第2話
何日たっただろうか。ジルムンクを出てから既に7日が過ぎていた。
とりあえずの目的地である王都は一向に見えない。見えないどころか俺は迷っていた。
「王都ってこんなに遠いのか……地図だと結構近くに感じたんだがな」
「グォン!」
するといきなり熊型の魔物が鳴き声と共に現れ、俺に向かって引っ掻くように攻撃を仕掛けてきた。俺はその攻撃を見ずに躱す。
「気配を消していたつもりか?」
俺は森の中で【サーチ】を発動させていた。
【サーチ】とは自分を軸として円状に魔力を注いぎ、一定範囲の生物や物の位置がわかる魔法である。
【サーチ】は生物の対象がいる方向がわかるぐらいが一般的であった。
だが俺のサーチは方向どころか個体の数、気の強さ、魔力の量、そして大きさなどもわかってしまう。幼少の頃から教わった魔法は前世の知識を活かし、改良を加えて鍛えていた。
「おらっ!」
「グォォォ!」
俺は素手で熊型の魔物の腹を殴った。
熊型の魔物は雄叫びをあげて吹き飛び、大木に直撃する。そしてそのまま絶命していた。
「張合いがない」
俺はただ殴った訳ではない。
気と魔力を合成させ身体の内部に攻撃する【柔拳】。魔物の内部にダメージを与え、絶命させたのだ。
「柔拳はしばらく封印だな」
俺は戦うことに対して嫌いではない。むしろ好戦的な方なのかもしれない。
だからせっかく戦うなら接戦したいと思っている。
「ん?」
すると【サーチ】にまた魔物の気配が映った。
「数は10、20、30、どんどん増えていくな……距離は5キロか」
サーチの範囲に入ってくる魔物の数は100を超える軍勢。魔物はそこそこ強く、他にも人間の反応もあった。最初は10人以上いた人の反応もどんどん数が減っていっていた。
「触らぬ神に祟りなしとはいうものの……」
俺は言葉とは裏腹に走っていた。自分が出せる最高速度で。
直感で行くべきだと判断したのだ。
この選択が後の大きな分岐点になることを俺はまだ知らなかった。
――
―
俺は常人の【自己加速】とは比べのにならない速さで、みるみるうちに魔物との距離は近づいていくが、人間の反応が減っていく速さも尋常ではない。そして到着した頃には2人の反応しか残っていなかった。
一瞬で辺りを確認。複数のオークと壊れた馬車、無残にやられた騎士達の死体。
そして残った2つの反応である少女達がオークと戦っていた。
少女の1人は年齢は10歳ぐらいだろうか、綺麗な銀色の髪に碧眼、どこかのお姫様かと思うぐらいの豪華なドレスで着飾っていて、魔法を詠唱している。
そしてもう1人はメイド服を着た赤髪の少女。年齢は俺と同じぐらいだろうか。銀髪少女の盾になる形で立っていて、クナイを二本構えている。
2人とも服は汚れていて、怪我をしている。長くは持たないだろう。
「【柔爽雷拳】!」
先程封印しようと決めた柔拳を使い、俺は迷わずにオークを一掃し始めた。
【柔爽雷拳】は内部にダメージを与える柔拳の魔力を一直線に放出する技である。つまり触れていなくても一直線状にいる相手の内部に対して柔拳を打っているのと同じダメージが入る。
今のであと残り42匹。
こちらに気づいたオークは持っている斧で頭上から攻撃してくるが、斧は空振りに終わる。
そして斧を振り下ろしたオークはそのまま倒れていく。
俺はオークの攻撃を躱してすぐに攻撃を放っていたからだ。
「残り41匹かな?」
俺は唇を緩ませてた。
ここからはオークの蹂躙が始まる。
俺の速度についていけるオークはおらず、次々に倒れ、吹き飛び、肉片に変わっていく。
最後に残ったオークの生き残りは、さっきまで戦ったオークとは違い身体も魔力も大きく、装備が豪華だった。このオークの集団のリーダーであるオークジェネラルだろう。
「お前がリーダーか、楽しませてくれよ」
「グォォォォ!!」
オークは身体の大きさからは想像出来ない速さで俺との距離を詰めてくる。魔物もそれなりのレベルになると自己加速などの身体強化魔法を使ってくるのだ。
オークジェネラルは斧の刺先で突いてくる。力で振り下ろすのではなく、速度を利用して突いてきたのだ。
俺はそれをわざと紙一重で躱した。
「オークジェネラルでもこんなものか」
ガッカリした俺はオークジェネラルの懐に一瞬で移動する。オークジェネラルはまだ俺に気づいていない。
「あばよ」
最後に一言告げて、オークジェネラルを殴飛ばした。
俺が放ったのは気を纏った【剛拳】。気力により強化されただけのただのパンチではあったが、オークジェネラルを絶命させるには十分な威力があった。
大木に直撃したオークジェネラルはゆっくりと倒れていった。
久しぶりに暴れられたことに満足した俺は空を見上げながら嘆息を付いた。
すると後ろから声が掛かった――
「あの……」
声の方向へ振り向くと左腕の傷を庇ったメイド服を着た少女が困惑した表情をしていた。後ろには銀髪少女もいるが、彼女は嬉しそうな目で俺を見ていた。
「【エリアハイヒール】」
俺は怪我をしている少女達に回復魔法をかける。回復魔法は1人で生きていく上では必要不可欠な魔法であり、1番最初に覚えた魔法であった。
傷口が治った少女達は目を見丸くして驚いている様子だ。
「助けてくれてありがとうございます、あなたが来なかったら私達は全滅していました。それに、あの強さ……どこかの有名な冒険者とかでしょうか?」
メイド服を着た少女は銀髪少女との間に入って、丁寧な口調で俺に問いかけてくる。
「気にしないでくれ、たまたま通りがかっただけだ。それよりお前たちは誰だ?」
俺はその少女の問いには答えず質問をする。すると先程まで楽しげな表情を浮かべていた銀髪少女が口を開いた。
「申し遅れました、私はバロック王国第三王女、リンシア・スウェルドン・アイクールです。 そして彼女は私の世話メイド兼護衛のメルです」
身長は俺よりも頭一つ小さい。輝くような銀色の髪を腰の下まで伸ばし、大きな碧い瞳。控えめな顔立ちだは極めて整っていて、桃色の豪奢なドレスが似合っている。俺がチョップでもしようものならすぐに折れてしまいそうな小柄で華奢な少女だ。
俺は銀髪少女が王女だったことに驚く。
そして面倒なことが起こりそうな予感がしたので早々に退散しようと考えるも――。
彼女達を安全な村まで運んであげるぐらいはしたほうがいいと判断した。
強さこそが全て、奪って当たり前のスラム育ちではあったが、そういった良心があるのも元々平和な日本育ちだったからかもしれない。
「俺は旅人のクレイだ。南の村から旅をして偶然ここを通りかかった。近くの村まで送ってやる」
先ほどのメルの質問の1つに答えつつ、簡素的に自己紹介を済ませる。
すると碧い瞳を輝かせながらリンシアが口を開く。
「決めました。あなたを私専属の騎士に任命します」