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第196話

もうすぐ七章終わります。

 中空を真っ直ぐと進むマリアの眼下には静寂に包まれた首都が広がっていた。


 閑寂なのは深夜であるため当然のこと。

 しかし、人の気配が意志をなくしてしまったかのように弱々しい。それは普段の首都を知らないマリアでも異常だとわかるほどで、これから廃都となる前触れを強く思わせる光景であった。


 廃都となれば人は死ぬだろう。脳裏を過るのは貧民街のような街並み。


 かぶりを振ったマリアは「なんとかしたい」という気持ちをより一層強めて、肥大する魔力の方角へと向かった。


 やがてたどり着いた目前の光景――正しくは感じ取った感覚に、マリアは息をするのも忘れて戸惑いを示す。

 周囲を圧迫するほどの強大な魔力と気力が乱雑に入り乱れて、嵐のようにぶつかり合っていたからだ。



「これが神器の力ですか」



 魔力の発生源となる宙に浮かぶ物体。人々を意識を刈り取った元凶で、おそらく神器である。

 イーリスの塔の最上階にある魔力源のように、バリバリと音を立てながらドーム状に魔力を広げている。まるで意識があるかのように攻撃性のある魔力をビリビリと放射していた。


 それを食い止める形で気力が広がっている。発生元は10メートルほど先の地上で立ち尽くす気配――おそらくそれはクレイであった。


 驚いたことに、クレイには意識がない。

 気を失って尚、這うことなく天にも昇る勢いの気力を放っているのだ。

 そんなことが可能なのかと疑問に思ったが、それよりも気になることがあった。



「この気配……」



 感覚を研ぎ澄ませると神器の真下辺りにダグラスの気配がある。どうやら魔力を奪われているようで、見る間に体中の魔力が減っていくのがわかった。その姿は低空をふわふわと浮かんでいて、まるで神器に吊るされているようであった。


 放置すればダグラスの魔力は枯渇して死に至るだろう。そう思ったマリアは自然と叫んでいた。



「クレイ様、聞こえていますか!」



 もちろん返事はない。それどころか、辺りを覆う気力が乱れる様子もない。


 マリアはクレイの元へと向かおうと一歩、前に出た。


 すると――。



「きゃっ……!」



 クレイから発せられる気力の塊が剣山の如く形を変えてマリアに牙を向いてきた。即座に後退すると、気力は元の形へと戻っていく。


 その動きはまるで自動的に自身を守るかのようで、無意識状態でもこんな芸当ができるクレイの底知れぬ能力にマリアは身震いをした。



「私は敵ではありません!!」



 必死に叫ぶが、やはり返事はなかった。

 意識がないのだから仕方がないとはいえ、敵として認識されてしまったことにマリアは若干のショックを受ける。




「……どうすればいいのでしょう」



 思わず不安が漏れてしまう。

 ダグラスから抽出されている魔力量も少しずつ減っていて、枯渇が迫っていることを知らせていた。


 必死に思考するが、妙案は浮かばない。

 それでもマリアは頭をフルに活用して集中する。


 広がっていく感覚から、色々な情報を読み取っていく。


 嵐のような暴風にあてられた草木。コロコロと転がる戦闘によって壊れた街路の石。落下したのかクレーターのように陥没した地面。その影響を受けた崩れかけた家の壁。その家の瓦礫がどしん、と音を立ててクレイの側で崩れ落ちる。



「……?」



 その様子にマリアは疑問を抱く。

 どうしてクレイは崩れた瓦礫に反応しなかったのだろう、と――。


 近づいたものに反応を示すなら、先ほどのマリアが体験したように気力は形を変えてもいいはずだ。


 そもそも、クレイの気力はどのような判断で動いているのだろう。


 生きているものに反応するのであれば、神器の魔力に反応するはずがない。

 魔力に反応しているのであれば、マリアの動きに反応するのもおかしい……。



「これならどうでしょうか」



 マリアは導き出された回答を元に、再び恐る恐る一歩を踏み出した。

 しかし、先程のように気力が迫ってくる様子はない。



「これがあったからダメなのですね……」



 ほろりと囁きながら、マリアは久しく感じていなかった感覚に身震いをする。


 現在、マリアは【強感覚】を解いていた。


 クレイの自動防衛は敵意などの『意志』と、魔力や気力といった『力』に反応していて、気力からくる【強感覚】もまた防衛の対象と認識されていたのだ。


 抱いた結論が正しかったことに安堵して、マリアはゆっくりと二歩目を進む。


 【強感覚】のないマリアには、真の暗闇が目前に広がっていた。

 石造りの街路に崩れた家の瓦礫、陥没した穴。周囲の障害物、魔力と気力。今まで感じ取れていたものがそこにはない。


 身体を抜ける暴風のように吹き荒れる風。焦げた匂い。靴底から伝わるごつごつとした地面だけがマリアの全てであった。


 それは闇の中に放り出されたような感覚で――視力を失った時に味わった『恐怖』そのものである。


 立っているだけで怖い。

 それなのに、こんな嵐の中、前に進むなどもってのほかだ。

 躓いて転ぶことだってあるし、障害物が飛んでこないともいえない。


 少しのズレで大怪我をするのは確実であった。



「……っ!」



 しかし、マリアはまた一歩、前へと進む。

 それでもやり遂げなければならないことがあるのだ。助けを呼んでいる時間も、余裕もない。

 これはマリアにしかできないことなのだ。


 大切な人を救いたい。法国の民を救いたい。ダグラスを救いたい。

 マリアは決死の想いで一歩前進する。


 ころっと、靴のつま先を小石が小突く。じゃりっと靴底が音を立てる。


 マリアは一歩、また一歩と進行を繰り返した。


 僅かな時間が、とてつもなく長く感じられた。


 神経がすり減り、意識が遠のいていくような感覚すら感じる。

 それでもひたすらに前へと、闇の中を進んでいく。


 あとどれぐらいだろう。

 10メートルほどの距離があったため、マリアの歩幅なら15歩くらいでたどり着く計算だ。


 今は17歩目。15歩などとっくに過ぎている。

 真っ直ぐと直線に進めなければクレイのところへたどり着くことはできない。

 もしかしたら、もうズレているのかもしれない。


 恐れと不安がマリアの意中を過ぎる。


 だが19歩目に差し掛かったとき、暴風による風が微かに弱まったような気がした。まるで障害物によって遮られたようで――それが目の前に何かがあるという確信に変わる。


 ――クレイ様でありますよう。

 そう懇願しつつ、マリアは右手を前に差し出して、もう一歩、足を踏み出した。


 すると突然、誰かに手首を掴まれた。



「ひゃっ」



 反射的にマリアはそれを払いのけようとする。だが力強く握られているせいで振り払うことができない。

 数秒としないうちに聞き覚えのある声がマリアの耳朶を揺すった。



「どうやら間に合ったみたいだな」



 達観していて、余裕のある落ち着いた声でそう言ったのはクレイであった。

 安心したせいか、閉ざされた瞳から一滴の雫が流れ出す。



「クレイ様、この気力はどうにかなからかったんですか!? それに目覚めたならすぐに声をかけてください。どんなに怖かったか……」


「それは……悪かった。だが俺も今目覚めたばかりなんだぞ? それより、ダグラスの方がやばい」



 マリアははたとして、【強感覚】を発動させる。

 暗闇だった感覚がぱーっと開けて、先程までの地形や気配が一気に感じ取れる。それは頂上から溢れ出る水が山々を潤していくようであった。



「ダグラスを助けたいか?」


「当たり前です」



 クレイの愚問にマリアは即答で返した。

 これまで犯してきた罪は許されるものではない。現状がダグラスの命をもってでしか食い止められないのであれば、その判断をくだす覚悟もあった。

 だが、クレイならなんとかしてくれる、そんな希望が心中から沸き上がってくるのだ。



「だろうな。まあ、あいつも操られていただけだったようだしな」



 その言葉にマリアは驚愕する。



「……それはどういうことでしょうか」


「黒幕が他にいるってことだ。詳しくは後。今はこの状況をなんとかしよう」


「解決策はあるのですか?」


「この魔力――つまり神器の力も、ダグラスを操っている力も神の領域と同じ力だ。何が言いたいかわかるか?」



 その意味をマリアは理解した。

 クレイはマリアのXスキルが必要だと言っているのだ。



「はい。私にしかできないことなんですよね」


「ああ。俺があいつの元まで連れていく。だからマリアは触るだけでいい」


「ですが、この魔力の剣幕は大丈夫なんですか?」


「愚問だろ」



 そう告げた直後、辺りを覆っていた気力に魔力が流れ出す。足元へ静謐な魔力が流動していく。

 マリアは膝裏からすくわれて、足元が地面から離れた。

 それは人生初のお姫様だっこであった。



「その……重くないでしょうか」


「それこそ愚問だろ」



 ごめんなさい、とマリアは心中で謝罪をする。



「じゃあ行くぞ」


「はい!」



 そして、跳躍。

 神器から流れる魔力が刺々しく襲ってくる。

 クレイはそのいずれもを躱し、無効化して低空を漂うダグラスへと一気に詰め寄った。


 その圧倒的な捌きに感嘆するのも一瞬。

 直後、クレイの声が聞こえてくる。



「今だ!」



 酔いそうな気分を抑え、マリアは必死に手を伸ばす。

 すると何かに触れる感覚が手のひらを伝い、ピキンっと何かが割れたような音が響いた。

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