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第185話

「ここは研究層。この層では魔法の研究を行っていて、新たな魔法の発見、既存する魔法の改善などを日々探究しています。普段は最高司祭のひとり、グレンシャルという男が管理をしていますが、今は交流会へと発たれているのです」



 聖女との謁見を済ませた俺たちはダグラス先導のもと、塔の内部を案内されることになった。


 謁見時間はほんの数分。法国としては聖女を他者の目に長く触れさせたくないらしい。軽く挨拶を済ませて、マリアはすぐに退出してしまった。


 ダグラス曰く、また顔合わせする機会はあるとのことだが、これからの交流会はこの男を主体に話を進める予定に思える。


 俺は謁見の間、「どうして教えてくれなかったんですか?」という何とも表現しがたい視線や雰囲気をふたつの方向から浴びせられることとなった。



「魔法の探究ですか。国の長所を伸長されているんですね。素晴らしい施設です」


「圧巻でございます。やはり魔法の歴史が長い法国だからこそのお考えで、この施設は奥が深い」



 リンシアの適度な賛美に被せるかたちでエルドが告げた。

 現在、施設めぐりに参加しているのはリンシアとエルド、俺とマルクス、そしてエウレカ騎士団の団員が数名。他のメンバーはうちの団員も含めて体を休めている。


 案内は、寝泊まりをする寝室から始まり、魔道具を開発する施設。液体の入った容器の並ぶ研究所に、植物園なども見て回った。


 施設はどれも一層丸々使った場所が多く、そのどれもが広々とした造りになっている。

 この魔法研究施設も、何千冊と収納されている本棚やモダンな机の並ぶ研究スペースよりも、実験のための広場の方がメインであるかのようだ。



「魔法こそがこの世の心理だと私は考えているのです。アイクール殿は魔法の練度はどうですか?」



 ダグラスはエルドの言葉には軽く会釈をして、リンシアへと質問をなげかける。

 普通に考えれば上の階級同士の会話に騎士は口を挟まないものなのだが、エルドは自分をアピールしたいのだろう。



「光の魔法なら多少の心得がございます。ですが、ダグラス様や法国の面々に比べれば小さい力ですよ」


「光属性とは珍しい。アイクール殿は民を癒すことに長けているんですね」



 父親のように微笑みかけるダグラス。ポーカーフェイスが上手いのか、本心で言っているのか……。


 そんな談笑を観察するように、マルクスは腕を組んでじっと見つめている。



「何か考え事か?」


「僕は今、集中しているんだ。話をかけるな」



 マルクスは邪魔者扱いするように眉間を寄せて睨みつけてきた。

 そんな態度でくると無性に絡みたくなってくる。



「何に集中するんだよ」


「……魔法の進化についてだ」


「リンシアを見ながらか?」


「ばっ……違う! 高潔な間柄の対話を拝聴して学びを増やしていたのだ! 決して殿下を単独で凝視してたわけではない。貴様のような浮世男と一緒にするな馬鹿者」


「魔法の進化について考えてたんじゃないのかよ」



 無駄に丁寧に語るマルクスに、俺は呆れながら嘆息した。



「貴様こそ、気品というものをあの方々から学び取るべきだろう。いや、その前に魔法か? 魔法の成績はそこまで良くなかっただろう」


「魔法ねえ……」



 学園の魔法講師とは馬が合わなかったので、実技試験では成績を落とされていた。

 その分、他の科目で補えたので別に大した代償でもなかったのだが……。



「魔法は極めれば便利だぞ。職にもこまらないだろう。なんでも空を飛ぶことや、離れた者との対話も可能と聞く。一説では1度見た場所への移動も魔法でできるとか」


「そりゃあ、便利だな」


「1度は空を飛んでみたいものだな。まあ、貴様では一生かかっても無理だと思うが」



 嘲るように言い切るマルクス。



「そうかもな。そういえば、生涯かけて透視の魔法を研究した男の話を知ってるか?」


「有名な書物だな。不可能という結論に至った話だろ?」


「いや、あながち可能性は残っているという話だ」


「…………なに?」



 先程とはうってかわって、マルクスが疑い半分、好奇心半分という目を向けた。



「どうした?」


「透視は存在するのか?」



 マルクスはぐいっと掴みかかる勢いで顔を寄せてくる。俺にはそういう趣味はないのでやめていただきたい。



「まあ、聞いた話だとな」



 魔法とは本来、魔力で元素を生み出したり、事象を改変することしか出来ない。


 魔力を周囲に巡らせて気配を探る【サーチ】。視力を強化して遠くを見据える【千里眼】。しかし、透視は本来見えないものを視覚情報として捉える必要がある。


 この視覚情報で捉えるというのが難しい。


 「何かがある」と探知することは簡単である。感覚を研ぎ済ませればいいだけで、視覚として捉える必要がないからだ。

 それは中身の見えない袋に手を突っ込んで確認するようなもの。形や大きさはわかるが、見えているわけではない。


 そもそもこの理論は『透視』というよりも『第3の目の生成』に近い気がする。


 今回は見えないものを映し出すというよりは、今ある自分の眼に、本来見えない死角を視認させなければならない。


 考えれば考えるだけ、面白そうなテーマである。時間があるときにでも理論を組み立ててみよう。



「可能性としてはあるのか?」


「やけに突っかかるじゃないか」



 そう言うと、マルクスはまくし立てるように早口で説明を始めた。



「あれば便利な魔法だと思ってな。透視ができるなら周囲の敵を即座に発見することが簡単にできるじゃないか。それは気配という不明確なものよりも視認できるぶん情報量は遥かに多い。それによる誤爆も減るだろう。無駄な動作を入れる必要もなくなるし、積み上げられた書類も手に取る必要もなくなるだろうな。ただ、そういう用途で便利だと思ったんだ」


「めちゃくちゃしゃべるじゃんか……まあ、便利という面では同意だ。警備の身体検査も楽に済むし、壁の向こう側を確認するときも便利だ」


「殿下の身体検査だと!? それに風呂を覗くつもりなのか!?」


「言ってねーよ! どんな想像してんだよお前」


「いやはや、さすがに軽蔑するぞ。便利な魔法をそのような浮世なことに使おうとするとは」


「女の裸くらいで何が浮世だよ……」


「何!? 貴様は……見たことがあるのか?」



 マルクスは信じられないものを見ているかのように大きく目を見開く。この様子だとマルクスはないようだ。



「それぐらい男として基本だろう。お前ももちろんあるだろ?」


「ばばっ、あ、あるに決まってるだろう?」



 平然を装って眉を上げるマルクス。面白い反応である。



「なんで疑問形なんだ」


「僕は見慣れているのだから、透視の魔法が使えても誠実なことに使うにきまってるだろ!!」


「お前、今、絶対いやらしい想像してただろ」


「何を騒いでいるんだ、お前たち!」



 すると、エルドの怒鳴り声が乱入してくる。またこのパターンである。



「御身の前だぞ……黙っていろ。説教はあとでするが……マルクス、覚えておけよ」


「……はい。申し訳ありません」



 肩を落とすマルクスの謝罪を聞き入れるよりも早く、エルドはリンシアとダグラスの方へと向かう。

 どうやら、俺たちへの叱咤を餌に、会話に入っていけたようだ。



「貴様のせいだぞ……」


「いや、自業自得だろう」



――



 一通り案内されたあと、俺たちは武術を研究する施設へとやってきた。

 塔の屋外にあるこの場所は施設というよりも演習場。王国のものよりも広く開けている。


 法国の魔法士は司祭のみで構成されているという話だが、衛兵は一般国民からも選ばれるらしく、むしろ一般国民の方が多いという。

 魔法が不得意で成人を超えた男性の半数が兵士としての職につくことを望むらしい。



「ここの管理はアイクール殿を案内したフレンス。そして同じ最高司祭のバリエゾという者がやっております。バリエゾは交流会のため席を外しておりますが」


「洗礼された連携。栄えある統一感ですね。王国も見習いたいものです」



 法国の衛兵は、特出した貴族たちの個性を重視する王国の騎士団とは違い、統一性を重視しているように見えた。


 寸分狂わぬ動きでマニュアル的に団体行動をする。あぐらをかく者も、飛び抜けようとする者もいない。確かに軍用としてはそちらの方が優秀な特色であった。



「それにしてもフレンス様は素晴らしい才覚をお持ちなんですね。あんなに大勢に囲まれても、一切の焦りが見えません」



 アリーナ席から、リンシアが感嘆の言葉を口にする。

 今はフレンスが法国の衛兵たちと模擬訓練を行っている最中だ。フレンスひとりに対して衛兵は10人。魔法を使わずにその一切を軽々と捌ききっていた。


 これは法国の軍事力は魔法だけではないというアピールでもあるようで、もちろんリンシアもそれに気づいている。



「我々はこういった軍用において個性は必要ないと考えています。戦場では指揮官に従う団体行動こそが重要となるからです」


「団体行動、戦場では大切な要素のひとつですよね。ただ、個性もときには必要となる場合がありましょう。それぞれの特色があるからこそ、人は向上していけると私は思っています」


「ふふっ、確かに王国には個性的な騎士が多くいらっしゃいますよね」



 ゴングはダグラスの言葉から鳴らされた。これは上流階級同士の会話に見られる皮肉の応酬に似ている。


 いつもは控えめな性格のリンシアだが、ここは引けないと判断したのだろう。

 こういった小さな優位性の積み重ねが、後の談議の際に役立つと知っているからだ。


 意外にもダグラスの発言にエルドが憤りを浮かべていた。勢いで言葉が喉まで出かかっている。



「お陰で優秀な騎士たちが王国にはたくさんいますよ。彼らもまた、王国の優秀な騎士たちです」



 それより先に俺を含め、同行する騎士たちを見てリンシアが言った。

 ダグラスはまたも笑顔で答える。

 


「確かに、素晴らしい騎士たちであることには変わりないですね。彼もまた優秀な才覚を持っている。なんでも王国ではあのクロード家に次ぐ剣士家の名家とか。どうでしょう、うちのフレンスと模擬戦をしてみませんか?」


「模擬戦ですか」



 これは良くない流れであった。

 ダグラスはこの模擬戦で王国と法国の力の差を見せつけようとしているのだ。


 交流会に来た騎士団の宿舎も近くなこともあり、この場には両国の兵士も多い。


 例え模擬戦だとしても、剣士家の名家であるカンニバル家が負ければ王国としての権威が弱まるだろう。

 それによりこれからの話し合いも優位に進めようというとしているのだ。


 エルドもそれなりの実力者であり、負けると決めつけるわけではない。

 しかし、ここは相手のホームであり、何より最高司祭のひとりである。王国として考えるなら無用な賭けにはでたくないはずだ。


 だからといって、断るというのも逃げたと捉えられる。この状況を打破するには――。



「間から失礼致します。その模擬戦、私どもにやらせては頂けないでしょうか」



 ふたりの会話に割って入ったのはマルクスであった。



「君が……?」


「はい、これでもカンニバル家の次男であり、修練を積んでおります。兄上は長旅の護衛でお疲れですので、是非、私めに。フレンス様の剣さばきを後世の修練として学ばせて抱きたい所存です」



 凛とした様子で嘆願するマルクス。リンシアは確認の意味でチラリと視線を俺に向けたので、無言で頷く。


 さすがは貴族というべきか、マルクスも状況を十分に理解していたようだ。

 カンニバル家の次男であることを強調することによって、「名家ではあるが、次男だから負けてもしょうがない」という弁解を得ているのだ。

 逆に勝てば王国側が有利になるというメリットすらある。



「そうですね。そこまで言うのでしたら任せましょう。ただ、模擬戦であることを忘れないようにしてくださいね。大丈夫でしょうか、ダグラス様」


「……ええ、問題はないですよ。修練に励む姿勢がいいですね」



 後押しするリンシアに、ダグラスはそう答えるしかない。自らが提案したことであるがゆえに断ることはできないのだ。


 それからすぐに模擬戦を始めることとなった。

 俺たちはアリーナ席から下りて演習場の広場に出る。



「よく提案したな」


「当たり前だろう。兄上を戦わせることのデメリットの方が大きいからな。それに、この場だけは殿下の騎士として出陣している気分だ」



 マルクスはいつものようにすました顔で答える。



「ポジティブだなお前……あいつ結構強いぞ?」


「わかっている。相手の力量を推し量るのも実力のうち。グリム先生の言葉だろう」


「まあ、怪我はしないようにな」


「別に、負かしてしまってもいいのだろう?」



 どうしてだろうか。これを言われた直後から、一瞬の勝機もなくなってしまったかのような錯覚に陥る。



「……骨ぐらいは拾ってやるぞ」


「馬鹿か貴様は。模擬戦で骨も何もないだろ」



 と言いつつ、マルクスは意気揚々とフレンスの元へ向かっていった。

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