第201話
第七章ラストです。
とある国の大聖堂。正面の演壇に堂々と建つ20メートルほどある神を象った巨像。それを囲うように設置された立派なパイプは風琴の重厚な音色を拡張してくれるものである。
巨像の高さに合わせた開放的な天井。演壇から入口まで20人以上が座れる長椅子が左右50列に連なり、中央には藍色の絨毯が長々と敷かれていた。その広々とした空間はまさに大聖堂と呼ぶにふさわしい巨大な教会である。
深夜――そんな教会に黒マントを羽織ったひとりの男が無言で通路の中央に立ち尽くしていた。発光する魔石の僅かな灯りに照らされた神の巨像を見上げている。
不意に面持ちを隠していた真っ白な仮面を男は剥ぎ取り空虚へ投げ捨てると、仮面は青白い焔に覆われ、一瞬にして消滅していった。
同時に、ギギギ――っと荘厳な扉の開く音が響く。
入口から姿を見せたのは茶色の髪に金のあや模様を靡かせた女性。天使のように整った容姿は、背中に羽根が見えそうなほど佳麗であった。
「――ユリアか」
見上げた視線を落とすことなく、男は低い声色で名を呼んだ。《ユリア・バルセロナ》、かつてザナッシュ帝国の騎士団に所属していて、あるきっかけで国を出ることになった元貴族の女性である。
名前を呼ばれたせいだろうか。ユリアは仄かな笑みを浮かべて呟いた。
「あなたがここへ足を運ぶなんていつぶりかしら、ゲイン」
「……報告は」
世間話に近いユリアの第一声にマントを羽織った男――ゲインは業務的で淡々とした口調で問いかける。
ゲインが無駄話を好まないのはユリアも存知しているため、すぐさまこの場を訪れた目的――報告すべき内容を口にした。
「魔豪国が聖魔国の侵略を8割型済ませたようよ。それとは別に同時進行で獣人領土にも進軍しているみたい」
「……慢心しているようだな」
「ええ。あの子たち、誰が先に国を落とせるかで競っているみたいなの。現魔王を含めた4人の鮮鋭、《四魔皇》がそれぞれ担当する国を決めて進軍に務めていると聞いたわ」
「……」
ゲインからの返答はない。
ユリアにとってゲインという存在は絶対であり、目指す場所がどこであってもそれを全力で補助したいと思っている。それはその身の全てを投げてでも――だ。
だからこそ、この対応はユリアからみて芳しくないものであった。
事実、ユリアは想定していた進行とは異なる展開を報告している。そこに何か引っかかっているのだろう。
「私が仲介に入りましょうか? 魔豪国は種族に拘るあまり力を誇示させることを第一に考えているのよ。集めた精霊も好き勝手に使っているみたいだし……」
そう言って、最後に余計なことを口走ってしまっただろうかとユリアは思う。しかし、精霊の件も報告しなければならない内容であった。遅いか早いかだけの話であり、無駄を嫌うゲインのことを考えればいち早く耳に入れた方がいいはずだ。
「ほうっておけ。いずれも想定の枠に収まっている」
それはゲインだからこそ疑う余地のない確証である
今までがそうだった。どんな事態に陥っても、ゲインの想定する範囲内を抜けることはない。まるで現実の方が言葉に引き寄せられているかに思えるほどだ。
「法国に潜入してた、緑の子の失敗も想定内?」
「失敗か。お前は何を持って、あれを失敗だと決めている」
ゲインは落ち着いた様子で問いかける。
そこには焦りも不安もない。ユリアを試すような質問であった。
結論は先ほど言ったではないか。いずれも想定の枠に収まっていると――。
「そうね。私が口を挟むべきことではなかったわ。ゲインには全てわかっているものね」
だからこそ、ユリアもそれ以上言及することはしない。否、言及してはいけないのだ。
ユリアはゲインの背中を儚げに見つめる。
明晰過ぎるせいか、はたまた磐石過ぎるあの能力故か――ゲインがとても遠くに感じることがユリアにはあった。
ゲインは誰にも全てを語らない。それはユリアも例外ではないのだ。
大方の報告を済ませたユリアは次の質問を口にする。
「ヘラの使徒はどうだったの?」
「……」
ゲインは沈黙した。それはおおよそいつも通りの反応ではあったが、ユリアは別の意味として受け取っていた。
「まさか、討ち損ねたの?」
ユリアがそう問いかけると、ゲインはふっ――と短く相槌を取り、ようやく向き直る。
全てを見透かすような鋭い眼光。誰も近づけようとしない漆黒のオーラ。しかし、心做しか口元が緩んでいる。
「面白いものが見れた」
「面白いもの……?」
その笑みはここ数十年、久しく見ないものであった。
どちらかといえば親しみやすい――悦に浸った表情である。
「安心しろ。時がくればわかることだ。これからも頼むぞ」
何かが起きたことは間違いないが、それも想定の範疇に収まる事だったのだろう。
それよりも、期待を込めた最後の言葉にユリアの心は踊った。まだ自分も必要とされているのだと。
「よもや俺と同じ境地に立っているとはな……」
視線をユリアから逸らたゲインはポツリと囁いた。
その表情は何やら楽しそうで――これから起こる出来事を待ち望んでいるとも受け取れる。
同時にそれは新たな戦いの幕開けを予兆していた。
ユリアはより一層気持ちを引きしてめ、ゲインの前で膝をつく。
「どんなことがあろうと、私はあなたに付き従うわ。私の命、好きに使って」
ゲインは返答せずにゆっくりと歩を進めた。
跪くユリアの横を通り抜けていく。
足音が背後に聞こえたとき、気配は瞬く間に姿を消す。
それでもユリアはしばらく同じ体勢を保っていたのだった。
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《マリア・アニエル・イーリス》
Xスキル
【神殺の聖域】
Sスキル
【超・感覚】
Bスキル
【上・視力】【上・聴力】【上・嗅覚】
Cスキル
【老化耐性】【苦痛耐性】【成長】【魔力制御】
Dスキル
【低・体術】
加護
【神聖の加護】
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【神殺の聖域サンクチュアリ】
・神力を打ち消すフィールドを出現させる。
【神聖の加護】
・12神、アレスによってもたらされた加護、【信徒の加護】と同じ役割を果たす。
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