第36話
新しい屋敷から歩いて30分ほどのところに古い教会がある。
信徒の義を行った場所とは別の教会にあたり、俺はその教会の孤児院に到着した。
白と黒をモチーフにした小さな協会の下には年期の入った建物。庭にはシスターが掃除をしていた。
「教会に何か御用ですか?」
俺に気づいたシスターが掃除をやめて話かけてきた。
「リンシアから頼まれてきたクレイだ」
それを聞いてシスターは驚いた表情を見せる。
「あなたがクレイさんですか」
「何に驚いているんだ?」
「いえ、悪い意味ではないんですがもう少し年配の人かと……」
なるほど、確かに成人してない子供が騎士を倒すなど信じられないか。
「とりあえず、案内してくれるか?」
「もちろんです」
「それとエルフの子供にも会わせてくれ」
「……わかりました、ただあの子は誰とも話そうとしないので」
言いにくそうにシスターが告げる。
「まぁ一応頼まれたんでな。説得はする」
「そうですか、わかりました。ではこちらへ」
俺はシスターの案内について行く。
歩いている間、世間話をすることにした。
「ここは1人で管理しているのか?」
「いえ、私を含めた3人のシスターが管理しています」
「子供は何人預かっているんだ?」
「10人だったのですが、この間の事件によって30以上になってしまって……」
いきなり3倍とは大変そうだな。
「人手が足りるのか? それに資金も回っているのか?」
「正直厳しくて、今はリンシア様に出してもらっていて、それでなんとかやり繰りしてます」
「なるほど」
リンシアよ、物事は根本から解決しないと意味が無いんだぞ。
そのへんは何か考えているのだろうか。
「子供は何歳ぐらいなんだ?」
「6歳以下の子が15人、8歳が10人、10歳が5人、それより上が3人です」
「10歳ぐらいだともう働ける歳ではあるな」
「そうなんですが、働き先がなくて……せめて成人まではめんどうをみないと、どこも雇ってくれないんです」
シスターは俯きながら子供を働きに出せない理由を述べた。
俺からすれば予想通りの回答である。
「なら俺が働き先を用意してやろう」
「本当ですか?」
信じられないよいう表情をしている。
「まだ詳細はないが、商売を始めるつもりで、人手が必要になる」
「クレイさんって凄いんですね」
「それに先の話にはなるがいずれ住み込みで引き取ってもいい」
「何から何まで……ありがとうございます」
俺の話を聞いたシスターの目には涙が浮かんでいた。
働き先を用意するといっても、本人に働く意思があればの話だが。
奥へ進むと裏庭が広がっていた。
そこで子供たちがワイワイと遊んでいる。
「みんな、今日はクレイさんが来てましたよ! ご挨拶してくださーい」
シスターが子供たちに声をかけると、全員ではないが子供たちが一斉にこちらへ向き「「「ワァァ」」」と走ってくる。
「クレイお兄ちゃんだー」「あそぼー!ねぇ、あそぼー!」「かくれんぼがいい」など、みんなそれぞれ好き勝手に言って俺の服を引っ張る。
前世でもそうだったが子供は苦手でもなければ得意というわけでもなかった。
「コラコラ、クレイさんが困ってますよ。みんなそこに並んで」
シスターが叱ると、子供たちは整列して座り始める。
「これで全員というわけでもなさそうだな」
座っている子達は20人ほどだった。
「えぇ、中には後遺症で病んでしまっている子達もいるんです。そういう子達は部屋にいたりします」
「そうか」
短く返事を返すと俺は子供達に自己紹介をすることにした。
「俺はクレイだ。よろしく」
その際に【神の五感】で子供たちのスキルをチェックして記憶していく。
高ランクのスキルを所持しているものも何人かいるな。
そして1人の子供が手を挙げた。
周りの子供よりも一回り育っている男の子だ。
「両親は小さい頃に死んじゃって……僕は悪い人に捕まって……ダメかと思ったんだ。だけど兄ちゃんがあの騎士をやっつけてくれたんだろ? 兄ちゃんには感謝してもしきれない」
「私も! 私は両親を知らないまま育って、あの騎士に捕まったの。助けてくれてありがとうございます!」
すると「私も!」「俺も!」と次々に感謝を述べるものが出てきた。
リンシアを救った副産物とはいえ、感謝されるのも悪くない。
「お兄ちゃんみたいになるのが夢なんだ!」
俺みたいになるのが夢ってどういうことだろうか。俺のこと知っているかのように聞こえる。
「まるで見ていたみたいな言い方だな」
「メルさんがみんなに説明してくれたんだ、すごく細かく説明してくれたんだぜ!!」
メル、お前のせいだったんだな。
おかしいと思ったよ。国ではルシフェルの功績として発表されているのに、俺が助けたことを知っていることに。
「そうか、あの赤髪メイドが言ったことを後で俺に教えてくれ」
俺はニコニコしながら男の子に言った。
「いいよ!」
――その後は子供たちに色々質問されて、答えていく。ある程度やりとりをした後、シスターの掛け声と共に解散した。
子供達に「遊ぼう」と言われたが、シスターは「クレイさんはこれから大事な話があるの」と言い聞かせた。悲しそうな顔をする子供達に向けて、俺は「また来てやる」と言いうと笑顔に戻った。
そして今はシスターと2人で大事な話とやらをしている。
「何人か優秀な才能を持っているやつがいるな」
「才能……ですか?」
「こっちの話だ、それよりもさっきの話の件は少なくても1ヶ月後になる。それまで持ちこたえてほしい」
商売を始めるとしても肝心の商会にはこれから行くところだ。
それに何をするにも準備が必要で、人を雇う利益を確保するには1ヶ月はかかると見ている。
「わかりました。クレイさんなら大丈夫だとは思いますが、危険はないですよね?」
「あぁ、もちろん」
今のところはないはず……だ。
「ありがとうございます」
「それで例のエルフはどこだ?」
一通り話し終えたので俺はシスターにここに来た第2の本題を振る。
「こちらの部屋にいます」
シスターの案内で部屋に入る。
部屋は狭く、ベッドがひとつしかない。一人部屋のようだ。
そして部屋の端っこで少女が塞ぎ込んでいた。
「エミルちゃん、クレイさんが来てくれましたよ」
エミルと呼ばれた少女はシスターの言葉に反応して頭を上げる。
リンシアよりも年下だろうか、顔立ちがよく控えめな水色の綺麗な髪に、エルフとひと目でわかる特徴的な耳、だけど瞳に光はなかった。
俺は【神の五感】でエミルを見ていた。
――――――――
《エミル・ノーベット》
Aスキル
【完全記憶】
Bスキル
【上隠密】【上苦痛耐性】
Cスキル
【器用】【魔力制御】【風魔法】【命中】【視力】
加護
【信徒の加護】
状態異常
【隷属の呪い】【ハーフ病】
――――――――
【隷属の呪い】
・言葉が発しにくくなる
・主に逆らえなくなる
・感情を表に出しにくくなる
【ハーフ病】
・他種族同士の子供特有の病気。魔力暴走を起こすことがある。
――――――――
【完全記憶】を初めとした使いやすそうなスキルをたくさん持っているようだ。
だが気になったのは状態異常である。
【隷属の呪い】、これは内容を見る限り明らかに誰かの手によってかけられたものだ。
そして【ハーフ病】これによりエミルはエルフと他の種族のハーフであることがわかった。
そこで疑問に思うことは、シスターはこれを知っているのか、ということだ。
「隷属の呪いを知っているか?」
「聞いたことないです。それはどんな呪いなんですか?」
表情からしてシスターは本当に聞いたことがないのだろう。
認知されていないのであれば、この【隷属の呪い】はたちが悪い。
「それはあとで話す。ではハーフびょ――」
俺はシスターに「ハーフ病は?」と聞こうとした瞬間、エミルと目が合った。
光のない瞳は「言わないで……」と強く訴えているような気がした。そして涙が頬を伝っている。
「シスター、少し2人にしてくれ」
「……はい、わかりました」
エミルを真剣に見つめながらシスターに言った。
シスターは何かを察したように了承する。
扉が締まり、部屋にエミルと二人っきりになる。
「ハーフエルフの事は誰にも知られたくないのか?」
「……う……」
エミルは何かを言おうとしているが言葉が上手く出せないようだ。
頷くことで俺の質問に答えた。
「その呪い邪魔だな」
俺は魔法を発動させる。
状態異常を治す【キュア】である。だが【隷属の呪い】は消えない。続けて【ハイキュア】、【エグゼクティブキュア】を発動させるが呪いは解けなかった。
それによって俺の中で対抗心に火がついた。
【エグゼクティブキュア】以上の状態異常を回復する魔法をまだ知らない。
だが発動させた時に手応えを感じた。
その手応えを元に【エグゼクティブキュア】を改良していく。そして発動と改良を高速で繰り返した。
――繰り返すこと数十回、魔力はゴリゴリ減っていくが構わず高速で発動させていく。
すると<カチャーン>と何かの鍵が開いたような音が鳴り、エミルの瞳に光が戻っていく。
「あ、あの……」
透き通るように綺麗で、物静かな声が聞こえた。
俺は口を綻ばせた。
「俺はクレイだ」
「私は……エミル」
自己紹介を聞き、エミルはまっすぐ俺を見て自分の名前を言った。
瞳から涙を流しているが、瞬きひとつしない。
エミルを縛り続けていた【隷属の呪い】は消えたのだった。
俺は何故か満足感に浸っていた。
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