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第199話

 ――触れさえすれば、奪えるのに。


 膨大な魔力が飛び交うバロック王国王城、王の間。憤怒(ふんぬ)(ほとばし)らせながらバリエゾは目前に悠然と立ち尽くす少女を強く睨みつけた。


 少女は激昴(げきこう)な眼差しを受けても毅然(きぜん)とした振る舞いでバリエゾを見据えている。


 余裕のある妖艶な微笑み。激闘を繰り広げても乱れない艶のある黒髪に宝珠の如く紅に染まった瞳。それに合わせたように(まと)った赤と黒の豪奢なドレスにも一切の汚れがない。


 それらの特徴、青髪の侍女が呼んだ《ティアラ》という名前から、人族国家、ミンティエ皇国の第3皇女――"麗姫(れいき)"の2つ名を持つ《ティアラ・フリシット・クリステレス》である可能性が高いとバリエゾは考えていた。


 "剣帝(けんてい)"、"龍虎(りゅうこ)"、"麗姫(れいき)"、"魔神(ましん)"――人族国家で名を馳せている者の情報はうっすらと頭に残っている。有能な参謀が見積もったおおよその力量もだ。


 値踏み以下であった"魔神(ましん)"とは異なり、"麗姫(れいき)"の強さは桁違いであった。

 人の身でありながら、見た目の美貌も備え持つ強さも人の枠に収まっていない。


 それ故に12神の使徒であるということも検討が付いている。


 だからこそ一刻も早くティアラに直接触れる必要があった。


 それはバリエゾが授かった神の加護――【アポロンの加護(神秘(しんぴ)強奪(ごうだつ))】を発動させる条件でもあったからだ。


 【神秘の強奪】は他者の神から授かった加護を奪い取り自らの力として使用できるというもの。

 当然、奪われた相手が加護を使うことはできなくなる。


 奪える加護はひとつだけというルール故に、現在保有している【ヘルメスの加護(神の傀儡(くぐつ))】は元の持ち主に返還されてしまう。

 だが、発動条件が特定的で使いにくいうえに、聖女暗殺が失敗した今では必要ない加護なのだ。


 接触さえすれば奪える。

 魔族でも有数の速度を誇るバリエゾからすれば好条件であるはずの加護。


 しかし、それを許してはもらえない。近づこうとすれば何かしらの斥力が体中に降りかかり、吹き飛ばされてしまうのだ。


 おそらくその斥力こそがあの皇女の加護によるものなのだろうとバリエゾは思った。


 自然と視線を横目に流す。

 既に氷漬けにされて白目をむき出しにしているブラストの姿が映り込んだ。


 魔力はほぼ枯渇状態であり、無理やし起こしたとしても意味を成さない。

 元より【遮音(サイレント)結界(フィールド)】を維持するために魔力を使いすぎていたことと、消費量の多い魔法ばかりを習得していたのが仇となったのだ。



 ――本当に役に立たない奴だなぁ。



 バリエゾは心中で悪態を吐き捨てながら、内に宿った憤りを更に強めていった。

 切断された左腕の痛みなどとうに忘れている。

 目の前の外敵をどう殺すか、どう苦しめるかだけをひたすら思索していった。



「ねぇねぇ、僕から提案があるんだけど」


「……ふふっ」



 申し出をするバリエゾにティアラは気品のある笑みを浮かべて小さな口を開く。



「今のあなたが提案できる立場にいるとお思いで?」



 それは氷雪のように冷たく鋭い返答であった。今更交渉の余地などないと、ティアラは言っているのだ。



「いやー、お前も僕と同じで神に選ばれた者だと思うんだけど、違うかな?」


「神に選ばれた者、ですか」


「そうそう。だから確かめたいんだよ。僕達は同じ志の元でこの場に立っているかもしれないじゃないか」



 そう言って手を差し出しながらバリエゾが告げると、ティアラはまたもふふっと優雅に笑みを造る。



「神に選ばれた、選ばれてないという些細なことなど私には関係ありませんの。問題はあなたがリルちゃんを苦しめたという事実だけですわ」



 凍てつくような空気が漂う。表情は柔らかいのに、ちっとも笑っているように見えなかった。



「いやー、僕も悪かったと思ってるんだよ? 謝罪するつもりもあるしね。どうすれば許してくれる? 頭を下げればいいのかな」


「あなたの加護が大方どのような条件で発動するかもわかっていますわ。その効果も予想の範疇です。だからまずその虚言に充ちた気持ちの悪い顔をどうにかしてください。生理的に受け付けませんの」


「お前……本当にムカつくなぁ」



 静かに囁いたバリエゾは瞳孔に魔力を灯す。それは怒りの感情に魔力をのせた暴走のようなものであった。



「僕からの最後の譲歩だよ。僕側につかない? こっちのほうが楽しいよ」


「寝言は寝ているときに言うから寝言なんです。冗談も休み休み申してくださいな」



 ティアラの嘲笑にバリエゾはさらに魔力を肥大させる。王の間を埋め尽くす冷気が即座に温まり、氷の粒子がサラサラと舞っていく。


 すると新たな声がバリエゾの耳朶を揺らした。



「あれ? もう終盤って感じ?」



 声の主は両手を後頭部に添えて、いかにも退屈そうな態度で歩いてきた。

 色素の薄い紫の瞳。絹のような白髪を肩上に切りそろえていてる少女。

 以前、お布施回収という名目でバリエゾが海信都市クラウディアに訪れた際に《ラグナ》と共にいた者であった。


 現れた少女を制止させるよいにティアラは告げた。



「白いのの出番はありませんわ。これは私の戦いなので見学していてください」


「えー。こいつには少し因縁があったんだけどなー。まぁ譲ってあげるよ」



 まるで好きなデザートを譲っているような陽気な会話であった。バリエゾの姿など見えていないかのように……。



「もういいよ。黒も白もまとめて殺す。後悔しても遅いから」



 バリエゾの言葉にティアラは瞳をキラキラと輝かせる。どこからともなくノートとペンを出現させて、何やらメモを始めた。



「悪役の死亡フラグ回収ですわね」



 その動作にバリエゾはとうとう怒りが抑えきれなくなっていた。

 半魔族だった体が徐々に元の魔族の姿へと戻っていく。肌は以前よりも白く染まっていき、頭部からぎゅるりと2本の角――計3本の角が姿を見せた。



「第2形態というやつですわね」



 さらにバリエゾは懐から薬を取り出す。

 それは帝国から流れてきた激薬のポーションを品種改良したものであった。

 効力は魔力活性と傷の回復。切断された腕すらも戻せるような一級品のポーションであった。

 バリエゾはそれを一気に飲み干す。


 それを見てティアラの眉根がぴくりと動いた。



「そのポーション……なぜあなたが持っているのでしょうか」


「死人に答える必要はないだろ?」



 先程とは異なり、バリエゾの態度には余裕が戻っている。


 体に負った傷、そして魔力がみるみる回復していった。

 やがて切断された左腕の断面にも魔力が流れ始め、回復――――しなかった。



「……はっ?」


「言い忘れていましたが、その腕は普通の魔法や薬ごときでは戻りませんわよ。あなたの『腕がない』という事実は既に世界に定着させてますの。あなたの体はこれからもその状態で維持されますわ」


「お前……なにを?」



 それは信じ難いほどの事実であった。

 体を完全な状態に回復させる――その完全な状態を『腕が切断された状態』に認識を変えたとティアラは言っているのだ。


 つまり、バリエゾの腕は元々ないものであり、それが当たり前である状態になる。

 今後どんな薬や回復魔法――それこそ人智を超えた【完全回復】などを用いてもバリエゾの腕は戻らない。バリエゾの知る限り、そんなことができる魔法がこの世にあるはずがないのだ。



「事実である目の前の出来事が信じられませんか? あなたは現実逃避するほど小物だったのですね」



 バリエゾは脳裏の片隅でようやく理解していた。いや、理解ぜざる追えなかった。


 ティアラは自分よりも強い存在であると――。


 受け入れがたい事実ではあるが、受け入れられないほどではなかった。

 それはバリエゾよりも強い者が面識のある中で4人もいて、それを超えようと力を蓄えていたからである。


 しかし、先ほどからの挑発と相まって、ティアラが告げた最後の言葉により、バリエゾは我を忘れて激昴していた。



「僕を……小物と言うなぁぁぁ!!」



 バリエゾはありったけの魔力を刀身に乗せて跳びかかっていた。

 冷静さはとうに失っている。力任せの跳躍のせいか、通常ではありえない速度で一気に間合いを詰めていった。


 妄信的ではあるが、この世の中に存在する大抵の者が目に追えないほどだろう。


 ただ、ティアラはその概念には囚われない。



「さらには狂乱ですか――やはり小物ですわね」



 跳びかかってきたバリエゾに即座に反応してティアラは手のひらを前にかざした。

 無慈悲な斥力がバリエゾの体を支配し、勢いよく詰めた間合いを戻されてしまう。


 飛ばされながらもバリエゾは剣先にありったけの力を込めて【風魔殺・被弾】を放った。


 圧縮された風の魔力がティアラに向かって発射される。

 胴に直撃すれば解放された圧力で風穴を開けるだろう。巻き込まれた物質は一瞬にして微塵にする技。


 しかし――。



「無駄ですわよ」



 いとも簡単に弾かれてしまう。

 その加護は既存の物体のみならず、魔法や魔力の類すらも弾くようであった。



 ――あの加護さえなければ。



 無駄な思考がバリエゾの頭を過ぎる。

 あの加護さえなければ確実に殺せていたと……。




「これが無かったとしても、あなたに対抗する手段なんて何百通りもありますわよ」



 心が読まれているかのような的確にティアラは追い打ちをかける。



「では、さようなら。あなたの巻き起こした法国の問題も今頃解決していることでしょう」



 ティアラがそう告げた途端、バリエゾの周囲に魔力が広がった。

 それを圧縮して囲うように八方に魔法陣が出現。紐のような魔力の線が魔法陣同士を繋げ、ガラスのような魔力の膜を作る。



「リルちゃんの家族を殺した痛みをすこしでも味わいながら死になさい――【氷塊の箱(フリージングボックス)】」



 透明な魔力の膜が瞬く間に曇っていく。

 上下左右、四方八方から無数の棘がつららの如く突き出してきた。

 氷のようで、その硬度は体現したことのないぐらいに固く、重い。


 それが拷問器具のように次々とバリエゾの体を貫いていった。



「僕が――僕がぁぁぁ!」



 悲痛の叫び。

 ティアラは目をつぶり、勝利の余韻に浸ろうとした。


 その直後――。

 ガシャーン、っと耳を劈くような大きな音が響き、目の前にあった【氷塊の箱(フリージングボックス)】が勢いよく砕け散った。


 何が起きているのだろうか。バリエゾにもわからなからない状態である。


 そして、先ほどまでなかった影がバリエゾの視界に映り込む。


 乱れた長い銀の髪。肩から深く羽織った漆黒のマント。奇っ怪な仮面。


 そのシルエットを見たティアラと、あとから現れた白髪の少女が目を見開いて驚愕を顕にする。



「あなたは……」


「……」



 その者を一言で表すなら、得体の知れない力を持った虚空の塊であった。


 魔力の類は一切発していない。ただ存在しているだけで、「敗北」の2文字を抱かせられるような力をもつ者。


 ティアラは眉根を寄せて睨みつけながら、緊張感のある声で呟いた。



「やっと会えましたわね。ゲインさん」

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