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第193話

 俺は夜空と月明かりに照らされた首都の上空に浮かぶダグラスの姿を見据えた。


 絢爛たる白い修道服に身を包み、ネックレスやブレスレットと魔石の宿った装飾品つけている。薬指と中指にはそれぞれ指輪がはめられていて、そのいずれもが高品質な魔道具であり、魔法的な補助効果を及ぼす。


 まさに魔を探求する法国の最高位を統べるに相応しい上等な装備品たちだった。


 中でも手に握っている12色の魔石の球体飾られた神器からは力強い波動が感じ取れる。まるでダグラスを含めた全ての装備品と呼応するように猛々しく力強い魔力を放っていた。


 眼下に視線を落とす。街では深夜にも関わらず、家から飛び出して外の様子を窺っている者たちがちらほらと見て取れた。


 システムの作動したイーリスの塔が起こす揺れが、人々の不安を煽っているのだろう。



「他の誰でもない。私は、私の意思で動いているのだ」



 再びダグラスに視線を戻す。

 杖を握っていないもう片方の手で頭を抑える姿は、何かに抗うようであり――そんな行動とは裏腹に、この状態を楽しんでいるような笑みを浮かべていた。



「そうは見えないんだがな」



 どう見ても内側からくる何かと戦っている姿勢。何かしらの力が作用していて、それを抑制しているようにしか俺には見えなかった。


 ダグラスの今の状態は洗脳という言葉が相応しい。

 しかし、心を操ると効果を持つヘルメスの加護、【神の傀儡】は本来ダグラスに与えられたものである。


 どんな条件下で発動して、どれほどの効果があるのかは不明ではあるが、あれが正常に力を発揮しているとは到底思えない。

 それはダグラスの意図しない形で何かが起きているということを意味している。


 悪魔の力、なりすましの擬態、精神汚染――。

 様々な推測を立てる中で、可能性の高い外的要因を考察した。


 それはダグラスの神の加護が利用されている可能性である。

 簡素的に説明せるなら、神の加護を奪う力、もしくはコピーする力が存在していて、それを行使されているのだ。


 神の加護に対抗できるのだからその力はもちろん同じ神の加護によるもの。

 『神の加護を無効にする加護は存在するのか』という議題の中でティアラと討論して、もっとも存在していそうな力がそれであったのだ。


 そうなってくるとその加護を行使した12神の使徒の黒幕がいるということになる。


 その黒幕とはどいつだろう。


 情報収集、聖女を暗殺、法国と王国を争わせる――など目的にもよって変わってくるが、ダグラスを含めた重要人物や法国全体の動きが把握できて、それなりの地位に付く誰かになる。


 ターニングポイントはおそらく5年前の前聖女であるステラの死。ティアラから得た情報と、フレンスから聞いた話から推理すると、6年前から実力だけで最高司祭に成り上がった《バリエゾ・オン・ルグーシェ》が可能性がもっとも高いという結論に至った。



「聞こえるか? バリエゾ」


「……」



 俺はかまをかけるつもりで、ダグラスを通して聞いているであろう相手に向けて語りかける。

 何かしらの応答があると思ったが、否定も肯定もない沈黙が返ってくる。


 こちらの状況を把握する為の感覚共有機能は備わっていると思ったが、違ったのだろうか。


 もしかしたら、向こうもそれどころではないのかもしれない。


 そう考えて、俺は思わず口元を緩めた。



「聞こえているなら、言っておく。お前じゃティアラに勝てないよ。無駄なあがきはやめとくんだな」



 交流会の際になんらかの問題を起こった場合、グレンシャルを通してティアラが対処する手筈となっていた。


 今、それが執行されているのかもしれないと俺は考えたのだ。


 バリエゾが糸を引いていることをティアラはまだ知らない。しかし、ティアラならその可能性に気づき、対処することだろう。

 ティアラにはそれだけの力があるのだ。



「思い通りにならないものは、全て壊す」



 やがて口を開いたダグラスからは平静が見て取れた。荒ぶっていた先程の片鱗は欠片もない。



「それをすると悲しむ奴がいるんだ。抵抗させてもらうぞ」



 ニヤリとダグラスの口元が広がった。初見のときとは違う邪悪な笑みがそこにはあった。



「始めよう。第2戦と行こうじゃないか」



 それだけ告げて、ダグラスは手に持つ杖を天に掲げると、圧倒的な魔力が主を囲うようにドーム状へと形を変えていく。


 無数の魔法陣がダグラスの背後に出現した。その数……16個。

 反射的に剣を抜いた俺は、それを【斬魔封殺(ざんまふうさつ)の極】で斬り伏せる。


 がしゃーん、と連続でガラスが割れたような音が響き、魔法陣は霧散していった。



「準備運動は済んだか?」


「ふふ、そのような魔法対抗手段があったとはな。ではこれはどうだろう」



 ダグラスの握る杖が光を帯びる。

 直後、巨大な鉄球で打たれたような衝撃を真横から受ける。見れば、厚さ4メートルほどの白い五角形の柱が何もない空間から出現していた。


 ダグラスは魔力を宿してから、魔法を発動させるまでの肯定を短縮したのだ。対抗手段を打たせないために。



「便利な道具だな」



 俺は何かに触れたという感覚から、反射的に体を逸らしていたためダメージはそんなにない。

 しかし、【(アンチ)次元(ディメンジョン)魔法(フィールド)】の効果範囲内であるため、【転移】で距離を詰めることもできない。


 追撃が来ないことを確認した俺は魔法による攻撃を選択し、発動させた。


 7級の闇・風属性魔法【深闇雷(ゼロ・グローム)】。直径5メートルほどの漆黒の雷がレーザーのようにダグラスへと向かっていく。


 どういう対処をするだろうか。

 思考を巡らせていると、ダグラスは神器を前に翳した。12色あるうちの黒と緑の玉が光を宿す。



「魔法は私自身なのだ」



 すると、【深闇雷(ゼロ・グローム)】が杖に触れた先から吸い込まれていく。それだけではなく、ダグラス全体を覆うドーム状の魔力も強まっていた。

 まるで魔法を吸収しているかのようである。



「リサイクルもできるのか。随分エコな神器だな」



 あれは魔法を分解し、魔力に戻して吸収していた。


 発動前に止めるならまだしも、発動してしまった魔法に対しての抵抗手段は魔法というのが普通である。


 それは魔法を魔力に戻す工程はかなり難しいからだ。出来上がった料理を元の素材に戻せと言っているようなもの。それをいとも簡単にやってしまうあの神器の効力には天晴れとしか言いようがない。



「【(アンチ)(ダークネス)魔法(フィールド)】」



 俺は範囲魔法である【(アンチ)(ダークネス)魔法(フィールド)】を周囲に展開した。効果範囲内での闇属性魔法を阻害する結界だ。



「闇属性対抗まで使えるとは、君はとことん興味深いよ」



 俺やダグラスを浮遊させている【フライ】には重力系の闇属性魔法も使われている。

 闇属性魔法が無効になるこの空間内では【フライ】の効力も無くなり即座に落下することだろう。


 ところが、ダグラスは属性を風属性に変化させることによって浮遊の原理を変えてそれを保つ。


 先程のように神器を使って【(アンチ)(ダークネス)魔法(フィールド)】を魔力戻せばそんな面倒くさいことをしなくてもいいはずだ。


 それは、直接触れた魔法にしか効力を及ぼせないという証明でもあった。

 あの杖に触れなければ魔法は魔力に戻ることは無い。



「やっぱりこっちの方が俺には合ってるな」



 俺は剣を構えて魔力を纏った。

 雷のような青白い光が刀身を伝っていく。


 元来から魔法職に対しての有効手段は近距離戦闘。魔法同士の戦闘も悪くないとは思っていたが、攻撃魔法が吸収されるのであれば、こっちの方が手っ取り早い。


 俺は空を蹴り、浮遊するダグラスを目指して一気に跳躍した。



「近寄らせると思うか?」



 杖が輝くと同時に、先ほどの柱が行く手を阻む。俺はその風圧を利用して、水面に浮かぶ葉のように揺らりとそれを躱す。


 すると追撃の柱が次々と迫ってきた。

 俺はその全てを縦横無尽に紙一重で躱しきる。



「それはお前が決めることじゃない」



 やがて間合いを詰めた俺は、ダグラスに向けて剣を振るった。

 しかし、どこからともなく出現させた鋼鉄の盾でダグラスはそれを凌ぐ。



「君は見世物小屋にでもいたのかい?」



 反射効果のある盾だったのか、刀身が凄まじい力で返された。

 それに抵抗することなく、俺は体を1周させ、下方から鋼鉄の盾を斬りあげる。



「【斬絶(ざんぜつ)】」



 見事に真っ二つになった鋼鉄の盾は粒子となり霧散した。

 それを見てダグラスは目を見開く。



「なに……?」


「魔法の対抗手段をお前だけが使えると思うなよ」



 俺は剣の柄の先でダグラスの腹部を小突く。



「【柔蒼雷頂(じゅうそうらいてい)】」


「ぐっ……!」



 体の内側にダメージを与える【柔】の攻撃。それを察してか、ダグラスは全てを受ける止める前に真横へと跳躍。

 口元から血を流しながらも新たな魔法を発動した。



「【樹海剣山(リーフティアブレイド)】」



 直後、ダグラスの背後から無数の植物のようなものが湧き出てきた。巨樹の根のように太いそれは1本1本が生きているようにうねりたつ。

 先がニードルのように鋭い根が暴れるように俺の体を鞭打ってくる。



「よっと」



 俺はすかさずそれを受け流し、根に剣先を突き立ててながら足をつけた。

 しかし、根は留まることなく成長を続け、引き離されるようにダグラスとの距離を空けられてしまった。



「めんどくさいことしやがって……」



 俺は跳躍して根の上を駆け出した。

 後から出現した他の根が機敏な動きで俺の身体を捉えようとする。

 攻撃自体が早いわけではない。俺はそれを躱しながら他の根へと移動を繰り返し、根元まで一気には走り出す。



「【蒙木炎陣(もうこえんじん)】」



 根の元から先まで、一気に火柱が舞い上がった。俺はすぐさま宙へと舞う。


 根っこは苦しむようにうねり、みるみるうちに黒く焦げていく。

 その光景は大袈裟で、まるでわざとやっているかのようにも感じた。



 ――いや、わざとやったのだろう。



 その予想は見事に的中する。

 中途半端に焦げた木杭は消えることなく、バラバラに落下し始めたのだ。


 このまま放置すれば首都への被害計り知れない。そこまで計算しての攻撃だったのである。



「【大烈風(だいれっぷう)】」



 一方向に家すらも吹き飛ばすほどの凄まじい風を巻き起こす、6級風属性魔法。それを街を巻き込まない程度の中空で放ち、宙を舞う木杭を首都の外へと吹き飛ばした。

 それを見たダグラスの表情は緩む。



「守りながらでは大変だろう」



 新たな魔法。それを塔に向けて放とうとしていたのだ。

 今は塔にリンシアたちがいて、あの規模の魔法を受ければどうなるかわからないだろう。



「それだけは、俺がさせると思ってるのかよ」



 俺は既にダグラスとの間合いを詰めていた。

 そんな俺に対して、ダグラスは驚愕の意を示す。



「どうやって詰めた……」


「魔法は得意分野だろ? 自分で考えろ」



 【大烈風(だいれっぷう)】の風速を利用しただけという簡単な回答であるが、動揺するダグラスは気づいていないようだ。


 俺は胸元に【絶拳(ぜっけん)】を放つ。

 凄まじい衝撃がダグラスを襲い、体は勢いよく地面へと落下。大きなクレーター作る。



「やりすぎたか?」



 俺は落下地点のクレーターの側へと着地する。

 対大型用の【絶拳(ぜっけん)】であるが、本気で放てばダグラスの命を奪うだけの殺傷性がある。だから手を抜いて、意識を刈り取るだけの力加減で放ったのだ。


 気の類は一切感じない。

 塔への攻撃姿勢に腹を立てたせいか、少し力を加えすぎたらしい。


 確認のためにダグラスの近くへと歩み寄った。



「生きてはいるようだな」



 脈の音が聞こえる。洗脳が溶けているのか定かではないため、俺は拘束しようとした。


 直後、足首をダグラスに掴まれる。



「意識もあったか」



 振り払おうとするも、ダグラスの力は思ったよりも強い。

 同時に、首都の半分を補うほどの爆発的な魔力の膨らみを感じた。



「まだこんな力が……?」



 もう1発殴ろうかと考えたが、ダグラスの姿を見てその意味を成さないことを悟った。


 口元から血反吐を流すダグラスの瞳は白目を向いていて、意識があるとは到底思えない様子であったからだ。


 そうこうしているうちに、この辺一帯を覆っていた魔力が空中の一点に収束を始める。



「神器を手放していたか」



 その一点にはダグラスが持っていたはずの神器だけが浮いている。12色の魔石が同時に輝き、何かしらの魔法の発動を予期した。



「これで終わりだ……全てを、願望の世界へと誘え――」



 白目のままダグラスが語りかける。

 その瞬間、神器から重々しい鐘の音と、耳朶にへばりつくような演奏音が流れ出す。



「【古の(エンシェント)鎮魂歌(レクイエム)】」



 その音色は俺の意識を直接覆っていく。

 精神的な作用を及ぼす魔法のようで、強制的に眠らせる効果があるようだ。


 初見の魔法への対処が遅れてしまうのが弱点ではあるが、大体を対処する自信はあった。

 しかし、今回の魔法はその弱点の合間を付くような技である。抗おうとするも、神器というだけあって強制力も中途半端なものではない。


 術者であるダグラス自信も眠りについているのがその証拠だ。


 神器を侮ってしまった俺が悪い。

 しょうがないと、俺はこの状況を受け入れて口元を緩める。

 これは決して楽観的になっているわけではない。状況から察した信用である。


 重厚な鎮魂歌が鳴り響く中、俺は意識を夢に預けたのだった。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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