第3話
「は?」
このお姫様は何を言っているのだろうか専属の騎士?
「ですからクレイ、あなたを私の専属騎士に任命します」
「断る」
王族専属の騎士。それは王国が所有する騎士団とは別に王族一人一人が自分専用の騎士を選べる制度である。任命された騎士は王族に対して忠誠を誓い、命懸けで守る。その行為はときに、国王の命令よりも優先されるほどだ。
そして選ばれた騎士は『聖騎士』という地位につく。
聖騎士はそれなりに融通の効く地位であり、王国では男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵という順に地位が上がっていくのだが、聖騎士は侯爵と同等の権力を持つことができる。
脊髄反射で断ったのも、俺は聖騎士になるつもりはなかったからだ。
俺の師であるゲインは元聖騎士であったことも理由の一つではあるがそれだけではない。
「えっ?」
リンシアも断られるとは思っていなかったのか呆気に取られた表情を見せる。
「助けてくれたことには感謝致します。ですが、リンシア様は王族なので言葉遣いを改めてくれないでしょうか?」
リンシアの護衛メイドであるメルが凛とした態度で睨んでくる。
なるほど、主に対しての忠誠心が高いようだ。
「スラムで暮らしてたから、育ちが悪いんだ」
俺は悪びれることなくそう言ってスラム街の方向に視線を送る。
その事実にリンシアは驚いた表情を見せた。
「あなたはジルムンクに住んでいたのですか?」
その視線の方向で、リンシアは俺の出身を言い当てた。
「そうだ。言葉遣いどころか、この国の常識すら知らない。だからお姫様の騎士には相応しくないし、なりたくもない。逆になんで俺なんだ?お姫様なら引く手数多だろう」
「理由ですか。私と年齢がそんなに離れてないにも関わらずオークジェネラルの率いる軍勢を無傷で討伐した強さです。うちの王都でもそんなことが出来る騎士が何人いるか……。
あとはあなたを見た時に惹かれるものがありました。これは直感です。どこの出身かなんて気にしません。私は自分の目標のためにあなたの強さが欲しいのです」
淡々と話していたリンシアだが、最後の言葉を考えるように悲しげな表情で発した。
何か事情があるのだろう。だけど関係ない、俺は自由に冒険したくて街を抜けたんだ。まぁそもそも目的地不明で迷っていたわけだけど。
「それにすぐに騎士になるというわけではないのです。騎士になるためには条件があります。だからまずは王都に一緒に行って考えて欲しいのです。ジルムンク出身ということは身分証もないはずですので、それも用意しましょう」
「だが断る!!」
この世界には冒険者という職業があり、各町の冒険者ギルドで登録すれば身分証代わりになると学んでいた。つまり身分証を手に入れることは簡単に出来る。
「では今回の私たちを救った大義に対しての報酬金をたくさん出します!」
「断る!!」
「衣食住全ての用意と、有名な王城の大浴場も含めた様々な施設を使う権限も渡しましょう!」
「ことわっ……今なんと?」
リンシアは俺の心を揺さぶる単語を発したような気がした。
「衣食住の……」
「いや違う、もっと先」
「施設を使う権利ですか?」
「その施設に何があるって?」
「大浴場でしょうか?」
「大浴場があるのか?」
「ありますよ。それに王都の大浴場は他国からの評判もよく有名で、どこの国よりも大きい作りになっている自慢の浴場です」
リンシアは「えっへん」とでも言いたげな誇らしげな表情で説明をした。
余程自信がある浴場なのだろう。
「何をしているんだ、早く行くぞ」
それを聞いた俺は即座に王都に向かい歩き始めた。
この世界に来て温泉にはまだ入ったことがない。むしろあまり聞いたことすらなかった。
生活魔法である【クリーン】を使えば身体は綺麗にできる。この世界の人達はあまり湯に浸かる習慣がないのだと思っていた。それが王都にあるのだ。元日本人としては絶対に入っておきたい。
「大浴場で釣れるとは……」
歩き出すクレイを見ながらリンシアは呟いた。
「リンシア様、いいのでしょうか?」
「私の目的のためには彼、クレイの力が必要だと確信しました。クレイさんも悪い人には見えませんし、これから彼のことを見極めていきましょう」
「リンシア様がいいのでしたら、従います。もし何かありましたら真っ先に殺します」
「出来るの?」
「先程の会話の最中、何度か仕掛けるイメージをしましたが全て失敗に終わりました」
「ふふっ……やっぱりクレイの力は必要ね」
「おい、何やってんだ早く大浴場に行くぞ!」
俺は2人に急ぐように催促した。騎士のことは王都に付いてから考えよう。目指すは大浴場!
鼻歌を歌いながら王都を目指すのだった。