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第182話

「明日は出立の日だ。準備は順当に整えたのだろうな?」


「もちろんでございます。団長のカンニバル卿にも入念に伝えておきましたので」



 絢爛な調度品が揃う室内でふたりの男性が会話を挟んでいる。

 ひとりはバロック王国第2王子のルシフェル。そしてもうひとりは宰相を務めるケルビンだ。


 王国で《クロード》、《バルワール》、《シュナイダー》の3家しかない公爵家。ケルビンはそのシュナイダー家の長男である。


 明晰な頭脳と欲と権力に忠実な考え方をルシフェルに認められ、35歳という若さで独立し、宰相の地位を授かった。


 基本、国王に使える身ではあるが、次期国王と名高いルシフェルを慕い、何かと密会を重ねているのである。



「伯爵の長男か。度々交流会で見かけるが、私への忠義も怠らない姿勢がいい。手塩をかけて育てたのだからしっかり働いてもらわねばな……能力も、宰相殿のお墨付きであろう?」


「おっしゃる通りです殿下。能力的にはこれ以上の人材はいないでしょう。ただ、クウガ殿には劣るかと……本来であればクロード家を使いたいところですが、今の状況で動かすのは非常に危険ですから」



 公爵3名家のクロード家。長男のクウガは第一王子のミロードの聖騎士であった。

 しかし、皇国交流会での悲劇でミロードを守れなかったことにより、王族への警護を自粛させられてしまったのである。


 否定的な言葉なのに、ケルビンは少しも躊躇をしない。それほどまでの関係性がふたりの間にはあるのだ。



「馬鹿な貴族どもを黙らせるためだ。仕方がないさ」


「建前は必要ですからね」



 王族を死なせてのうのうと生き残るというのは騎士としてどうなのか。辞任させるべきなのではないか。という反感もあったが、その一切をルシフェルは罪に問うことなく問題を沈静化させたのだ。

 それもそのはず、クロード家がルシフェル派閥の貴族だからにほかならない。



「それにしても残念な事件だった。()()()兄上は亡くしてしまったからな」


「左様ですね。クウガ様の実力を持ってしても悪魔を退くことが出来なかったのですから。()()()()、としか表現のしようがありません」



 ルシフェルとケルビン、ふたりの目線が交差する。

 両者の口元にはわずかな綻びが見て取れた。



「この件が片付いたら、カンニバルにはお礼をせねばな。何がいいだろうか」


「カンニバル卿は陞爵(しょうしゃく)を望んでいるようですよ」


「侯爵か……私が王位に付いたあかつきにはそれもいいだろう」


「そうですね。そのためには国王様には早々に玉座を下りてもらわなければなりません」


「滅多なことをいうな。()()おきた病の驚異も去り、父上は今健在なのだ」


「口が過ぎました。申し訳ありません、殿下」



 そう言って謝罪を告げるケルビンだが、その態度に悪びれた様子はない。

 ルシフェルもそれをわかった上で納得しているようだった。これはふたりの意見が合致していることを意味する。



「最近カルロスが何かやっているようだが、どうだ?」


「カルロス殿下ですか。私の見解では問題はないかと思います。無能は所詮無能です。念の為、従者に監視を付けておきましょうか?」


「それがよかろう。あとはラグナに関しては……どうだ?」


「リンシア殿下に付きまして、前々から密偵をつけているのですが、一向にラグナとの関わりを見せる様子はありません。密会する気配もなく、怪しい様子もない……ラグナとの関わりがあるということ自体がブラフの可能性も高まってきました」



 それを聞いたルシフェルの拳を握る力が強まる。そんなはずはないと考えているからだ。


 しかし、それもどうでもよくなるだろう、とルシフェルが考え直す。

 今回の交流会でリンシアには退場してもらう算段なのだから……。


 それよりも問題は――。



「法国の南端でラグナが現れたという情報があった。法国よりも先にラグナの奪還、もしくは始末しなければ、いずれは脅威になり得る」


「心配しなくても大丈夫ですよ。そのための交流会なのですから」


「期待しているぞ」



 ふたりは顔を見合わせて、ニヤリと笑い合う。

 ケルビンは丁寧に頭を下げてから王室を退出していった。


 その姿を見送ったルシフェルは机に文通用の紙を広げ、法国へ送る文章をさらさらと書き綴り始めたのだった。





 50階層あるイーリスの塔。その40階層。

 そこには法国最高司祭の《ダグラス・ジ・ヴィンセント》の部屋がある。


 1階層分を丸々改良した部屋は恐ろしく広い造りになっていて、磨かれた白石の本棚が円状に列を成していた。

 中央のスペースには執務に使う豪奢な机が設置されており、正面のドアへと真っ直ぐと繋がっている。


 そんなダグラスの部屋に、同じ最高司祭のひとり――《フレンス・ウォ・カルミエ》が呼ばれていた。



「フレンス、交流会当日は任せたよ」


「了解です。ダグラスさん」



 内容自体は交流会の際に、到着した王女を案内役の任を頼まれるという些細なものであった。


 時間にして3分。ダグラスはたったそれだけの報告のために40階層の自室に呼び出すことが多々ある。【メッセージ】という魔法もあるのだが、会話が聞かれる心配があるという理由で極力それを呼び出すことだけにしか使わないのだ。


 フレンスが入室してからもダグラスはずっと筆を走らせている。

 魔法が使えるダグラスが筆を使うということはそれなりの相手に贈る手紙なのだろう。



「もう行っていいよ。今日は休むといい」


「了解です」



 労いの言葉に返事を告げたフレンスだが、その足を一向に動かさない。

 そんなフレンスの様子を察したダグラスは筆を走らせながら問いかけてくる。



「何か他に質問があるのか?」


「……ダグラスさん、聖女のことはどのように始末するんですか?」



 唐突な質問。ダグラスは変わらないトーンで淡々と答えていく。



「そういえばまだ告げていなかったね。『(とら)』を使うことにした。先程連絡も済ませてあるから心配しなくていい」


「わざわざ『虎』を使うんですか?」


「そうだよ」



 『虎』とは法国の隠語で刺客を意味する。

 能力が高く潜入歴が長い者を『虎』、それ以外の者を『(ねこ)』と呼んでいるのだ。

 『虎』は育成にも相当な時間と手間を労すため、人数も少ない。故に刺客のほとんどが『猫』ということになる。


 刺客を使う用途は情報収集。稀に暗殺を命じることもあるのだが、暗殺に使用した刺客は後日始末されるのが定例であるため、基本は数が多く人的資源被害の少ない『猫』を使うのだ。


 だが、今回は『虎』を使うとダグラスは告げたのだ。

 聖女の暗殺は『猫』でも十分にこと足りる。付け加えるなら、法国内での暗殺なのだからそもそも刺客を使う必要もないはずだ。


 『虎』はダグラスが直々に用意した刺客で、本人にしか正体がわからない。その理由をダグラスから語られなかった時点で疑問を払拭させるための問いかけをフレンスはするべきではない。



「なら心配ないですね。殺すときはなるべく苦しまないようにして――」


「それは君には関係のないことだよ」



 フレンスの言葉を遮って、ダグラスが力強く告げた。

 綴っていた手も止まっている。



「……そうですね。変なこと言いました」


「君は私の右腕なのだ。しっかりしてくれなきゃ困るよ。フレンス」


「大丈夫です。安心してください」



 いつものような柔和な笑顔から発せられるダグラスの言葉にフレンスは返事をして、早々に部屋を退出する。

 これ以上はダグラスの信用を落とすだけだと判断したからだ。



 フレンスは人通りの少ないだだっ広い螺旋状の階段を下りながら考えた。


 ――これでいいのだろうか、と。


 法国軍事制度が撤廃される前の話。

 軍に所属していたフレンスはダグラスに引き抜かれて司祭に加入した。


 制度撤廃とともに露頭に迷う予定だったフレンスにとってダグラスは恩人にあたる。それも、僅か1年足らずで最高司祭の地位を授けてくれた大恩人だ。


 さらには、元々、孤児だったフレンスに礼儀や作法、政策といった知識を一から伝授してくれた。

 頭がいい方ではなかったフレンスに根気強く丁寧に向き合ってくれたのだ。


 そんな大恩人のダグラスの右腕であることをフレンスは自覚している。

 ときにはダグラスに変わって残酷な所業にも取り組み、数え切れないほど手を汚してきたのも事実。


 ――多くの民を救うために、犠牲を伴わなければならないときがある。それを決断できるものこそが上に立つ器だ。


 ダグラスの意見はフレンスにとっていつも正しい。正しいからそこフレンスもひたむきに従ってきた。


 しかし――今回ばかりは疑問に感じてしまう。

 正確に表現するなら今回だけではない。それよりももっと前――前聖女であったステラが亡くなったときから何かがおかしいと感じ始めていた。


 それがなんなのか、フレンスにはわからない。

 ひとつ言えることは現聖女であるマリアには死んで欲しくないということ。

 出来ることなら助けてあげたいとすら、フレンスは思い抱いていた。


 こつ、こつ、こつ――。


 すると、下の方から歩いてくる者がいた。フレンスはそれが誰なのか気配で察する。

 しばらくして階段を上がってきたのは、フレンスと同じく最高司祭の地位に付く《バリエゾ・オン・ルグーシェ》だった。



「あれ、フレンスじゃん」



 目元まである緑髪をうねらせながら、バリエゾは気さくに告げてきた。

 白と金を基調とした戦闘用の修道服にはところどころに真っ赤な模様が付着している。


 それが何なのかは、説明するまでもない。



「制裁から戻ったのか?」


「そうだよ。いやあ、今日も楽しかった。動物って胴体を切断しても、しばらくの間は動き続けるじゃん? だから切り離した半身同士で戦わせて、誰が勝つかやってたんだけど。途中でみんな死んじゃうんだよ。面白かったなあ」


「人を動物扱いするのは、あまり良くない」



 笑顔で力説するバリエゾに、フレンスは注意を促す。バリエゾは無垢な子供のように首を傾げた。



「そうかな? 人なんて、そもそもが同じ動物じゃないか。それに罪を犯した奴は動物以下でしょ?」


「それでも人同士敬意を持って接する。罪人でも苦しまずに殺してやるのが俺たち司祭の役割だ」


「硬いなあ。ダグラスさんから許可は貰ってるんだからいいじゃん。フレンスはそんなだから聖女との謁見も許されてないんだよ」


「それは……お前も一緒だろ」



 聖女の間に閉じ込めている聖女マリア。彼女に謁見することが出来るのは、現在、ダグラス、グレンシャル、ブラストの最高司祭としての歴史ある者のみなのだ。


 前聖女であったステラが亡くなってから制定された司祭間の法である。



「僕は5年目でまだ若いからじゃん? フレンスは……13年目だっけ? いつになったら許されるんだろうねえ」


「ダグラスさんにも考えがあるんだよ」



 からからと笑うバリエゾにフレンスは憤りを感じていた。

 バリエゾに対して最高司祭としての適正はないと思っているからだ。

 理由は言うまでもなく人格の問題である。


 しかし、バリエゾはそれを補って余りある戦闘能力を持っているのだ。

 総合的な戦闘の腕ならフレンスよりも格上だろう。


 そのため、発言権のあるフレンスでも強く出れないのだ。

 できることは注意を促すことぐらいである。



「へえ、まあ、頑張ってよ。僕はもう行くね。剣の手入れをしないと錆びちゃうからさ」



 口元を悪魔のように緩ませながらバリエゾは去っていく。

 フレンスはその後ろ姿を見ることなく、真っ直ぐ自室に戻った。



「……」



 イーリスの塔30階層。そこの一角に設置されたフレンスの部屋。そこにはフレンス好みの木工素材の調度品がそろっていた。


 ベランダからは首都の景色が一望できるのだが、フレンスは真っ先にベランダに向かう。


 視界を埋めるのは宵闇にぽつぽつとロウソクのように光が広がる夜景であった。

 フレンスはそれを見るために、高階層の部屋を懇願したのだ。


 景色を堪能しながらフレンスは黄昏る。



「……俺にはもう何もない」



 しばし黙考して、ぽつりと独り言を呟いた。


 フレンスが抱くもやもやとした感情。

 それはラグナを探すという名目で様々な場所を巡ったときに出てきたものだ。


 ――今の法国、否、ダグラスの政策が間違っているのではないか、と。


 しかしながら、現に法国の情勢は落ち着いているし、フレンスに代案がある訳でもない。

 そして、フレンスの気持ちを肯定してくれる仲間の存在だっていないのだ。


 だからこそ、フレンスに潜在的な行動を促していたのかもしれない。

 ラグナを探す任務で、自分を肯定してくれるかもしれない仲間――もしくはダグラスに良い刺激を与えてくれるかもしれない新しい風を見つけようとしていたのだ。



「まあ、無駄だったけどな……」



 しかし、無駄に終わってしまった。

 思ったよりも早く招集がかかったためだ。


 良く考えれば、ダグラスほどの才色兼備を持ち合わせている存在に早々出会えるわけがない。


 だからこそラグナにそれを期待していたところもある。だけど、運良く巡り会ったとしてもフレンスには交渉材料がないし、無駄骨になる可能性の方が高かった。



「……そういえば約束、守れなかったな」



 ふと帝国での出来事を思い出す。

 それは帝国剣闘士大会で出会った剣士。名前はマック。


 マックの剣技は周りを寄せ付けないほどのものがあり、それは、フレンス自身も勝てないかもしれないと思わせるほどのものであった。

 人格の方も、悪い奴ではない、というのがフレンスの感想だった。


 冷たくあしらわれてしまったが、その態度にはどこか不快感を感じさせない根拠のようなものがある。

 根本的な心の余裕が違うのか、器が大きいからなのか、わからない。ただ言えることは親しみやすいということ。



「まあ、あいつが法国のゴタゴタに参加するイメージは湧かないけどな」



 ふっとから笑いする。

 もう会うこともない者のことを考えても仕方がない。


 それよりも、交流会のことを思案しよう。

 王国の王女はラグナと知り合いという噂。もしかしたらそれが法国に良い影響を与えるスパイスになるかもしれない。フレンスは心中でそれを期待するのだった。

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