第206話
すみません……
時期が時期だけに多忙でした。
内容は決まっているので、少しずつアップしていきます。
『天使の体は老化しない。でも脳は違う……』
エルフ領のダンジョンで天使ウリエルもとい、ユリアの放った言葉を思い出す。
生きていれば必ず死ぬ。それは人の理から外れた天使であっても例外ではない。
元々不老不死なるものの存在を否定している俺にとっては当然のことのように思えた。
『限界を迎えた天使はまっさらな状態に戻り、上位種の悪魔へと生まれ変わります』
しかし、天使に至っては異なる点があった。
時間によって衰弱するのは身体ではなく脳であり、迎える末路は死ではなく悪魔への転身だという。
脳が劣化。悪魔への転身。筋書き的には最悪の終局が連想される事柄であった。
俺の元にはアリエルが、ティアラの元にはミカエルがいて、アリエルに至っては脳の劣化による兆候が見え始めている。
どうにかそれを阻止しなければならない。
『アフロディテの使徒を探しなさい』
ただ、ユリアはその理を打ち破るためのヒントも告げていた。
この世界を創造した12の神。その神々から加護を授かった『12神の使徒』。
ユリアの言葉が真実であるなら、『12神の使徒』の1人である『アフロディテの使徒』が天使の悪魔化を阻止する手がかりのようなのだ。
それからというもの、俺はティアラと共に少しずつ調査を進めていた。
当の本人は「まだ大丈夫じゃ!」と笑っていたが、少しずつ終局へのカウントダウンは始まっているのだ。何かが起きてからでは遅い。
法国との交流会を終えてそろそろ本腰を入れて探そう。そう思っていたからこそ俺は目を疑った。
この状況に――。
――――――――
《メイデン・アーグ・ブリュウセル》
Sスキル
【超・水魔法】
Aスキル
【極・魅了】
Bスキル
【上・成長】【上・魔力制御】【上・運動神経】
Cスキル
【老化耐性】【記憶力】【魔力量】【騎乗】【体術】
Dスキル
【低・隠密】
加護
【信徒の加護】
【アフロディテの加護(神の転録)】
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【アフロディテの加護(神の転録)】
・生き物の記憶を操作することができる。
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探していたアフロディテの使徒が目の前にいたのだ。
さらにはその加護、【神の転録】にも同様の驚きが立ち込める。
記憶の操作。それは反則すぎる能力であるからだ。
ただ、加護の力の性能が理不尽に近ければ近いほど発動条件は厳しくなる傾向にある。
――なるほど。
故に気づくことができた。困難だからこそ今まさに褐色肌の女――メイデンは俺の記憶を操作する条件を満たそうとしているのだ。
「……」
この男を誘惑するような動作や問いかけおそらく条件を満たすためのもの。俺はそう解釈して口を噤みながら目を逸らすことにした。
するとメイデンはゆっくりと手招きをして、妖艶な唇から誘うように問いかける。
「妾に記憶を預けてくれぬか?」
「……」
不自然なまでに「記憶」を強調するその言葉。やはり記憶操作の術中に入っているらしい。
憶測だが、この形式での問いかけに『肯定』させることが鍵になっているのだろう。そうでなければ「記憶」などという煩わしい単語をわざわざ使ったりはしない。
しばしの沈黙。俺のわざとらしい無視の動作から察したのか、メイデンは鋭く細めた眼差しで睨みつけてぼそりと悪態を吐き捨てた。
「神の恩恵を受けて尚、悪道を歩むか……」
魔力を使っていないのに、紅蓮の髪がわなわなと靡びいている。
メイデンたちからすれば俺たちは誘拐犯。誤解させておくと面倒くさいことになるので否定したいのだが、安易に答えて死地に飛び込むことはしたくない。
しかし、このまま黙秘を貫けば誤解はさらに加速していくだろう。やっと出会えたアリエルを救う手がかり。好感を持たれていた方がいいに決まっている。
「俺は冒険者のクレイだ。ここに囚われている者たちを助けに来た」
だから俺は話題を切り替えて自己紹介をすることにした。質問に答えなければ加護が発動することはないと踏んだのだ。
「冒険者……とな?」
メイデンの値踏みをするような眼光が俺の全身を伝う。
ただそれだけで、俺の身体に異変はない。やはり質問への受け答えが鍵となっていたようだ。
俺の肩書きは2つ、騎士爵と冒険者。
少し前までは「学生」という身分であったが、今はそれが騎士に変わっている。
救出に来たのなら騎士と名乗ったほうがいい。みすぼらしい格好をしているが、メイデンの容姿や仕草からは貴族に連なる高貴な風格のようなものが伝わってくるから尚更だ。
しかし騎士を名乗らなかったのには理由がある。
ひとつは俺の格好。今はラバール商会で販売されている私服を着用していて、鎧どころか騎士であることを示す剣すら装備していない。騎士にしては胡散臭すぎて疑惑の念を後押しするだけだと思ったからだ。
もうひとつはメイデンは自分を捕らえた輩がただの賊ではないことを察しているように感じたからである。ここの見張りに衛兵が使われていることから、衛兵や騎士といった政府側の肩書きに信用を置いていないと判断したのだ。
俺は懐から金色のカードを取り出して、メイデンに見えるように差し出した。メイデンは訝しげにそのカードを眺める。
「冒険者カードというものだが、わかるか?」
「馬鹿にしておるのか? それぐらい存じておるわ。魔族にも冒険者制度はある。ただ、その色……お主はAランクの冒険者なのか?」
冒険者の身分は魔族にも通用するようだ。魔族にも冒険者制度があるらしく、カードの素材によるランクの区別も同じ。山脈の向こう側に位置する魔族領との接点はほとんどないにも関わらず冒険者制度は共通なのだな、と頭の隅で考える。
「そうだ。冒険者カードに刻まれた刻印は本人以外には出せないのも知っているだろう。これが俺のものだという証明になる」
俺がカードから手を離すと、プロフィールとして表示されていた文字が消える。
冒険者カードを作成の際に血液を採取しているのはこの為だ。本人以外には使えないようになっている。
「……偽装ではないようだな。それで、その冒険者のお主がなぜここへ参ったのだ?」
それを説明しようとしたら勝手に話が進んだんだがな……などという言葉を飲み込んでこの場に足を運んだ目的を話すことにした。
「行方不明者の助け出して保護するためだ」
「……」
メイデンは沈黙する。言葉の真偽を測っているようだった。用心深い性格のようだ。
「保護するにしてもどこへだ。王国に安全な場所があるとでも?」
そして考察も鋭い。この件がただの輩の犯行ではなく、貴族たち――否、もっと上の上位貴族が関わっていることを察しているようだった。
「お察しのとおり今王国では色々あってな。だから隣のミンティエ皇国で保護する」
「なに!? ミンティエ皇国とな?」
大きく瞳を見開いてメイデンが告げる。予想外の回答にしてもオーバーすぎる反応。皇国になにかあるのだろうか。
今回の件は冒険者ギルドのギルドマスターであるガロウの耳にも入れていて、ギルドマスター直々の指名依頼ということになっている。
黒幕がわかっていない以上、王国に置いておくと危険という共通認識のもと、隣のミンティエ皇国で保護する手筈を整えたのだ。
しかし、魔族に関しての報告は一切していない。
「そうだ。ただお前たちふたりは王国に残ってもらうがな」
「むむ……その理由を問おう」
「皇国に魔族を受け入れ態勢が整っていないんだ。それが整うまで、信頼のおける商会の元で匿う」
それは半分嘘であった。皇国に受け入れ態勢が整っていないのは事実だが、そんなものは皇女であるティアラの伝を使えばいくらでも誤魔化せる。
逆に王都の民たちの間では、王城を襲撃した犯人が魔族だと噂されているため魔族に対しての心象はよくない。王都内に魔族を入れることはリスクになるのだ。
それでも王国で匿うのはこの魔族たちからもたらされる情報を俺が直接把握するためである。
魔族領土は今戦火の渦中にあるはずで、それがどうして王国領土内にいたのかが引っかかったのだ。理由次第では大事になるため、そうする必要があると判断した。
プラスで彼女がアフロディテの使徒である事実も拍車をかけている。敵か、味方か……。全てを洗いざらい話してもらう必要があるだろう。
「にわかには信じがたい話だのぉ……」
メイデンは半信半疑という表情を向ける。
俺はメイデンの視界に入るように解錠済の南京錠と手錠をクルクルと回して口を開く。
「それについては事情も説明する。でも俺がお前たちを捕らえた輩の仲間なら、安易に檻を解錠したりしないだろ?」
「どういう……はえ?」
それを見て間の抜けた声を漏らすメイデン。対話の最中に解錠していたのだ。
「こちらの解錠し終わりました!」
オーガストが声を上げる。俺たちが話している中、順序よく他の檻の解錠をしていたのだ。
鉄格子の扉から出てきたベージュ髪の魔族の少女を見て、メイデンは安堵した表情を見せる。
「話し合う価値はあると思うぞ」
「むむむ……」
時間がないのは事実なので、わざと煽るように告げることにした。
「さっさと脱出しないと見張りがまた来るぞ。それともここへ残るか? そっちの奴の怪我は完治していないように見えるが」
「本当か!? ハピ!」
俺に指摘されて、ベージュ髪の魔族は青い顔を見せる。ここへ捕らわれる前に襲われたのか、ベージュ髪の魔族が怪我をしているのは気づいていた。止血のみの粗雑な回復魔法を施しただけのようで、完治にはいっていない。
「なぜ黙っていたのだ!」
「姫様は皇国に向かわねばなりません。私は邪魔をしたくないのです」
どうやら本当に皇国に何かあるらしい。「姫様」と呼んだことによって大方の関係性が見えてきた。様々な憶測が頭に浮かぶ。
「皇国で何をするつもりだ?」
俺の問いかけにメイデンは沈黙をして考えるように俯いた。
やがて顔を上げると深刻な面持ちで口を開く。
「妾はここより遥か北のペルシャ聖魔国の魔王の娘、《メイデン・アーグ・ブリュウセル》である。妾たちは自国を救うために、皇国の第3皇女と面会をするために来たのだ」
――
―
「では、私はこのまま皇国領へ向かいます」
そう言って荷馬車の手網を引いた女騎士。彼女はティアラが抱えている女性のみで構成された騎士団、《白百合騎士団》の団長マチルダである。
皇国で開かれる剣闘士祭で女性最年少の優勝を修め、皇族への奇襲を2度も防いだ功績を待つ優秀な騎士だ。
そんな目覚しい功績をたたき出す前から目を掛け、自らの専属騎士にしていたティアラは流石といえる。
また公爵家の娘でもあり、ティアラの皇族としての立場や派閥の内政を担う重要な人物でもあるのだ。
そんなマチルダとはラバール商会とセントラル商会の商談の際にお互い護衛をしていたことがきっかけで知り合っている。
最初こそ色々な誤解があったせいで敵視されていたのだが、ティアラの説明によってそれは緩和されて今ではたまに剣術の稽古をするぐらいの間柄にはなった。
残念なポイントを補足するとマチルダは女性に対して過度に情熱的な感情を持っている。
「あぁ頼む。上手くやってるから追っ手は来ないと思うが、気は抜くなよ」
「わかっている。……クレイ殿も気をつけてくれよ。ではっ」
背後にいるメイデンたちを気にした様子でチラチラと視線を配りながら、凛とした面持ちで了解の意を示す。捕らわれていた10人を乗せた荷馬車を引いて去っていった。
しばらくその姿を見送ってから残されたふたりの方へと向き直る。
「隙のない立ち姿に凛とした振る舞い。あの騎士殿は相当な手練のようだな」
馬車を見送っていたメイデンはにこやかにそんな感想をこぼした。
もうひとりの魔族――侍女のハピの怪我を治療したおかげか、マチルダへの評価が軒並み高い。
そして、もちろんマチルダが皇女の専属の騎士だということは告げていない。言えば面倒くさい要求をされそうだったからである。
「見る目あるな。俺なんかよりも真面目に仕事をしてくれる」
「ふむ……。それで、お主と共に王国に行けば皇女殿への謁見が叶うのだな?」
それには同意と表情に出しつつ、メイデンは問いかける。
腕を組んでいるがその姿は上品でなかなか様になっていた。さすが魔王の娘である。
「ああ。これから行くラバール商会は皇女の手が掛かっているセントラル商会とは深い仲にあるからな。まぁ、その前に諸々の事情は聞かせてもらうが」
「よかろう。妾もお主に聞きたいことがあるからな」
おそらくは12神の使徒のことだろう。使徒である事実のみが俺の言葉に信ぴょう性を与えている。
ただそんなやり取りに不満の声が掛かった。
侍女のハピである。
「その者を信じるというのですか?」
「別に信じてくれとは言わない。ただ事情次第では何か力になれるかもしれないだろ?」
「冒険者風情にですか? あの馬車について行けば皇国へたどり着くのですよね。そちらの方が皇女様との謁見が適うのではないでしょうか」
「そうしたいならすればいい」
そう言いつつ俺はメイデンを見る。決定権はメイデンにあるからだ。
メイデンは再び口を開こうとするハピの目の前に手を出して制止させる。
「いや、お主に従おう。そうした方が近道になるときもある」
「あんたは利口なようだな」
直後――銀色に光る鋭利な刃が俺の眼前に迫ってくる。
どうやらハピが武器を取り出して一歩踏み出していたらしい。
武器は刃が見事な弧を描いたタルワール。小さい体には似合わない大きめのサイズであった。
俺はそれを反射的に躱そうとしたが、当てる気がないことを見切って反射をやめる。
タルワールの剣先が眉間の手前で制止した。
「あなたは冒険者。先程から目に余る姫様への無礼な態度は私が許しませんよ」
凄みのある台詞。ただその声は鳥がさえずるように可愛らしいため、威圧に欠けている。
「言葉遣いのことは諦めてくれ。俺は誰に対してもそうなんだよ」
じわっとタルワール全体に魔力が纏いついていくのを感じる。「次は当てますよ」という意思が鋭い眼つきから伝わってきた。
「止めんかハピ!」
そんな状況を止めたのは、やはりメイデンであった。
ハピは何か言いたげに口を開くも、すぐに噤む。やがて「わかりました」と呟き、俺のことを睨みながら仕方ない様子で武器をしまった。
その際に【アイテムBOX】に入れていたのを見逃さない。
「侍女の非礼を許して欲しい」
「問題ない。その侍女の言うことは最もだからな。だがもう一度言うが、言葉使いは諦めてくれ。俺は誰にも媚びない生き方をしているんだ」
「不便な生き方だのぉ」
変わっているとはよく言われるが、なるほど不便か。
「それで、ここから王都へはどれくらいなのだ? 妾たちには時間がない」
「今夜中に付く」
「今夜中とな?」
頭を傾げつつ、「何を言っているんだこいつ」という二方向からの視線。
するとタイミングよくオーガストがやってくる。
「ボス、【転移門】の用意が出来ました」
「【転移門】……?」
再び首を傾けるメイデン。
【転移門】とは、1度赴き、登録した場所へ行ける『門』を出すことのできる俺の開発した魔道具である。
発動には莫大な次元属性魔力が必要なため、一部のものにしか扱うことができない限定的なものだが。
「魔法具だ。とりあえず王都へ来てもらうぞ」
「なるほどのぉ、捕らえられた者たちを救出した魔道具か。ふむ、妾たちの知らぬ技術だな」
顎に手を当てながら考えている。それは王国の技術力を見定めているようにも見えた。
次元属性魔法が使えるかつ、莫大な魔力を消費する未完成の魔道具なのだが、怪しい動きをさせないための抑止力に役立つだろう。
「ひとつ言っておく。妾たちはお主を完全に信用したわけではないぞ。技術、実力に対して少々長けている部分があるようだが、それは魔法を共に育った妾たちとて同様。何かあれば実力行使も辞さないからの」
今まで以上に鋭い殺気が俺に向けられる。箱入りの姫というわけでもないようだ。
俺はそんな殺気を受け流しつつ口を開いた。
「かまわない。いつでも掛かってきていい。俺への攻撃は全て、咎めないこととしよう」
「……ふむ」
脅しのつもりだったのだろう。俺の返答を聞いて呆気に取られている。
「まぁ悪いようにはしないって。とりあえず飯でも食べようぜ。風呂とかも入りたいだろ?」
「風呂とな……?」
途端にメイデンの瞳が輝いた。先程までの怪訝な空気が一瞬にして霧散する。
「これから行く商会には大浴場があるんだ。風呂好きの俺が設計した一押しのな」
「……もう少し詳しく聞こうかの」
そう告げたメイデンの目は真剣そのもので、俺は「あ、こいつ意外と気が合いそうだな」などと遠巻きで考えるのだった。
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