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第192話

 ――早くこの場から離れなければ。

 侍女服の長いスカートを摘みながら、リルは王城の通路を全力で走っていた。


 王の間で見た光景が……感じたことのない恐怖が、今にも迫ってくるかのようで、胃の中のものを全て吐き捨てたい気分を必死に堪える。

 でなければ命が無いと悟っているからだ。


 掃除をして、洗濯をして、訓練をして。普段通りにリンシアの部屋の整理をしてから、リルは見回りという名目で気配を消して城を巡回していた。


 第3王女リンシアの専属侍女であるリルだが、戦火の危惧が見込まれていた交流会への同行はさせて貰えなかったのだ。


 だからこその行動だろう。リルは少しでも役に立ちたいという一心から、出すぎない程度に色々と調査をしていたのだ。法国の者達が宿泊する部屋の周りの巡回もその一環であった。


 リルにとっての不運なことは、法国の老人と王国の爵位を持つ騎士がふたりで歩いているところを発見してしまい、それを尾行してしまったこと。


 通路に広がる血痕を目にしても引き下がらなかったのは、何かしらの情報を持ち帰りたいというリンシアへの忠義心と、気配を消すことに対しての自信があったためである。


 それに、付いていた騎士にも見覚えがあった。彼は王国3公爵家、バルワール家の三男子息で子爵の爵位を持つ騎士。公爵家の中で唯一、ルシフェルの派閥に属さない家系の者である。


 実力も十二分。それもリルにとっての安心材料だったのだ。


 しかし、そんな慢心こそが間違いであったと気付かされる。


 王の間へと入っていくふたりを見送ったあと、音がしないのだ。

 無音――まるで何も起きていないかのような静寂。すぐに出てくるだろうと待つものの、一向に出てくる気配もない。


 おそるおそるという様子で中を覗いたリルはその光景に吃驚した。


 何十と倒れる騎士たちと、奥に縛り付けられている国王陛下――そして、先程まで呼吸をしていたバルワール家の騎士の無惨な死体を目にしたからである。


 さらには、その主犯と思われる返り血て染まった真っ赤な修道服に身を包んだ緑色髪の男と、尾行していた法国の老人が戦闘を繰り広げていたのだ。


 勝負はものの数十秒で着いた。それもリルが見たことのない惨たらしい終幕で。


 リルは嘔吐を寸前で我慢して、漏らしそうになった声を口を塞いで制止させた。

 少しでも音を立てれば、【超・気配遮断(シャドウ)】が切れてしまうからである。



「っ……!」



 一刻も早くここから逃げよう。

 そう思ったリルだが、次の瞬間に頭を真っ白にしてしまう。


 愉悦の笑みを浮かべる緑色髪の男……人の死を楽しむような、陶酔しているような笑み。そんな姿が、何故だか記憶の奥底に眠る映像をフラッシュバックのように起こしてしまったからである。


 見えた光景は燃え盛る炎に包まれた木造の家と、剣を振るう男の影。

 芽生えた感情は悲しみ。


 そのせいでバランスを崩してしまったリルは、扉に体重を乗せてしまったのだ。


 ――見つかった。

 男が反応を見せるよりも早く、リルは無我夢中でその場から走り去った。


 そして今に至る。


 はぁ、はぁ、はぁ――。


 荒い呼吸を繰り返す。通り慣れた通路がこんなにも長く感じることはない。

 全身が異様なまでに汗ばんでいる。



「誰か! ……誰か助けて! 国王様が!」



 ようやく出せるようになった声で助けを叫ぶ。

 しかし、広い通路にも関わらず声は響かない。それどころか、反響すらしていないようにも感じた。



「はぁ、はぁ、はぁ――」



 祈るように背後を一瞥した。幸運にも一向に追ってくる気配が見えない。どうやら追ってきていないようであった。



「逃げても無駄だよ、へへっ」



 そんな希望に一寸の安らぎを得たのもつかの間、不適な声が耳朶を揺すった。



「きゃっ……」



 リルはその声に動揺して派手に転倒してしまう。日頃の訓練も賜物で、そのままどうにか体を回してすぐに起き上がることができた。


 しかし、遅かった。先程の男とは別の意味で不気味な笑みを浮かべている黒髪の男が目の前に立っていたからだ。



「へへっ、使用人がこんな時間に何してるんだ」



 それに対して、リルは懐に忍ばせていた果物ナイフを投げるという返答をした。



「無礼な使用人だな。【飛天蒼々(ひてんそうそう)】」



 ナイフは呆気なく躱されて、機敏な動きで前に出てきた黒髪の男は、武術のお手本のような拳をリルの胸元に突き出した。


 凄まじい衝撃が胸元から全身に広がる。先程まで走ってきた長い通路を一気に飛翔し、王の間まで戻されてしまった。


 口元から溢れ出る血潮をリルは吹き出した。

 呼吸をする度に胸が痛いのは、肋骨がボロボロに折れていて、内蔵を傷つけているからだろう。



「なんだよブラスト、僕の楽しみを奪わないでよー。せっかく鬼ごっこできると思ったのに」



 そんなタイミングを測ったかのように、王の間から緑色髪の男が姿を表した。

 ブラストと呼ばれた黒髪の男はいつの間にか目の前に立っている。



「【遮音結界(サイレントフィールド)】から出たらめんどくさい。へへっ。面倒事はごめん」


「助けを呼びたきゃ呼ばせとけばいいんだよ」


「速やかに任務遂行。へへっ」



 やれやれという様子を見せる緑色髪の男は床に仰向けに倒れるリルに視線を落とした。



「あれー、女だったんだ。それに弱そうだ。あんなにも見事に気配が消せるから、強者が現れたのかと思ったよ」



 そして、あの愉快に口元を緩めてそう言った。リルの頭に原因不明のフラッシュバックが再び起こり始める。



「まあ、いいや。じじいのせいで女の解体ってあんまできなかったからさ。どう料理しようか。内蔵を引き出す? 隠密が得意そうだから拷問ごっこかな? 楽しみだよ」



 頭を過ぎる光景を振りほどき、リルは魔法を発動させる。今は一刻も早くここから逃げなくてはならないからだ。



 ――【自己加速】、【上・自己加速】。



 内包する痛みに耐えつつ、自身の速度を限界まで上げたまま、リルは立ち上がった。攻撃と防御こそないが、隠密と速さに関する技をリルは極端に伸ばしている。見つかった際の逃げるための手段も多数持ち合わせていた。



「へえ、逃げてみなよ。逃げられるものなら」



 緑色髪の男が不快な笑みを浮かべたと思った直後、居心地悪い淀んだ空気が辺りに広がるのがわかった。


 そのまま地面に押し付けられるような重みがリルの全身を襲う。闇属性、もしくは次元属性のなんらかの魔法を使ったのだろう。



「ぐうっ」



 重みと痛みに耐えかねて、リルが膝を付く。口元を再び赤い血液が伝い出す。



「これで動けないんだ? 本当にただの雑魚なんだね。なんで【気配遮音(シャドウ)】なんて使えるんだろう。王国の使用人ってみんなこんな感じなのかな」


「私は、身も心も清らかな、ただの可愛い侍女ですよ……。今回の……ことは見なかったことにしてあげます。だから、見逃して……くれませんか?」



 リルは激痛を我慢しながら、軽い口調で提案する。



「何言ってるの? お前の主張が僕の楽しみより優先させると思ってるの? 違うよね? 僕が楽しむ方が順位が高いに決まってるじゃん。何言ってるの? 馬鹿なの? 無能なの?」



 リルの提案を男は不満そうな表情を浮かべてまくし立てる。どうせ逃がすつもりもないくせに、という言葉をリルは心の奥で留めておく。



「ん~、わかった、いいよ。特別に逃げる権利をあげるよ。うん。僕は10秒間何もしないから、好きに逃げなよ。その代わり逃げきれなかったら、お前の胴は真っ二つだからね。死なない程度にさ」


「……」



 リルはごくりと唾を飲み、鉄の風味を喉で味わう。

 10秒あれば逃げ切れる可能性が十分にあるだろう。1度、目をくらましてから【超・気配遮断(シャドウ)】を使えれば、なんとか凌げるかもしれないのだ。



「ちょっと待って……はぁ?」



 そう画策するリルが提案に頷くよりも先に、緑色髪の男がひとりでに呟きだす。



「おいおい……失敗したのかよ」



 それはリルや、もうひとりの男に対しての言葉ではない。独り言の類であった。



「本当につかえねーな人間は。あーあ失敗だー。レナイドルになんて言おう……。まあいいや、これで心置きなく帰れるし。本来の作戦とは違うけど、聖女ごと法国をつぶせば問題ないはずだ」



 やがて長々と続く独り言に、不吉な結論を出し始めた。


 途端に、緑色髪の男は魔力とも気力とも表現しがたい何かを体の周囲に纏い出す。


 それは体にも変化を与えていた。

 左目が黄色い瞳孔で染まっていき、そこから広がるように皮膚の色も薄白く変化していったのだ。


 それだけではない。左の頭部から角のような突起物が一本生えてくる。

 半身だけではあるが、それは以前に話していたある種族の特徴――まるで、魔族のような容姿であった。



「『法国を滅ぼせ』」



 そしてどことなく響く声で男はそう告げた。

 言葉の真意を考えている余裕は今のリルにはない。両目を大きく見開いて、かすれた声が口からもらす。



「あなたは……」



 にやっと笑う半魔の男。

 その表情に当てられたリルが今度こそ言葉を失った。

 記憶の奥底に宿るフラッシュバックの映像が、先程よりも鮮明に蘇ったからだ。


 燃える火中の家路。姉の胸の中で怯えるリル。そんな姉妹を庇った両親が無惨にも殺されてしまう光景。愉悦に歪んだ感情と、心底楽しそうな笑顔の魔族。そんな魔族の姿が目の前に立つ男に似ていたのだ。



「はぁ……はぁ……はぁ……」



 突然の過呼吸がリルを襲う。あまりにも唐突な記憶に、両目から一滴の雫が伝いだした。全身に感じていた痛覚は今はどこにもない。



「長いこと人の姿でいると、中途半端なんだね。まあ、時間が経てば戻るか。さてと……ん? どうしたんだよ、そんな呼吸を荒らげてさ」



 半魔の男はあまりにも様子がおかしいリルの姿を訝しげに睨みつける。



「あなたは……あのときの」


「ん? 僕のことを知ってるの?」



 そんなささやかな呟きに、男はさらに眉を寄せながら、記憶を振り返る素振りを見せる。



「二カナ村を襲いましたね……?」


「残念だけど、襲った村なんてたくさんあるから覚えてないや。もしかして僕に家族でも殺されたの?」



 好奇心と興味深さ、半々の笑顔で半魔の男は問いかけてから、再び考える素振りをした。



「ん~。法国潜入の前だと……聖卿国(せいきょうこく)? あれ、その髪の色には見覚えあるなあ」



 そして、何かを思い出したかのように、はたとした表情をわざとらしく浮かべた。



「ああ、確か法国に潜入する少し前か、聖卿国を落とした後だね。その周囲の村を蹂躙してたときだよ! その村にいた子連れ夫婦の父親がその色だった」



 楽しい思い出を語るかのように、浮かれた様子で半魔の男は語り始めた。



「珍しかったんだよ。赤髪の女と青髪の男の夫婦でさ、子供もそうだったし。青髪の男が子供だけには、って泣いて土下座してたっけ。少し面白くて遊んじゃったよ」



 その口調には一切の淀みがない。半魔の男は真っ直ぐで純粋な悪を振りかざす。



「まずは1本1本って、指から切り離していってさ。腕や脚を細かく輪切りにしていくんだ。最後は口から剣を刺すとさ、ぶるぶる震えながら馬鹿みたいに口から血が吹きでるんだ。15分ぐらい持ったかな? 意外に体力があったよ」



 それを聞いた直後、リルの中に今まで感じたことのない感情の起伏が起こり始めた。

 宿したことのない負の感情が爆発的に飛躍する。冷静さとは無縁。その感情はゆうに沸点を超えていた。



「次は子供だって思ったんだけどさ、いなかったんだよね。どうやって逃げたの? それだけの【気配遮断(シャドウ)】はあのときから使えたってことかな?」



 怒りと憎しみ、悲しみと悔しさ、リルの中にはそれしかない。許せないという心の声が、魔力と気力に形を変えて、全身を伝っていく。



「あれ、怒ったの? じゃあ復讐するってこと? そういうの好きなんだよね。復讐のための闘志をぽっきり折るの。なんとも言えない達成感があるんだよ」



 リルは感情に身を任せて、忍ばせていたナイフを複数掴む。

 恐怖も不安も一切ない。肥大する感情のままに全身全霊の力を持って、リルは一歩飛び出した。



「お母さんとお父さんを……返せえええ!」


「感情的になるタイプなんだね。これだと動きが短調的になるんだよ?」


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね――」



 全力のリルのナイフを半魔の男は簡単に躱しきる。

 その後の追撃も軽々しく防がれてしまっていた。



「ほいっと」



 そして横腹を殴打された。リルはよろめくも、渾身の想いで耐えぬいて、一矢報いるためにナイフを半魔の男の顔に振りつける。



「だから無駄なんだよ。捨て身だからって、僕に傷一つ付けられると思わないでよ」



 さっきよりもより重い蹴りがリルの脇腹にヒットした。リルは壁に叩きつけられ、地面へと倒れる。半魔の男はそんなリルの手首を脚で踏みつけた。


 ボキっという音が鳴り、再びリルに苦痛を与える。



「じゃあ、今回は爪からいこうか。ゆっくり時間を掛けて料理をしよう」



 しゃがみ込んできた半魔の男は無慈悲にそう告げて、リルの小指の爪を素手で軽くべりっと剥がし始めた。



「っっ――――!」



 声にならないリルの悲鳴が響き渡る。痛みによる苦しみと、自分への無力さにリルの瞳から涙が溢れ出した。



「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」



 そして、子供のように泣き愚者りながら、大切な家族のことを必死に叫ぶ。

 悔しくて虚しくて、苦しくて悲しい気持ちが嗚咽のように吐き出されていた。


 どうにもならない現実がリルの心を砕いてしまったのだ。でもそれも致し方ないことである。家族が死んだ悲しみを今しがた思い出したばかりなのだから。


 今のリルには戦う気力は残されていない。

 ただただ、狩られるのを待つだけの弱者に過ぎないのだ。



「ありゃ? これじゃあ手首の方が痛くて、爪の痛みが半減しちゃうかな。もういいや、右手は切り落として、左手の爪を剥ぎ取ろう」



 泣き愚者るリルを無視して、うっかりしていた、とでも言いたげに男はついでに薬指の爪も剥がした。「痛い、痛い」と叫ぶリルの様子を見て口元を広げていた。


 やがて立ち上がり、持っていた剣を振りかぶる。リルの右肩に向けてそのまま振り下をそうとする。



「……んっ?」



 しかし、一向に振り下ろされる気配はなかった。それどころか、半魔の男は違和感を抱いていた。振り上げた剣が下ろせないという様子で……。

 まるで、硬い何かに固められたように、剣身は右にも左にも動かない。


よく見ると、猛々しいオブジェのような氷塊が、半魔の男の握る剣身を覆っていた。その氷の固まりは、壁と床に固定されている。



「――は?」



 すると通路の奥からざらざら、と何かが擦れる鋭い音が聞こえてきた。かと思えば、うねうねとした冷気を帯びた白い何かが物凄い速さで向かってくる。


 よく見ればそれは無数の氷針でできた塊であった。生きているかのように形を変え、半魔の男の元へと襲いかかる。



「【炎振(えんしん)】」



 男はすぐに剣に魔力を灯すが、無数の氷針の方が速い。雪崩のように通路を覆ったそれは、ふたりの男を巻き込んで王の間へなだれ込まれる。



「リンシアちゃんの大切な友達を穢す不届き者はどなたでしょう」



 そして、琴のような上品で美しい声が響き、目の前にふわりと光沢ある黒いドレスで着飾った絶世の美女が姿を表した。



「ティアラ……様」



 リルは微かな力でその名を叫んだ。

 闇よりも深い艶やかな黒髪に灼熱の麗しい赤の瞳。僅かに微笑みを浮かべただけで全世界の男女を虜にしてしまいそうな女神のような容姿の女性。この絶体絶命の状況下をなんとかできるかもしれない数少ない強者――ティアラの名前を。



「リルちゃん、可哀想に。痛かったでしょう。私が来たからにはもう大丈夫ですわよ」



 ティアラは優雅に膝を下ろして、リルの頭を膝に乗せた。優しく頭を撫でながら、水属性の回復魔法を寄与する。


 全身を覆う傷と痣が見る影もなくなり、リルを支配していた痛みが和らいでいく。


 ティアラはもう片方の手の指でリルの涙を拭っいながら問いかける。



「よしよし。辛かったのね。貴方の無念を私が晴らす事になるでしょうが、それでもいいかしら」


「……お願いします。ティアラ様」



 縋るような声でリルは告げる。その声色には自分ではどうにもできない悔しさと、頼ることしかできない情けない感情が入り交じっていた。

 そんな感情を理解したティアラは綺麗な口元を綻ばせることでそれに答えた。


 ゆっくりとリルの頭を床に預けてから立ち上がり、魔法を発動させる。



「ふふ――【絶体不侵入(ノンインベンション)領域(ドーム)】」



 リルの周りを覆うように半透明の球体の壁が形成される。戦いに巻き込まないためのシールドのようなものだろうとリルは思った。


 やがて、王の間の氷針の山から、ふたりの男が起き上がった。

 体中に傷をつけたブラストとは違い、半魔の男はケロッとした様子でティアラを睨みつけた。



「あーうぜーな。なに、お前。僕の邪魔しに来たわけ? 白けるんだよねこういうことされると」



 ティアラに向けられた殺気は濃厚なものだった。修練を積んでいない衛兵が向けられれば気を保っていられないほどの殺気。しかし、ティアラはまるで夜風を浴びているような涼しい顔でそれを受け流す。



「そう、法国の最高司祭に魔族が――そういうことでしたか」


「お前ムカつくな。何ひとりで解決しちゃってるわけ?」


「コバエがうるさいようなので、掃除しないといけませんわね」



 挑発にも似たティアラの余裕が半魔の男を苛立たせていた。



「ブラスト、こいつは僕が殺るから手を出すなよ」


「わかってる。へへっ。だが早く片付けた方がいい。さすがに巡回がくるだろう」


「あら、ふたりいっぺんに来ても私は構わないですわよ。あなた方と違って私は忙しい身なので、時短にご協力ください」


「【風魔殺(ふうまさつ)】」



 嘲るようなティアラの態度に、半魔の男は剣を突き、魔法を発動させた。肉体を吹き飛ばす程の圧縮された風の魔力がティアラ目掛けて放たれる。



「【時間(タイム)減速(ディセラレータ)】」



 たが、ティアラはそれを軽々しく避けた。

 ダンスでも踊っているような優雅な動きで、【風魔殺】を完全に躱しきってしまったのだ。

 それを見て、半魔の男は跳躍し、ティアラとの間合いを詰めようとする。



「【氷結停止(フリージング)】」



 しかし、半魔の男は一瞬で氷漬けにされてしまった。空気中の範囲ごと凍らせるその魔法は、相手の動きを先読みして放たれたもの。もちろん、ブラストも一緒に凍っている。



「【次元(ディメンジョン)氷針(アイスニードル)】」



 ティアラの正面に姿を見せた魔法陣から、黒い冷気を纏ったニードルのような針が飛び出していく。向かうは氷漬けになった半魔の男の心臓。



「【炎々振軌(えんえんしんき)】」



 半魔の男は寸前のところで氷を破壊した。

 そのまま放たれたニードルをどうにか躱すも、左肩に突き刺さった。



「ぐっ……おいおいおいおい、お前本当うぜーな!!」



 同じ要領で氷を破壊したブラストが半魔の男に告げる。



「へへっ、こいつはヤバい。俺も援護する」


「お前は黙ってろよ!!」



 そんなふたりの様子を見ていたティアラは妖艶な表情で慎ましく笑った。



「あら、仲間割れですか? 最初からふたりでかかって来なさいと申告しましたよね。【空間断絶(くうかんだんぜつ)】」



 直後、ティアラの正面の空間から縦の亀裂が入る。

 それに巻き込まれる形で、半魔の男の左手が切断され、宙を舞った。



「ぐわぁぁぁぁっく……よぐも、お前!!」



 血走る目に憎しみが込められている。

 ティアラはそんな憤怒の視線にもにこやかな微笑みで返した。



「1たす1はどこまでいっても2を超えることはないのです。ふたりでかかって来なさい。じゃないと私が飽きてしまいますわ」



 圧倒的な力量さ。自らが無限であるかのような余裕な口調。もはやふたりが立っていられるのも時間の問題であることを物語っていた。

 そんな光景に安堵し、リルはゆっくりと目を瞑りながら、疲れを癒すために眠りにつくのだった。

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