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第180話

 カルロス・エドムンド・アイクール。バロック王国の第4王子で、王立学園アルカディア普通科の上位生でもある。


 プライドが高く態度も大きいため誤解されがちだが、教会の身寄りのない成人を迎えた者達に、自らが収める領土の職を率先して提案するほどには良心的な一面を持ち合わせている。


 彼に与えられた領土はふたつ。交友関係は男爵や子爵といった下級貴族が多い。

 それは、4人いる王子の中で1番の無能と称されるカルロスを、味方に付けたい上級貴族はいないからだ。


 そんなカルロスは今、王国唯一の海港都市、イシュタルトの上流階級専用の宿屋の一室で腰を落ち着けていた。


 この地を収める領主であるイシュタルト侯爵と会談をするためである。


 上級貴族とは過度に接してこなかったカルロスにとって、緊張以外のなにものでもない。



「そんな緊張する必要はないと思うぞ」


「緊張などしてない! というか、クレイは明日、法国に出発するんだろ? こんなところにいていいのかよ」



 カルロスは対面のソファーの肘掛に頭を乗せる銀髪の男――クレイに向かって指摘をする。


 今回の会談を提案した張本人であるが、法国との交流会も明日に控えているので、この場にいることなど本来はありえない。

 もちろん、クレイが次元属性魔法の【転移】を使えることはカルロスも存知している。


 まだ下位生だったときに起きた事件によって知らされた事実だ。



「問題ない。それよりも、お前の緊張の方が問題だろ。今日の相手は侯爵。地位はお前よりも下だぞ」


「だから緊張していない! ただ、失敗したときのことを考えていただけだ」


「それダメなやつだろ……仮にも王子なんだから、堂々としてろよ」



 軽い口調でクレイは告げた。

 仮ではなく、カルロスは正真正銘の王子だ。その王子を前に、このような態度を取れるのは同じ王族かクレイだけだろう、とカルロスは思う。


 不思議と、不快な気持ちをカルロスは抱かないのだ。

 それはクレイの人間性なのか、もしくはその絶対的な自信への憧れからか。

 適当な発言をしているようで、クレイの文言はいつも根拠があっての場合が多い。リスクを計算して、しっかりと先を見据えているのだ。


 そして、爵位や地位などで人を見ていないというのも憧れる理由のひとつなのかもしれない。



「もちろんだ。俺は王子なんだからな」



 自分に言い聞かせるようにカルロスは口から吐き出す。

 そのまま、チラリと後ろに立っていたふたりの男に目を配った。


 ひとりは全身にフィットする黒の衣装を纏っていて、いかにも隠密が得意そうな雰囲気を漂わせている20代前半ぐらいの男。名前はシリュウ。王国では珍しいAランクの冒険者で、クレイとは依頼で知り合ったという。


 もうひとりは、茶色がかった髪が特徴の元気の良さそうな少年。名前はレニ。元々はザナッシュ帝国の人間で、クレイとは師弟関係らしい。今回、クレイが設立した《ラグナレス騎士団》に加入する予定とのこと。


 そんな異色のふたりがこの場にいる理由は、第4王子であるカルロスの護衛のためだ。


 王族の護衛がクレイも合わせて3人というのは普通ではありえないことだ。しかし、今回の会談はなるべく秘密裏に進めるという配慮のためにこのような形をとっている。


 カルロスはテーブルに置かれたイシュタルト侯爵についての資料を続きから読み進める。



「聞いてもいいか?」



 読み終えてから、カルロスはクレイに問いかける。



「会談のことか?」


「うむ。これだけイシュタルト侯爵の情報を集められたことには驚いたよ。でも、本当にうまくいくだろうか」


「というと?」


「なんというか、俺の主張に力がないというか、これだとまだ兄上に勝てないんじゃないかって思うんだ」



 王国唯一の開港都市の領主であるイシュタルト侯爵。この明るく活気のある街を表したような温厚で優しい男だ。


 成人を迎える娘がふたりと、20歳を超える息子がふたり。長男は爵位を継ぐためにこの地に残り、次男は王族直下の立派な騎士団に所属している。


 平民にも分け隔てなく接するイシュタルト侯爵は、領地の民からの人望も厚い。まさにカルロスの理想とする領主像なのである。


 ただ、そんなイシュタルト侯爵は第2王子であるルシフェルの派閥に属しているのだ。

 唯一の開港都市なだけあり、ルシフェルの目にも止まったのだ。様々な手法を用いて手に入れようとするのは当然のことだろう。


 だから今回の会談は、イシュタルト侯爵をカルロスの味方に引き入れ、ルシフェルの勢力を削ぎ落とすことが目的なのである。

 そのためにはカルロスの主張を魅力的に見せなくてはならない。しかし、イシュタルト侯爵がこちら側に付くための要素が今提示されている資料では足りないとカルロスは思ったのだ。



「そこに気づいたか」


「まあな。俺には無能だというレッテルが付けられてる。だからもうひと要素、何かこちら側に手札が必要なんじゃないかって」


「だから今日はこの会談に同席する者がもうひとりいるぞ」



 クレイはにやりと口元を緩ませながら告げる。

 わかっていたかのような口ぶりだった。



「そうなのか?」



 カルロスは首を傾げた。

 誰かが会談に同席したからといって、カルロスの発言に根拠が加わるとは思えないからだ。

 侯爵以上の上級貴族、もしくはそれに準ずる者なら話は別であるが……。



「ちょうど来たようだぞ」



 クレイがそう言ってからガチャ、っと滑らかに扉が開く。女性がひとり入室してきた。



「失礼いたしますわ」


「……っ」



 直後、カルロスは息をするのを忘れてしまった。今しがた入室してきた女性があまりにも美しすぎたからだ。


 歳は15のカルロスと同じくらいだろう。

 見たものを釘付けにしてしまう真っ赤に輝く朱の瞳。漆黒の夜空のごとき艶のある黒髪に通った鼻筋。勝ち気ながらも魅力的な眉。柔らかそうな血色のいい唇。175センチあるカルロスよりも10センチほど低い女性らしい背丈に豊満な胸。煽情的な魅惑のヒップにくびれた腰……。


 その見た目は男女関係なく全ての者を虜にするだろう。世界一の美少女と説明されれば納得してしまうほどであった。

 瞳と同じ赤色のバラの香りが室内にふわっと広がっていく。



「あ、え、クレイ、この方は?」



 取り乱すも、カルロスは即座に声を出すことに成功した。

 王族として場数を踏んできたパーティでの経験が生きたのだ。



「私のことをまだ紹介していなかったのですか?」



 そう言って、クスっと少女は上品に笑った。

 その優雅で憐憫な動きから、上流階級の人間だということはわかる。


 どこかの上級貴族の箱入り娘だろうか、とカルロスは考えた。

 こんなに美しい容姿で噂にならないはずがない。カルロスのどこの記憶をたどっても彼女の姿を捉えることは出来なかったのだ。



「まあ、お楽しみ要素があった方がいいと思ってな」



 ふたりの会話から親しい間柄であることをカルロスは察した。となると、妹であるリンシア経由、もしくはラバール商会のお得意様の令嬢だろうか。

 カルロスは思考をフル回転させ続ける。


 まずは挨拶だ。

 上の者から声を掛けるのが礼儀だが、今回は間にクレイが入っているので紹介をしてくれるだろう。


 カルロスが声を出すのはそこからだ。

 女性に対してはまずは褒めるのが普通。これは今は亡き第1王子のミロードがカルロスに教えてくれたことであった。



「彼女はティアラ。ミンティエ皇国の第3皇女だ」


「皇女殿下でしたか。どうりで上品な…………えっ?」



 回っていたカルロスの思考が突如固まった。

 今、クレイはなんと言っていただろうか。

 聞き間違えでなければ、隣国の第3皇女という説明をされた気がする。


 いやいや、とカルロスは心の中で首を振った。

 皇族がこんなところにいるはずがないだろう。そもそも自国の民ですらない皇族が王国のしょうもない内輪もめに協力するとは考えにくい。


 クレイがいつもの調子でからかっているのだ……きっとそうに違いない、とカルロスは結論付けそうになる。


 しかし――。

 カルロスは思い直す。

 王族交流会の際に、リンシアが第3皇女と仲良くなったという噂を聞いたことがある。

 もしかしたら本当に、彼女は第3皇女殿下なのだろうか。


 そんなカルロスの考えを一瞬で悟ったかのように、目の前の絶世の美女は女神のように微笑んだ。スカートの端をちょこんと摘んで、煌びやかな動きで頭を軽く下げる。



「ミンティエ皇国第3皇女、ティアラ・フリシット・クリステレスですわ。カルロス殿下、お話には伺っています。どうぞお見知り置きを」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」



 その瞬間、室内にカルロスの声が響き渡ったのだった。



――



「先ほどは取り乱して申し訳ない。私はバロック王国、第4王子のカルロス・エドムンド・アイクールだ。気さくにカルロスと呼んで欲しい」



 わざとらしく咳払いをして、カルロスはいつもの3割増しの凛々しい声で自己紹介をする。

 呼称呼びを提案したのは、これから開かれる会談で交友が深いことを相手にアピールするためである。断じて、カルロスがそう呼ばれたいからではない。



「私のことも、どうかティアラとお呼びください。それに言葉も崩していただいて構いませんわ」


「あ、ああ」



 薔薇が花を開くような妖艶漂う笑み。

 相手方からの呼称呼びの許可に、カルロスは心でガッツポーズをする。

 そんな喜ばしい心中で、クレイの声が耳に届く。



「これでさっき言ってた根拠は十分だろ」


「あ、ああ。確かにその通りだ」



 ミンティエ皇国の第3皇女といえば、"麗姫(れいき)"と二つ名で呼ばれ、皇子女の中でも群を抜いての権力を有し、発言権も十分にある。


 皇国には女性の皇位継承権がない故に、皇帝には届かないが、"麗姫"という個人のブランド力は絶大だ。


 そんな"麗姫"がこの会談にわざわざ出席するということは、第4王子の考え方に賛同していることを意味する。

 魅力的な要素という手札の効果を十分すぎるほど発揮するだろう。


 皇女が護衛も連れずこんな場所にいることをカルロスは不思議に思ったが、次元属性魔法が使えるクレイと親しいという意味で納得することにした。



「お兄様、例の件は整えておきました」


「そうか、助かる」



 そう言って、クレイは立ち上がった。まるでどこかに出掛けるような流れである。

 それに『お兄様』とはどういうことだろう。兄妹のような関係ということなのだろうか。



「カルロス殿下の考えている通りですわ。私たちは仲がいいんです」



 まるで心を見透かされたかのようなティアラの言葉。

 これが第3皇女にして他の皇子女たちに差を付けてきた彼女の話術なのだろう。

 想像を超える凄まじさをカルロスは肌身に感じた。



「ク、クレイは会談に出席しないのか?」



 そんな胸中をごまかすようにカルロスはクレイに問いかける。

 物怖じしている様子を見せたくない男としてのプライドだ。



「俺はやることがあるんだ」


「やること?」


「ちょっと北の方にな」


「……?」



 北部にどんな用事があるのだろう、とカルロスは思う。

 進めば2時間と掛からず法国領土にぶつかってしまうはずだ。



「俺のとこより会談のことを考えろ。ティアラがいるから万が一の失敗もないが……変な勘ぐりなどせずにお前はお前の、素直な気持ちを主張したほうがうまくいく。これから会う領主ならそれが通用する相手だ」



 いつものように口元を緩ませるクレイ。

 不思議と安心感を抱かせる。



「もちろんだ」


「じゃあ行ってくる。レニもシリュウも頼むぞ」


「……承った」

「はい」



 今まで黙っていた男がふたり、同時に返事をした。

 少し遅れて、妖艶な美女が少し名残惜しそうな様子で口を開く。



「気をつけてくださいませ、お兄様」


「ああ」



 そう告げて、クレイは窓から去っていく。

 【転移】を使えばいいだけなのに、その行動に意味があるのかと問いかけたいところだった。




「お迎えが来たようですわね」


「えっ?」



 ティアラの言葉に合わせたように、こん、こんっと、ノックの音が聞こえた。

 イシュタルト侯爵の使者が迎えに来たようだ。



「大丈夫ですわよ。お兄様の言ったとおりに進めて頂ければ問題ないです」



 先ほどの様子とは少し異なる。

 まるでその言葉に感情が入っていないかのような感覚をカルロスが抱く。

 何か無礼な振る舞いをしてしまっただろうか。



「ありがとう。その、ティアラ……皇女殿下」



 しかし、今はそれどころではないのだ。

 カルロスは一呼吸吐き捨てる。

 跳ねる鼓動を抑えながらイシュタルト家の屋敷へと向かった。

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