第32話
俺は城外に出た。見送りのためにリルも外まで付いてきていた。
リンシアは公務があるらしい。
「じゃあ行ってくる」
「忘れ物はないですか?」
「あるわけないだろう」
「くれぐれもリンシア様の顔に泥を塗らないようにお願いしますね。泥クレイ様」
リルはすました顔で毒舌を吐いてくる。
油断するとすぐこれだよ。
しかも泥クレイって意味被ってる気がするし。
「うるさい駄メイド。お前そろそろ俺に敬意を払わないと食っちまうぞ」
「私はいつでも準備が出来ていますのでどうぞお好きに」
リルは態度を変えず、すまし顔。
冗談だということはわかっている。
「本当にいただくぞ?」
「経験がないクレイ様と違って私は経験豊富なので――」
「まじで!?」
「えぇそうですよ」
素で驚いた俺に対して、リルはニヤケた表情を向けてくる。
「本当か?」
「はい」
「誰と寝たんだ?」
「婚約者です」
「いるのか!?」
「はい、もうラブラブですよ」
こちらをあざ笑うような顔がどことなく俺をからかっているものだと判断した。
「名前は?」
「あー……モンドです」
リルはあさっての方向に目を向けた。
アーモンドって。
「絶対今考えただろう……」
よく考えてみれば姉であるメルにすら婚約者がいないのだ。
年齢的に考えても妹の方が先に婚約しているはずがない。
そしてリルの目も泳ぎ出している。
俺はそんなリルにいたずらをすることにした。
「えっ――」
俺はリルの元へ素早く移動した。
そのままリルの顎を引き、唇が重なりそうなほどの距離まで顔を近づけて囁いた。
「本当に食べちまうぞ」
「あ、ち、近いです」
リルは、らしくないほど顔を真っ赤にさせて、小声で呟く。
俺は即座に開放した。
「こんなんで顔を赤くしてるやつが、経験豊富なわけないだろう」
「クゥゥ……」
俺は嘲笑いながら言うと、リル悔しそうな表情で唸っている。
そしてまだ若干顔が赤い。
「豊富どころか経験0だろ」
「……わかりました認めます。でもこれで勝ったと思わないでくださいね」
呆れ声で言った俺の発言を肯定し、リルは負けを認める。
そもそもなんの勝負だ。
「まぁリルもそのうち好きな人ができたらその人に抱いてもらえ」
「……そうです……ね」
「じゃあいってくるわ」
なんだか言葉に詰まっているリルを無視して背を向ける。そして軽く手を振る。
そろそろ時間も迫っているので学園に向かうことにした。
背後からリルの「いってらっしゃいませ」という声が聞こえた。
◇
「ここが学園か」
王都学園アルカディアは王城から徒歩で20分のところにある。広大な土地と様々な施設が揃っている。
王都にはいくつか学園があるのだが、聖騎士科はこのアルカディアにしかなく、そして1番レベルの高い学園らしい。
周りを見るとちらほら他の受験生達が歩いているのが見えたのでそれに付いていく。
試験会場では沢山の生徒達がいた。
試験は筆記のあとに実技がある。実技は剣術と魔法である。
これから筆記試験が始まるところだ。
そこで見知った顔を発見した。向こうもこちらに気づいたようだ。
「クレイじゃねぇか! あれ、学園に通うのか?」
気さくに声をかけてきたのは紅蓮のような赤髪が特徴的なヴァンだった。
そういえば通うつもりは無いと伝えていたんだっけ。
「成り行きでな」
「まじか、そりゃあ楽しくなってきそうだな」
ヴァンが心底嬉しそうに笑う。
すると向こうの方で見ていた生徒の1人が取り巻きを連れて歩いてくるのが見えた。
「お初にお目にかかります、クロード殿。私はマルクス・フェン・カンニバルです」
真ん中に居る一番偉そうな男はマルクスと名乗った。家名があるので貴族の子息なのだろう。
濃い紫の髪が特徴的な美少年だ。丁寧な対応ではあるが、目付きが若干鋭く高飛車な印象を受ける。
「こちらこそ、ヴァン・アウストラ・クロードです。気軽にヴァンと呼んで欲しい。それにこれから一緒に学園に通うことになるんだし、言葉使いも崩してくれて構わないですよ」
丁寧な言葉使えんじゃん。
俺はヴァンの方を見て驚く。こんなでも貴族の端くれなんだなと再確認した。
「そうか、感謝する。僕のことも気軽にマルクスと呼んでくれ。それでそちらの方は?」
マルクスが俺の方を向く。
「クレイだ。よろしく」
「家名を名乗ってもらえると嬉しいんだけども」
「特にない」
「平民ということか?」
「あぁ」
「……そうか。平民なのに貴族への言葉遣いがなっていないんじゃないか?」
マルクスは鋭い目付きで俺を睨んだ。
そして周りの取り巻きも何か言いたげに俺を睨んでくる。
思った通りの性格やん。
「まぁまぁ、これから同じ学園に通うんだし、争いは止めようぜ」
ヴァンがマルクスを宥める。
「ヴァン殿が言うなら今回は引き下がろう。だがちゃんと言葉遣いを習ってきてくれ」
そう言いながら取り巻きを引き連れて去っていった。
「クレイはブレないな……」
ヴァンは呆れ顔を俺に向ける。
「媚びないと言っただろう」
「まぁいいけどよ……試験日に問題起こすと色々目をつけられるぞ?」
「それは嫌だな。それとあいつは有名なやつなのか?」
「マルクスは侯爵家の次男だ。頭もよくて、剣術でも群を抜いている聖騎士候補の1人だな」
「お前よりもか?」
「剣だけなら負けねぇ!」
頭では負けを認めるのか。マルクスか、覚えておこう。
するとふと視線を感じた。俺はその視線の方向に目線を向けると、視線が霧散する。
俺の目線の先には女子生徒がいた。ほかの生徒達と仲良く話しているように見える。
……気のせいか。
すると試験官が会場に入ってきて、みんなを着席させる。
「栄光ある王都学園アルカディアへようこそ。よくぞ集まってくれたな。これより筆記試験を行い、その後はすぐに実技試験会場へ向かってもらう。筆記と実技の合計点数でそれぞれの学科でのクラス分けが行われるのだが、不正したものは厳罰があり入学出来なくなるので覚えておくように」
そう言って用紙を配り始める。
確か聖騎士科はS・A・Bの3クラスだけだったな。他の学科はS・A・B・Cの4クラス。基本的に聖騎士科は騎士科授業内容も被っているらしいが、以外とは面識はほとんどないらしい。
「途中離席は認めない。では開始っ――」
試験官の言葉と共に一斉にテストを表に返した。
俺は内容を軽く確認した。
内容は歴史、演算、魔法、武術、法律の五科目が均等に出題されている。
法律以外はどれもわかる問題ばかりだった。法律も当たり前の内容に近いものなので問題ない。
これは普通に解いたら満点だろう。
どうしようか迷う。俺はあまり目立ちたくないのだ。考えた末に60点ぐらいを目安に取ることにした。
これくらいなら大丈夫だろう。
俺は早々にテストを終わらせて、悪目立ちしないように静かに待った。
◇
「――やめっ!筆記用具を置くように」
試験官の声が響き一斉にペンを置く。
受験生達の答案用紙を回収していく。
「ではこれから実技試験会場に向かってくれ」
試験官はそう言って会場を去っていく。
受験生達はぞろぞろ実技試験会場へ向かった。
実技試験の会場は学園の訓練場で行われる。王城の訓練場とおなじぐらい大きな作りになっており、人形のようなものが並べられていた。
その人形に魔法を打ち込むことで魔法能力測定を行うというものだった。
受験生が多く、30人数ずつぐらい横並びで打っていく。ところどころから「炎よ我が元に――」や「水の加護を受け継ぎし――」のような詠唱が聞こえてくる。
「詠唱するのが普通なのか……?」
俺は呆れてしまった。
さらに魔法のレベルも1級から2級までの魔法しか使わない。しかも大半が1級だ。
発動するまで長い上に威力もそんなに出ていない。
無詠唱が1人もいなかったら俺も目立ちたくないので詠唱を言わなくてはならなくなる。
すると先程ヴァンに自己紹介をしていた美少年のマルクスの番になった。
「【アイスジャベリン】」
マルクスは無詠唱で水属性4級魔法を発動させた。マルクスから放たれた3本の氷の槍が人形をごなごなに砕いた。そこそこの威力だ。
俺は無詠唱で発動してくれたマルクスに感謝した。
あんな恥ずかしい詠唱は言いたくはない。
会場からは「おぉー」とか「すげぇ」などの声が飛び交っている。
続いてヴァンの番になる。
「いでよ我が炎、【インフェルノ】」
ヴァンは無詠唱とまでは行かないが、火属性4級魔法を発動させた。業火の炎が全ての人形を燃やし尽くした。
やるじゃないかヴァンよ。
燃やされた人形はすぐに片付けられ、新しい人形が配置される。
「受験番号870番から900番前へ」
試験官が番号を呼ぶ。俺は899番なので前に出た。
そしてみんなそれぞれ魔法を放っていく。
何を放とうか……そうだ。
1級魔法あたりを威力高めて打ってみようか。
俺は頭の中で威力と速度特化の火属性魔法の演算をする。
特化型という響きにはロマンを感じる。
「【ファイアボール】」
俺の手から火球が飛び出したかと思ったら音速で人形を貫通して、壁にぶつかり爆発した。
<ドガアアアアアアァァァン>となかなかに凄まじい音が鳴り響く。
人形は上下半分になっていて真ん中の部分が跡形もなく消し飛んでいる。壁は魔力障壁によって守られていたので無事だった。
ありがとう魔力障壁。
隣の受験生や試験官から「えっ?」や「なにいまの……」などと声が聞こえる。
やりすぎたかもしれない。
「君、今のはどんな魔法なんだい? 1級魔法の【ファイアボール】に聞こえたんだけど」
試験官が俺の元に来て、聞いてきた。
「今のは改良した魔法を使ったんだ。この魔法しか改良できないけどな」
半分誤魔化すことにした。
「魔法を改良!?」
「あぁ、それで次の試験をやりたいんだがいいか?」
「えっ? ……あぁ大丈夫だよ。あっちの列に並びなさい」
試験官は驚いていたが詮索されず、流すことに成功したようだ。
俺は剣術の試験会場へ向かった。
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