第202話
遅くなりました。
すみません……m(_ _)m
プロローグです。
聖魔境国→聖魔国
紛らわしいので変更しました
夜空が覗く森の奥で野営をするふたりの姿があった。
パチパチと焼けて弾く焚き火の灯り。囲うように置かれた丸太の上で対面に座っている。
浮かぶ影はふたつともしなやかで華奢。女性――というよりはまだ幼さが残る少女のもの。
ひとりは陶器ように滑らかで美しい褐色肌に血のような赤の瞳。篝火とは比べ物にならないほど煌びやかで濃い紅の髪にツンと上を向いた鼻筋。勝気ながらも魅惑的な容姿にはどこか気品が漂う少女。
対して片割れは頭ひとつ小さくて小柄。顔も幼く肌はミルクのように白い。薄いベージュの髪を顎の辺りで切り揃え、クリっとしたまん丸の大きな瞳の少女である。
目立たない茶色のローブの隙間から見える衣服は質素で控えめ。野営をするのに適していないし、そもそも深夜の森で少女がふたりだけというのはあまりにも不自然な光景だ。
なにより目を引くのは前頭部の左右から突き出た2本の角。それは少女たちの生まれ持った身体の一部であり、紛れもない『魔族』の証でもあった。
「あれから幾日がたったか……」
褐色肌の少女がローブの隙間からか細い腕を出し、色香ある唇に触れながら大人びた上品な声色で囁いた。
「3週間と18時間です、姫様。魔王国を出てからだと16日と12時間になります」
鈴のような高い声でベージュ髪の少女が熱心に正確な説明をする。それを聞いた姫と呼ばれた褐色肌の少女はどこか不貞腐れたような、落ち込んだ表情で呟いた。
「国を出て3週間……ミンティエ皇国まではどれほどか?」
「えっとですね……地図上では今、バロック王国という人族国家の領土に入っているみたいです。ここからだと……1週間ぐらいでたどり着けると思います」
「1週間、か……長いのぉ。こうしている間にも家臣たちは……」
面持ちは深刻で暗い。ぽつりと溢れた弱音とも取れる発言に、ベージュ髪の少女は両手の握りこぶしを控えめな胸元に添えて元気づけるように声を上げた。
「大丈夫です姫様! 【流動加速】を使えば4……3日でたどり着きますよ」
必死な主張も姫には届かない。紅の髪を揺らし、憂いを帯びた瞳でベージュ髪の少女をを見つめた。
「すまんのぉ、ハピ……妾が不甲斐ないばかりに。お主は好きに生きていいのだぞ」
「何を言っているのですか! これは私が選択したことなのです! 私の生涯は姫様と共にあるのですよ! だからそんなことを言わないでください!」
「そうではあるが……」
「姫様の不安もわかります。魔族に慣れていない人族がどのような反応をするか懸念されているのですよね。南の地には魔族国家は存在しませんから。でも必ず上手くいきます。だって、姫様は姫様なのですから!」
ハピと呼ばれたベージュ髪の少女は瞳を輝かせながら告げた。
すると、姫は懐から大きいペンダントを取り出し、じっと見つめる。
「……そうだな。妾は民を導く姫。弱音を吐くために亡命したわけではない。母国のためにしっかりせねばな」
中央に見事な宝石の付いた手のひらサイズのペンダント。それは魔族国家を統べる魔王にしか持つことが許されない宝具であった。
褐色肌の少女――姫の名前は《メイデン・アーグ・ブリュウセル》。王国や皇国、法国と並ぶ土地よりも北に聳えるナルデウス山脈を超えた先にある魔族国家、《ペルシャ聖魔国》の魔王の一人娘であった。
種族の垣根を超えて隣国や他種族との交流を積極的に行ってきた魔族としては異形の国家。それは先代から受け継がれてきた教えによる影響である。
ペルシャ聖魔国はその在り方のおかげか、国家が設立しての数百年の間、争いは1度しか経験していない平和で豊かな国となっていた。
しかし、2年前――。
その安泰はペルシャ聖魔国より西の、同じ魔族国家である《バハム魔豪国》が宣戦布告によって脅かされることとなる。
最初は末端の村から襲われ、じわじわと十八ヶ月かけてその脅威は中央都市にまで届いてしまう。
バハム魔豪国は類を見ないほどの軍事力、そして指揮力を持ち、想像を絶するほどの力を保有していた。
何より聖魔国は戦時に慣れていないため、対応が後手の後手に回ってしまっていたためだ。
中央都市にはメイデンの父である現魔王がいる。
安全な都市まで拠点を移すという意見もあったのだが、魔王はそれには応じなかったのだ。
民を見捨てて自分たちだけ逃げるという行動をよしとしなかったためである。
攻め込まれるのは時間の問題であることは変わらない。
だからこそ、現魔王は娘であるメイデンだけは――と国外へ亡命させたのだ。
『滅びるなら妾も国と共に逝きたい――』
奮い立たせるようなメイデンの想いも現魔王には届かない。首を縦に降らなかった。
そして家臣たちも同様な反応を示し、「姫様だけは生きていてください」と懇願されてしまったのだ。
そこからはあっという間であった。
魔王の証であるペンダントを託され、幼い頃からメイデンの侍女を務めていたハピと共に国外へと出されてしまったのだ。
崩れる壁面。昇る炎。削られていく都市。
戦火が上がった中央都市は少しずつ攻め込まれていく景色。
外から見た地獄の開幕にも似た光景を胸に収め、メイデンは泣く泣くペルシャ聖魔国を離れることとなったのだ。
「……姫様?」
「……」
不安そうにメイデンの顔を覗き込むハピを余所に思い出すのは父の声であった。
『私たちは大丈夫である。メイデンは自分の道を生きてくれ』
大丈夫なはずがないであろう、と叫びたくなる気持ちをぐっと堪え受け入れた。
『娘を守りたいという気持ちは親としての義務なのだ。わかってくれメイデン』
そんなことを言われたら断れない。
悲しくて、苦しくて、悔しい。様々感情が飛び交い体が熱い。
もう会えないのだろうか――。
そう考えるのはもう止めたのだ。
帰りたい、甘えたい、頭を撫でて抱きしめて欲しい。
そんな願望も国を出る時に捨てたはずだ。
滅ぼしてたまるか。まだ間に合う。メイデンは自らの心情に鼓舞するように言い続けている。
「大丈夫だ。妾は絶対に成し遂げるぞ。必ず同盟を組んで聖魔国へ帰還する」
口から溢れた思惑。それは父親が望んだことではなく、メイデン自信が導き出した答えであった。ペルシャ聖魔国を救う戦力を引き連れて再び帰還することを望んだのだ。
親不孝と思われてもいい。メイデンの内側に溜まった躍動はそうすることで薄れるいく気がしたから――。
「安心せい、妾に任せるのだ」
「はい、姫様」
その言葉の重みを理解してハピは真剣に返答をする。
そんな雰囲気も、次のメイデンの発言により一変した。
「ただ……いきなり出鼻をくじかれてしまったからのぉ」
「魔王国が魔豪国の属国になっていたことですか?」
「それもあるが、《ユーミル》嬢の件だ」
「《ユーミル》様は意識不明だったんですよね。仮にも姫様と同じ12神の使徒様。そんな強者が誰にやられたのでしょうか?」
「わからぬが、執事殿の言質によれば2年前であることは間違いない。言っておくが使徒だからといって皆が強いわけではないぞ。ユーミル嬢はどちらかというと支援タイプだからの」
「宣戦布告の時期と被っていますね。魔豪国の手の者でしょうか?」
「それだと辻褄が合うが……確証はないのぉ」
ふたりはしばらく考え込むが、思考を巡らせても答えは出ない。
「でもミンティエ皇国の皇女様は《ユーミル》様とは深い仲なんですよね。魔族に対しても友好的な感情を持っているはずですよ」
「うむ。それが唯一の手がかりであり妾たちの光明だ。人族国家では"麗姫"という二つ名で呼ばれるほどの有名人らしい。絶世と呼ばれるほどの美女とも」
「早くお会いしたいですね。ですが今は休みましょう。【流動加速】は魔力を消費しますから」
魔王国を出立してから街という街には寄らず野営ばかりを繰り返してきた。野営どころか長距離移動すら慣れていないため体力は消耗するし、加えて移動手段に魔法を用いていれば尚更疲労は溜まっていく。
魔族であるため、魔力的な補助でどうにか繋いではいるが、続けていればいずれ体を壊すだろう。休憩はしっかりと取らなければならないのだ。
「うむ」
メイデンは了解の意を伝えてそのままの体制で瞳を閉ざそうとした。
「――んん?」
すると周りを取り囲むように複数人の気配を感じる。
怪訝するメイデンの声に、遅れてハピが不安そうに口を開く。
「盗賊でしょうか……?」
「なんとなくだが、わざと気配を察知させられたようにも思えるのぉ。ハピ、【認識阻害】を」
「かしこまりました!」
魔族は魔法に長けた種族ある。他の種族よりも習得速度が早い上に、使える魔法はほぼ無詠唱だ。
それは侍女であるハピも例外ではない。
口を紡ぐことなく、ハピは【認識阻害】を発動させようとする。
「……ふぇっ?」
しかし、間の抜けた声が漏れた。
発動させたはずの魔法が発動しなかったのだ。
体を微かに迸る魔力はあれど、魔法発動のための魔法陣が形成されない。
この現象の答えは決まっている。
「対抗魔法、もしくは【アンチストーン】だ。ハピ、有効範囲内から離れるぞ!」
メイデンが張りあげるような声で叫んだが、既に遅い。魔力を宿した鋭い矢が、行く手を阻むように四方八方から降り注いできていた。
「姫様!」
俊敏な動きでハピが前に出る。腕、肩、腿と次々に矢の先端が突き刺さっていくのがわかった。
庇いきれずに何本かすり抜けてメイデンの腕や頬を掠める。
「ハピっ!!」
「ご無事……ですか」
「早く治療を…………っっ!!」
そう言って回復魔法を使おうとした直後、キーーンッ、と劈くような金切り音が脳裏に響いた。
先程までとは異なり、魔法を発動させようとするだけで嗚咽しそうなほどの吐き気を催してしまう。
「おいおい、これ魔族ってやつじゃねーか!? 激レアだぜおい! エルフよりもたけーよこりゃ」
「ひゃっほーう。わいも始めて見たわ! 数十年は飲んで遊んで暮らせるぜ!」
木陰からガサガサ音を立てながら現れた男たちの不快な会話。頭にバンダナを巻いた、いかにも賊の風貌であった。
ハピは歯を食いしばりながらも、未だにメイデンを前に佇んでいる。ローブの内側を伝って足元から流れ出る血潮が痛々しくて見ていられないほどであった。
「魔族って血は赤なんだな」
「ってかよく見りゃ極たまじゃねーかよ。こりゃあ売るのが惜しくなるなぁおい」
「味見でもしとくか? くへへっ」
次々に現れる男たち。みだりがましい目線を向けて、値踏みをするようにしげしげと見つめる。
だが次の瞬間、その浮ついた雰囲気が一喝された。
「冗談も休み休み言え」
その一言で空気が萎縮する。
ニヤついていた男たちの顔が強ばっていくのがわかった。
そして、奥の影からゆっくりと姿を見せた新たな男。
目元を蝶仮面で覆い、周りにいる男たちよりも仕立てのいい服を纏っており姿勢もいい。
その仕草、立ち振る舞いのひとつひとつから上質な環境で育っていたことが感じ取れる。
おそらくこの賊たちを統率する者、もしくは雇い主だろうとメイデンは考えた。
「へへへ、冗談ですよぉ。俺らは報酬さえ貰えればいいんで」
蝶仮面の男はヘラヘラと語る賊を一瞥し、メイデンへと視線を向ける。
「これは……丁度いい手見上げだ」
落ち着いた声色。口元が緩むのがわかった。
メイデンはカッとなり、吐き捨てるように叫びだす。
「お主たちはどこの者だ! ふざけたことを申すな――ぐぁぁぁぅ!」
頭に再び劈くような金切り音が鳴り響いた。
メイデンとハピから苦痛に歪んだ声が上がる。この仕掛けには魔法発動の有無は関係なかったのだ。
「時間切れだ、レディー。少し眠って貰おう」
「こんな……ところで……」
不愉快を象徴するような愉快な男たちの笑み。
立ち昇る感情とは真逆に、意識はどんどん遠ざかっていく。
先にハピがその場に倒れた。
その事実にメイデンの心が揺れる。
ズキズキと痛む頭。落ちていく瞼。薄れていく意識――。
「これでルシぼっちゃんの王位継承も近づくだろう」
独り言のようにぽつりと放たれた囁きを最後に、メイデンの意識も闇に落ちたのだった。
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