢っす」
なるほど、それならファンというのも頷ける。ヴァンの剣技は相当なものだと俺も認めているからな。
「騎士科ってことは、聖騎士科と授業が被ることも多いよな。リオン、これからよろしくな」
ヴァンは握手を求め、リオンがそれに答えた。
「この手は来世に生まれ変わっても洗わないっす」
「嬉しいこと言ってくれるぜ、でもせめて洗ってほしいかな?」
会話に花を咲かせていると、生徒達も捌けてきたので合格発表を後にして、2人と解散した。
「この世界は変わった奴が多いな」
俺はぼやきながら正門から出ようとすると後ろから殺気を感じた――
「っ!」
振り向いた先には白衣を着た青年が、学園の窓際から見下ろしている。
青年は口元を緩めて、窓際から去っていった。
――――――――
《グリム・ウォン・ズルセン》
Aスキル
【極・剣技】【神経伝達】
Bスキル
【上・魔法制御】【上・闇魔法】
Cスキル
【老化耐性】
加護
【信徒の加護】
【サタンの加護(地獄の力)】
―――――――――
【サタンの加護】
・魔力量、気力量を含めたすべての能力が増大する。
―――――――――
俺はその一瞬で【神の五感】を使い、その青年を見たのだった。
◇
「クレイ、合格おめでとうございます」
「まだ何も言ってないんだけど」
リンシアの部屋。
合格を伝えようと思って来たのだが、何も告げてないのにリンシアが祝いの言葉をかけてきた。
「クレイは合格するって信じてますから、それにSクラスなんですよね?」
「Sクラスだったな」
「流石クレイです」
当たり前のことのように聞いてきたリンシアは俺の返答を聞き、自分のことのように喜んでいた。
「そういえば聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょうか?」
「グリム・ウォン・ズルセンというやつを知っているか?」
「確か聖騎士科の教員ですよね」
聖騎士科の教員は優秀な者にしかできない。
騎士団で功績を残したもの、そして元聖騎士なんかもいる。
「そいつはどんなやつなんだ?」
「改めて聞かれるとそこまで詳しくはありませんが、ズルセン家は子爵の地位を与えられていて、グリムは次男になります。元々騎士団だったのですが、任務で部下を死なせてしまったことにより自主脱退。そこから教員になられた方ですね。実力は優秀で聖騎士候補にもあがるぐらいの人でした。グリムがどうかしたんですか?」
「学園で挨拶されたんでな」
リンシアの問いを適当に誤魔化すことにした。
そこまでと言うわりにはなかなかの情報量で驚きだ。
それに教員だったのか。そんな教員が俺に殺気を向ける理由がわからない。
何かの間違いだとは思うのだが、気になるのは【サタンの加護】である。
「ではサタンを知ってるか?」
「サタンって悪魔のサタンですか?」
「悪魔なのか?」
この世界には天使に次いで悪魔もいるのか。
神も相当暇なんだろうな。
「神話や童話に出てくる悪魔の名前ですが……サタンは力を欲する悪魔だったような」
「わかった、そのへんは自分で調べることにしよう」
「お役に立てなくてすみません」
しょんぼりするリンシア。
そんな表情を見ていると心が痛いのでフォローして話題を変えることにした。
「リンシアはよくやっていると思うぞ。それにしても学園は変わった奴が多いよな」
学園というよりは「この世界には」と言いたいが。
「お友達でも出来たんですか?」
「知り合いになったという方が正しいな」
「まだ入学式も始まっていないのに凄いです……女の子なんですか?」
前半は尊敬の眼差し、後半は笑顔で聞いてくる。
笑顔だけども本心で笑っていないような気もする。
「……生物学的に言うとメスの分類だな」
「意味わからないんですけど……」
そんな笑顔に押されて遠まわりな言い回しを使うと、リンシアは頬を軽く膨らましてそっぽを向いてしまった。嫉妬しているのだろうか。リンシアは友達が少ないように感じるしな。
「リンシアよ自分に自信を持て、お前はそこらの王女よりも可愛いんだから」
嫉妬は自信のなさが招くものだ。
俺は妹を元気づけるつもりで言った。
「えっ、か、可愛いですか?」
それを聞いていきなり照れ出すリンシア。
「そう思うぞ、だから自分に自信をもって行動すれば大丈夫だ」
「わかりました……ありがとうございます」
顔を真っ赤にしてリンシアは言った。
自信を取り戻してくれたようだ。
◇
王城を後にした俺は商会に寄りひと仕事終えて、早々に自宅に戻った。
大切かつ重要な任務があるからだ。
「おかえりなさい、ご主人様」
エントランスに入るとエミルが迎えてくれた。昨日までの有り合わせの服とは違い、メイド服を着ている。訓練の後にリンシアが用意してくれたのだ。
「エミル、俺は今日完成させる」
「なにを?」
「温泉をだ」
「温泉?」
「わかっていないようだな、温泉の素晴らしさを!」
「わからないわ、教えてほしい」
「完成させたら教えてやろう、それより家事は出来たか?」
「完璧」
リルがしっかりと教えてくれたらしく、エミルの使用人能力、家事能力は格段に上がった。
たまに失敗したりするが、基本はすべて頭に入っている。
そして昨日から料理も教えている。
この世界の料理はあまりわからないので前世のものではあるが。
「褒めて」
俺は無言でエミルの頭の上に手を置いた。
エミルは目をつぶり喜んでいるように感じる。
「さて俺は任務に取り掛かる」
「頑張って」
「あぁ」
俺は温泉を完成させるべく地属性魔法で穴を開ける作業を始める。
まずは真下に掘り続け、やがて斜め掘り進む。そう、目指すは王城の温泉源である。
【神の五感】と【千里眼】の合わせ技により、地中の水の流れが見えるから出来ることである。
「よし」
やがて勢いよく暖かな水が湯気とともに吹き出す。
正確に言えば王城のものとは別の温泉源となる。
俺は速やかに魔法で作ったポンプやパイプなどの部品をアイテムボックスから取り出し、システムを組み立てていく。そして自宅へ繋げていった。
「完成だ!!」
天然温泉イン自宅。
最高の出来栄えじゃないか。
作業時間わずか30分、魔法がなせる技である。 自宅内の浴槽には木をモチーフにした流れ湯を二つ設置した。外の露天風呂には岩から少しずつ流れてくるようなイメージで作った。日本人なら誰もが喜ぶ風流を感じる温泉である。
「さっそく入るか」
俺は一瞬で服を脱ぎ捨て、内風呂に浸かる。
「染みるぜ……」
温度の加減もちょうどいい。俺の計算に狂いはないようだ。
身体を洗わずに入るという技も自宅ならではの入り方だ。
俺がしばらく浸かっていると、脱衣場の方から気配がする。
「ご主人様、私も入りたいわ」
「いいぞ、俺が終わったら――」
エミルは俺の言葉を待たずに風呂場に入ってくる。もちろん全裸で。
「話を聞け馬鹿者」
「ごめんなさい」
俺はアイテムボックスからタオルを取り出しエミルに投げた。
「巻きなさい」
「でも……リル先輩が裸の方が喜ぶって」
あいつの差し金だったか。
余計なこと教えやがって。
「そっち方面でのリルの教えは忘れなさい」
「忘れられないわ」
エミルは顔をうつむき落ち込んでいる。
そんなつもりではなかったがエミルは【完全記憶】のことを意識しているだろう。
「まぁいいや、入るか?」
色々考えた結果、めんどくさいからいいやってことになった。
エミルには色気がないし、風呂も広いし間違いは起きないだろう。
「嬉しいわ」
そう言って温泉に浸かる。
「気持ちいい」
エミルは顔をほっこりさせて、耳も脱力していた。
こうやって良いことを共有するのも悪くないなと思った。
このあとエミルが「ご奉仕はいつすればいいの?」と言ってきたことに対して、断りながらも俺はリルにいつか絶対仕返しをしてやろうと心に誓った。
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