第203話
「最近、どこぞの怪しい集団が動き回っているという噂が耳に入っている」
30畳ほどの広い空間。整理整頓された書棚。重厚感ある柔らかいソファーに品格のある黒木の机。高級な調度品が揃っている部屋。
ここは冒険者ギルドの奥にある個室で、俺は執務席の前にあるソファーに腰掛けていた。
テーブルを挟み、正面に座っているオシャレ髭のおっさん。こいつがこの部屋の主であり、冒険者ギルドのギルドマスターの《ガロウ》である。
見た目は強面ではあるが、眉から髭、髪型の細部までしっかりと手入れされていて、ワイルドでカッコイイ男性という印象だ。
そんなギルドマスターが直々に俺を呼び出し、何やら不穏な意味合いを含む会話を切り出してきていた。
「どこぞの怪しい集団?」
「そうだ。というよりも、おそらく闇ギルドだと思っている」
整った髭を触りながらガロウが呟く。
闇ギルドという組織はこのバロック王国のみならず、ミンティエ皇国やザナッシュ帝国など、様々な国で暗殺や密売をしている裏組織のことだ。
元々は俺の師であり、父親でもあり、第1王妃を殺しの大罪を侵した《ゲイン》が設立した組織なのだが、その当の本人が抜けてしまったために新しいボスを据えて独り歩きしている状態だと伺っている。
俺が王国を訪れて間もない頃に、リンシア誘拐事件を起こしたケイン侯爵と騎士サナスも元々は闇ギルドに所属していた。
闇ギルド自体は裏組織であるため知名度は低いが、実在しているという事実は噂として民や冒険者の中では囁かれているのだ。
「それを何故、俺に告げたのだ?」
「君には私の頼んだ依頼の達成だけじゃない。冒険者ギルド採取支部の設立でも世話になったからね」
「話が見えないな。それに採取支部の設立はラバール商会のおかげだろ」
「そのラバールに商業的な口添えをしているのは君だろ? 報道を制したラバールは今や、自動的に情報が集まる商会だ。そんな商会に関わりがあり、私以上の実力もある君が闇ギルドについて知らないわけがないと踏んでな」
「なるほど」
少し前の話ではあるが、ラバール商会の斡旋により依頼の危険度に応じて冒険者ギルドを討伐・護衛部門と採取部門で支部を分けたのだ。
依頼内容を細かくしてすることで死者を減らすという意味合いが強い。
その際に、冒険者でもある俺も色々と動き回ったのだが、それをガロウが目撃して察したのだろう。
王都学園アルカディアを卒業して騎士団を設立したことまで知っているのだから、今回の話を持ちよるのも当然といえば当然なのかもしれない。
「具体的な被害は出ているのか?」
「これという確証はない。ただ最近、依頼に行ったきり返ってこない冒険者が増えてな」
「根拠には乏しいな。元々行方不明者はいたのだろ?」
「ああ。だがそのメンツが偏っているのが問題なんだ」
「どういうことだ?」
「他国出身、そしてエルフや獣人の他種族が多いんだ。しかも護衛依頼ではなく討伐や採取依頼にのみ集中している」
「なるほど。誘拐していると考えているのだな? 討伐系や採取に集中しているのは、護衛だと護衛対象の人目があり、証拠が残ってしまう危険性があるから……と」
「そうだ。ただ、誘拐の目的がわからない」
闇ギルドは依頼者がいて始めて機能する。
奴隷商目的の誘拐や麻薬の開発・密売など、国の黒い部分や表立ってできないことを金を積んで実行させる組織なのだ。
「奴隷……もしくは実験とかだろうな」
「実験?」
「新しいポーションやアイテムを試すために人が必要になることだってあるだろう」
「確かに……想像するに惨い光景だな」
「まぁな」
俺はザナッシュ帝国にあった一時的に全ての能力が上昇する《ドリームポーション》の実験施設を思い出す。ガロウの言う通り、あまりいい気持ちにはなれない。
実を言うと闇ギルドが再び動き出していることは俺の耳にも入れていた。元々はゲインの手の中にあった組織なのでラバールを使って継続的に情報は集めているのだ。
「話はわかったよ。情報が入ったら伝えよう。ちょうどこれからラバール商会に向かうところだったしな」
「わかってるじゃないか。流石は銀髪の悪魔。頼れる男だ」
ガロウは不名誉な呼称をにこやかな笑みで告げる。何かと絡まれることが多く、その度に返り討ちにしていた俺を勝手にそう呼び出した奴がいたのだ。
「俺は人間だ」
「ギリギリな。実力は悪魔レベルだろうが」
ガロウは陽気に笑う。こいつはランクアップ試験を受けてから度々、指名依頼をするようになっていた。
悪魔の祭壇依頼もそうだ。いずれも癖の強い高難易度のものであり、どれも達成率100パーセントでこなしていた。それ故に実力という意味の信頼は厚いのだろう。
「お前の依頼に関わると、俺のプライバシーがなくなっていく」
「そういうなよ、こっちは助かってるんだ。そろそろSランクにならないか? 君なら試験免除で即ランクアップにするよ」
「今は遠慮しておく。時期じゃないからな」
「ふむふむ……君にも色々あるだな」
「事情くらい誰でもあるだろう」
「それもそうか」
「俺はもう行くぞ。今回の件に関しての情報が入ったら提示してやる」
「期待しているぞ」
――
―
俺はガロウの部屋を退出し、受付のある広間に出た。
突き抜けになった広々としたロビー。入口から受付のある場所まで大きな通路になっていて、サイドには冒険者たちが休めるようにいくつも丸テーブルが置かれている。右側の巨大な掲示板には様々な依頼書が貼られていた。
ガヤガヤと冒険譚に花を咲かせた会話が飛び交うなか、俺は真っ直ぐと通路を出口に向かって進む。
「時期国王選抜の話は聞いたか?」
「あれだろ投票で決めるってやつ」
すると、立ち話をしていた冒険者の2人組の会話が聞こえる。使用感はあれど、しっかりと手入れをされた装備に身を固めた30代半ばぐらいの男ふたり組だ。
「そうだ。俺たち冒険者には投票権はないんだってな」
「そりゃあ、俺たちが投票したらダメだろうよ。国がめちゃめちゃになっちまう」
「ちげーねぇ」
お互い、ガハハハハッっと豪快に高笑いをして一泊置く。
「なんにせよ、新しい国王には俺たち冒険者が過ごしやすい国にしてもらいたいもんだよ」
「同感だ。ツリ目王子が優勢なんだろ? 個人的にはあの青毛の王女様がいいな」
「好みの話じゃねーんだよ! それを言ったら俺は"銀雪の華"の王女様のほうが好みだよ。あの雪みたいな銀髪がたまんねーわ」
「まだガキじゃねーかよ。お前そういう趣味あんのか?」
「うるせーな。小柄だが、成人はしてるんだぞ。それにあれぐらいの子は娘みたいで可愛いんだよ」
「娘って、お前いねーだろ」
再び高笑いをするふたり。後半はさておき前半の会話はバロック王国で現在行われている新たな政策に関わるものであった。
現在はイーリス法国との交流会から3ヶ月が経過している。
交流会での結果は残念だと言わざる負えないものであった。
それも当然。法国最高司祭の身分を偽っていた魔族が王城で暴れ、多くの騎士を亡き者にしたからだ。
その中でも1番衝撃を与えた事件は国王が自らの命を断ったことである。
何故そのようなことをしたのかは不明だが、今回のことが発端になったことは明らかだ。
それにより、暫定的に第3王妃ではあるが《レレべスタ》王妃が国王に就くこととなった。
しかし、レレベスタ王妃は元々侯爵家の長女であり、政治とは無関係のところで生きてきたため、自分には荷が重いと主張。
よって新しい国王を決めることになったのだ。
順当にいけば王位継承権が第2位の《ルシフェル》が国王に付くはずだったのだが、リンシアを含む他の王族が猛反対し、急遽、時期国王選抜が行われることとなった。
それも前代未聞の投票制度を使ってだ。
候補者は王族の血が入っていることが条件のため、第2王子ルシフェル、第4王子カルロス、第1王女フィーリア、第3王女リンシアの4人。
投票は貴族票と民票があり、貴族票が7割を占めているため、実質的に貴族の票を集めたものが国王となる。
投票は準備期間を含めて半年後。そこで票数の多い者が新たな国王となり、それが時期国王選選抜なのである。
「そもそも国王様ってなんで死んだんだろうな」
「病って話だが、交流会期間中だったんだろ? 法国の奴が怪しくねーか?」
「いや、人に成りすました魔族の仕業って噂もある。何にせよ、病死ってのは違うんじゃないかって俺は思うね」
「うっへぇ。遭遇したことはねーがよ、魔族ってのは気性が荒いらしいじゃんか。こえーこえー」
そんな男たちの会話の背に、俺は冒険者ギルドを後にしてラバール商会本部のある場所へと歩みを進めた。
事件の詳細については箝口令を引いているのだが、どこから漏れたのか、魔族が原因だということが広がっていた。
それにより魔族に対しての過度な拒否反応を示す者も少なくない。
魔族殲滅主義者と名乗り、デモを起こす者までいるほどである。
良い者もいれば悪い者もいる。
それは人も同じで、魔族だからといっていっしょくたんに敵視するのは間違っているのだ。
この空気はよろしくない。
リンシアの目指す平和な政策とは程遠いものなのだから。
「……」
そして、今回の件で如実になった問題もある。
それは俺自身もまだ未熟であること故に起こってしまった出来事。
今のままではダメなのだ。
もっと強くならなくてはいけない。
もっと強くなって、大切なものを守れなければならない……。
俺の眉根は自然と寄っていき、握る拳が強くなるのがわかった。
「どうしたのですか? お兄様。そんなに浮かない顔をされて」
ラバール商会の入口に差し掛かったとき、後ろから声をかけられる。
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