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第188話

 俺たちが法国に滞在して2日が経過していた。

 在国中は都市の主要各所を回ったり、催しに参加したりと、スケジュールが隙間なく組まれていて忙しい。それは滞在が4日のみと決められているせいもある。


 合間合間でエルドがダグラスに対してアピールしている姿も見受けられた。



 しかし、どんなに顔を広げようと、歴史のある建造物を見学しようと、メインとなるのは両国代表同士の対談だ。他のスケジュールはそのための尺稼ぎにすぎない。


 対談は既に2回行われていて、そのいずれもマリアが出席することはなかった。

 ダグラス曰く、聖女は体調を崩していて、全権を任せられているとのこと。ダグラスはもうマリアを王国側にお披露目するつもりはないらしい。


 そして、その対談なのだが、初日は思っていたよりもスムーズに進んだ。


 商業的な取引頻度を向上させる目的で、互いの領土間にひとつ大使館を設置し、それに伴い都市の建設という王国側の主張を法国側は前向きに検討したいとのことだった。

 これは兼ねてからリンシアが掲げていた貧困問題を緩和させるためのものであった。


 問題は2度目の対談。

 法国側は、



「私たちは、兵員を提供して頂きたいと思っています」



 と軍事力の貸借を申し出たのだ。

 リンシアが規模を確認すると、



「私の見解では、20万程度」



 と、小さい街がひとつ収まる人数分の大隊を提示してきたのだ。

 これにはリンシアも眉根を寄せていた。軍事を動かすということには色んな意味が含まれるからである。



「その真意を聞かせてもらいますか?」


「兵士が必要な理由はひとつですよ」


「戦……でしょうか」


「その通りです」



 ダグラスの主張はこうだった。



「国とは同じ志を持つものが集う集団だと私は考えています。そのために、統一性を脅かすものたちは必要ないのですよ」



 これは詰まるところ、人間以外を淘汰するという意思表示である。

 法国は人間以外――否、人だろうが自分たちの考えを脅かすものは排除したいと考えていたのだ。


 それをリンシアが納得するわけがない。

 否定するも、「あなたの一存で判断することは難しい。この件は持ち帰って検討してみてください」と軽くあしらわれてしまったのだった。


 こうして両国の対談は余すことあと1回を残して終了した。その1回も、この険悪な雰囲気ではあまり意味をなさないと俺は思う。

 ダグラスが故意でこの状況を作ったのだろう。


 そして夕暮れどき。俺はさりげなく調査していた秘境なる大浴場にいた。

 神殿の傍にあるここは、身をきよめるという意味合いでも司祭たちの縁のある場所らしい。


 磨かれた白い石造りの床はツルツルで、王国の浴場のように洋風で一面で広大な大浴場。

 中央には噴水のように湯が吹き出していて、どちらかというと湖をモチーフにしていると見受ける。



「なあ、お前は異種族をどう思ってる?」


「……それはエルフや獣人のことを言っているのか?」



 ごしごしと頭を洗いながらマルクスが答えた。

 俺は大浴場へ行こう! と、嫌がるマルクスを無理やり誘ったのである。

 決め手は「リンシアも利用した清き正しい大浴場」だ。



「僕の見解では無関心だ。エルフもそうだが、獣人もあまり関わったことがないからな。強いて言うなら、個人それぞれなんじゃないか? 最近、功績を上げているラバール商会の会長も獣人だと聞く。エルフの商人も街では見かけるしな」



 思っていたよりも高感覚な言葉であった。

 身分を気にするからといって、一概にそういう差別的な考え方を持っているというわけでもないらしい。すまん、マルクスよ。



「じゃあ魔族は?」


「見たことすらないからな……」


「どんなイメージなんだ?」


「関わりたくないというのが正直な見解だ。傲慢で暴虐というイメージが強いからな、魔族は」


「さっきの意見と矛盾しているじゃないか」


「……僕はそう学んだからな。遥か遠くにある聖卿国も滅ぼされたという話だろう」


「なるほど」



 これは思った通りの回答である。よくわからないけど、関わりたくない。ダグラスが言っていたものと同種の意見な気がする。

 それは王国の歴史の教科書に魔族が悪役のように描かれているせいもあるのだろう。

 かく言う俺も、ティアラを通して今は寝たきりの【ユーミル】の話を聞かなければそういうイメージで定着していただろう。

 まあ、前に精霊の輝石を奪還するときに関わった奴らが、傲慢で暴虐というイメージを形にした者達だったせいもあるが……。



「貴族はみんなそう考えているのか?」



 マルクスは手を止めた。



「……ある程度高貴な身分なら珍しくもない考え方だ。かくいう兄上も魔族どころか、エルフや獣人すらあまりよく思っていないからな」


「ほう」


「なぜ、そんなことを聞く」


「一般論を知りたくてな」


「貴様はそんなことよりも、他に積むべき修業があるだろう」



 まったく、と小言をぶつぶつと言いながら、頭を流す。

 いつまで身体を洗っているのだろうか。俺はとっくに流して温まっているというのに。



「それで、リンシア様はこの壁の向こうにいるのか?」


「いや、いねーよ」


「なに!? 貴様、僕を騙したのか!!」



 一体こいつは何を期待してここまで来たのだろう。



「騙してないって。俺はリンシアも利用したことのある場所って言っただけだろ。今日来るなんて誰も言ってない」


「ぐぐぅ……くそ……貴様、はばかったな!」



 これっぽっちもはばかっていない。

 


「それよりも、お前いつまで身体洗ってんだよ。早く温まろうぜ、風邪引くぞ」


「ぼ、僕は後で入る。貴様は存分に楽しんでくれ」



 俺の指摘によそよそしい返答を告げる。腰に巻かれたタオルをぎゅっと掴んでいた。なるほど。



「そのタオル取って、ぱーっと入ろうぜ。もったいないぞ」


「馬鹿者! これは湯冷めしないための対策なんだ」


「まだその湯にすらはいってねーだろ」


「ひ、人が多いのは苦手なんだ!」



 なんか、ヴァンも以前そんなことを言っていたような気がする。

 貴族の子息って結構そういうので悩んだりするのだろうか。

 ネグリジェもそうだが、そういったことに直結する商品はニーズが多い。

 もしかしたら、そういった悩みを解決する秘薬でも出せばかなり売れるのではないだろうか。



「何を考えている! 別にやましいことはないぞ」


「わかっているって。まったく……」



 俺は大浴場から上がって出口へと歩き出した。

 マルクスは「え?」という表情で問いかけてくる。



「本当に出るのか?」


「ああ。今日はこれからやることがあるんだ」


「じゃあなんで誘ったんだ……」



 呆れるマルクスの言葉に手を振って応じる。

 下の方へと向けられるマルクスの視線を俺は見逃さなかった。





 チク、タク、チク、タク――。

 書斎のソファーに腰を下ろし、手に持った懐中時計の秒針をダグラスは見据えていた。


 魔石を原動力とした巧緻なそれは、この世界で屈指の職人に造らせたもので、物事を円滑に進めたいダグラスにとっては無くてはならないものだ。


 チク、タク、チク、タク――。



「あの騎士が証人になるのか怪しいもの。本当に無駄の多い王子のようだね」



 ほろりと漏れた独り言。その言葉には明確な憤りが混じっている。

 正義感と理想を振りかざす無知な第3王女。おべっかを口にすることしかできない無能騎士。圧倒的な力を見せ付ける予定が、無駄に手を抜いた最高司祭。


 ダグラスは交流会の間、終始苛立っていた。

 第3王女には特にそれを感じる。

 あの濁りのない真っ直ぐな姿勢には、何故だか心が乱されるのだ。


 それは聖女であるマリアに似ているせいか。それとも、それよりも過去の誰かと重なるせいか。



「それも、今日までの話だ」



 ダグラスは短く囁いた。

 もう我慢する必要もない。そう結論づけると、頭にかかったモヤが嘘のように晴れていく。



『始めるんだ』



 時間を示す3つの針が全て重なったとき、ダグラスは【メッセージ】を発動させた。





 イーリスの塔は50層にもなる猛々しい塔で、上下の層を大きな螺旋階段で繋いでいる。

 筒抜けになった中央には魔力が流動していて、そこを魔石を使った自動リフトが通る仕組みになっているのだ。


 灯りの類は一切ない。窓から立ち込める月明かりがその役割を補っている。


 自主練を済ませたフレンスは一層の真横、その階段の登り口の前で呆然と立ちつくしていた。


 普段から日課になった訓練は一日たりともサボることはない。それは交流会でタイトな予定でも変わらなかった。

 フレンスは自動リフトを使わないのも訓練のうちと考えていて、いつもならすぐに階段を登るだろう。


 しかし、今日は違かった。フレンスは足を前に進めようとはしないのだ。

 何かを迷うように、その表情を複雑に歪めていた。



「……誰だ?」



 フレンスは指摘して振り向く。虚無だった場所から、ぼんやりととした気配が現れたのだ。

 すると、物陰から黒い人影が前に出てきた。月明かりで、次第にその姿を露見させる。



「自己紹介は必要か?」


「お前さんは……マック――いや、クレイか」



 雄々しい態度で出てきたのは王国ラグナレス騎士団長のクレイ。帝国剣闘士大会の準決勝でぶつかるはずだった相手。

 腰に1本だけ、刀タイプの刃物をぶら下げていた。

 そんなクレイが鋭い眼差しで問いかけてくる。



「そういうお前はフレンスだな。何故、このような時間にお前がこの場にいるのだ?」



 不可解な質問である。住居の前なのだから、そんなことを問われる筋合いがない。指摘をすること自体が間違っていた。


 しかし、だからこそ、フレンスは質問の真意にたどり着いた。



「お前が【(とら)】か?」



 フレンスがこの場にいることを『何故?』と指摘できるのは、普通ならここにいないことを知っている者――つまり、法国側の人間ということになる。

 ダグラスの用意した密閉暗殺者、【虎】である可能性が高いとフレンスは考えたのだ。

 帝国にいたことや、ダグラスに対しての態度など、この男には不可解な点が多いのもその理由の一端だ。

 男は銀の髪を僅かに揺らし、口元を綻ばせた。



「そうだと言ったら?」



 その問いかけに、フレンスは戸惑った。

 この男が【虎】であったらどうなのだろうか――と。


 そもそも、【虎】であることを問いかける時点で最高司祭として間違えている。【虎】を動かすことはダグラスの指示であり、フレンスの関与する問題ではないのだからだ。

 知らないふりをして、放っておくのが正解だろう。


 しかし――。



「ほう……」



 フレンスは鞘から剣を抜き、構えていた。

 何故だかはわからない。

 考えるよりも先に体が動いてしまったのだ。



「事実上の準決勝というわけか」



 相手もニヤリと笑い、抜刀する。

 それに至るまでの動きに一切の隙がなかった。それは洗練された達人の領域を超えるものだとフレンスは直感する。



「その、なんだ。お前さんの仕事をよ、俺が責任を持って全うするってのはどうだ?」


「誰に命令しているんだ?」



 自らの過ちを取り返すための少し無理のある言い訳だったが、やはり強めの口調で返されてしまう。

 これは雇い主、ダグラスの指示に不服があるのかと問われているのだ。

 もうここまで来たら言い訳は通用しない。何が起きてもダグラスの耳には入るのだから。



「逆らうつもりはないぜ。ただ、聖女様は俺が責任を持って保護するって言ってんだ」



 フレンスは開き直り、真意を告げる。

 そして考えた。

 聖女が死んだという事実さえあれば法国に利があるのだ。だからそれを今から偽装してマリアを逃がそう。

 西の海の向こうでも、北の山の彼方でもいい。どこか遠くの土地に逃がしたあと、責任を取って自決しよう――と。




「ならその権利を実力で勝ち取ってみろ」



 予想していたものよりも斜め上の返答にフレンスは驚いた。

 【虎】とは任務のために全てを捧げ、速やかに遂行する密偵と聞いていたからだ。しかし、フレンスにとっては好都合の状況である。



「ありがたい言葉だ。だが、俺を見くびりすぎじゃないかい?」



 が――。

 そう告げた直後、どんよりと重々しい空気と緊張がフレンスに押し寄せる。

 実際には何も起きていない。にも関わらず、目の前から様々な気配とイメージがフレンスの平常を邪魔していた。



「……はぁ……はぁ……」



 動けない。ピクリとも体が動いてくれない。

 それは歴戦たるフレンスの経験が、撤退を命じているからにほかならない。


 1歩でも動けば殺られるという明確な連想が頭からはなれないのだ。



「こないのか?」



 不敵に笑う相手の顔には淀みはない。真撃にフレンスを見定めている。

 フレンスは脳をフルに回転させて、そんな負の連想を断ち切ろうとした。


 【自己加速】で一気に距離を詰めて左から切り込む――カウンターで合わせられて右肩を斬りつけられるだろう。


 フェイントを入れて、下から切り上げる――すんなりと躱され、頭上から剣を振り下ろされるだろう。


 フレンスの得意とする一撃必殺の突き技――軌道を僅かにずらされて胸元に一突きされるだろう。


 どんな攻めに転じても、躱され、いなされ、斬り付けられる。そんな負のイメージを払拭することができない。斬り合ってもないのにすでに敗北していた。



「こないなら俺から行くが」



 呆れのまじった挑発にも取れる言葉。

 相手は構えを解いて、1歩ずつ歩み寄ってくる。


 ――今だ。


 それによって千載一遇のような僅かな隙が生まれたのだ。

 最高司祭としてのプライドが、動かぬ脚を――手を、前へと動かす。

 経験により研ぎ澄まされた感覚が、寸分の狂いなく、剣先に精巧な気力を纏わせた。



「【一揆一閃】」



 フレンスが最も得意とする突き技を選択した。魔力を使わず限界まで無駄を省いた最速の突きは、音を置き去りにする。



「人は好機と思ったときに油断するものだ」



 だが、その突きが相手に届くことはなかった。

 放った直後、剣の()をこずかれて、照準がズレされたのだ。


 それは、針の穴を通すような精度と高速突きを超える速さがないと成り立たない神の所業であった。

 それをこの男はいとも簡単にやってのけたのだ。


 そしてあろう事か、相手の剣先はフレンスの喉元に突きつけられている。焦点をズラすだけでなくカウンターも放っていたのだ。



「はは、俺の負けだ」



 思わず笑いが込み上げてしまう。

 それは凄まじいほど離れた実力差と、こんな男を準決勝で倒すと豪語していた自分に対してだ。


 ――流石、ダグラスさんが育てた密偵だな……俺なんかが勝てるわけがなかったか。


 悔いは残る。しかし、男として勝負を挑み、負けたフレンスはどこか清々しい気持ちになっていた。



「残念だな。次は魔力ありでやろう。お前は魔剣士なんだろ」


「……ん? 次?」



 フレンスは首を傾げた。

 裏切り者の自分に残された道は潔く散るのみだと考えていたからだ。



「さっきから勘違いしているようだが、【虎】とはなんのことだ?」


「………………え?」



 さらにフレンスは目をぎょっと見開いた。



「まてまてまてまて。えっ? お前は【虎】だろ? ダグラスさんの命令で動いてるんだろ?」


「だから知らん。【虎】はあれか、暗殺者の隠語だな。それなら俺には該当しない」


「いや、今更とぼけるなよ。認めただろ【虎】だって」


「とぼけてないし、認めてもいないぞ。俺は『そうだと言ったら?』と確認しただけだろう。そもそも、暗殺者が自分で名乗るわけないだろ」


「確かに……そうか」



 納得したような、しないような、腑に落ちない感情がフレンスの胸中を渦巻く。



「じゃあお前さんはここで何をしてんだ?」


「それは、お前と同じ理由かもな」


「俺と……?」



 同じ理由とは――。

 もしかして、この男はマリアを救うためにここに来たと言っているのだろうか。



「とりあえず、俺は急いでるんだ。先に行くぞ」


「あっ、てめっ、待てよ! 詳しく聞かせてくれよ、俺と同じ理由ってなんだよ」



 さっさと階段を上っていくクレイのあとをフレンスは追いかけるのであった。

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