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第38話

「ここ……か」


 

 俺は街の中心から少し外れたところにある大きな建物の前へ訪れていた。

 想像していたよりも古い建物で地味な印象。そして看板にはラーバス商会と書かれた。

 ここがリンシアに紹介してもらった商会である。


 エミルと共に教会の孤児院から自宅に戻ったあと、色々と()()を済ませてここに来ている。

 もちろんエミルはお留守番である。最初は「捨てないで」と涙目で駄々を捏ねられたが、なんとか説得をして掃除などの仕事を任せてきた。



「とりあえず入るか」



 入口から中に入ると、品物が並んでいてカウンターには誰の姿も見当たらない。

 だけど奥からは人の気配がする。



「おい、誰かいないのか」



 一応テンプレート通りに人を呼ぶことにした。



「あぁーお客さんですか~?」



 すると女性の声が聞こえて、あくびをしながら現れた。髪は短髪で頭には猫耳のようなもの見える。恐らく獣人族なのだろう。

 そして言葉のイントネーションが標準ではない。



「客ではない、実はリンシアからの紹介で来たんだ」


「えっリンシアちゃんの? ほなお茶出すから奥にきてや」



 リンシアの名前を聞いて目をキラキラさせ、俺を執務室のような場所に案内する。

 執務室は整理されている様子で掃除も行き届いているようだ。

 俺はソファーに座り、使用人であるメイドが出したお茶に口をつけた。



「うちはセリナ・ラバール。このラバール商会の会長をやらしてもうとる」



 獣人の女性は対面に座り自己紹介をした。セリナという名前らしい、それに会長だったようだ。

 年齢は20歳(はたち)ぐらいだろうか、落ち着いた雰囲気を感じる。



「そうか、俺はクレイだ。リンシアとは仲がいいのか?」


「せやね、妹みたいな感じや。うちがこの商会を建てる時からの仲で、商会を作る際に王族として後ろ盾になってくれとる」


「儲かっているのか?」


「あぁ~それはお察しや」



 セリナは目を泳がせる。周りが片付きすぎているのは仕事がないせいだろう。

 そして店内や店構えを見た感じ儲かっていないことは察していた。



「そうか、どうして商会を立ち上げたんだ?」


「ん~、うち獣人やんか。今ではそんなにやけど、昔は相当差別されたらしいんよ。それで祖父母が苦労したらしくてなぁ……それでうちが人と獣人の架け橋になりたくてこの商会を建てたんよ」



 何かを思い出しながら、ボンヤリした表情でセリナは語った。

 この商会になにか他にも思い入れがあるのだろう。



「なるほど、それでわざわざ王都に商会を建てたんだな」


「おたく、クレイくん言うたっけ。リンシアちゃんとはどんな関係なん?」



 俺達は世間話を始める。

 どう出会い、どういう経緯でここに来たのかを説明し、逆にセリナのことも聞いていく。


 セリナはどうやらバロック王国領から西の方にある獣人達の国から商売をするためにはるばる来たらしい。

 お互いのことを理解してきた辺りで世間話を切り、本題に移ることにした。



「それでセリナはこの商会をどうしていきたいんだ?」


「そりゃあ王都一、いや世界一の商会にするのが目標や! でもうち商売の才能なくてなぁ、あんまり上手く行かへんくて……リンシアちゃんに色々して貰ってるのに申し訳ないんよ」


「その目標、叶うとしたらどうする」


「えっ、どうすると言われても、なんかいいアイディアでもあるん?」



 食いつき気味にこちらを見るセリナ。

 ジャブのつもりで釣り糸を垂らしたつもりだが、食いついてくるのが早いな。

 


「少なくとも今よりも商会を大きくは出来る」


「ほー、それでその方法は?」



 セリナは真剣な目付きになる。流石にそこは会長と言ったところか。



「色々プランはあるが、まずはこれだ」



 俺は懐から出す振りをして、アイテムボックスから王都の地図が書かれた紙を机に広げた。



「この地図がどうかしたん?」



 セリナは地図を見て頭に?を浮かべている。

 ここでわかったら大したものだが。



「この地図を見て気づいたことはあるか?」


「ただの地図よなぁ……あっ飲食店や屋台の情報がたくさん乗ってる!」


「そうだ、簡単に言うと広告だ」


「広告?」



 あれっ、これ説明しなきゃダメなのか。



「俺が調べたところ王都へは出入りが頻繁で盛んな街だ。その中で入ってくる者は週に20~30万人いる。そいつらは様々な用途でここへやってくるが、必ず食事は取るだろう。だから入ってくる者に対してこの地図を渡すことで売上のない店の収入が上がるんだ」


「ほうほう、それでうちらの利益は?」



 商売をやってるならここで(ひらめ)いて欲しいものだ。



「…………セリナがこの地図に載せることで売上が上がった飲食店の亭主ならどうする?」


「そこに載せて欲しいってなるね、あぁ!」


「そう、それが利益だ。地図に載せる代わり月単位で店の売上の数%を貰う契約でな」



 俺は前世で5歳の時に地元の商店街の情報を簡潔にまとめた地図を周辺の駅に勝手に設置したことがあった。

 勝手に設置することはダメだということだったので撤去はされたが、設置されていた1週間、商店街の売上が爆上がりした伝説ウィークが誕生した。それを応用したものに過ぎない。

 インターネットや喰いログのようなものがこの世界にはないので、これによって得られる効果は絶大だと踏んでいる。



「なるほど、頭がええなクレイくん。ただお店側の交渉はどうするん?」


「もう済ませてある」



 前に《クロウ》焼きを食べた屋台のおっさんに声をかけて、仲がいい周辺の屋台を100店舗紹介してもらった。

 その屋台の亭主達にプレゼンしたのである。もちろん最初は利益を取らないことが条件だ。

 ものは試しにと勧めたのだ。



「はやいなぁ……この商会を使う意味あるん?」


「もちろんある。個人で出来ることには限界がある。その後ろ盾になってほしい」



 どんなことにも個人では限界がある。

 この業種は広告元のネームブランド、そして後ろ盾がなければ成り立たない商売であるからだ。

 最初は少数店舗で実績を作り、その実績で扱う店舗を増やしていく。


 そしていずれ俺がいなくても回ることを考えたものである。



「そういうことなら、任せて!」



 笑顔で言ったセリナに対して俺は話を続けた。



「そして同じ時期にこの商品も出す」



 机に出したものは54枚のカードの束。

 そう、前世では誰もが知っているお馴染みのトランプである。



「このカードは?」


「これは《紙札》と言って様々な娯楽に使える――」



 俺はトランプという名前は使わず、《紙札》と名づけた。

 セリナに《紙札》の使い方や遊び方の説明を始める。

 主にババ抜き、神経衰弱、豚の尻尾、スピード、ポーカー、ブラック・ジャック6種類だ。

 2人から数人で出来る簡単なものをチョイスした。



「これは凄いね革命的な遊びや!」


「他にも様々な遊び方があるが、とりあえずはこれを広める」



 《ストラテジー》を聞いて思ったがこの世界には娯楽が少なく感じる。こういった商品はすぐに広まるだろう。



「でもこの商品って他の商会に真似されへん?」


「それでいい、流行らせることが目的だ、それに本業(広告業)のカモフラージュにもなるしな」



 この《紙札》に関しては利益よりも流行らせることが目的なのである。

 それに広告業のネームブランドが確立する前に他の商会に目をつけられることのカモフラージュにもなるからだ。



「ほんま凄いなぁ……流行らせた後のことも考えてるん?」


「当たり前だ」



 これはあくまで1歩に過ぎない。

 資金集めと流行によって新たな市場を開拓する布石なのだ。



「うちの夢、叶うんかな?」


「確実なことは言えないが、莫大な利益と知名度を与えてやる」


「……その提案乗ったで。うちの夢、クレイ君に預けさせて」



 セリナはしばらく考えてから、真剣な眼差しで手を差し伸べる。

 それほど、自分の目的を達成したいのだろう。

 そしてその目的に近ずけると確信したのだろう。



「俺を誰だと思っていやがる」



 口元を綻ばせ、言いたかったセリフを言い放つ。そしてセリナと握手を交わす。

 この事業の良いところは最初の費用が安く済むところである。

 とはいえ失敗する可能性もあるので、2の矢、3の矢まで考えている。

 まぁ俺が経済の読みで外すわけがないけど。



「思ったんやけどこの地図はどうやって作るん?」


「地図は俺が作る、そして――」



 俺はラバーズ商会という名前を新しく入れた地図に【複写】の魔法を発動させる。



「魔法でコピー出来る。これは誰にでも使えるようになる魔法だな」



 頭の中で正確な地図を【転写】することは知識をしらないと難しいが、出来ているものを【複写】で量産することは魔法を覚えれば誰にでも出来る。



「うちは紙を用意すればいいんね」


「そうだな、とりあえずここに2万枚の紙は用意してある」



 ヴァンとのダンジョンで手に入れた10万(ベル)を紙代に使ったのだ。



「1番人口の通りがいい南門の門番に渡すよう指示してくる。主に一般人にな」



 これも考えての王族、そして商会のバックである。

 紙を渡す作業ひとつとっても門番を使うのならバックがないと成り立たない。



「じゃあうちはこの《紙札》用のカードを用意するわ」



 そう言ったセリナはウキウキしていた。猫耳もピクピク動いている。

 そんな耳を見ていると触りたい衝動に駆られるのは俺が動物好きだからだろう。

 衝動を我慢しつつ俺は商会を後にした。 


 こうしてラーバス商会の新しい商売が始まったのだ。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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