第29話
しばらくの間頭を撫でているとリンシアは落ち着きを取り戻した。
俺から離れると、恥ずがっているのか、顔を合わせようとしない。
そんなリンシアに無言で上着を羽織らせた。
「メルは無事だ」
知りたいであろう情報を先に伝える。
「よかった」
後ろを向いたリンシアの声からは安堵の様子が伝わってきた。
俺は立ち上がり、リンシアを襲おうとした男を縛り上げていく。
「生きているんですか?」
メルと同じこと聞いてくるんだな。
「一応な、この男について何かわかるか?」
「その男はザックという名前で、闇ギルドの幹部をしている指名手配中の男です」
主犯の1人ということか。
「メルと合流しよう。実行犯共に聞きたいこともあるしな」
ここは兵士達を呼ぶのが普通の対応だが、その前に情報を聞き出したい。
俺の言葉にリンシアは頷き、メルのいる倉庫へ移動。
メルの元に向かうリンシアはいつもの落ち着いた表情に戻っていた。
「リンシア様、よくぞご無事で!」
メルは目に涙を浮かべながらリンシアの元に走ってくる。
奥にはサナスが意識を失って縛られているのが見えた。
「ヒール」
俺はサナスに【ヒール】をかけて1発ぶん殴る。
「ぐふっ……おやぁここはぁ……」
「起きたようだな。率直に聞こう、雇い主は誰だ?」
「…………取引をしませんかねぇ」
サナスはしばらく考えた様子を見せて、取引を持ちかけてきた。
「わかってるじゃないか」
俺は感心した。サナスとザックを別々に捕まえたのはお互いに取引きを持ちかけて裏切らせるためである。
その方が有利な方向に話を進めることが出来るからだ。
この男は先に取引をすることで自分だけが助かろうとしている。
「依頼主を明かしますよぉ。その代わり私は国外追放にしてくれないですかねぇ」
王族を手にかけようとしたのだから死刑は免れない。それを国外追放にしろと言っているのだ。
俺の一存では決めることが出来ないので、リンシアの方を向いてどう答えを出すの待つことにした。
「いいでしょう。証言してください」
リンシアは俺の視線に気づき、考える素振りを見せてから言った。
「その前に身の安全を保証してくださいよぉ」
「わかりました、保証します」
妥当な判断だろう……が、俺はサナスの髪を掴み、殺気を放った。
「保証はしてやる、だが先に言え。今言わなかったらどうなるかわかるな?」
「わかりましたよぉ……その殺気を収めてくれないですかねぇ」
サナスの身体が若干震えているのがわかる。
「誰の依頼だ?」
「私の依頼主はケイン・ミミク・カミナシ」
「まさか、ケイン侯爵が?」
リンシアは驚いている。
ザックの方にも同じ取引を持ち出して情報の信ぴょう性を確かめよう――
そう思った直後、数名がこちらに向かってくる気配を感じた。
そして倉庫を囲むように包囲していく。
足音からして重装備をしている衛兵だということがわかる。
「ご無事ですか!」
勢いよく扉から兵士たちが飛び込んでくる。
「えぇ、無事よ。でもなんでここが?」
「王家より命令が下りました。第三王女リンシア様が誘拐されたとのことで、至急探し出せと」
だとしても対応が早すぎる。
リルのやつが報告したのだろうか。
「あいつの犯行ですか?」
兵士の1人がサナスの方を見て確認する。
「ええ、そうよ」
「こちらで預かります。馬車を用意していますので、リンシア様は休まれてください」
「いえ、彼にはまだ尋問が――」
「尋問はこちらでやりますよ」
1人の男がリンシアと兵士の会話に入ってきた。
屈強な体つきに豪華な白をモチーフにした鎧。よく見ると最初に王城へ来たときに突っかかってきた第1王子であるミロードの側にいた騎士だった。
俺はその騎士を【神の五感】で見ることにした。
――――――――
《クウガ・アウストラ・クロード》
Sスキル
【超剣技】
Bスキル
【威圧】【上反射】
Cスキル
【毒耐性】【強視力】
加護
【信徒の加護】
―――――――――
騎士だけあって剣技のSランクを持っているようだ。
それに家名がヴァンと同じだった。
「同じ騎士としてこの行為は許せませんからね――」
そう言ったクウガは一瞬でサナスの元へ移動し、腹を殴る。
サナスは悲痛な声を上げて意識を失った。
「尋問は任せてください。リンシア様は馬車へ」
クウガはそう言って馬車の方へ誘導する。
そして衛兵達にサナスを運ぶように命令した。
「ですが――」
「リンシア様、これはルシフェル様の命令です。我々に任せてください」
リンシアはルシフェルの名前を聞いて黙り混んでしまった。
「おい――」
「クレイ、いいのです。馬車へ行きましょう」
俺はクウガに殺気を放とうとしたが、リンシアが遮った。
ここからは王族同士の事情だと察した俺は黙って馬車に戻ることにした。
「では、後ほど王城で」
クウガは笑顔でリンシアを見送った。
◇
幼い頃の記憶。
「うわ~ん、蜘蛛がいるぅ」
部屋に出た蜘蛛を見て、怯えている妹が泣いていた。
「家庭に出る蜘蛛なんて毒は持たない、怖がる意味がわからない」
俺は呆れながら、妹に向けて説明をする。
「帝、そういうときは助けてあげないとダメなのよ」
母はそう言って、小さい俺の頭を撫でながら叱った。
「なんで?」
「妹を守るのがお兄ちゃんの役目だからよ。家族は1番大切な存在、そして兄妹は助け合うのが普通なのよ。沙奈ちゃんは帝よりも小さいんだから、守ってあげなきゃ」
母は微笑み、幼い俺に家族の意味を教えてくれた。
そして兄妹は大切な存在で助け合うものなんだ。
「……わかった」
幼い俺はそういうものだと理解した。
そして蜘蛛を摘んで外に逃がした。
「沙奈これで怖くないだろ」
「お兄ちゃんありがとう」
そう言って沙奈は抱きついてくる。そんな沙奈の頭を俺は撫でた。
母親に言われた直後だったからか、そんな様子が愛らしく守ってあげたいという気持ちになっていった。
母はそんな俺たちの姿を笑顔で見ていた。
◇
朝目覚めるといつもの天井だった。
いつもといっても1ヶ月間しか過ごしていない部屋だけども。
久しぶりに夢を見た気がする。しかも前世で過ごしたときの夢だ。
あの誘拐事件がきっかけなのかもしれないな。
俺が兄妹を大切にしようと思い始めた出来事。
結果兄妹の枠を超えて愛してしまったわけだが些細なことだ。
リンシアの誘拐から2週間が経過していた。
騎士であるクウガがサナスを引き取り、尋問をした結果ケイン侯爵が犯人だということが突き止められた。
ケインは地位剥奪と国外追放、家族は平民に戻された。
必然的にケイン侯爵の子息とリンシアの婚約は破棄される形となった。
実行犯であったサナスは他にも奴隷売買に出すつもりであった奴隷達を倉庫で管理しており大罪人として死刑。
そしてもう1人実行犯であるザックは縄で縛られたまま、あの小屋で何者かに殺されていたという。
犯人を直接捉えた俺の功績は讃えられたが、ほとんどはルシフェルの功績となってしまった。
リンシアが犯人へたどり着く前に、先に手を打たれたのだと感じた。
ケインはおそらくトカゲの尻尾だろう。悪者に仕立て上げることで丸く収めているように思える。
そう考えながら俺は服を着替え、国王の部屋に向かっていた。
「通してくれ」
俺はいつものように見張りの兵士に声をかけて中に入る。
治療はこれで最後となる。
国王はあれから走れるぐらいに回復していて、身体からウイルスは見つからなくなっていた。
一応潜伏期間があるので、規定日である今日までは治療を続けているわけだ。
「元気そうだな」
執務室で仕事をしている国王を見て俺は呟いた。
「お陰様でな、クレイ、お主にはどんなに感謝をしても感謝しきれん」
「まぁ乗りかかった船だったし」
「ルシフェルの功績になってはいるが、リンシアを救ってくれたのはお主だろ?」
国王は申し訳なさそうに言った。
ルシフェルには手を焼いているようだ。
「俺も狙われていたし、お互い様だろ」
俺は唇を緩ませた。国王もその言葉で察したらしい。
「この件でお礼をしたいのだが、お主は何を望む?」
「俺が望んだのは質問に答えてもらう権利だ」
「それだけでは返しきれん。だから他にも要求して良いぞ、それで質問とは何だ?」
俺はアイテムボックスから金色のペンダントを取り出す。
「これに見覚えはあるか?」
「なっ、それをどこで!」
国王はそれを見て驚く。
「俺が小さい頃から持っていた」
「お主はどこの出身だ?」
「ジルムンクだ。そこでゲインという男に色々学んだ」
「……そうか」
国王はゲインという名前を聞いてさらに目を見開く。
しばらくしてから腑に落ちたような表情を見せて相槌を打った。
「そういうことか……お主はゲインと……」
そして小声でブツブツと呟き始める。
「これだけが俺の身元を証明するものだと思ってな。ゲインは元聖騎士だった、だから王族で一番偉い国王に聞いたんだ。それでこれはなんなんだ?」
「よく聞いてくれ、クレイよ」
改まり、真剣な表情で国王が言った。
俺は何も言わず、国王の言葉を待つ。
「お主の母の名前はミリア・スウェルドン・アイクール。そしてリンシアの母親でもある」
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