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第172話

「【転移】があるんだから、ドアを使う必要ないじゃん」



 俺の指摘を受け入れる様子もなく、ハクは子供っぽい口ぶりでそう告げた。

 切れ長の目に大きな紫の瞳は鮮やかで、短くなった絹のような白い髪はジルンムンクの視察以降に切り揃えたものだ。整った顔立ちは美人というよりも童女のように無邪気な少女という印象。


 付け加えるなら、今日のハクの雰囲気は普段と異なっている。

 それが纏っている衣装のせいであることは明白であった。



「あーこれ? 可愛いでしょ。リンシアから貰ったんだよねえ。しんでざいん? なんだって」



 俺の目線に気づいたハクが得意げな顔で主張をする。

 彼女もまた、ネグリジェを着ているのだ。水色のシルク素材。ティアラのものと同じワンピースタイプだが、首元から袖が長く、丈は膝ぐらいまでしかない。


 綺麗というよりも控えめでかわいらしいデザイン。それはハクらしからぬ服装でもあった。



「似合ってはいるぞ」



 俺は率直な感想をハクに告げた。

 王国近隣ではネグリジェが流行しているようだ。世の女性たちは今まであった化粧着に加えてバリエーションを増やし、さぞ殿方を喜ばせていることだろう。


 そんな俺の感想だが、当の本人の耳に届いていない様子だった。

 理由は、先に来訪していた同じネグリジェ姿の少女をじっと見据えていたからだ。



「……」


「……」



 無言のまま、視線を交差させるふたり。

 彼女たちの間に、張り詰めた緊張感が漂っている。


 ティアラにはジルムンクでの出来事は話しているし、ハクにもセントラル商会の手を借りる経緯を説明は済ませている。


 けれども、お互い初対面のはずだ。

 それぞれに接点のある俺があいだに入って紹介をするのが筋である。



「私はティアラと申します」



 だが、それよりも先にティアラが名乗りを上げる。肩書きや家名を省いた簡素的な自己紹介。



「私はハク。あんたがリンシアの言ってた()()()()()ね」



 続いてハクも名乗るが、付け加えて『協力者の女』という部分を強調した含みのある言い回しをした。それに挑発的な口調。

 だが、ティアラならいつものような余裕のある対応で受け流すことだろう。



「そう……あなたがリンシアちゃんのおっしゃってた()()()ですか」



 ……おや?

 俺は思わず息を飲む。

 含みをすっ飛ばした、直接的な主張。もちろん『(めかけ)候補』という部分を強調している。


 それに対してハクは対抗の意を示すように口角を上げた。



(めかけ)はあんたでしょ。私はリンシアと一緒にクレイの子供を作るって約束したんだけど」


「お兄様の正妻となるのは私とリンシアちゃんです。(めかけ)のあなたは一歩引いてくださいな」



 どうしてか空気が重い。

 お互いの目線の間には、バチバチと火花が散っている幻覚を俺は見た。

 そして、俺が既に婚約を済ませていることになっていて、この場にいないリンシアも巻き込まれている。


 ふたりの言い分に色々と指摘したいが、そんな空気ではない。



「私はクレイと同じ場所で育ったし。同じ寝床でねんねしたこともあるよ」



 にやりと笑いながらハクが突然の方向転換をする。それもジルムンク時代での話であった。補足するならば、クロも含めた3人での出来事。


 それによりさーっと空気が冷めていくように感じた。

 そこはかとなく部屋の温度も下がったような気がする。



「私は一緒に湯浴みしたことがありますわよ」



 そんな主張など意に介さないとでも言いたげに、満面の笑みでティアラがさらりと反撃を繰り出す。

 不思議なことに、その笑顔が少し怖い。俺自身、恐怖耐性はかなりある方なんだけが……。


 心の中で、「それは前世での話な」と、そっと指摘を入れておく。



「私は一緒に水浴びしたなー。うん、楽しかったよあれは」


「それくらい普通ですわよ。私は手料理を振舞ったことがありますわ」



 お互いに一歩も譲らない言い合い。ハクはさておき、こんなに熱くなっているティアラは珍しい。



「好きな食べ物、好きな言葉、好きな性癖。お兄様のことなら隅々まで理解してますわよ」



 ――ん? 今おかしい単語があったような。



「私だってクレイの弱いとこ知ってるけどね。あと長さとか」



 一体、ふたりはなんの話をしているのだろうか。指の話だろうか。そうであって欲しい。



「そんなものなんの自慢にもならないですわ。そもそも、お兄様はもう少し成育した女性を好まれますの。だからあなたは論外です」



 ティアラが自分の胸元を強調するように腕を組んで言い放つ。



「クレイって意外とロリコンなんだよ。知らないの?」



 それは俺も知らなかった。

 というか、ハクは背が低いというだけで、メリハリのある女性らしい体つきをしていると俺は思うが。



「私はお兄様に相応しい女である証明ができます」


「へえ、例えばどんな?」


「私の屋敷にはお兄様の姿を繊細に模写したものを飾った専用の部屋がありますわ。リンシアちゃんにもたまにその絵を分けているんですのよ」


「その程度? 私は手作りで仕上げたクレイの等身大の人形があるよ。リンシアにもミニサイズのを作ってあげたし」



 なんの張り合いをしているのか。

 しかも、聞いてる俺が恥ずかしくなってくる内容である。むしろ、普通の人が聞けばドン引きされるレベルだ。



「私はお兄様が使用したあとのタオルで汗を拭ったことがあります」


「私はクレイの汗を飲んだことあるけど?」


「「えっ?」」



 思わず声が漏れ出た。

 俺すら知らなかった秘話に、ハクは自信に満ちた態度を示している。

 ティアラは何故か物欲しそうな顔で俺を見つめていた。



「で、なんであんたはこんな夜にクレイの家にいんの。しかも、そんなえっちぃ格好でさ」


「みだりに誘惑しようとしているのはあなたでしょう。それに、これは私がお兄様に見て欲しくて選んだ正装ですわ」


「クレイに見せたい気持ちは私の方が上だよ」


「私の気持ちの強さにまさるものはありません」



 ふたりを纏う空気に魔力が混ざりだした。

 凄まじい風圧が部屋を渦巻き、カーテンをバサバサと揺らし始める。



「ここで決着をつける必要があるみたいだね」


「野蛮ですわね。でもいいでしょう。実力の違いを見せてあげましょう」



 流石に戦闘はまずいと思い、俺は充満する闘気を覆い尽くすように魔力を放出した。

 絡み合ったふたつの魔力は霧散するように消えていく。



「お前たち、少し落ち着こう」


「「…………はい」」



 しおらしい様子で、ふたりは返事を聞き入れた。



――



「申し訳ありません、お兄様」



 先に落ち着きを取り戻したティアラが頭を下げて謝ってくる。

 それに習ってか、ハクもバツが悪そうに謝罪をした。



「クレイ、ごめん」



 俺は別に怒っていないし、謝る必要もないと思っている。

 ただ、同じ目標へ向かっている仲間として、仲違いして欲しくないという気持ちがあるのだ。

 まあ、先ほど暴露していた内容の真偽が気になるところではあるが……。



「勝手な俺の願望を押し付けて悪いとは思うが、仲間同士で争わないでほしいんだ。それにリンシアだって、自分を大切に思ってくれる人同士がいがみ合っていたら悲しむと思うぞ」


「……そうですわね」


「まあ……確かに」



 リンシアの名前が効いたのか、ふたりはあからさまに落ち込む素振りを見せる。

 彼女たちの中でリンシアは大きな存在なのだろう。



「説明をすると、ハクは俺が呼んだんだ。【虚空の彼方(ヴォイド)】の実験をしたくてな」


「わかっていましたわ」


「知ってたのかよ」



 少し呆れながらティアラを見据えると、悪戯をした子供のように舌をペロっと出してくる。

 その仕草が愛らしく、怒る気にもなれない。

 気を取り直して俺はハクの方へを向き直る。



「……それで、ティアラは新しい情報が入ったから報告のために来てくれたんだ」


「まあ大体の予想はついてたよ」


「お前もわかってたくちかよ」



 合っているんだか、合っていないんだか……ふたりの性格の相性について考えてみる。

 凹凸のあるふたりだが、共通する部分も多々あるのだ。

 今度、リンシアを合わせた3人で女子会のようなことをさせてみよう。



「早速だがハクは着替えてくれ。夜も遅くなりそうだから実験を始めたいんだ」


「お兄様、私もついて行っていいですか?」


「いいぞ。ただ何が起こるかわからないから、なるべく離れて見ていてくれ」



 俺の承諾を聞き、ティアラは嬉しそうに頷いた。

 嫌がるかと思ったが、ハクも別に気にしていない様子であった。


 その後、着替えを済ませたふたりと移動を開始する。

 移動といっても【転移】を使うだけなのでそんな大したものではない。

 ちなみにティアラは黒色のドレス、ハクはぶかっとしたTシャツに短パンを着用していた。


 そんな俺たちが【転移】で移動した先は、赤のダンジョンの最奥。大きな魔力を扱うときはこの場所を使うことにしているのだ。変わらず広大な野原が視界いっぱいに広がっていた。



「光の魔力を強めに頼む」


「今日は成功するかねー」



 いつもの容量で定位置に立ち、身体に魔力を宿し始める。


 ハクの持つXスキルである【虚空の彼方(ヴォイド)】は、こことは別の次元――『神界』に行くことができるスキルだ。


 発動条件や明確な効果はまだ判明していない。

 さらに言えば、あれから何度か実験を繰り返していて、一度も成功させていないのだ。


 わかっていることは、多大な魔力同士のぶつかり合いが引き金になって発動するということ。


 しかし、単純に大きな魔力をぶつければいいというわけではなく、お互いが均等な配合で混合させた属性魔力を衝突させる必要があるのだ。


 俺たちの絶妙なバランスで属性魔力を膨らませていく。

 やがて、膨大な魔力により空間が少しずつ揺れていくのがわかった。


 ティアラはそんな様子を少し離れた場所で見学している。



「準備はいいか」


「オッケー」



 しばしの沈黙。目で合図をした俺たちは、互いに地面を蹴り上げた。

 近づくにつれて魔力の流れが螺旋状に回り出す。


 そして、ハクのモーションに合わせて、俺も拳を重ねた。



「……っ!」



 衝突する魔力。凄まじい光が周囲を巻き込み、数秒としないうちに空間に亀裂が入った。

 そこへ緩和された魔力が一気に流れ込んでいく。【ドレイン】などの吸収系の魔法を浴びている感覚に近い。


 ここまではいつもの通りの現象。

 しばらくすれば空間の亀裂はそのまま塞がって、元通りになってしまう。


 だから今回は、吸い取られていく魔力を無理やり増加させることにした。

 量を足した光属性の魔力で無理やり亀裂をこじ開けようと考えたのだ。


 俺の魔力放出に合わせてハクも魔力を強めていく。

 亀裂が数ミリ、ずれたような気がした――。



「っ!! クレイっ!」



 すると突然、俺の視界が真っ白な情景へと変化した。


 そばにいたはずのハクの声は、既に遠い彼方へと消えていく。


 ふわっと浮いているような感覚を全身が掴み、途方もない光が俺のことを飲み込んでいった。



――



 浮遊感を無くした体は自由落下を始める。同時に白い視界が色づいていくのがわかった。

 背中から落ちていると認識した俺は、すぐさま宙を周って両足で着地する。



「うお……っと」



 ばしゃりと水しぶきが上がった。

 水辺の側なのかチョロチョロと流水の音が耳朶を抜けていく。


 初めて転移を使った際に起こった酔いにも似た脳の揺れが俺を襲う。

 心臓の鼓動も思いのほか早かったので、深めの呼吸を一息ついて気持ちを落ち着かせた。


 すぐに周囲へと気を配る。

 辺りはほんのりと霧がかかり、無数の青白い光の粒子がふわふわと舞っていた。なんとも神秘的な光景。


 見覚えのない場所――よく見ればそこは水辺ではなく、広い室内であった。


 泉をモチーフにしたデザインなのか、中央にある円錐の象から流れ出る水が、部屋の端から端までを埋め尽くしていたのだ。


 すると――。

 ばしゃり。と、水が跳ねる音がした。

 ここには俺以外の誰がいる。

 しかし、すぐに感知ができなかった。

 この場所には何らかの結界が張られていたのだ。



「だ、誰……ですか?」



 戸惑うような透き通った声色が背後から聞こえる。

 俺は即座に振り向くと、そこには人の姿があった。


 肩下まである乙女色の髪は艶やかで濡れている。整った輪郭は大人っぽく、聖母のような柔らかい印象を受ける女性――いや、少女だった。歳はティアラと同じぐらいだろう。


 そんな少女が目をつぶりながら、少し警戒を示す素振りでこちらに顔を向いていたのだ。



「……」



 しかしながら、思考をフルに回転せざるを得なくなった。


 それは少女の姿、というよりも状況に問題があったからだ。


 少女の緩やか曲線を描く首元は細い鎖骨の表面をなぞって色気のある大きめな膨らみへと続いている。重いものも持てなさそうな頼りない腕に、華奢で引き締まったくびれ。

 そんな細身ながらメリハリのある体のラインを、髪から流れる水滴が伝っている。バランスのいいスタイル……。


 つまりは要約すると、少女は一糸まとわぬ姿だったのだ。

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