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第208話

 ラバール商会の本部にはこだわりにこだわり抜いた巨大な浴場がある。

 広い土地を活かして作ったその浴場はラバール商会で働く従業員たちが自由に入浴していい決まりになっているし、俺もときたま入りに来るぐらい居心地のいい空間になっている。

 広い温泉こそみんなで入って楽しむものだというのが俺の考えだ。


 そのせいかラバール商会の本部勤務の者は他の支部から羨ましがられる程であった。


 メイデン達をそんなこだわりの浴場へ案内したあと、俺は商会長であるセリナの執務室へと脚を運んでいる。


 扉のない執務室へ入室すると、何やら書類に目を通していたセリナがピクリと頭の猫耳を動かしてこちらに目を向けた。



「急ですまないな」



 俺が執務机の前にあるソファーに座りながら言うと、セリナも書類をしまってからゆっくりと向かい側のソファーへ座った。

 今は出会った頃とは見違えるほどの上等な平服を纏っている。無論、これはラバール商会で立ち上げた貴族服のブランドのものだ。


 しかし、思いのほかいつもより表情が優れないように感じる。



「全然構わへんよ。うちも色々考えてて少し気分転換したかったところやし」



 何事もないようにセリナは告げた。彼女には湯浴みをしているメイデンやハピがペルシャ聖魔国の魔族であることや、これまでの経緯についての大まかな流れは説明している。

 魔族と聞いて驚いていたが、すぐに順応したらしい。商会長として板についてきている気がする。



「冒険者ギルドの行方不明者はほんまに誘拐やったんやろ?」


「そうだ。それも闇ギルドを使った大掛かりな誘拐だな」


「もう目星はついてるん?」


「大方はな」


「さすがやね。それで、誰が裏で糸を引いてるんや?」


「おそらく3大公爵のシュナイダー家だ」


「っ!?」



 セリナは目を見開く。

 それもそうだろう。公爵家といえば王国では王族の次に権威のある爵位だ。発言はときに王族よりも重視されるほどである。



「なんで公爵家が? 捕まった人たちはカンニバル家の領地にいたんやろ?」


「カンニバル家も関わっていないわけではないだろう。ただ伯爵家が独断で闇ギルド――それも幹部クラスを動かせるとは思えない」



 今回の事件の規模と、たまたま遭遇した幹部クラスの闇ギルド員を思い出しながら言った。



「確かにカンニバル領地とシュナイダー領地は隣やし、連絡手段も取れるよな」


「そうだ。まぁ根拠はそれだけではないが」


「それが本当だとして、目的は? 今は王族選抜を控えているのに下手な動きをしたら逆に……もしかして――」



 セリナは言葉の途中で思い立ったかのように俺を見る。



「おそらくな。王族選抜のための動きだろう」


「票を勝ち取るための動き……リンシアちゃんやカルロス王子とは別の派閥の公爵家は――クロード家とシュナイダー家」


「そういうことだ。ただ確証はまだないから調査中ではあるがな」


「クレイ君が調査したらすぐに明らかになりそうやけど……」


「逆に利用させてもらうことにするよ」


「怖いわぁ。心底味方でよかったって思うわ」



 自然と告げたセリナだが、やはり今日は様子がおかしい。所々で眉根を下げて何かを気にする表情を見せている。思えば飛行船の話を提案する前からだ。



「飛行船が作れないことに納得がいかないか?」



 話題が突然変わったことにセリナは目をぱちくりさせる。



「いやぁ、納得がいったで。ただ、それに代わる輸送手段を探そう思ってたんよ」


「輸送手段か。それはラバールの発展の為か?」


「……」



 セリナは少し黙考した後、話し始める。



「獣人国への輸送手段や」


「獣人国への? 獣人国は確か――」


「そう、この大陸からはるか西。海を渡った先にある島であり、私の故郷でもあるんよ」



 俺が言う前にセリナが答える。

 前に少しだけ聞いていた獣人国の話しであった。


 このバロック王国を含めた国々がある大陸より海を渡った7つの孤島。獣人たちはそこで国を成しているのだ。


 人口は全島あわせて数千人もいない。

 エルフ族と同様に種族間のみで文明を築いていて、他国の介入を必要としていない。そうセリナから聞いていた。聞いていたのだが……。

 今更どうして獣人国への輸送手段を必要としているのだろう。



「獣人たちは他国の助けを必要としないんじゃなかったのか? なぜ今更輸送網を必要とする」



 その質問にセリナは鬱屈とした表情で答える。



「実は……私たちの獣人国は穀物の実りがそこまで良くないんよ」


「島国特有の問題だな。土地の広さには限りがあるからな。だがここまで文明を築いてきたのであれば、上手く考慮してやっているんじゃないのか?」



 生産量を考慮して田畑の割合を増やすなり、幾分にもできるはずだ。周りが海なのだから魚介も取れる。



「考慮はしてる。してる上で足りないんよ」


「他に弊害があるのか?」


「獣人国で取れる穀物の量はこの大陸と同じ面積の畑で栽培しても収穫は2……いや、1割にも満たない」


「1割だと? それはさすがに……」


「言い過ぎって思うやろ。でも事実なんよ」


「土地が栽培に適していないのか?」


「族長を含めた獣人の民たちはみんなそう結論づけてるで」


「なるほど。では狩りはどうだ? 周りが海なのだから、漁業が出来るだろ」



 セリナは目を伏せてゆっくりと首を振る。



「クレイ君は『魔の海域』って知ってる?」


「聞いたことはないが……入ると戻ってこれなくなるような名前だな」


「戻ってこれない……あながち間違いではないで。島の周りには『魔の海域』という渦巻くように特殊な海流が囲ってて、出航しても船はたちまち獣人の島に戻されるんよ」


「戻される?」


「そう、戻されるんよ。そして、その海流を奇跡的に抜けてしまうと獣人国へは戻れなくなる……この大陸に行き着くんよ。あとは同じで、船を出しても元の島に戻される。獣人国にはもう行けなくなるってことや」


「まるで島への侵入を防いでいるような海流だな。まさかその海流のせいで魚が取れなくなってるのか?」


「そのとおりや。全く取れないわけでもないんやけど、かなり少ないで」


「なるほど、それで海路ではなく空路での輸送手段を考えていたんだな」


「うん。魔の海域によって船は戻されてしまうから……」



 セリナの説明に納得しつつ、もうひとつの問題を指摘することにした。



「取れる作物に限りがあるなら、人口はこれ以上増えない……というより増やせないはずだ。だが、意図しない形で増えてしまった場合はどうしているんだ?」


「それは……」



 セリナの顔がよりいっそう曇りはじめる。

 その時、執務室へ近ずいてくる気配を感じた。



「マーチか」


「ボス、湯浴みを済ませたご客人達を言われた通り客間へ案内しました」



 姿を見せたのは教会にいた子供たちの初期メンバーであるマーチであった。

 丁寧な言葉遣いで一礼してから言う。

 どうやらメイデンとその従者ハピの入浴が終わったらしい。


「すぐ行く。セリナその話は後で聞かせて欲しい」


「了解。うちも挨拶した方がええよな」


「当たり前だろ。この商会の会長はお前なんだからな」



 マーチの案内の元、俺はセリナと彼女たちの待つ客間へと向かった。


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