第174話
文法が変なところはあとで直します……
5つの歳を迎えた際に信徒の儀を受け、【信徒の加護】を授かることで、神々から世界の住人として認めてもらえる。
それがイーリス法国の教育であり、マリアもそう教わった。
しかし、5歳になったマリアが【信徒の加護】を授かることはなかったのだ。
原因は不明。ただ、加護を授けられなかったマリアは司祭たちから「出来損ない」と陰で叩かれ、蔑むような視線を浴びることとなった。
神を信仰する法国にとって、神に認められないことは致命的な汚点であったからだ。
イーリスの塔から追放されるのは必然。
だが、そんな司祭たちからマリアを庇ったのは、当時聖女の地位に付いていたマリアの母――ステラだった。
ステラはマリアを見限ることなく、聖女としての教養と考え方をしっかりと学ばせた。
もうひとり子を作る話も出ていたのだが、ステラはそれに反対。法国をよりよい国にする為に、マリアのことを次期聖女として愛を持って育てたのだ。
マリアはそんな母親のことが大好きだった。
同世代の友達がいないマリアにとって、母親の愛がすべてだったのだ。
しかし、悲劇は起こった。
マリアが10歳を迎えたとき、ステラは病で命を落としてしまったのだ。
その経緯をマリアは鮮明に覚えている。
3ヶ月前から身体は痺れて動かなくなり、衰弱していき、いくら水を飲んでも潤うことがない。
やがて、ろれつが回らなくなり、何を言っても返事をしない放心状態になっていき、そのまま最後は眠るように息を引き取ったのだ。
それを側で見ていたのが最高司祭のダグラス・ジ・ヴィンセント。
法国――いや、世界が始まって以来の天才魔術師として謳われ、先代の聖女から側に付いていた信頼の厚い男――。
そんなダグラスが笑っていたような気がしたのだ。
まるでそれを望んでいたかのように、深く、静かに口元広げて……。
マリアは泣いた。涙が枯れるまでたくさん泣いた。
悲しみに打ちひしがれるマリアの視界はやがて闇に包まれていき、視界を失っていったのだ。
生きるための活力など、そのときからすでに無くしていた。
最愛の母親を亡くし、視覚を失い、『聖女の間』に閉じ込められ、提示された司祭たちの考えに頷くだけの日々を過ごす。
祈るべき神からも加護を授けられていない。
母を殺したかもしれない司祭たちも信用できない。
だけどマリアには生きているうちにやらなければならない事があった。
それは母親から受け継いだ先祖が残した『黙示録』を後裔に託すこと。
そこに記された異界の言葉を読めるものに出会うまで……。
愛する母が託してくれた最後の使命。それさえ全うすれば、母親の元に行ける。
マリアはそれだけを思って今日まで生きてきたのだ。
◇
「……」
微かな青白い粒子が舞う薄暗い室内に沈黙が流れた。
正面には、瞳を閉ざした淡い15の少女。
そんな彼女が今しがた「死にたい」と口にしたのだ。
それが聞き間違いだと感じるほどの微笑みを向ける少女に対して、俺は何を言うべきかを考えていた。
「冗談ですよ。本気にしましたか?」
すると、マリアは軽い口調で呟いた。
直後、重苦しかった空気が嘘のように無くなっている。
「そうか」
「はい」
短く相槌を打つ。嘘ではないと俺の感覚が告げていた。
「嘘のようには聞こえなかったが?」
「不快に感じてしまったのなら、申し訳ないです。でも本当に大丈夫なので気になさらないでください」
「……わかった」
困ったように眉を下げるマリア。それ以上は立ち入るなという意思がその表情から伝わってくる。
「話を戻しますね。もう一度お願いしますが、私に子を授けては貰えないでしょうか?」
「それは断る」
「どうしてですか?」
ここは正直に言うのが正解だろう。
「……タイプじゃないからだ」
「タイプじゃ……ない?」
若干、面食らったようにマリアの眉がつり上がる。
「私の容姿に問題があるのですか?」
「俺がいうのもなんだが、かなり顔が整ってると思うぞ。そこいらの貴族よりもな」
「では身体に問題があるのですか?」
「俺が言うのもなんだが、同年代の女性たちよりも女性らしい体付きだと思うぞ」
「……では、盲目だからですか?」
「それは全く関係ない」
「……なら何が不満なのですか」
マリアはムスッとした様子で問いかける。
女としてのプライドもあるのだろう。
「肝心なのは気持ちだろう。気持ちのない女性を抱こうとは思わない」
「気持ち……?」
「ああ」
少しずるい言い方をしたかもしれない。
平民ならともかく、ある程度の地位に付く貴族はお互いが願って婚約することはあまりないのだ。
それは政治的な側面や家柄の事情によるものが大きく、地位や権力の前では愛だの恋だのと言ってられないというのが貴族社会というもの。
これは法国でも例外ではないだろう。
聖女の地位ともなれば必ず婚約する相手は用意されている。
気持ちどうこうの問題ではないのだ。
何を馬鹿なことを言っているんだと思われているかもしれない。
だが、俺にとっては大切なことなのだ。
気持ちがなければそういう行為はしたくないし、添い遂げたいとも思わない。
そうしなければ死ぬ状況であれば話は別だが……。
「聖女ならもう決まった相手がいると思ったが、違うか?」
「信用できる者はいないのです」
「なぜだ?」
「それは……」
口ごもるマリアを見て、なんとなく察することができた。
法国の最高司祭の考え方は報告で受けている。その片鱗をマリアは感覚で感じ取っているのだろう。
俺は質問を変えることにした。
「信用できないのはわかった。そもそも、自分の子供に何を託すんだ?」
「……あなたが私に子を宿してくれるというなら教えます」
「どんな条件だよ」
「赤子を安全な場所に連れていくのですから、必然的に知ることになるのです」
「俺にそこまでさせるつもりだったのかよ……自分で託さないのか?」
「私はいつ殺されるのかわからないのですよ。だから法国に伝わる秘匿の魔法を使います。それによって身ごもった子をすぐに産み落とすことが出来るのです。しかし、使用した母体は……」
「死ぬということか」
マリアは無言で頷いた。
その様子からは、やはり死を受け入れているようにも感じ取れる。
自らの生命力を移し、成長を促す魔法。そんな禁忌に等しい魔法は書籍でも見たことがなかった。まさに国に伝わる秘技ということなのだろう。
「事情はなんとなくわかったが、俺は力になれそうにない」
「……」
納得していないという表情だった。
「だから教えてくれ」
「何をでしょうか?」
「なぜ、死にたいんだ?」
「……」
俺は再び話題を掘り返すことにした。
先ほどから普通に話しているマリアだが、心の奥深くで闇を抱えているような印象を受ける。
周りに気づかれないように笑顔を振りまく。そんな姿は昔のティアラ――紗奈に似ている気がしたのだ。
「……私にはもう生きる意味がないのです」
「……家族は?」
「父は産まれる前に、母は5年前に他界しております。私は神に見放されているのです」
「神に見放されている?」
「はい。私には【信徒の加護】がないんです」
「【信徒の加護】がない?」
【信徒の加護】は信徒の儀で、誰しもが貰える加護のこと。
それにより使える魔法の制限も解除される。
俺は劣悪な環境で育ったせいで王国に来てから受けたることになったのだが、普通は5歳で受けるものだ。
ただ、使徒であったが故に、直接神であるゼウスに会うという例外の形ではある。
普通は視界が真っ白になり、気づいたら加護を受け取った事実を自覚しているのだとメルが言っていた。
それが授けられなかったとでもいうのだろうか。
「加護を授けられなかったということは、神に認められなかったということです。そして、最愛の母を亡くし、光を永遠に失った。信用できない司祭たちに囲まれ、出てきた意見に頷く日々……これ以上どんな理由が必要でしょうか」
マリアは負の感情を言葉に乗せて言い放った。
先ほどの微笑みはどこにもない。
悲愴に満ちた憂いを帯びた表情が深い絶望を表していた。
失敗、喪失、退屈……どんな理由でも命に変わるほどの絶望に変わる可能性がある。
それは他人から見たら些細なことであったとしても、本人にとっては重いものなのだ。
彼女はもう十分に絶望している。
俺だって、紗奈がいなかったらあるいはそうなっていたのかもしれない。
だからといって同情するわけでもない。
ただ、無視するのも後味が悪いような気がした。
「服はそれしか持ってないのか?」
「……どういうことでしょうか」
「持っているのか?」
「持っていません……」
確認すると俺は【アイテムボックス】を発動させる。
そこからラバール商会に展示する予定だった私服を取り出した。
「動くなよ」
次元属性魔法の【交換】を発動。手に持っていた服を一瞬でマリアに着用させる。
「えっ? え……?」
「とりあえず、見聞を広げに行くぞ」
俺は慌てふためくマリアの手を取って、魔力を身体に宿した。
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