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第186話

 フレンスとマルクスの模擬戦はものの数分で決着がついた。結果はフレンスの圧勝。


 胴を狙ったマルクスの初撃から始まり、数十回と刃が交差する。均衡した攻め合い。耐えきれず、意を決して放ったマルクスの突きに合わせる形で、顎に添えられたフレンスの剣先が勝敗をつけることとなった。


 マルクスが焦らず、もう少し信奉強く耐えれば、まだ勝機はあったかもしれない……と、剣術をかじっている強者なら思うだろう。


 しかし、フレンスは実際、手を抜いていたのだ。

 帝国剣闘士大会で優勝すると豪語するだけあり、あの男の剣術はマルクスよりも2枚ほど上手(うわて)であった。


 決めようと思えば、いつでも決着を付けることが出来る実量差。

 その事実にどれくらいの者が気づいているのだろうか。


 模擬戦を終え、アリーナ席への階段に向かってくるマルクスの足取りは重い。



「大胆な攻めだったな」


「惨めだろう? 笑いたきゃ笑うがいい」



 普段、自信満々であるマルクスとは異なり、自虐的に呟いた。

 だから俺は――、



「ふっ」



 と、とりあえず笑っておく。



「本当に笑うやつがあるか!」


「思いのほか元気そうだな」


「元気なはずがないだろう! 貴様には『流れ』というものがわからないのか! そこは普通、『お前は立派に役目を果たせたよ』と賞賛するところだろう」



 思っていなかったわけではないが、自分から言ってくるあたり残念である。

 それを伝えたところで「貴様に言われたくない」って突っぱねられるのが関の山だろう。



「まあ、お前は貴族としての立場を全うしたんだ胸を張れよ」



 それを聞いて、マルクスは目を細める。



「ふっ、貴様に言われたくないわ」


「……」



 なんともいい難い感想を心中で抱いているでいると、エルドがマルクスの元へと歩み寄ってくる。

 自らの身代わりになり、この場を収めたマルクスの行動に賛美の言葉を送るのだろうか。



「よくもカンニバル家に泥を塗ってくれたな」



 しかし、エルドからは全く真逆の言葉が発せられた。

 眉間に皺を寄せながらマルクスを睨みつける。



「…………すみません。兄上」



 マルクスは目をつぶり、この事実を耐え忍ぶように謝罪を口にした。

 フォローを入れるべきだろうか。しかし、俺が入ればエルドの性格上、事態が悪化しかねない。それに、俺からのフォローなどマルクスは嫌がるはずだ。



「あの試合はなんだ。手を抜いていたのか? 勝てる相手に勝てない騎士は騎士とは言わんのだよ。それに――」



 エルドは批難の言葉をまくしたてる。酷い言われようだ。その間、マルクスはじっと耐えていた。


 エルドはフレンスの実力に気づいていないのだろうか。これではあまりにもマルクスが不憫である。

 だから俺は我慢することなくエルドへ指摘を入れることにした。



「実力差がある相手にあれだけ攻めに転じれたんだ。褒めることはあれど、叱りつけるのは違うだろう」


「平民は黙ってろ。実力差だと? あの試合で貴様は何を見ていたんだ」



 フレンスの実力には気づいていない様子であった。普通は気づかないレベルのことではあるが、王国の名家として気付いて欲しいものだ。

 これはどう説明しても、俺の言葉を信じないだろう。


 この状況を沈静化させるのにもっとも効果的なことは――。



「どうかされましたか?」



 と、俺の胸中で出た結論を先取りしたかのように、リンシアが割って入ってくる。



「見苦しいところをお見せして申し訳ありません。先程の試合での内容について少々、見解を述べていたのです」



 エルドも貴族なだけあり、リンシアには丁寧に答えた。



「マルクス様はよくやってくれましたよ。叱らないであげてくださいね」


「殿下……」



 リンシアのフォローに、マルクスは心底嬉しそうな表情である。俺のときとは天と地の差があった。



「いやはや、やはり軍事に個性は必要ないように思えますね」



 すると、ダグラスが落ち着いた声色で様子を窺いにきた。心做しか口角が少しあがっている。それはこの状況を楽しんでいるようにも見えた。



「今は模擬戦についての反省をしていたんです。そうすることで個は成長すると私は考えているので」


「揉めているようにも見えましたが、私の勘違いでしたかね?」



 ダグラスからの追撃。リンシアはすぐさま答えを返す。



「そのように見えてしまったのならすみません。見苦しいところをお見せしてしまいました。ですが、これは対立ではなく討論です」


「なるほど、それでさきの戦いの敗因について、カンニバル家同士で話し合われていたと」



 『敗因』と『カンニバル家』を強調して告げる。



「彼はまだ騎士として修練中の身です。仕方がない結果でしょう」


「ではカンニバル卿なら勝てたと?」



 それは明確な挑発であった。ダグラスはエルドをどうしてもフレンスと戦わせたいらしい。執着心のある性格をふつふつと感じる。



「これは模擬戦ですよ。勝敗の話ではありません」


(いくさ)では――ああ、姫君は成人前でしたね」


「……」



 これは明らかに侮辱されている。姫君という呼称もさることながら、「(いくさ)の経験したことのないひよっこにはわからないだろう」とダグラスは言っているのだ。

 リンシアへの悪口は流石に俺も憤りを覚える。



「おっしゃる通りです。まだ未熟なところもありますね。聖女様と同じ年齢です」



 ダグラスの態度に立腹している様子であったが、リンシアは王族としての対応を心がけた。

 それだけでなく、しっかりと反撃もしている。

 あの男には砂粒でも飛ばしてやりたいところだったが、その意志を尊重することにした。

 俺は前に出ることなく、壁に寄りかかりながら、口を開く。



「神殿に案内してくれないか?」



 俺が問いかけるとその場が凍りつく。ダグラス以外の者は目を見開いていた。

 最高司祭であるダグラスへの態度に対してだろう。



「神殿?」



 しかし、咎められることはなかった。ダグラスは興味深く俺を見つめている。



「法国の習慣を調べたんだが……祈りの時間を取っているんだろ?」


「そうだな。法国では決まった時刻に神々に祈りを捧げる。君も神を信仰をしているのかな?」


「興味があってな、この世界を創造した神々には。祈りの時間はそろそろじゃないのか?」


「法国のことをよく調べているようだね。わかった。せっかくだから案内しよう」



 ほっとリンシアが胸をなでおろした。どうやら話を逸らすことに成功したようだ。

 信仰するということは法国にとっても喜ばしいことなのだ。

 理由はそれだけでもない気がするが……。


 それに、マルクスが身を呈して戦ってくれたのだ。それを無駄にするわけにもいかない。



「神殿は塔からすぐのところになります。せっかくなので、皆さんも見学してみてください」



 俺たちは歩き出すダグラスの後を追った。

 到着初日、最後は神殿を見学することとなった。



――



「全く、ひやひやしましたよ」



 日も暮れて、食事を済ませた夜半。

 呼ばれていた俺はリンシアの宿舎へと訪れていた。

 開口一番に咎められたのは、ダグラスへの態度。メイド兼、護衛のメルは部屋の清掃をしながら、素知らぬ顔で聞き耳を立てている。


 交流会の間、リンシアの寝泊りする宿舎はイーリスの塔の第二層にあり、50帖ほどの広々とした豪奢か部屋であった。ベッドや家具はもちろん1級品が揃っている。個室の浴室も完備されていて、天井には有名な画家が書いたのか、天使をモチーフにした女性が描かれていた。



「問題ないと判断しての行動だ。結果的には大丈夫だっただろ?」


「そうですが……クレイってそういうところありますよね」


「照れるじゃないか」


「褒めてないですよ!」



 呆れたような、諦めたような、どちらとも取れる視線でリンシアが睨んでくる。



「それよりも、なんでマリアのこと言ってくれなかったんですか! 一瞬、動揺しちゃったいましたよ」


「いや、悪い。伝えるということ事態、考えてなかったんだ。サプライズになってしまったな」


「そんなサプライズいらないです……」


「まあでも、しっかりと対応できていたじゃないか」


「それは王族としての経験です。予想外の指摘を受けることは多々あるので」



 王国の貴族会議や社交場でのことを言っているのだろう。ダグラスへの対応といい、リンシアも逞しくなったな……。



「それで、どうしてクレイが聖女――マリアとあの日、一緒にいたんですか?」


「話せば長くなるが――」



 俺はハクとの魔法の実験をしてイーリスの塔に飛ばされてしまったこと、マリアが世の中に希望を見い出せていなかったことを説明した。


 マリアの深い事情や、湯浴み中に遭遇したことなどの余計な説明は省く。



「なるほど……思い返せばあの夜、マリアにはそういった事情を抱えていたようにも思えます」


「聖女として、考えるところがあるんだろ」


「確か、マリアは母親を亡くしていますよね」


「そうだな」



 それは夜に行われた茶会で軽く触れていた内容である。リンシアも小さい頃に母親を病気で亡くしているので、気持ちがなんとなくわかるのだろう。

 俺の母親でもあるのだが、思い出などが一切無いため、同じ気持ちというわけでもない。



「それで、クレイはマリアのために外に出たと」


「まあな」



 リンシアは目を細めて俺を見つめる。それから悟ったように「はぁ」と短くため息をついた。



「事情はわかりました。もしかして、ハクやお姉様もマリアが聖女であることを知っていたんですか?」



 昨日のことが思い出される。リンシアは疎外感を覚えていたという話だ。

 誤解させないように丁寧に説明をすることにした。



「そうなるが……誤解するなよ。言わなかったわけじゃなくて、立場関係なしで普通の会話をさせたかったんだ。ティアラたちは実験の件があって先に説明していただけだ」


「伝え忘れてたわけではないんですよね?」


「もちろんだ。それに茶会にリンシアを誘おうと提案したのはアイツらだぞ。それぐらいリンシアを慕ってるということだ」


「……」



 リンシアは目をそらす。その表情は嬉しそうで、少し照れているようにも感じた。



「それで、法国についてはどうだ?」


「マリアが聖女であることに安心しましたが……最高司祭の統括があそこまで露骨に攻めてくるとは思いませんでした」


「確かにな。声も見た目も温厚そうだったんだがな……なんにせよ、気をつけるべきだな」



 忠告すると、リンシアは小首をかしげる。



「何に気をつければいいんですか?」


「それについての説明は……そうだな……」



 俺は少し考える素振りを見せる。

 すぐに結論を出して手を差しのべた。



「手を」


「……置けばいいんですか?」



 少し恥ずかしがりながらも、リンシアはその小さな手のひらを俺の手の上に乗せる。



「よし、今からマリアに会いに行くぞ」


「え……?」


「ちょっと行ってくるが、すぐ戻る」


 棚の整理をしているメルにそれだけ告げて、俺は【転移】を発動させたのだった。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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