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第181話

 最近のリンシアは忙しい。

 1日は山のように積まれた書類や資料に目を通すところから始まる。主な内容はラバール商会やジルムンク領に関すること。最近だとイーリス法国との交流会に際してのことが多い。

 リンシアはそれらの書類を重要なものと、そうでないものを的確に見定めてから印を押していく。1枚を確認するのに数分使っていた最初の頃に比べると今はかなり早くなったほうだ。


 それから朝食を済ませて、最近、頻繁に開かれる貴族会議に出席。

 そこでルシフェルと顔を合わせることになるのだが、その度に交流会の段取りについて細かく指摘される。


 仕舞いには、「お前はまだ正式な聖騎士がいないから心配だ。くれぐれも私の用意した騎士団長の側から離れるんじゃないぞ」という心にもない言葉を投げ掛けてくる。

 監視が目的なのはわかっているので、それに対しては愛想笑いで返すしかない。


 そして、毎回といっていいほど《ラグナ》のことを探ってくるのだ。

 その度に与えていい情報を精査して誤魔化さなければならないのが今のリンシアにとっては少し苦難なのである。


 そんな苦悩の時間が終わっても、貴族の集まる茶会や、立食パーティーなどにも参加しなければならない。

 それが終わってようやく残った書類整理に手をつけてからベッドに入る。リンシアはそんな激務を数週間の間行っていた。


 しかし、それも今日で終わる。

 明日は交流会のために法国へ出発するからである。



 今は日の沈みきった宵。

 リンシアは自室の執務席に腰掛けて、最後の1枚となった書類を手に取り、見つめていた。



「ふぅ……これで終わりですね」



 ここ数週間の激務の終わりを一言呟き、リンシアは書類を机の上に置いた。

 そのまま窓の外を広がる宵闇に目を向ける。


 正確にはこれからの交流会が山場になるのだが、リンシアはそれを難しく考えていなかった。

 それは騎士団として一緒に来てくれる頼もしい存在――クレイのおかげだろう。


 クレイに任せておけば問題ないという絶対的な信頼をリンシアは抱いている。


 そんなクレイはジルムンク領から帰還して、リンシアの公務が増えても隙を見て様子を見に来てくれていた。

 クレイからすると気まぐれなのかもしれない。でも、リンシアにとってはそれが凄く嬉しかったのだ。

 側にいて、話をするだけでも満たされていく何かを感じていた。



「……」



 だからこそ、胸がきゅうっと締め付けられる。

 昼前に開かれた令嬢たちの茶会を思い出したのだ。


 リンシアが呼ばれる茶会や交流会、パーティーなどの目的は大きく分けてふたつのパターンがある。


 政治的なものと、友好を築くためのもの。


 政治的なものの場合は、公爵や王族、それに準ずる令嬢が出席する。

 おべっかに包まれた言葉が行き交う戦場となることが多く、綺麗事の裏側に潜む意味や、皮肉を読み取らなければならない。


 例えば、「リンシア様には余裕がおありなのですね」は、財政を探るための意味合いにも取れるし、「せいぜい足元を救われないように気をつけなさい」という皮肉の意味にもなるのだ。


 乗り切るコツは受け流して、自然でいること。

 ティアラから色々とレクチャーを受けていなければ痛い目にあっていたかもしれない。



 それとは逆に、交友的な茶会では同世代の平凡な令嬢たちが集まる。


 基本的には、〇〇家の公爵様が――や、〇〇騎士団の団長様が――などといった桃色の会話を弾ませることが多い。


 しかし、そんな花咲く会話の中に、何故かクレイが度々登場するのである。

 王立学園アルカディアに通っていた令嬢も多いせいか、学園生活での出来事を語り始めるのだ。


 「演習中に目が合った」や「落し物を拾ってくれた」などの些細なこと。しかし、リンシアの心中にはモヤモヤする何かが芽生える。


 令嬢たち曰く、ミステリアスでクール、媚びない姿勢が逆に好感が持てるらしい。友人間(ゆうじんかん)でのみ見せる口元が綻ぶ表情がたまらないのだという。


 つまりはクレイは意外と人気者なのだ。

 特に政略結婚のない子爵以下の次女や三女から。


 それは騎士爵を授かって準貴族に上がったこともその人気に拍車を掛けている。リンシアを出汁にクレイをパーティーに招待して欲しいと頼む者までいるぐらいだ。

 王女であるリンシアを――だ。


 それでも、政治的な意味のある招待よりはましではあるとリンシアは考えている。


 だから令嬢たちには「彼はそういうことに興味を示さないと思いますよ」と丁重に断っていた。決して、パーティーに行って欲しくないわけではない。



「全く、クレイは、もう……」



 思わずそう呟いてしまうほど、リンシアがクレイのことを想うと心臓が高鳴る。


 よく考えてみれば、クレイの周りには女の子が多い。指で数えても収まりきらない。

 もちろん男も多いはずなのだが、今のリンシアの頭には入っていなかった。


 最近だと、盲目の少女――マリア。

 急に開かれた茶会ではあったが凄く楽しかった。


 しかし、リンシアはそこである感情に苛まれてしまう。


 それは疎外感だ。


 何故かと聞かれれば、説明するとこと困難だ。

 なんとなく、彼女たちが知っていて、リンシアだけが知らない共通の事情があるような……。

 そんな気持ちを抱いてしまったのだ。



 こんこんこん――。

 そんなことを考えているとドアをノックする音が聞こえた。



「リンシア、入るぞ」



 続いて見知った声が耳に届く。

 それは今の今まで意中に抱いていた男の声であった。



「どうぞ」



 リンシアは手のひらで、さっと糸のような艶やかな銀色の髪を軽く整えながら返事をした。すぐにドアが開く。

 同じく銀の髪に深い海のような碧眼。少し気だるそうな態度をいつもとっているクレイが姿を見せた。



「忙しいかったか?」


「大丈夫ですよ。たった今終わったところです」


「そうか」



 いつものような短い返事。クレイはそのまま前のソファーに腰掛ける。



「今日はどうしましたか?」



 と確認しつつ、リンシアも向かいのソファーに腰を下ろす。





「今日はどうしましたか?」



 そう言いながら向かいのソファーに座ったリンシアは心做しか、元気がないように感じた。


 ここ最近、リンシアは公務が忙しかったはずなので、そのせいもあるのだろう。


 リンシアは色々とオーバーに考えて、不安になってしまうことが多い。だから、明日からの交流会のことも考えすぎているのかもしれない。



「イシュタルト侯爵はカルロスを支持することになったぞ」



 そう結論を出しつつ、まずは報告を済ませる。



「流石ですね。たった1日でそこまで進むなんて思いませんでした」


「後ろ盾が強いからな」



 後から聞いた話だが、ティアラを紹介した直後、空気が凍ったという。

 侯爵家領主だけあり、あからさまに驚くことはなかったが、その後は根掘り葉掘り聞かれたらしいので効果は絶大だったと思う。


 そんな会談の中での決め手はカルロスの貧富のない国を作るという思想にイシュタルト侯爵が共感したことだ。また、イシュタルト侯爵が密かに抱いていた夢にも関係があった。


 それは音楽家になること。

 勢力も権力もあるルシフェルによって潰されていたイシュタルト侯爵の夢。息子に爵位を譲ったあと、その夢を追い求める考え方を尊重し、王族直属の音楽隊として王城に来てもらうことを約束したのだ。



「それだけじゃないですよ。カルロスお兄様の人徳もあってのことです」


「まあな。あいつが国王になる日も近いかもしれない」



 王族での力を伸ばしているリンシアに続いて、第4王子のカルロスの勢力を引き上げる。そして、カルロスに王位を継承させることが目的であった。


 それは必然的にルシフェルの王位剥奪に繋がり、リンシアの理想とする政策への近道にもなるのだ。



「お父様は現役です。勝手に引退させらたら怒られますよ」



 俺の言葉に、もう、と叱るような口調でリンシアが告げる。

 そんな仕草になんとなく癒される俺がいた。


 しかし、やはり先程からリンシアの様子がいつもと違うように思える。



「今日、なんかあったか?」


「‥…何もないですよ?」


「そうか? 何かあれば遠慮なしに言ってくれていいんだぞ。些細なことでも教えて欲しい」



 無理に聞くことはあまりしない。だが、心配になってしまうのだ。それだけ過保護になるのはジルムンク領で傷ついたリンシアを見てしまったせいかもしれない。



「……」



 リンシアの反応から何かあるということは物語っている。俺は彼女の口から言葉が紡がれることを待つことにした。



「クレイは私に何か隠してませんか?」


「……」



 次は俺が口を噤む番になる。

 少し考えて、リンシアの指摘する隠し事が何を指しているのかを聞いてみることにした。



「隠していることはもちろんあるぞ。人間誰しも抱えていることがあるからな。……リンシアはどうしてそう思ったんだ?」


「……マリアとのお茶会を開いたときに、少し感じたんです」



 それを聞いて俺は首をかしげる。



「何をだ?」


「えっと……その……疎外感をです」



 言いにくそうにリンシアが告げる。



「なるほど」


「今のでわかったんですか!?」


「大方は」


「本当ですか?」


「寂しかったということは伝わった」


「……」



 リンシアは少し気まずそうに目をそらし、体をモジモジさせながら口を開いた。



「別に寂しいというわけではないんです。ただ、急に開かれたお茶会なのにハクとお姉様から誘われるまで私だけ知らなかったり……とか。ふたりはクレイが次にしたいことをわかっているような立ち回りができているのに、私だけ蚊帳の外にいるみたい……とか。あとは――」



 最後の方は小声過ぎて何を言っているのかはわからなかったが、俺はリンシアが伝えたかったことを理解した。


 簡単にまとめると仲間はずれにされていると主張しているのだ。


 原因に思い当たる節もある。

 ティアラやハクが知っていて、リンシアが知らないこと――。


 それは『ハーデス復活を阻止する』という目的を告げていないことから起きた共通認識の相違からくるものである。



「別に仲間外れにしようとしたわけじゃないんだ」


「そこまでは思ってないですよ」



 リンシアはぷいっとそっぽを向く。仲間はずれという言葉は好きではないらしい。



「この件についてはリンシアにも伝えようとしてた。……本当だぞ? だから、今度みんなが集まった時に話すことを約束するよ」



 それを聞いてリンシアは目をぱちくりとさせていた。あまりにも呆気なく認めたことに、驚いているのかもしれない。


 しかし、これは事実であり、いつかは伝えようとしていたことでもあった。タイミングがあわなかっただけのことなのだ。


 ただ、必然的に『12神の使徒』についても話さなければならないので、ハクがいるときに限られる。使徒であることを自ら明かしてはいけないというルールがあるからである。



「絶対ですよ」



 確かめるように、リンシアが呟く。

 俺はソファーから立ち上がり、そのままの足で頬を膨らませるリンシアの元へと歩み寄った。



「安心しろ、俺はリンシアの味方だ」



 そう言って、さらさらと流れる銀色の髪を優しく撫でる。

 リンシアは何かを言いかけて口を噤み、下を向く。手に伝わる体温が少しだけ上がったように感じた。


 しらばくして、リンシアは俺の顔を探るように見つめる。

 そして、信じられないことを問いかけてきた。



「クレイは……その、私のネグリジェ姿には興味ないんですか?」


「………………え?」


「お姉様から聞きました。みんなで新作のネグリジェを見せあったって」



 「ずるい」とでも言いたげな口調。リンシアにしては大胆な主張であった。


 ……お前らはそういう情報も共有してんの?


 この後、リンシアが納得させるまでに小一時間の時間を有したのだった。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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