第34話
試験が終わり、城に戻ってきた俺は商会を紹介してもらおうとリンシアの部屋を訪ねていた。
ヴァンが12神の使徒だということ、しかもこんなに身近にいたことにも驚いたが、元はと言えば俺が勝手に王都に来ただけなので偶然の産物ではあるのだ。
ヴァンとは使徒について話したが『世界のバランスを保つ』という点で共通していた。
それ以外は特に変わった話もなく、話を切り上げてきた。
もちろん使徒同士敵対する訳でもなく、「また今度戦おうな!」とヴァンは気軽に言っていたのを思い出す。
「試験はどうでしたか?」
色々と考えながら部屋に入るとリンシアが笑顔で出迎えて、質問してきた。
試験の結果が気になるらしい。
「楽しかったぞ、久しぶりにいい訓練が出来た」
「楽しかった? 訓練?」
リンシアは首を傾げた。どういうことですか?と言いたげな表情をする。
「試験内容はボチボチだと思うぞ、落ちることはないだろう」
そんなリンシアに淡々と試験の出来栄えを報告する。
筆記テストは60点ぐらいを目安に、そして実技もそれなりに評価されるだろう。
「そうですか、でも落ちる心配はしてませんよ」
そう言って、リンシアは一息つく。
そして表情を曇らせて話を続けた。
「実はクレイに伝えないといけないことがあるんです……」
「新しい婚約者でも見つかったのか?」
「違いますよ! 見つかってないですし、あの一件があったので当分先になると思います」
リンシアは慌てて否定する。
意識はしていなかったが、俺はそれを聞いてホッとしている。
「そうじゃなくてですね、お父様の病気は治りましたのでクレイはこのまま王城に居続ける事には問題があると他の王族が言ってきたんです」
「なに、俺はまたスラムに放り出されるのか……嬉しいぜ!」
「嬉しいんですか! って違いますよ。話を最後まで聞いてください」
悲しそうに話すリンシアを俺は茶化す。
リンシアも話しやすそうに表情も柔らかくなる。
「クレイがこのまま王城に居続けるわけにはいかないので、こちらで屋敷を用意しました。小さな物件ではありますが」
「そんなことしなくても俺はどこでも寝れるぞ? 地べたでも構わないしな」
「地べたって……せめて宿とか取ってください」
リンシアは冗談に捉えたのか、呆れて言った。
本気なんだけど。
だが小さいとはいえ屋敷まで用意してくれるのはどういうことだろうか。
「つまり俺に屋敷は必要ないということなんだが、どうして用意までしくれたんだ?」
「聖騎士科に通うので、それなりの屋敷は必要になるんです」
見栄えというやつか。
「そういうことか。じゃあ国王がくれたということか?」
「私の資産からです。今回の病気の件では聖騎士科に推薦するという名目で謝礼が支払われたことになっていて、国のお金が動かせないんです」
まじかよ。リンシアのヒモみたいで嫌なんだけど。
それにしてもあの国王なら屋敷ぐらいくれそうなもではあるが、他の貴族への見え方なども気にしているのだろう。
「そうか、貰えるものは貰っておこう。だが屋敷の資金については返すつもりでいるからな」
「当てがあるんですか?」
「まぁな」
商会さえ紹介してもらえればなんとか出来る自信はある。
前世では潰れそうな会社を何件立て直させたと思っている。
「それで屋敷の引渡しなのですが、他の王族からの催促もありまして、急遽今日に決まってしまったんです」
「早すぎるだろう」
他の王族達は早く追い出したいということか。
リンシアは申し訳なさそうにしている。
それのせいなのか、言葉に元気がない。
「まぁいい、それでどこなんだ?」
「王城から15分ほど歩いたところです。ギリギリ貴族街から抜けたところにあります。引渡しは済んでいて自由に入れますよ」
そう言ってリンシアは屋敷の契約書と鍵を前に出す。
俺はそれを手に取り契約書の内容と住所を確認する。
学園に通うには不便はない近さである。
「わかった」
「すみません……」
「なぜ謝る」
「私の力が及ばないばかりに、急遽押し切られてしまいました」
「リンシアはよくやってくれている」
「ありがとうございます」
そう言ったリンシアの表情はまだ暗いままだった。
「他にも何かあるのか?」
「ただ少し寂しいといいますか……。た、他意はないんですよ? 1ヶ月間クレイがいた事に慣れてしまっていて、いきなりいなくなるのは寂しいなと思っただけです」
リンシアはハッとした表情に変わり誤魔化すように慌てて言った。
何か声を掛けようとしたが、俺はあえて屋敷の話題を変えることにした。
「それで商会の件はどうなった?」
「……一つだけ私の抱えてる商会があります。そこを紹介しましょう」
一瞬複雑な表情をしたが、すぐに戻る。
リンシア自身が抱えてる商会とは俄然興味があるな。
「リンシアが手を掛けている商会なら尚いいな。それを紹介してくれ」
「わかりました。……それで頼みたいことが3つほどあるのですが」
言いにくそうにこちらを見てくる。
3つとか多いな。
「内容によるぞ」
「えっとですね、先日の誘拐事件の事なんですが、死刑になった騎士サナスは私やメル以外にも子供達の奴隷を捕まえていたじゃないですか」
そうだったな。あの倉庫以外にも奴隷たちが捕まっていたんだっけ。
「その子達は今教会の孤児院で預かっているのですが、その子供たちに会ってきてくれません?」
「えっなんで?」
「捕まっていた子供たちにはクレイがサナスをやっつけたという事実が伝わっているからです」
なんでだよ。ルシフェルの功績なんだろ。
「その、子供たちからするとクレイはヒーローです。だからお礼が言いたいらしいんです」
「わかった」
「ですよね、やっぱりダメですよね……えっいいんですか?」
「あぁ」
リンシアは驚き目を見開く。
俺が了承したことがそんなに意外に思われているのか。
「断ると思ってました」
それは偏見だぞ我が妹よ。
「会いにいくだけなら問題ない」
ただ会いに行くだけではなく、商会の資金が集まりだしたら人手がいるので優秀な人材をリクルートするという事も了承した理由の一つだ。
それには孤児院が最適だった。
人件費が安くて済む。それに優秀な人材を見つけやすくする【神の五感】も持っているしな。
「それでもう1つの頼みなんですが奴隷にされてた者の中にエルフの子供がいたんです」
俺はエルフと聞いて心躍る。
あまり面識がなく、ほとんど話したことがないからだ。
「エルフの子供がいるとなんかあるのか?」
「エルフは保守的と言いますか、他種族をあまり受け入れない傾向にあるのです。中にはエルフの里を抜けて交流しているものも多いのですが、原則としてエルフの子供は郷に返さないといけない決まりがあります」
「なるほど、両親は?」
「両親はいないらしく、そしてその子も里には帰りたがらないというのが問題なんですよ。それで孤児に会いに行ったときにクレイからも説得してくれませんか?」
「えっ、なんで俺が?」
「ヒーローですから」
リンシアは満面の笑みで俺を見る。
丸投げされてない?これ。
だけど説得するぐらいなら別にいい。
「わかった、一応説得だけしてやるよ。もし里へ返さなかったらどうなるんだ?」
「エルフと戦争になるかもしれません」
サラッと壮絶なこと言うなよ。責任重大じゃん。
「クレイなら大丈夫な気がします」
笑顔を向けるリンシア。
なんの根拠がそこにあるんだ。
いざとなったら無理矢理にでもエルフの国に送り返してやろう。
「最後は頼みになるのですが……」
リンシアはもじもじしながら俺から目をそらす。
先ほどのことよりも頼みにくいことなのだろうか。
「言ってみろ」
「私とメルを訓練で強く鍛えてくれませんか?」
リンシアが真剣な表情に変わる。
なぜリンシアは強くなりたいのだろうか。
「メルはわかる、こないだの件だろう。だがなぜリンシアが?」
「私はあの時、自分の無力さを痛感しました。私は弱いです――
でも強くなりたい。せめて自分の身は自分で守りたい」
そう言ったリンシアの目からは決意に満ちた真剣さが伝わってくる。
本気なのだろう。そして目的のために強さが必要なのだろう。
「しょうがない、今度見てやろう」
元々人に教えるのは嫌いではない。
それにリンシア自身が強くなることは大いに賛成である。
「嬉しいです」
リンシアは本当に嬉しかったのか涙を流しながら喜びの表情を向ける。
よほどあのときの自分の無力さが許せなかったのだろう。
そんな表情を見ていたら、無意識に俺は手を動していた。
「えっ――」
リンシアの頭を撫でようとしていたのだ。
手が触れる寸前でそのまま自然に手を戻す。
「「……」」
気まず沈黙が2人の間を走る。
「……とりあえず今から屋敷に向かう」
「え、はい、わかりました」
沈黙を破り、俺は屋敷の話題に戻す。
リンシアも慌ててそれに乗っかる。
「どんな屋敷か楽しみだ、我がマイハウス」
「くれぐれも破壊しないでくださいね」
「俺をなんだと思っているんだよ」
どんな屋敷なのか楽しみだ。
自分ごのみに色々改造してやろう。
俺はそう思って頭の中でやるべきことを整理した。
屋敷に行く、そして改造。
孤児院へ行き子供達のリクルート、子供エルフの説得。
商会に行く。
なんだか忙しい一日になりそうだと思いながらも、俺は口を綻ばせていた。
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