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第184話

 王都を出立して1週間もすれば法国の領地へと入る。野営を繰り返すのは身体に悪い。よって通りがけの領地に寝泊しながら向かうのだが、それは法国領でも例外ではなく、主に2つの街を経由することになる。


 最初の領地は小規模で決して裕福なとはいえない街であったが、住民の態度は暖かく歓迎ムードであった。


 問題は次の領地。先日、足を運んだ開港都市クラウディアと同じく、内側と外側を敷居のようなもので分けていて、貧富の差を示していた。


 飾られた絢爛な馬車が珍しいのか遠目から観察しているみすぼらしい子供たち。気にかけていたリンシアに対してエルドは「リンシア様、あのような汚らしい者たちに近ずいてはなりません」と注意を促す。


 その様子が気になったので、俺は就寝前にリンシアの部屋を訪れていた。扉の前には見張りがきっちりいるので、窓から潜入している。



「こういった光景はどの国でもあるのですね」



 案の定、リンシアは気に病んでいた。目の前に映る困っている人達を全て救いたいと願う困ったお姫様である。



「他国のことだし気にしてもしょうがない。まあ、この国の場合は少し違うような気もするが」


「どういうことですか?」


「どうもきな臭い。法国は何かにおう」


「ど、どこかにおいますか?」



 リンシアはすんすんと鼻を動かして仕切りに部屋の匂いを確認する。そういう意味ではない。



「安心しろ。しっかりと石鹸と花の香りがするぞ」


「そ、それはよかったです」



 少し気恥ずかしそうに目を背ける。心なしか頬がほんのり赤く染まっていた。



「そうじゃなくてだな。何か裏があるって意味だ。教祖や神を信仰する気持ちは誰にでもある。法国はそういった信仰心がある者たちで構成されていると言ってもいいぐらいだ。ただ、その信仰心を取り巻く空気に違和感を覚える」


「違和感ですか?」


「半ば強制的に信仰心を仰いでいるような、そんな感覚が伝わってくるんだ」


「……操られているということですか?」


「操られるまではないだろうが、精神的な何かが作用しているのは確かだな」


「魔法の類でしょうか」


「かもしれない」



 精神を支配して操る魔法は聞いたことがない。しかし、精神に作用する魔法はある。現に【⠀英雄の言霊】は精神に作用してプラシーボ効果を促すし、【リラックス】はその名の通り恐怖耐性を上げる効果がある。今回もその類の魔法なのかもしれない。



「どちらにせよそういった可能性があるということは頭に入れておいてくれ。何らあれば戦うのではなく逃げる。精霊の……キサラもそばに居るんだろ?」


「はい、霊体ではありますが、寝ていますよ」


「まあ、穏便に済ませるつもりではあるが……余計なことまで首を突っ込むなよ?」


「わかっていますよ。私をなんだと思っているんですか」



 優しくてお節介なお姫様……だろうな。


 翌朝、馬車での旅が再開。

 それから3日の道のりを経路して、ようやくイーリス法国の首都、イーリスに辿り着いた。


 街を見渡して思う感想は「法国っぽい」だった。

 街の中心にそびえたつ果てしないほど高い円錐の塔を中心に、淡いベージュに象牙色、生成色などの明るい色を基調とした建物が並ぶ。所々に水辺や緑が見えて潤沢な街並みを連想させていた。


 馬車は小綺麗に整った白い石造りの街路を真っ直ぐと進んで中央の塔へと向かう。

 その途中で隣を歩くマッシュがまるで田舎から上京してきたかのように周りを見渡し感心しながら呟いた。



「なんか明るそうな国だよね」


「うんうん、統一感のある国でごわすな。争いなど無縁。平和の象徴のような国でごわす」



 それに対してカーモが頷き、ミールが続く。



「だからこそ何か裏がありそうな印象も抱かされますよね」


「ミールは鋭いじゃないか」



 俺が答えるとミールは目を見開いた。



「えっ……この国やっぱりなんかあるんですか?」


「完璧な法など存在しない。平和そうに見えてもどこかで綻びが生まれるものだ。王国だってそうだろう?」


「確かにそうでごわすな。表面上はよく見えても裏では……という話はよくあるでごわす。実は人の血を使って不老不死の魔法を開発してるとか」


「変なこと言わないでよ!」


「冗談でごわすよ。ミール殿は相変わらずビビりでござるな」


「あの、君たち他国でそういう発言は不味いんじゃ……」



 俺たちの会話にマッシュが眉を潜め、先程とは別の用途で周囲を見回しながら呟いた。


 ふと、先ほどからだんまりの元気っ子が俺の目に映る。



「なんか気になることでもあったか」


「なにがっすか?」



 けろっとした返事が戻ってくる。いつものリオンだ。



「なんか考えてたように見えたが」


「ああ、法国ってなんで白いのかなーって考えてたんすよ。汚れ目立つじゃないっすか」



 斜め45度のずれた見解だった。確かに白は汚れが目立つが。



「実用性に特化した主張だな」


「かく言うリオンちゃんは白、好きっすけどね。自分色に染められるじゃないっすか」


「ファッションの話だよな? なんか別の意味に聞こえたが」


「ファッションの話っすよ。何想像してるんすか」



 というくだらない話をしていると中心の塔に辿り着く。近くで見るとその大きさは目を張るものがあった。


 入口には何人もの修道服を纏った者たちが出迎えのために並んでる。

 そんな中で一際目立つ豪奢な修道服を着用した男。おそらくあいつが最高司祭のひとりなのだろう。


 しかし――。



「……あれ?」



 その男の顔はどこかで見た事のある風貌であった。気のせいではない。記憶の引き出しを掻き回すと、すぐに答えへたどり着いた。



「……ん?」



 向こうも気づいたようだ。首をひねって、頻りに何かを思い出そうとしている様子。こちらへと歩み寄ってきた。



「そこの衛兵殿。どこかで俺と会ってないか?」


「アッテナイヨ」


「独特な声に変なイントネーションだな……。待てよ……なんとなく雰囲気が……あっ!」



 語尾を上げて外国の人風を装ったが気づかれてしまった。遅かれ早かれ気づかれることだったので気にする必要もない。


 この男は帝国の剣闘士大会の決勝トーナメントで準決勝で当たるはずの相手であった《カルマ》という剣士だ。


 確かに法国から来たとは言っていたが、まさかこの場で再開することになるとは誰も思わない。ティアラが調べた情報の中にカルマという最高司祭は存在しないからだ。

 偽名なのか、それとも小綺麗な服を着ただけのただの司祭なのか。



「お前、マックじゃないか? 帝国剣闘士大会の」


「オマエ、シラナイ。オレ、マック、チガウ」


「いや、その俺を雑に扱う態度、絶対にそうだろう。それにその目付き、仕草、髪の色は前と違うが、纏う闘気でわかる。あのとき感じたものと同じだ。いや……あのときよりも強くなったか?」



 闘気ときたか。剣士は気力や魔力量とは関係なしに、その者の纏う何かを読み取って相手の強さを推し量ったりすることがある。そういう意味ではこいつも剣士としては一流の領域に足を踏み入れているのだろう。



「……カルマだったよな。あのときの約束の賞金よこせ」



 前回、準決勝戦に勝ったら賞金を全部渡すという約束をしていたことをきっちりと覚えている。

 正直な話、剣闘士大会に出場していた《マック》が俺ということがバレたところでなんの問題もないはず。それに生じる可能性も微々たるものだと判断している。



「すまん、あのときはその、用事があってな。賭けの件は俺の懐から出すから許してくれ」



 男は両手を合わせて拝むような仕草でそう言った。それはこれまで見た最高司祭のイメージとは少しかけ離れていた。

 簡素的に言い表すなら、なんとなくこいつからは『バカ臭』がする。


 すると、下車したエルドがこちらに早足で向かってきた。その足取りは何やら慌ただしい。



「お初にお目にかかります。私はバロック王国伯爵家の代理人してと参りましたエルド・ウェン・カンニバルです。本日の交流会に際して王族の護衛の全権を任されております。何かそやつに粗相がありましたか?」


「これはご丁寧に。私は法国より最高司祭の地位を授かるフレンス・ウォ・カルミルだ。いえ、貴殿の近衛が私の知人に似ていたのだが……気のせいだったようだ。お騒がせして申し訳ない」



 ……おや?

 確実に気づかれていたにも関わらず、この男は上手く濁してくれたようだ。そして、やはりカルマは偽名であったらしい。こんなやつが6人いる最高司祭のひとりだったとは。



「それはよかったです」



 そう言ってから、エルドの鋭い視線が俺に向けられる。



「彼も騎士なのか?」


「はい、我が騎士団の雑務を担当する近衛でして……」


「雑務……? ちなみに彼はどういった立場なのだ?」



 続いてフレンスの訝しげな視線が俺に向けられた。戸惑いながらもエルドは口を開いて説明をする。



「我々の騎士団に護衛として付き添う形になっていますが、一応、騎士爵を得て騎士団を率いる団長という立場になります。別の団になりますが。まあ、彼はまだ学生を卒業したばかりでして、礼儀もまだわからないのです」


「……? 礼儀はともかくとして、王国の騎士は実力主義ではないのか?」



 両者の疑問の眼差しが交差する。話が噛み合っていないような、居心地の悪さをふつふつと感じる。



「……? 一概にそうとは言いきれないですが、実力がある者は功績を残し、勲章を得ることになります。それにより自ずと貴族へ昇進するため、同等の地位になることが多いのですね」


「なら彼はまだ勲章を得ていないということか」


「こやつの実力などそこが知れていますよ。今後は功績を残すことも勲章を得ることもないと思います」


「……ん?」



 フレンスはさらに首を傾げて黙考し、



「俺の認識と他の認識がズレているのは気のせいか……?」



 と意味不明なことを小声で囁いていたが、俺は無視を決め込んだ。



――



 それからすぐにリンシアが下車して、互いに挨拶を交わす。着いて早速、今回の交流会に際しての代表同士の顔合わせをすることになった。


 法国の代表はもちろん聖女だ。

 フレンスは謁見に際しての説明を口にする。

 聖女は特別な存在でり、最高司祭ですら全員がお目通りの適わない相手らしい。よって、謁見するのはリンシアと護衛の者のふたりのみということだった。


 リンシアはそれについて納得した様子。問題はその護衛を誰にするかだ。

 普通なら護衛の代表としてエルドが任命されるのだが……、



「クレイに任命します」



 と、リンシアははっきりとそう告げたのだった。もちろんエルドは猛反対する。



「何を仰っているんですか! こやつは適任ではないです! 殿下に何かあったらこやつだけの失態じゃ済まされないんですよ!?」


「適任かどうかは私が判断します。それに今回は謁見のみ。すぐに終わります。カンニバル卿にはそれからの大切な護衛を任せるつもりですので、それまでゆっくりと休んでいてください。」


「ですが――」


「これは交流会に参加する王族としての決定です」



 リンシアきっぱりと言い放った。温厚な性格なので流されてしまうのではないかと思ったが、言うときは言うらしい。

 それを聞いたエルドは見えないように奥歯を強く噛み締めながら拳を強く握っている。全体的にカルシウムが足りていないようだ。



「…………かしこまりました。殿下の赴くままに」



 そんな様子で聖女との謁見を取り付けたのだった。

 それからリンシアと俺はフレンスの後に続き長い廊下を進んでいく。

 やがて大きな扉の前にたどり着いた。



「私もここまでの決まりですので。中に最高司祭のダグラス様、そして聖女であるマリア様がお待ちしております」


「マリア……?」



 眉を寄せるリンシア。間もなく扉が開かれた。


 視界を埋めたのは無駄に広々とした空間。白の柱に金の飾り、王城の謁見の間と同じぐらい煌びやかな作りで、中央には絢爛たる立派な円卓が置かれている。


 その円卓の向こう側にはひとりの男が立っていた。

 年齢は30代後半だろうか。身長は高く180センチぐらい。肩口まで伸ばされた明るい髪はオールバックでまとまっている。温厚そうな目元に細長い眉。通った鼻筋。いかにもトップである自信に溢れた貫禄を放っている。


 リンシアと俺は円卓に向かってゆっくりと歩み寄ると、男は口元を広げて丁寧な仕草で挨拶を始めた。



「お初にお目にかかります。私は法国最高司祭を統括するダグラス・ジ・ヴィンセントです。わざわざ足を運んでいただきありがたく存じます。長旅でお疲れたでしょう」


「お気遣い痛み入ります。私はバロック王国第三王女、リンシア・スウェルドン・アイクールです。本日は交流会にお招き頂きありがとうございます」



 この男が他国から"魔神(ましん)"と呼ばれ、12神の使徒でもあるダグラスのようだ。確かにその立ち振る舞いには隙がない。

 そんな貫禄に宛てがわれたせいか、リンシアも少し緊張しているように見えた。



「早速ですが、聖女様との顔合わせをしたいと思います。聖女様はあまり人との関わりを持ちません。故に、至らぬ点があるかもしれませんが何卒お許しください」



 すると、奥の暗がりの通路から、こつ、こつ、という足音と人影が近ずいてくるのがわかった。


 やがてひとりの少女が姿を見せる。

 乙女色の髪に閉ざされた瞳。羽が生えてきそうなほど綺麗な修道服を纏っている少女。


 間違いなくマリアであった。

 前回から1ヶ月ほど立っているが少し痩せたような印象。


 その姿を見て、リンシアは目を丸くした。


 そういえば、言ってなかったな……。


 同様にマリアも驚いた様子を表情で表現している。


 そして――。



「「…………え?」」



 ふたりの第一声がシンクロしたのだった。

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